番外.怪物
「秦様、話はよく分かりました。しかし、我々とて大事な護衛を一人、不具にされているのですよ。それをこちらから手を出したのが悪いなどと申されましても」
「ふむ、それでは羊雲城の城主殿は私にどうせよと申すのか?」
風塵宗が聖子候補は堂々と構えているものの、同時に顔半分は布で隠されその表情はとても読みにくい。
対するは、羊雲城城主の懐刀と呼ばれる年若いながらも鋭い眼差しの若者。
「いえいえ、早とちりしないで頂きたい。風塵宗と羊雲城は長い付き合いにあるのです。我々も穏便に済ませたい。それ故、今回の事はお互いが損をして手を引くというのはいかがでしょう?と申しています」
「そちらは大した腕でもないのに、つまらない事で激昂して子供に手を出すような輩の利き腕一本壊れたにすぎん。対してこちらは将来を担う重要な人材が一人失踪したのだぞ?なぜ痛み分けなどとその様な事が言える?」
「おかしな事を仰っているのは秦様でございますよ。こちらの護衛は確かに練気5級と秦様と比べる事も出来ない程、腕が劣る事は当方も承知しておりますが、子供に負けるような腕前ではございません」
「しかし実際に腕一本持っていかれたから、グズグズとごねているのだろう」
「よくお考え下さいませ?仮に腕が劣ろうとも練気5級の人物がまだ気の導入も出来ない子供に負けることなどあり得ますでしょうか?」
「何が言いたい?」
「つまり、秦様が手を貸さねば子供にどうこうできる相手ではないという事です」
「ほう?じゃあ私が手を下したのを隠しているとそう仰ってるいる訳か?証拠は?」
「証拠はございません。何しろ腕の劣る練気5級の者の証言とまだ修行を始めたての沈お嬢様の証言しかないのですから、何が起こったかなど分かりようもございますまい?」
「証拠もなしに、よくそのような言いがかりをつけられたものだ」
「言いがかりではございません。常識から考えて至極まっとうな言い分だと思いますが?」
「そうか……分かった。それでは小青を出せ」
「は?」
「だから小青を出せと言っているのだ。そうすれば全てが分かる」
「確かに真実が白日の下にさらに晒されるというのはこちらとしても望む事ではありますが、我々に例の子供を出せというのは?」
「シラを切るか?小青は宗脱走時、羊雲城に向かうと言っていたそうだ。多分自分のしでかした事を知って己で決着をつける気だったのだろう。だが、あくまで子供のやった事だ。私が話をつけるゆえに、小青を差し出せ」
「残念ですが、羊雲城内で例の子供を預かっている等という報告はありません」
「どういうつもりだ?」
「どういうつもりとは?」
「先程からのらりくらりと、子供の責任だと言ってみたり、その子供はこちらに来ていないと言ってみたり、何の策略か?それともすでに小青を口封じして、ずるずるとそちらに有利な条件でも引き出すつもりか?」
「そのような事はございません。何度も申しております通り、こちらの見解としてはただの子供に強を不具にする力はございませんし、その子供も城には来ておりません」
「じゃあ、子供が一人どうやって暮らしていくというのだ?周辺は砂漠地帯だぞ?」
「だとすれば、例の子供はどうやってこの城まで来たというのですか?誰かに連れてきてもらったのか、はたまた子供一人で砂漠を越えて歩いてきたとでも?いくら近いと言ってもこの辺境の事、子供の足では数日は野宿を繰り返す事になると思われますが?」
「では、子供一人どうやって暮らしているというのだ?」
「それこそ、こちらのあずかり知らぬことでございます。何度も言うように、我々は風塵宗と事を構えるつもりはなく、お互いが一歩引けばそれで収まる話だと考えておりますれば、何でそのように秦様の様な大人が子供一人に執着しているのか、疑問を禁じ得ません」
「ふむ……あくまで小青がこちらに来ておらぬというのであれば、今後現れたとしてどのように対応するつもりか?」
「勿論、秦様に連絡しお引き取りいただきますとも。何度も言います通り事を構える気がございません」
「しかし、あの強という護衛はそれなりに城の自慢だったのだろう?不具にされて何も言わないというのはどういう事か?」
「秦様の質問でございますれば、こちらも正直にお答えしますと、測りかねているのです」
「ふむ?」
「強は練気5級といえど俗世での経験は豊富です。それが何も気が付かず、子供との正面での殺りあいに、真っ向から敗れたと証言しております。本来そのようなことはあり得ないと私も城主も考えておりますが、万が一時折現れる天意を得た天才などであった場合、それを傷つけようとした我らにこそ天罰が下る事があるやもしれません」
「天罰か」
「故にその白小青と申す子供が来たとて、大手を振って歓迎する事も、逆にぞんざいに扱う事も大きなリスクを伴う可能性があるでしょう。それならば何もせず本来の後見人である秦様に早く返したいというのがこちらの気持ちです」
「ふーむ、そうか……一旦は退くとしよう。城主によろしく言っておいてくれ、小青が来たら余計な手出しをせずに私を呼ぶようにと」
城から出る秦の横を横切るげっそりとやつれた男は、間違いなく強という護衛。
かつて右腕があった場所はただ袖のみが垂れさがり、落ちくぼんだ眼は幽鬼を思わせる。




