70.対妖虎戦
どれくらい待っただろうか?
一先ず、陰符と護符のかけ直しを行い、更に陽符を使って、そこら辺の木を人型に見せかける偽装をした。
更には先端を尖らせ斜めに立てかけた、槍と言えば聞こえがいいが、竹やりみたいな形状の防護柵も設置していく。
符箓の数はそこそこ溜め込んでいるし、本当はばら撒く様に使いたい所だが、自分の修行の進み具合の問題で、現状は一枚一枚使っていくしかない。
すなわち設置出来る物は事前にしていくスタイルだ。
そんなこんな、まだ完全に準備できたとも言えぬタイミングで、例の虎が戻って来た。
見た感じ、血なまぐさそうな雰囲気でもないので、あの連中は無事に逃げ切ったのだろう。
それとも、派手な牙の割に得物は丸呑みタイプなんだとしたら……。
嫌な想像が頭をよぎったかと思うと、猛然と走り寄ってくる妖虎が結界近くの木に噛みつき、あっさりと陽符の効果が切れて木が薙ぎ倒された。
少し不思議そうな表情をした妖虎が、木を踏みつぶして真っ二つに折ると、また別の人型に偽装した木に襲い掛かる。
二本目の木をへし折って三本目に取り掛かる時、猛然と走る妖虎に向けて右手の人差し指と中指に挟んでいた陽符に霊力を込めつつ、投げつける。
すると、妖虎の目の前で爆ぜる様なまばゆい光を放つ陽符。
当然ながらそうなる事はあらかじめ分かっていた自分は、光を放つ瞬間に目を閉じ、腕で庇っている。
これは、自宅で練習したフラッシュボム的な目潰しの術だ。
他の符と違って、燃えるとか吹っ飛ばされるとか無い事から練習にはもってこいってだったので、この目潰し陽符は結構な精度が出せる。
光が止むと案の定、妖虎はその場にのたうち回っている。
そんな妖虎に、今度は農作業用に開発した風刃をお見舞いしてみると、ざっくりと喉が裂け、そこからどす黒い血が噴き出す。
〔中々いい操作力だが、アレじゃまだ死なんぞ?〕
結構な勢いで血が噴き出しているのだが、システム曰くまだ死なないらしい。
流石は魔物だ。よく知らないけども、きっと生命力的な物が強いんだろう。
さて次はどうするかと考えていたら、
「グッゥゥゥゥウォォォォォン!!」
急に叫び声をあげて、空に一つ遠吠えをすると血が止まった。
腹の辺りはすっかり血で染まりどす黒くなった妖虎の目がどことなく異常性を帯びてくる。
そして、急に動いたと思えば、次から次へと自分が仕込んだ人型の木をねじ伏せ、折り倒していくのだが、さっきまでの余裕のある行動ではない。
一息で、前足を振るっては木を折り倒し、時にはその木が吹っ飛んで来て、自分に当たるのではないかとヒヤッとするほどだ。
そして、遂に仕込んだ人型を全部片づけると、陣地に向かって来る。
自分が設置した柵は、やはり前足の一振りで吹き飛ばされてしまった。
こちらを認識しているようには思えないが、陣の半透明な壁に頭を突っ込んでくると、ちょっとだけ不快そうな呻きを上げつつ、そのまま入り込んで来た。
何かを探すように、ぎょろぎょろと周囲を見渡す妖虎に緊張を覚え、陽符をもう一枚取り出す。
目が動いているという事は、既に視界が戻ったという事だろう。
再び、陽符を投げつけ真白い光を浴びせ、自分は自分の腕で目隠しをして目を守った。
光が止まるとふと腕の隙間から、地面に真っ黒い影が映り、反射的に上を見上げると、大きく伸びをするように後ろ足で立ち前足を振り上げた妖虎の姿が目に入ってきた。
思わず、全速力ダッシュで逃げたが、その前足が振り下ろされると同時に衝撃波が走り、吹き飛ばされた。
ゴロゴロと転がって、頭を振りながら立ち上がると、いつの間にやら陣の外に出てしまったようだ。
〔おい!護符をかけ直してすぐに陣に戻れ!〕
システムの声にふと自分を確認すると、どうやら護符の効果が今の一撃で吹き飛んでしまったらしい。
すぐさま護符を取り出し、自分にかけ直しながら陣に向かって走ると、何故か自分を認識したように妖虎もこちらに向かって来る。
〔陰符をかけ直してる時間はない!陣に戻り次第食らわせろ!〕
いつになく慌てているシステムの強い語調に、自分なりに全速力で走り、風符を準備する。
陣まであと数歩という所で、妖虎は陣から顔をだし、前足を振るってきた。
その足に向かって、よく考えもせずに風符を発動すると、吹き荒れる突風にまた吹き飛ばされる。
本当にこの小さな子供の体はよくぶっ飛ぶ!いや見た目は陽符で大人だがな。
〔いや、陽符の効果も切れてるぞ?〕
急に落ち着いたつっこみやめてって!
確かにいつの間にやらすっかり慣れた短い手足に戻っていやがる。
そんな事を考えつつも、自分の今の居場所を確認すると、ちゃんと陣の中に戻れていた。
それでいて、妖虎は自分の事を見失ったのか、明後日の方を見て鼻をひくひくさせている。
その間に、もう一枚風符を用意し、今度はきっちりと急所に当てるべく狙いを定めて待つ。
すると、勝ち誇ったようにタダでさえ異様な顔の妖虎が、口元をゆがめてこちらに振り向く。
こちらは同時に、風刃を発動して、妖虎の首を掻っ切った。
すると、さっきは切り裂いて出血させるのがやっとだった筈が、陣の効果か、はたまたさっきより距離が近いせいか?今度はすっぱりと首が落ち、そこから大量の黒い血が流れ出る。
一つ大きな息を吐くと、急に震えがきて動けなくなり、その場に立ち尽くす他ない。
これは、あくまでもただの極度の緊張からくるものだという認識を第三者的な立場から自分を観察してても、震えが止まるには結構な時間を要した。




