71.鴛鴦夫婦
しばらく立ち尽くし、徐々に頭が回り始めたので、周囲を確認する。
既に自分の足元まで、妖虎の血だまりが広がってきているが、その中心には妖虎の死骸がピクリとも動かず横たわり、毛皮がどす黒い血を吸って変色しはじめていた。
〔今のお前にはなかなかの大物だな。連中は逃げちまったし、素材独り占めだろ?どこを持って帰る?おススメはまず牙だろうな、何しろ武器に使うには手ごろだ。次に目玉も色々と触媒に使えるし、血も忘れるなよ?後、肝臓だ!良い丹薬が作れるからこれは絶対持って帰った方がいい!それにだな……〕
うん、システムが凄いいいテンションで素材の説明をしてくれるんだけど、自分の指輪の容量考えたら、こんな象みたいなサイズの獣入りきる訳ないし、ほんとにどの部位を持って帰るか迷う所だな。
一先ず、水薬用の瓶10本分程、妖虎の血を入れてしまう。
そして、体に近づきたいのだが、この血溜まりどうするか?覚悟を決めて踏む?
〔それだったら、水符を使ってどけてみろ〕
言われるがまま、水符を取り出し血溜まりをどけるイメージをすると、勝手ににスルスルと血が動いていき、そのまま自分の目の前にだけ道が出来た。
生臭い血の道を抜け妖虎に触れてみるが、どの部位を持って帰る以前に、こんなデカい獣どう捌くんだ?
〔お前はすでに【厨術】を持ってるんだから、その応用で獣の解体もできる筈だぞ?〕
ええ?本当か~?とか思ってる間に勝手に記憶から獣の解体手順が引っ張り出される。
「やっぱこれ無理じゃん。でっかい包丁みたいなの必要じゃん」
イメージにある解体刀だが、形を真似るだけなら金符で如何様にもなるものの、実際は獣を捌く様に作られた包丁、要は【厨術】用に霊力を流す事で綺麗に獣を捌けるような法器の一種らしい。
〔そうなると、力づくで引っこ抜ける眼球と牙と爪だけ剥いで、後は錬化しちまうか?〕
なんかグロい事言ってくるが、現実的にはそれしかないのか。元々はただの会社員だった自分に獣の解体なんてのは少々精神的にも重荷ではあるのだが、でも今後の修行に必要な物だと言われればなぁ。
やむなく、虎の頭へとよじ登り、眼球と目の端の隙間に手を突っ込んで行く。
「おい!何をやっている!」
急な大きな声に思わず、ぎょっとして声の方を見やると、そこには女性と女性に体を預けるようにいている男性が立っていた。
「何って、魔物の素材を取り出してるんですけど」
「そうか、しかし子供にそんな事をやらせるなんて……誰が仕留めたんだ?この妖虎」
「え?自分ですけど?」
「は?子供が妖虎を仕留めて解体してる?」
うん、今自分はとてもやばい事に気が付き、冷や汗をかいている。
何しろこの宗じゃ、子供と言えば白小青すなわち自分の事だ。それは雑役弟子の中でも噂になっているのだから、この目の前の男女が知っている可能性も高い。
〔口を封じるか?〕
「(どうやってだよ?)」
〔妖虎で驚いてるような連中だ。風符で一気にやっちまうとか〕
「(アホか!物騒すぎるでしょ!)」
そんなこんな自分とシステムが話し合いをしている内に、自分に話しかけてきていた女性が、男性をその場に座らせて近づいてきた。
「申し訳ない。きっと高位の修士殿に違いない。どうか私の道侶を診てくれないだろうか」
ん?何の事だ?
〔多分あの男の方が、何がしか怪我でもしてるんじゃないか?〕
あ!そう言う事か!
急な出来事の連続に判断を欠いていたのか、確かに男の方はかなり具合悪そうだ。それで女性に体を預けるようにしていたのかと今更合点がいった。
そう言う事ならばと、妖虎の眼の縁に突っ込んでいた手を引き抜き、そそくさと男の方に向かう。
「見た所、毒みたいだけど、あ~なるほど?足が黒ずんで腫れちゃってるねぇ、意識も混濁してるしこの場合はっ……と」
自分の【医術】の記憶を頼りにまずは金符を使って針を作り、腫れた患部の周りに刺していき、そこから今度は、傷口と見られる小さな噛み跡を揉み込んでいくと、毒で変色した血が流れ出る。
男の意識は無さそうだが、それでも痛みに呻いているものの致し方なし、容赦なく傷口から毒血を抜いていく。
ある程度絞り出すと患部の色が少しまともになってきたので、もう少し全体を見てみると、どうやら血が滞っているのが、良くないらしい。
「二品丹薬を使う事になるけど、大丈夫ですかね?」
一応女性の方に聞いておく。何しろちょっとお高い物だし、そんな金ない!とかって後から言われても困る。
まぁ、治療後にごねて未払いの可能性もないとは言えないのが、この世界だってのも分かってはいるんだけども、先ずは目の前の治療だし、その時は泣き寝入りか?
「問題ない。それ位の貯えはある」
何とも男前というか、はっきりとした物言いの女性だ。さっき道侶とか言ってたし、これは男の方は尻に敷かれてるな?
そんな事を考えつつ、活血丸というそのまんまのネーミングセンスな丹薬を取り出し、飲ませ……意識なくて飲ませられない。
少し考えた後、水薬用の瓶に霊水を作ってその中に溶かす事にした。
そのまま後は、無理やり口に流し込んでいく。
口がいっぱいになって呼吸が出来なくなると、勝手に咽て飲み込む。かなり手荒なやり方だが、女性の方は異論ないらしい。
薬を無理やり飲ませて、横たえると心なしか少し状態が安定したように見える。
「とりあえず今できる処置はしたから、後は宗に戻って診せるといいよ」
すると、女性が急に地面に膝をつき平伏しようとするので、すぐに腕をとって起こす。
「助かりました。何とお礼を言ったらいいか。道侶が急に倒れて何があったかも分からなかったのに、こんなあっさりと……」
「いやいや、まぁまぁ……何て言うか一回落ち着こう。外で出来る処置なんて限られてるんだから、一旦宗に戻ろう」
急にむせび泣き始める女性にどうしたものかと困惑してしまう。




