↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

77/85

77.黒猫の家出、再び(ファズside)①

自宅に突然増えた部屋はとても便利だ。一度中に入って、別の場所に行きたいと思いながら扉を開くと、家から遠く離れた所に繋がる。

 

「ファズってば、今日も来たの?」


 姉のピオルは兵舎の一室で、仲の良いディマお姉ちゃんと一緒に、特別な魔術が掛けられた扉を見張っている。この部屋にはもう一つ、別の所に繋がっている、同じような扉が付いている。クーナお姉ちゃん達は、そこから遠く離れた王都から移動して来ているみたいだ。


 何やら大きな事をしたい時には、みんな王都に一度行くらしい。夢を抱いて、叶える人も居れば、夢が破れて故郷に帰る人も多いそうな。

 

「村が暇なのは、お姉ちゃんも知ってるでしょ」


 お姉ちゃんは退屈なダンジョンの村に嫌気がさして、飛び出して行った。それなら僕が考えていることも分かるだろう。

 とは言え、僕は堅実なタイプなので、一発当てようなんて事は思っていない。ただ、観察や探索をするのは好きだ。

 別に村の中で生活するのはいいけど。たまには刺激が欲しい。


「学校は?」

「先生が他の子に手がいっぱいなんだよ」

「ファズが教えて、先生を手伝ってあげたら?」

「自分よりも年下の成人の儀を受けて一年も経ってないのに、勉強を教えて貰いたい人なんか居ないよ。それよりも、街を見て回った方が勉強になるよ。図書館もあるし」

「スルゥウェルは衛兵が沢山居るから、治安がいい方だけど、冒険者も多いから気をつけるんだよ?」


  冒険者は治安維持をする義務がある、だけど全員が良い人な訳でもない。冒険者が市民に暴力を振るうような事件はよくある事だ。


「王都に行ってみたいんだけどなぁ……」


 クーナお姉ちゃんにも会いに行きたいし。


「駄目だよ。王都は悪い人も居て危ないんだからね。ファズなんかすぐに、怖い人に誘拐されて売られちゃうよ?」

「デセンドは人身売買と奴隷は禁止だよ。王都で攫って、別の国に運ぶ手間を考えたらあり得ないよ」


 この大陸の獣人に、貴族は居ない。身代金を目的にすると獣人の子供を攫う理由がない。


「ファズは賢いから、一緒に連れて行ってあげてもいいけど。ディマは今日休みだし、交代要員がまだ決まってないの。だから今度にしようね」

「仕方ないなぁ……」

「ピオル、盗賊の移送手伝えないか!?」


 ものすごくおっぱいの大きい、衛兵の偉いお姉さんが部屋に入ってきた。何か慌てている様で忙しそうだ。衛兵という仕事は人手不足らしい。

 

「無理だよ。この部屋を見張るのは王子様からの命令なんだよ。いくらヴェレット兵士長の命令でも聞けないよ」

「じゃあ、隣の部屋に縛ってぶち込んどくから、部屋から出てこないように見張ってくれるだけでいいから!」

「うーん……それならまぁ……ファズ、ごめんね。ちょっと、危ないかもしれないから、今日は村でじっとしてね?」


 お姉ちゃんはそういうと、部屋から出て行った。


「よし……行くか!」


 僕達、猫人族は好奇心旺盛なのだ。つまり本能だ。もちろん、文明人でもあるので、良識は持つべきだとは思う。しかし、僕はまだ幼いので、そんな自制心はありません。さぁ行こうぜ道の領域!

