75. デセンドの優しき第六王女ミェルVS謎の地雷系美少女スーニャ!?⑥(決意編)
「くうなさん、お爺さんが刀を完成させるまで時間がありますし、剣術の練習でもしますか?」
「それは是非お願いします」
「ふちは残虚に住んでいる子供達に剣を教えているから、教えるのは上手いはずですよ」
残虚は不思議なところで、自分がそうでありたい年齢で成長や老いが止まるそうだ。
ふちさんと神社の敷地にある道場に案内される。そして、壁にかけられた木刀をふちさんから渡された。
「ちゃんと寸止めするので安心してください」
「私……スポンジで作った剣のおもちゃでも、危険な凶器になるらしくて……」
加減を間違えると大変なことになってしまう。木刀をふちさんに向けるわけにはいかない。
「そうなんですか。では……一度、本気で素振りしてください」
私は上段から切る動作を彼女に見せた。風を切る音も凄まじく、甲高い音が道場に鳴り響いた。
「あら、とても早いですね。これがれべるという加護ですか。では、今度は私に好きなように切り掛かってください」
「寸止めするのに慣れていないので、危ないですよ」
残虚の人達にレベルという概念はあっても、存在はしていないようだ。魔物がいないので、レベルを上げる方法がない。
「気を使って防御力を上げられるので平気です。不安なら私から先に」
ふちさんが木刀を構え、裾を滑らすように踏み込む。早い、だけど目で追えないわけでもない。予備動作で、どう防御すれば良いのか分かる。
トトン
床板から太鼓の様な響きが足に伝わると、ふちさんの姿が消えた。そして、右肩にぽふっと服越しに硬いものが当たった。
「ふちさんって、もしかして忍者なのかしら……」
「巫女ですよ」
刀剣スキルには習得スクロールが存在しない。スクロールをつくる技術は、助兵衛が大陸に流れ着いた時代よりも昔のもの。ない物は買うことができない。
それからふちさんに基礎的な、古武術の足捌きを教えてもらった。
体力のステータスはそれなりにあるので、簡単には息切れしたり、疲労したりしない。生まれてから、息を切らした事がないのだ。
「もっと軸足に体重を乗せることを想像して……そうです!」
「ぜぇ……はぁ……きゅ……休憩を」
全身の筋肉と心臓が破裂しそうなくらい痛い。ピニアや筋肉質な冒険者や兵士は霊体だけの力に頼らず。これを我慢して肉体を成長させているのだから、とても凄い事だと思う。
「よく頑張りました。くうなさんは素質がありますね。お茶とお菓子を持って来るので、素振りして待っていてください」
「え、だって……もう……私、息が」
ずっと動きっぱなしだったのに、ふちさんはどうして息を切らさないでいられるの!?
「大丈夫、くうなさんなら出来ます!」
ふちさんの特訓は容赦が無かった。レベルの恩恵が無いからと、驕っていた。彼女は映画に出てくる、ものすごく強いお爺さんみたいな、アレにそっくりだ。
私の脳裏に、実家に仕えている、お爺さん執事の顔が頭によぎった。
「ひいるという魔法を筋肉痛に使うとどうなりますか?」
「ヒールは肉体を元に戻す魔法です。代わりに霊体の体力が回復すると、筋肉痛から解放されます。筋肉痛が治る前に体力が切れると、また痛くなります」
「と言う事は……超回復する前に、鍛えても意味がないのと同じですね」
今、私がエクストラヒールを自分に使ったら、さっきの苦労は水の泡に消えてしまう。なんて恐ろしい。
お茶のお菓子に出された、プロテインバーを頂く。甘くて美味しい。これで筋肉がつくのなら凄い食べ物だ。今度、ルレとペニャの為に買い溜めしといてあげよう。
毎日、ふちさんに特訓をしてもらい、早くも2週間が経過した。お世話になるのも今日が最後だろう。明日には完成すると、八兵衛に知らされた。
「本当にふちさんのお家はお風呂が広いですね」
マンションのお風呂も足を伸ばせるぐらいの広さはあるけれど、ここのお風呂は3倍ぐらいはある。
「現世なら光熱費が大変な事になりそうですが、ここは残虚ですので。使い放題なんです」
