56.嵐
自分の腹が決まった事を天だか神様だか知らないが、見越したのか何事もない日々が続いた。
修行だけはきっちりと積み上げるも今の所は練気5級って感じ。まぁ、そもそもそんな簡単に修行が進む方が何かおかしいだろ?多分。
ある早朝の事、花の手入れをちょうど終わる頃合いに、秦師姉と沈紅羽に、見知らぬおっさんが付いて黄師姉の家にやって来た。
「ふん、挨拶なさい!」
偉そうに沈紅羽がおっさんに命令すると、
「羊雲城が城主の護衛が末席を汚す強と申す」
従順に名乗るも、名前の通り随分とまた強面のおっさんだ。
坊主頭にやたら厳つい例えるなれば仁王像みたいな?まぁそこまでの迫力は無いんだけど、あくまで顔の作りの話よ。
「城主様にお願いしたら、腕利きの護衛を手配してくれたの。修為はすでに練気5級、しかも俗世では幇会の幇主の護衛をしていた拳士よ。武器の持ち込めぬ場所で、どんな相手であろうと拳一つで守り抜いた大人物なんだから」
いや、大人物とか言うなら、そんなさも自分が上位者ですみたいな扱いすんなよ。それこそ折角のおっさんの格が下がるじゃん。
「それで、秦姉さんはどういったご用向きですか?」
何となく黄師姉も空気感に不審な物を感じるのか、丁寧になおかつ沈紅羽を無視して返答する。
「ふむ、それがな……」
珍しく秦師姉の歯切れが悪い。
「白小青!あなたを正式に私の童僕に任命するわ!」
何アホな事言ってんの?この小娘?誰がそんなものなるかっての。それならいっそ、風塵宗の外の砂漠で枯果てた方がましだっての!馬鹿かコイツ!
「あくまで小青の意思を尊重する。いずれ小青もこの宗を支える柱になると私は思っているのだ。だから忌憚なく意見を述べていい」
「秦師姉にそう言っていただけるのなら、この件お断り致します」
「何よ!何が不満だって言うの!私が誰か知っているわよね?羊雲城の次期城主の婚約者にして、秦師姉の預かりの実質弟子なのよ?あなたの様な雑役弟子が私の言う事に逆らう事が出来ると思ってるの?」
「知らないよ。出来るか出来ないかじゃなくて、沈紅羽の童僕にはならない」
はっきり突きつけると、ざわっと周囲の空気が変わる。
「白小青はまだ子供だから分からないと思うけど、まず目上の言う事をちゃんと聞くべきよ?そんなあからさまに口答えして、忠に背くとは思わないの?」
沈紅羽が賢しい事を言ってくるが、所詮はガキの浅知恵だ。
「あのさ?じゃあ目上は目下に対してどう接するべきだと思う?仁をもって接するからこそ、仁政っていう概念が存在するんだよね?今の沈紅羽はただの暴虐だよ?暴虐の君主はどうなると思う?」
「私のどこが暴虐なのよ!」
「ふん!そりゃあ、ちょっと生まれのいい資質を自慢して城主に気に入られたからって、平気で我儘放題かまし、誰彼構わず剣を突き付けて、脅して他人の物を奪い取る。暴虐じゃなかったら何なの?」
「だとしても、歴史をたどればもっと残虐な行為をした者だっていくらでもいるでしょ?私はあくまで理性的に事を行って、あなたの様な恵まれない子供に手を差し伸べてるのよ」
「迷惑です。沈紅羽の知り合いだと知られるだけでこの宗では肩身が狭いのに、童僕なんぞになってみろよ。宗全体が敵に回るのもそう遠い未来じゃないよ」
「なんですって!」
「うるさい!叫べば何でも言う事聞くとでも思ったか?このヒス小娘!お前みたいなのが将来他人を不幸せにするんだよ!アレも出来ないコレも出来ないソレも出来ないみたいな部下を可愛がって、アレもコレもソレも押し付けた挙句、ちょっと真面目な人間を迫害するんだ!お前みたいなのとは金輪際縁を切る!」
「こ~ぞ~お~!!!」
自分と沈紅羽の言い争いに割って入ってきたのは強面のおっさんだ。何かただでさえ妙に深いしわがさらに深くなった?
「おい!白小青は将来私の弟子になる可能性を秘めている。お前が手を出す相手じゃない」
秦師姉のやばい目つきと、静止を見て見ぬふりして詰め寄ってくるおっさん。
「小僧!立場を分からせてやる!」
言うが早いか、右手を握りこみ、顔の横へと置き、左手を開いたまま自分に向けて、徐々に右手と左手の位置が変わっていく。
どうやら自分の目もこのおっさんの動きに反応したらしく、見えちゃいけない少し後の未来が見えてしまうようになった。
そして、相手の動きに合わせて速攻逃げるべしと自分の理性は言っているのに、なぜか本能は開いた掌を押し出していき、混元掌の型で迎え撃つ。
何故だろうかおっさんの顔から汗が吹き出し、拳が妙に振えだすが、自分ももう止まる事は出来ない。
拳と掌が接触したと感じた瞬間、衝撃波が走り子供の体である自分が大きく吹っ飛ばされる。
そのまま壁だろうか?何か固い物が後頭部へとぶつかり、目の前が徐々にブラックアウトしていく。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA]
何で恐竜の叫び声が聞こえるんだろうと?思いつつ、あっという間にぷつっと意識が途絶えた。