 

 僕の家につながっている方とは反対側の扉を開く。すると、不思議な部屋に繋がった。雰囲気は何となく似ているけれど。こっちの方が、広くて住みやすそうだ。


「あの人達の匂いがする……」


 犬人族ほどではないけれど、僕の鼻はよく効くのだ。特にクーナお姉ちゃんとラルンお姉さんの匂いは、強い人の匂いだから分かりやすい。ピニアお姉さんは、強いのと弱いのが混ざった不思議な匂いだ。


「とりあえず、外に出てみよう」


 玄関らしき扉があったので、ドアを開く。多分、クーナお姉ちゃんは王都から来たと言っていたから、王都に繋がっているのだと思う。

 しかし、抜けた先は板張りの床に、レンガ造りの見慣れた建物だった。


「おや……見慣れない子だけど……クーナちゃんのお友達かな。よさそうな服を着ているし。初めまして、俺は下級騎士のエズゥィだよ。よろしくね」

「僕はファズだよ。お兄さん、ここって王都?」

「そうだけど……」


 本当に王都に来てしまった。どうやら、騎士の人が住む所らしい。クーナお姉ちゃん達に見つかると、強制送還させられてしまうまうかもしれない。早くここから出よう。


 建物から出ると、とても大きな建物が建っているのが見えた。一番大きな建物なので、王様が住む所なのかな?

 街道を歩いていると、不思議な物に乗っている、おっぱいの大きいお姉ちゃんが走っていたい。


 綺麗な洋服を着ている人が沢山いるし、お金持ちが住むところなのかな。貴族街というやつかも知れない。

 

「落ち着かないなぁ……」


 田舎者の僕には肌が合わない。もっと丁度いいところはないか探してみよう。お金なら五千カクルを持ってきた。それなりの物は食べられる筈だ。


 うろうろと王都を歩いていると、中流階級の人が多い所に出てきた。何処からか美味しそうな匂いがするので、辿っていくと寂れた場所にたどり着いた。

 そこら中に同じ紙が何枚も貼られていたのを見かける。


「デセンドの歌姫コンテスト……優勝賞金は100万カクル……王国放送出演権利」


 優勝した人はラジオという声を遠くから飛ばす魔導具で、歌をみんなに聞かせる仕事に就けるらしい。王都には凄いものがあるなぁ……。100万カクルなんて、何が買えるのか想像もつかないや。


「気になるの? このコンテストは女の子じゃないと出られないだよね」

「違うよ。王都に来るのが初めてで、珍しい物が気になったんだ。ここは何のお店なの?」

「えっとね……何屋さんなんだろう……?」


 お姉ちゃんは茶色い髪の毛をくるくると指で弄りながら考えている。この人のお店じゃないらしい。お店の軒先を借りて商売をしている様だ。


「にゃんこ」


 お店こ入り口から、小さい女の子がひょっこりと顔を出して、僕の頭をジッと見ている。くりくりとした視線を向けたその子は、天使の様に可愛らしい。


「猫は好きかい?」

「好き」

「ここのお店は、高いのから安いのまで色々あるから、よかったら見ていってね」


 お姉ちゃんは青色の箱に被せている白い蓋を外すと、棒を刺した肉を並べ始めた。火の出る魔導具に乗せた瞬間に鳴る、肉を焼く音に興味が湧く。

 横に置いてある立て札を見ると、牛肉串一本150カクル、と書かれている。その値段でこの量はちょっと高い気がする。肉は自分で狩りに行けばいいと思っている、ダンジョン上がりの僕の価値観が違うのかもしれない。

 でも、王都で売られているお肉だ。もしかしたら牛と言う生き物は、高級で美味しいお肉なのかも!