その分、普通の人には危険なところだけど。子供ですら、悪霊や妖怪を蹴散らしたりするので、とてもたくましく思う。
特訓でかいた汗をシャワーで流す。ベタついていた肌がスッキリしてきた。髪と身体を洗って、緑色の湯が張られた風呂桶に足を入れた。
入浴剤というらしく、良い香りがする。帰ったら、色々な種類を買って試してみようかしら。
「くうなさんは刀を何に使うんですか?」
「本当は私は向こうの世界で銃を使っているのですが。学園の試合で、友達の聖剣使いの人と勘違いで怒らせてしまって、戦う事に」
「聖剣ですか。となると、向こうの神様の力が付与されているんですね。どんな方なんですか?」
私はミェルと戦う事になった経緯をふちさんに話す事にした。彼女は何も言わずに聴いてくれた。
「ミェルと戦って良いのか……自分でも分かりません。いっそ、スーニャは逃げた事にして、もう二度と変装しなければ……」
この事を考えると胸がいがいがして、痛くなってくる。もやもやとして苦しい。
「くうなさんが辛ければ逃げても良いんです。ミェルさんが安心するなら負けても。悪意を知らないミェルさんの為に悪役を演じるのもいいでしょう」
「でも、逃げるなんて……情けないです」
「ええ、くうなさんは勝ちたいから、少しでも勝率を上げる為に、特訓を頑張りました。私はそれを見て、勝ちたいと言う気持ちが伝わっています」
ミェルに負けたく無い。私はあの子が羨ましい。貴族なのか、平民なのかハッキリしない自分の立場とは違う、王族という立場に、彼女を大切に想ってくれる兄と姉、父親が側にいる。
仕事も出来る。座学だって成績優秀だ。これで試合に負けたら、一体何で勝てるというのか。
「本当は……負けたく無い。ミェルに腹が立っている所もあります」
「私にはどうしなさいと、くうなさんに言える筋合いはありません。ただ、あなたには選べる選択肢は沢山あるとしか言えません」
ルレが騎士になってミェルを守る為に、頑張って強くなったのに、それを忘れてしまって強くなっているし。もし、あの子が私達の戦いを見て自信を無くしたらどうするつもりなのか。
そうだ……。結局、簡単な悩みだったんだ。
「どうぞ……こちらがクーナさんの為だけに存在する刀【陰陽神乃刀】です」
『私も少し力を貸したんだ。大したものでは無いが。役立ててくれると嬉しい』
「犬神様、ありがとうございます」
八兵衛さんが白い布で包んだ刀を差し出した。私はゆっくりと手に取ってその外装を確認する。艶やかな白と黒の糸を巻いた柄に柴犬の金細工が挟まっている。同じように白黒の二色で別れた鞘には、寝ている猫の反対には遊んでいる雀が描かれている。
「この刀には神様の力が込められています。くうなさんがこの刀を必要とする時、力を貸してくれるでしょう」
やっぱり、2週間も一緒に過ごすと名残惜しい。だけど、いつでも扉を潜れば、会うことができる。
このひと騒動を片付けたら、みんなで残虚に遊びに来ても良いだろう。言葉は通じないだろうけれど、なんとかなるはずだ。
「それでは御武運をお祈りしております」
「また遊びに来てください。ピニアさんの刀を作らせて頂くのを楽しみにしております」
『また、私の頭を撫でに来てもいい』
「それではまた……」
神社の長い階段を降りる。やっぱり、厚底ブーツなんて履くものじゃない。
スタジアムの控室に繋がっているはずの、モダン喫茶ヤングと書かれたお店に備え付けられた扉を開ける。
デセンドに戻ると、2週間前の記憶に入り込んだような錯覚に陥る。どうにも慣れないものだ。
刀を抜いて、刀身を確認する。綺麗な波紋が浮かんだ、傷ひとつない刀身が光っている。
『クーナ、試合が始まる。準備が出来てたらフィールドに出て』
2週間ぶりのヤルヤの声だ。
私の刀が何が出来るのかを教えてくれる。それを聴いた瞬間、私は勝ちを確信した。同時に、ふちさんとの特訓が活かす事なく終わってしまう事を知り、残念な気持ちになってしまった。




