74.楊師姉の道侶
唐突に雷鳴な様な音が鳴り響く。
一体何事が起ったのかと寝床から降りて、外へと向かおうとすると再び大きな音とともに今度は入り口の扉が弾き飛ばされ、何やら大きな塊が飛び込んで来た。
〔護符をやられたな〕
へ?ああ、そう言えば練習がてら家の扉にも護符かけてたっけ?楊師姉とか井兄とかよく来る人達は通れるようにして置いたけども。
ちなみに他の雑役弟子達は、自分の寝床のある家には入れない筈。
それを無理やりこじ開けて入って来たから、あのデカい音が鳴ったって事?
そんな事を考えている内に、転がり込んできた塊がむくりと起き上がり、一人のやたら体格のいい男だと分かった。
そして、自分には目もくれず、ずんずんと奥へと入っていくと、そこにはまたうたた寝モードに入りかけてる楊師姉。
もしかしてこれ危険な状態か?と思わず護符を手に取り、楊師姉にいつでもかけられるように構える。
「洵美!!!これはどういう事だ!一体どこの男がお前をたぶらかした!」
「ふえ?何だ淵坊か。そんな大きな声を出して、何があったんだい?」
「何がじゃない!知らぬ男の家に出入りしているという噂を聞いてやってくれば、まさかこんな事に!くそ!どいつが俺の洵美をたぶらかした!そいつを殺して俺も死ぬぞ!」
「はぁ~~?誰がたぶらかされたって?いつ?誰に?どうやって?」
「そんなのは知らん!でも今お前はどこぞの男の家の寝床に転がって!ああああああああぁぁぁぁぁぁぁ」
凄まじい慟哭が響き渡る。
「どこぞの男の寝床ってあんた、そこの小白が急に倒れたから様子を見てたら、私も眠くなっちゃっただけだよ?」
すると、凄まじい形相でギョロッと目を剥きこちらを振り返った淵坊と呼ばれた男が、三秒ほどこちらを睨みつけ、急に顔から険が消えたかと思うと、小首をかしげる。
「この子供の面倒を見てただけ?いや、でもこんな子供が一人でこんな家を借りれる物なのか?そうなるとこの子供は誰の子でどこから……え??あれ?あれ」
「難しいこと考えんなって淵坊!前にも話したろ!腕のいい雑役弟子と組んで丹薬捌いてるって!」
「ああ、そいつが浮気相手なんだと思ってこそこそ調べてたら、最近洵美がやたらとこの家の周りをうろついてると思ったら、中に入って行って全然出てこないし……」
何か淵坊って人の言う事が支離滅裂でちょっと分かりにくいが、楊師姉は自分の事を商売のパートナーかなんかだと説明したのに、この淵坊って人が浮気相手と勘違いしたとそんな所か。
「何だい!あんた!私の事信じてないのかい!」
「だって!商売相手だったら我にも教えてくれたって!」
「見な!この姿!子供だよ?誰がこんな子供が丹薬作れるって信じるのさ?よしんば信じたら今度は都合のいいように利用してやろうって輩が出てくるのが目に見えてるじゃないか!だからこの子の身を守るのも私の仕事の内なんだよ!分かるかい?」
確かに、荒事は任せろっていつも言ってくれるし、本当に守ってくれる気だったのか、この姉さん。
「あの、坊主は本当に丹薬を作れるのか?」
「作れるよ」
それでも何となく、不思議そうな顔をしている淵坊と呼ばれる大男。
「あのね、その子は白小青。噂の黄師姉の童僕の子で、噂に聞く限りじゃあの李長老のお気に入りの子だよ。幼くして才能があるけど、身を守る力の無いうちにそれを表ざたにすると良からぬ連中が現れるだろうから、何となく気が付いてる人はそっと隠してたんじゃないかね?」
「あの、例の羊雲城の護衛の片腕を潰したって子供かい?」
「いや、自分は吹っ飛ばされて意識が飛んだだけなので、そんな事はしてないと思いますけど」
「そっかー……すまんな洵美、それに白師弟、早とちりしちまったみたいだ」
スンッと落ち着くと、何とも言えぬ人の好さを醸し出す大男だ。
楊師姉は健康的な美人って感じだけど、直情的ですぐ剣を抜く気質だし、逆にこういうちょっと柔らかい雰囲気の男の方が似合ってる気もする。
「別に、扉を嵌め直して護符かけ直すだけだし」
「符箓も使えるのか、そりゃあ才能のある子供だ」
「だろ?小白は凄いんだから、まぁ内情を知った以上あんたも共犯だし、小白の事は外に口外しない!小白は子供なんだから守ってやる事!」
「ああ、当然だ!我は静淵だ。洵美は淵坊って呼ぶが、流石に子供にそう呼ばれるのも気恥ずかしいし、小淵とでも呼んでくれ」
「分かったよ小淵師兄、これからよろしくね」
いきなりの事だったが、妙に素直な小淵師兄の性格のお陰で何とかこじれずに済んだ。
大男の小淵師兄が扉を嵌め直してくれたので、護符を今度は小淵師兄も入れるように設定し直して、いったん休憩しようと思ったら、既に楊師姉がお茶を入れてくれていた。
「ところで、楊師姉は何でここに?」
「そりゃ、小白が行方不明だって言うから、何かの拍子に戻ってくるかもしれないと思ってだな」
「でも、自分は変装した姿でこの家に住んでたんだけど?」
「日中は何してたのさ?」
「そりゃ借りてる別の部屋で【医術】試したりとか、畑に出たりとかそんなもん」
「そう!怪しい人物が出入りしてるとは思ったけど、誰だかわかんないから様子見してたのさ。どうやら一応はあの井師弟とつながってるみたいだし、よっぽどの事がない限り悪人って事も無いだろうからさ」
「井兄って、そんなに信用あるの?」
「そりゃあ、怪我だなんだで訳アリの雑役弟子達の面倒を見てる人物だし、修行の才を除けば一角だって言われてるよ」
「その修行の才能が宗では重要なんじゃないの?」
「そりゃそうだけど、奇縁なんて物はいつ誰に現れるか分からないものだし、何ならああいう徳のある師弟程、巡り合わせもある……かもしれない」
「かもねぇ。確かに自分も世話になってるし、いつかは何かの形で返したいとは思ってるけど、何で井兄はそんなに修行の才がないのかね?」
「さぁね?それこそ本人に聞いてみるしかないんじゃないの?」
ふむ、何はともあれ、自分の行方不明で迷惑かけてしまったみたいだし、何がしかお返しはしないとねぇ。