「お姉ちゃん、そのお肉を買いたいな!」

「何本、欲しいのかな?」

「10本!」


 僕はクォーター銀貨四枚と大銅貨十枚をお姉ちゃんに渡した。焼きたての肉に、何かのソースで味付けされている。


「うにゃー!」


 めちゃくちゃ美味い。ダンジョンは資源が豊富で、香辛料も沢山栽培できる。だから、色々な物を食べなれているけど。このお肉の味付けは初めてだ。


「よく食べるね……」

「どんな調味料使ってるの?」

「醤油、砂糖、日異酒、塩、胡椒、ニンニクとかだよ。特別な事はしてないよ」

「醤油と日異酒ってどこで買えるの?」

「私が持ってるの売っちゃうと、消えちゃうから。使いかけでもいいならあげようか?」

「本当!? ……でも、ちょっとかさばるから。王都を見て回ってから、貰ってもいい?」

「うん、いいよ。私がお店に居なかったら、中に居るお姉さんにいえばいいよ」


 お姉ちゃんにお礼を言って、探索を続けることにした。



「こっち側はボロい建物が多いなぁ」


 住んでいる人達の視線がすごい刺さる。あまり面白いものはなさそうだ……。そういえばお店の中を見ていなかった。引き返して、お土産でも買って帰ろう。

 そんな事を思って、足を止めて踵を返そうとした時。耳にフワッと優しく、柔らかい物を感じた。


「おっぱいだ……」


 僕は人族でも聞き取れない僅かな音を聞く事ができる。クイクイと動かせば、音の方向がどこから出ているのか分かるのだ。

 

 この感覚はなんだろう。まだ母さんにふみふみしていた頃を思い出す。たまに寝床でやってしまって、一人で勝手に恥ずかしくなる。


「随分とボロい家……家なのかな?」


 殆ど朽ち果て、屋根もなくなっている。とても人が住める様な所ではない。中に入り、床を踏むとボロボロの板がギシギシと鳴る。大人が入ったら、床が抜けてしまいそうだ。


 気になっている声は、地面から聞こえて来る。ゆっくりと歩いて、床を踏み抜かない様に気をつけながら歩く。足音を立てないのは得意だ。

 薄暗いけれど、光が差し込んでいるお陰で、周りがよく見える。家の奥に入ると、地下へと続く階段を見つけた。一歩ずつ、床の状態を確かめながら降りていく。

 

 地下は暗く、猫目のおかげで見えるけれど、白黒に見える。殆ど光がない様だ。棚だらけだから、元は倉庫として使っていたのかな?

 扉の隙間から、うっすらと火の灯りが見える。珍しい、魔導具も使わないで、ランタンの灯りを使っているのだろうか。

急に見ると何も見えなくなるので、立ち止まって少しずつ慣らして行く。

 そうしている間に、さっきから聞こえていた歌声が、突然止まった。


「誰かいるの……!?」


 扉が開かれ、急に目が眩しさに襲われる。開いた瞳孔に無理矢理、明かりをねじ込まれた様に痛みが走る。


「ちょっと待って、眩しくて何も見えない」

「ごめんなさい……獣人さんだったのね。もしかして、貴方のお家だったり……」

「違うよ。こんな所に人は住めないよ!」


 ようやく目が慣れてきた。目の前には怯えた様子の女の子。とは言っても僕よりも背が高い。年上なのかな?


「おっぱ……優しくて綺麗な歌声が気になって入ってきたんだよ。お姉ちゃんは歌姫コンテストに出る練習をしてたの?」


 人族の女の子におっぱいと言うのは、あまりよくないらしい。どうやら、エッチすぎると、村のお兄さんに教えてもらった。

 子供の為にある物がエッチなんて、人族の考えはよくわからない。完全獣化した時に抱っこされると、落ち着く。ちなみにクーナお姉ちゃんは胸が小さいけど、一番抱っこが上手くて落ち着く。


「私……下手だし……声も変だから。出ても相手にされない」

「そんな事はないよ。僕の耳は敏感なんだ。お姉ちゃんは出るべきだね。優勝できなければ、優勝を決める人の耳がおかしいんだよ」

「服だって汚いし……見た目も」

「そんなの……」


 確かに、表を歩くには少々……とてもみすぼらしい。髪の毛もボサボサで、顔が見えない。


「それは……僕が何とかする。代わりに、僕に毎日その歌を聞かせて」

「そ、そこまで言うなら。でも、詩もない歌だよ?」

「お姉ちゃんの歌を聴いてると、心の中が優しい気持ちになって。なんていうんだろ……なんか出そう!」


 こんな暗くて寂しい所で、このお姉ちゃんの歌が誰にも知られず朽ちていくなんて、そんなのは僕の耳が許さない。どうにかしてでもコンテストに参加させて、色んな人に聞かせてあげたい。

