57.自分の為に生きる
目を覚ますと見慣れた天井だ。いつもの自分の部屋。
「うっ痛つつつつつ」
後頭部がやたらと痛くむので、そっと触ってみるとどうやら随分と大きな瘤が出来た様だ。
〔派手にやられたな。その程度で済んでよかったじゃないか〕
システムが他人事のように軽く言ってくれるが、大の大人!それも俗世じゃ随分と使い手だったらしいおっさんと一手交えることになるなんて、誰が予想したか。
とりあえず自分のストックから軟膏を出して塗ってはみるもののどれほど役に立つかは分からん。
〔それもまたいいだろう。作って人に売ってばかりじゃ、本当の効能は分からん。自分で経験してこそだ〕
少しぼんやりしている内に痛みが気にならなくなってきたので、部屋の外に向かう。
すると、戸を開く寸前に黄師姉の声が聞こえてきた。
「秦姉さん。あの護衛の様子は?」
「……一旦は羊雲城に返すほかあるまい。問題は沈紅羽の方だ」
どうやら庭で黄師姉と秦師姉が話し合っているようだが、自分が気絶してからどれくらい経ったのだろうか?
「あの娘でも自分が引き金になってこんな事になれば、流石に気落ちしますか」
「うむ、だがそれ以上にショックが大きいようだ。剣を教えたとはいえ、実際に他者に振るった事がある訳でも無し、目の前で人が傷つくというのは慣れない内はやはり思う所もあるだろう」
ふむ、どうやら自分が吹っ飛ばされて気絶した事が大層ショックだったらしい。これが少しでも薬になって、物事を穏便に済ます事を覚えてくれればいいが。
〔くっくっく……〕
何を笑ってんの?
〔いや、違う違う。それでどうするんだ?羊雲城と事を構えちまったみたいだが、このままだと下手すりゃ世話になったあっちの剣修の姉さんもこっちの丹薬の姉さんも迷惑かけちまうんじゃないか?〕
え?何で自分が殴られてぶっ飛んだだけで、事を構えるとかそういう話になるのさ?
「どうしますか?やっぱり小青を羊雲城に?」
え?何言ってんの?ただぶん殴られただけの子供をどうしようっての?
「それでは、こちらの面子が立たないだろう。あの状況をどう見たって仕掛けたのは強という護衛だ。それなのに、なぜ下手に出る必要がある?何ならこちらだって今でも寝ているんだぞ!」
うんうん、やっぱり何だかんだ秦師姉は筋が通ってる。自分はただぶっ飛ばされて気絶しただけだってのに!!
〔本当にそう思ってるのか?〕
思ってるよ!って言うかそれ以外に何があるってのさ!
「そうは言っても先に口答えしたのは小青の方ですし……」
それについては秦師姉が自分の意見を尊重するって最初から言ってるじゃん!
「それもかまわん!小青が子供であろうともこの宗の修行者である事には変わらん!それを横から羊雲城の者が一方的に童僕にするなど、あってはならん」
うんうん、やっぱり信用に足るのは秦師姉なのか?黄師姉はちょっと事なかれ主義というか、場合によっては自分を売る事も辞さない構えじゃん!
「秦姉さんの言う事は最もです。私だって小青を守りたい気持ちはあります。だとしても風塵宗と羊雲城との長い付き合いを考えた場合、秦姉さんにとって小青と羊雲城であれば羊雲城との情義を保つ事こそ聖子としての在り方ではないですか?」
ぐぅう、確かに上に立つものほど時に非情になって最小限の被害でやり過ごす事も重要なのか?
分かるけどよ!だって自分だって前の世界で、何度コイツクビにしないんだ?こいつの所為で次から次へと新しく入ってきた人が辞めるのに!とかさんざん考えてたもん。害になるやつは遠ざけるのが当たり前の判断だ。
「何度も言っているだろう?小青は私世代の時、宗の鍵となる大人物になる予感がすると」
「あくまで予感ではないですか?小青は確かに利発で大人しい子ではありますけど」
「ただの利発でああはならない!今日の出来事は内に秘めた才能と本能の証だ」
なんか、自分の評価が秦師姉の中で爆上がりな気がするんだけど?
「だとしても、羊雲城は必ず小青の身柄を要求してきます。どう躱すおつもりですか?」
「くっ!それは……」
どうやら沈紅羽とあの護衛の強というのはよっぽど自分の事が嫌いらしい。まぁ目下の者が言う事を聞かなければ、それはもう烈火のごとく怒りだす国民性だしな。
さてどうするか、このまま何も知らぬふりをして二人の前に出た場合考えられるのは、どうしたってとっ捕まって羊雲城に差し出される未来だ。
それこそ二人から痛ましい目で見られて、すまんとか言われてさ。
あ~~~あ~~~~碌なもんじゃないんだよな~~~~。
〔ふん、前の世界でもそうだったろう。口先だけいい事を言われて散々利用され、ボロ雑巾の様になったら捨てられる。これはどこの世界でも同じさ。この世界じゃより直接的なだけだ〕
でもこの状況で自分の出来る事って何よ?
〔俺が思うに逃げる事だろうな。敵対するもの全てを磨り潰すほどお前はまだ強くない〕
まぁ、そりゃねぇ……同じ練気5級の相手すら吹っ飛ばされて気絶されて終わりだもの。そりゃあ強くはないわな。
指輪から陰符を出して自分に使うと、見た目だけじゃなく匂いに足音まで、あらゆる気配を遮断する。
そのままそっと気が付かれないように戸を開けて部屋から出る。
そして、いつの間にやら宵闇となった外へと抜けていき、星空の元、静かに駆け出す。




