43話 お団子頭の少女
大変長らくお待たせいたしました。
文化祭編、開幕です。お楽しみくださいませ。
七月二十七日、月曜日。朝。
俺は一人、校舎の中を歩いていた。既に夏休みが始まっているお陰で、廊下には声や物音は一つとしてない。ただ、俺の足音が鮮明に聞こえるのみであった。
そんな夏休みに、俺はなぜ登校しているのだろうか……。
なんて自問をしてみるが、夏休みというのは普通の生徒の話。どうやら俺たち生徒会執行部の生徒には大して関係のないことらしい。
――にしても暑ぃな。
クーラーのある環境に慣れてしまっている身体にとって、それの無い廊下は地獄。ところどころ開いた窓から吹く微かな風だけが、我慢の拠り所であった。相変わらず蝉の声も騒がしいし。
正直、こんな灼熱の中を登校しないで済む王子たちのことが、羨ましく思えてしまった。
そう、実は俺の執行部存続が決まった数日後の終業式の日、俺たちは部室にて、ナマハゲから王子・小坂井・御厨の処分について聞かされていた。
処分内容は謹慎。それも、夏休み期間中だけのである。
つまり、出席日数には影響しないということらしい。
しかし、裏を返せば、夏休み中の部活動や文化祭準備には一切参加できないということ。アイツらにとっては思い出作りの機会が減るという面が大きいだろうが、俺たち生徒会執行部にとってもまた、人手が減るという負の側面が生まてしまっていた。
――一体どうなることやら……。
そう思いながら階段を登っていると、いよいよ部室のある三階に着いた。左手の階段出入り口を出て、さらに左へ向かう。
生徒会室が見えたが、パッと見、部屋の前には誰もいない。俺が一番乗りなのか、或いは、誰かが先に鍵を開けて部室に入っているのか。
確証はないが、多分後者だろう。真面目な浦上やだいたい教室で一番乗りの難波が来ているのなら、あり得る話だ。
――さて、どっちがいるかな。
部室の前に辿り着いた俺は、扉を開けようと手を伸ばした。――その瞬間だった。
ガラガラと音を立てて扉が右にスライドしたかと思えば、中から一人の少女が出てきた。
「うぉっ!?」
「っと……」
予期しない相手の登場に、思わず声が重なる。
俺は半ば反射的に手を引っ込めた。
目の前の少女も胸の前で片手を挙げたまま、瞼をぱちくりと上下に動かしている。
「すまねぇな急に」
「ううん、わたしこそビックリさせてごめんね〜」
少女は間延びした声で、両掌を合わせつつ軽く頭を下げた。お団子状に括られた髪の全体像が一瞬だけ見えた。
「あっ、そういえばきみ〜、新しく入った執行部の子だよね〜?」
「え? あぁ、まぁ」
「だよね〜。多分また後で会うことになると思うから、その時はよろしくね〜」
「あぁ……」
何のことだろうと思ったが、それを尋ねる間もなく、少女は俺の来た方へと去ってしまった。
まぁ、後で分かるなら気にすることはないだろう。
そう結論づけ、俺は開かれたままの扉に片足を踏み入れた。
「やぁ、おはよう大和」
部屋に入るなり、いつもの席から声がした。
どうやら居たのは難波のほうだったらしい。
★ー★ー★
「それでは始める」
時計の針が九時を回り、ナマハゲの低音が教室中に響いた。
この掛け声を聞き始めてはや一ヶ月半。嫌いだったはずのこの声にもだいぶ慣れ、今や安心感さえ抱き始めていた。
「以前軽く触れたように、今回は文化祭についてである。見ての通り現在、王子、小坂井、御厨の三人が謹慎中。執行部はこの五人しかいない。これにより平時と比べて人手不足なのは愚か、例年よりも人がいない。とどのつまり、生徒会本部とのより密接な連携が必須となる」
そこでだ、と前置くと、ナマハゲは一息置いて言った。
「今年は本部の生徒たちとペアを組んでで活動してもらう」
刹那、ほぉ、と言葉を漏らす声が左から聞こえた。
難波である。
恐らく前年のことを知っているリアクションだろう。
「なぁ、去年は違ったのか」
そんな難波に、俺は尋ねてみたくなった。
すると、難波は声を潜めて答えてくれた。
「んー、まぁね。去年はなんか、こう、手当たり次第にやってた感じかな。分担してたといえばしてたけど、特定のペアがあるわけじゃなくって、手の空いたメンバーが随時本部メンバーの手伝いしてたって感じ」
と言ってもその前を知らないからそれが例年のやり方とは言えないけどね、と難波は小さく笑って付け加えた。
「そうか。さんきゅ」
「どういたしまして」
なるほど。とりあえず少なくとも、今年は去年と同じ通りではないらしい。
「話は終わったか?」
ナマハゲが声を掛けてきた。思わず心臓がドキッと跳ねる。どうやら俺たちの会話が終わるのを待ってくれていたらしい。
「あぁ、すみません……」
ナマハゲに頭を下げた。
そして俺から尋ねて巻き込んだ手前、難波にも「すまん」と軽く頭を下げた。難波は微笑みながら手を小さく左右に振ってくれた。
「続けるぞ。このペア活動は本部からの提案である。本部のほうは今回の事態を重く受け止めており、今後の対策に力を入れたいのだという。それは我々教職員も同じである。そこで、執行部員の……引いては生徒の心理や体調の変化にいち早く気が付けるよう、本部のほうよりペア活動が提案された。なお、具体的な活動内容については、このあと本部で直接話がある。それに従うように」
ペア活動の説明は以上だと、ナマハゲは締め括った。
早い話が本部による監視だろう。『生徒の心理や体調の変化にいち早く』という言葉も、恐らくは建前上のもの。
本音はきっと、不安要素を直接監視下に置きたいというものだろう。そして再び何か事を起こせば、その時は退部も……いや、考えすぎだろうか?