 まずは……五千カクルで服を買って、散髪屋さんに連れて行く。僕の手持ち全てを使っても、足りるかどうかわからない。結構な金額だけど、服を買うには少々、足りないかもしれない。

 しまった……さっき、千五百カクルを使ったから。三千五百カクルしか残ってない。こうなったら働いて稼ぐしかない。

 僕はスフィア商会と書かれた看板のお店に走った。


「おっぱいの大きいお姉ちゃん!」

「お、おお……やめて、そんな事を女の子に向かって言っちゃだめだよ!」


 しまった、調子に乗ると勢いに任せてしまう。僕は猫ではなく、猫人族なのだから、もっと理性を持って行動しないと。


「ごめんね。猫人族には変な意味じゃないんど。今度から気をつけるね。えっと、僕を働かせて欲しいんだけど、ダメかな?」

「成人の儀は終わってるんだよね?」

「半年前にやったよ。ほら、ちゃんと獣化出来るでしょ」


 手を獣化させて、肉球をお姉ちゃんに見せる。クーナお姉ちゃんにこれをやると鼻息が荒くなって、面白い反応を見せてくれる。


「ちょっと待ってね。……エレルさーん」


 お姉ちゃんがお店の扉を開けて、中にいる美人なお姉さんに声をかけた。さっきの可愛い女の子とそっくりだ。姉妹なのかな?


「なんでしょうか?」

「この子がここで働きたいみたいで。猫の手も借りたいってたよね?」


「好きに従業員を増やしていいと、言ってましたね。読み書きと算術は出来ますか?」

「出来るよ。獣化すれば力仕事も出来るんだ」


 獣化を活用すれば重い物でも、それなりに持ち上げる事は出来る。僕の完全獣化には欠陥があって、普通の猫と同じ体格にしかなれないけれど。腕と肩を一部獣化させると、僕でも力仕事が出来る様になる。

 食物庫を荒らす、小型の魔物を退治する事でレベルも少しずつ貯めている。


「それではよろしくお願いしますね」


 お姉ちゃんは黒い箱に向かって独り言を喋り始めた。遠くに音を届けるという、ラジオって名前の魔導具と同じ仲間かな?


「7歳の子なんだけど。……うん。読み書きと計算もできるみたいで……すごいよね。ん……締め切りが近くて来れない……え、それは大変だね。分かった、がんばってね」

「どうでしたか?」

「うん、お願いしたいって。なんか忙しいみたいで、丁度良かったって。……私はハイラ、学園に通いながら、ここでお店を時間がある時にやってるの」

「僕はファズだよ。よろしくね」

「私の名前はエレル、それと娘のマニルです」

「にゃんこのお兄ちゃん」


 僕の妹か弟と同じくらいかな?


「賃金は一日千カクルだけど、働き次第でもっと増やしてあげるね。ファズ君はお家はどこなの?」

「宿無しなんだ。何処か、いい宿はないかな?」

「家を勧めたいけど、ちょっと……遠いかな……」


 ハイラお姉ちゃんは遠くの方を見つめている。そんなに遠い所なのかな。王都は結構な広さがあるからね。毎日通うには遠いのかな?

 

「部屋に余裕がありますし、ここに住みますか?」

「いいの?」

「どうぞ、ファズくんが良ければ。そっちの方が賑やかで、マニルも喜んでくれるわ」

「しっぽ……」

「耳はいくらでも触っていいけど、尻尾はやめてね?」


 田舎者の男子なら一度は憧れる場所、王都。これからの色んなことがあるかと思うと、ワクワクが止まらない。地上に居る姉に会いに行こうと村を抜けて、連れ戻された時に母さんからひどく怒られたけど。

 だけどやっぱり、見たことないものを見るのは楽しくて仕方ない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。