兎にも角にも俺が原因なのは間違いない。
とはいえ、当然いい気はしない。
会ったこともないが、既に本部のヤツらのことが苦手になりつつあった。
「それでは本部のもとに移動する。私について来るように」
そんな俺の心象なぞ知る由もなく、ナマハゲは椅子を後ろに引き、立ち上がった。
「行こうか」
「あぁ……」
続けて難波が立ち上がり、俺もまたやや重い腰を上げる。
隣の浦上や小牧、左斜め前の高坂も立ち上がり、ナマハゲの後に続いた。
道中、後ろのほうで小牧と浦上が会話する声が聞こえた。
「先輩方とお会いするの、久しぶりかもしれないです!」
「そういえば陽奈ちゃんが皆さんとお会いしたのって、入部以来ですもんね」
「はい! だからとても楽しみです! でも、欲を言えば先輩とペアが良かったです……」
「ふふっ、大丈夫ですよ。皆さんお優しいですし、何より陽奈ちゃんとはお昼に再会できますから。その時は一緒にご飯食べましょ!」
「先輩にお昼を誘われるなんて……!」
――ガタン。
「陽奈ちゃん!?」
――なんかまた倒れてるなぁ……。
相変わらず小牧は浦上の言葉に弱いようで、相変わらず騒がしいヤツだった。でも、その騒がしさのお陰か、少しだけ心が軽くなったような気がした。
頼むから文化祭前に怪我しないでくれよ……?
そんな茶番を挟みつつ、やがてナマハゲに連れられて辿り着いたのは、本当の生徒会室。生徒会本部の教室は一個上の四階にあった。
ナマハゲは拳の裏で扉を二回叩くと、「巌だ。入るぞ」と声を掛けた。
すると、中から「はい、どうぞ」と、男性の声が聞こえてきた。俺よりも低い、されど張りのある通った声だった。
ナマハゲが扉に手をかける。
そして俺たちの部室と同様、扉を右に引いた。――その瞬間。
「いらっしゃ〜い」
扉が開かれると同時、聞き覚えのある声が耳に入った。
それは、癖になるような間延びした声だった。
視界に入ったのは、部屋の中央に向かって横向きの対面で席に座る、左側の女性と右側の男性二人。そしてその奥、俺たちを待ち構えていたかのように座る左側女性と、右側の男性。
そして、俺たちの前に立っていたのは――。
「待ってたよ〜」
あの、お団子頭の少女だったのであった。
お読みいただきありがとうございました。
はい、ということで文化祭編開幕です!
本当に長らくお待たせいたしました。楽しみにしていただいている皆様には、誠に申し訳ありませんでした。
しかしお陰様で、描きたいシーンや本編のテーマ等、固めたいことは固めることができました。
今後は2週間に1本程度、計25〜30本ほど更新予定です。
来年3月末ごろには完結予定です。お楽しみに。
さて、ここからは軽く本話について触れていきましょう。
前回の幕話でも軽く登場していた本部メンバーですが、今回で遂に大和くんたち執行部メンバーと相対しましたね。
彼らはどんな人たちなのか。
そして、お団子頭の少女の正体は……?
次回以降、彼女たちの詳細も明らかになっていきます。
お楽しみに。
それでは、次回もまたよろしくお願いします!




