74. デセンドの優しき第六王女ミェルVS謎の地雷系美少女スーニャ!?⑤(いぬみこ!編)
「んー、んん?」
いつもと違う朝、身を覚まし、周囲を見渡すと布団を敷いた和室に居た。次第に頭がクリアになっていき、今いる状況が把握できて来る。
私は刀を作る為に残虚に来た。ふちさんと八兵衛さんの住んでいる神社で、刀が完成するまでの間、お世話になることになった。
和風な可愛らしい雑貨が置かれた部屋は、ふちさんの部屋だった。私は昨日、1人では怖くて寝る事が出来なかったので、恥ずかしながら一緒の部屋で寝させてもらうようにお願いしたのだ。
「くうなさん、朝ですよ。朝餉を用意したので、着替えたら降りてきて下さいね」
「おはようございます。わかりました」
既にふちさんは起きており、割烹着に着替えていた。私も、寝巻きから普段着に着替える。ここは日本の裏世界みたいな所なので、時代を気にする事なく、好きな服装を着られる。
ファッションカタログを購入して、私の好みな物を探して、スキルで現物を取り寄せた。
「良いわね」
実際に着て、姿見を見るとイメージと違っていたという事は良くある。それを確認した後、私は部屋から出て廊下を降りた。
階段を降りた先にある渡り廊下を歩く。昨日の夜は不気味に感じていた廊下は、今では明るく日差しが床板に差し込んでいた。キシキシと僅かに聞こえてくる床の音は、恐怖の対象では無い。
サッシの向こうを見ると、綺麗に手入れされている庭が見えた。少し、気になりサッシを開ける。カラカラと小刻みに鳴る戸を開くと、知らない朝の香りがした。
「へっへっへっへっ」
下を見ると、茶色い毛の犬がつぶらな黒い瞳で、私をじっと見つめていた。
「おはよう、あなたもしかして……柴犬?」
映像で何度か見ていた時から可愛い犬種だとは思っていたけれど。実際に目の前に居るとその可愛らしさが分かるわね。
『君は八兵衛のお客さんか、女性が刀を求めるとは……。不思議な時代になったものだ。何時、命を失ってもおかしくは無い修羅の道で、儚い命を散らさぬよう。私には願うことしか出来ない』
渋い男性の声が聞こえてきた。そういえば、私は動物と会話出来るようになっていたわね。
「あなた、心配してくれているのね。大丈夫よ。そんな血生臭い事には使わないわ」
『おや、私の会話が出来るのか。ふちですら私の声を聞けぬというのに。いやはや、不思議な少女も居たものだ。君に似た匂いをする客が居るが、姉妹だろうか?』
「姉はここには居ないわ。残虚に居たらびっくりして気絶しちゃうわよ」
姉二人はリェースで、領地管理の仕事をしている筈だ。三女は当然、学園に居る。ここへの扉は、私が案内しないと開ける事ができない。
『そうか、周りには私を馬鹿そうな犬と言いながら、人目がなくなると猫撫で声で撫で回す少女は君の姉では無いのか。人間の顔は今ひとつ区別が付かなくてね。匂いで判断するしか無いんだ』
「失礼しました、神様なんですね」
『古では大犬神と畏れられていた私も、今では残虚を維持する為に、可愛らしい犬に成り下がってしまった。しかし、この容姿もツンケンした少女の顔をとぎほぐせるのであれば悪くない』
「残虚を管理されている神様なんですか?」
『他の神にも手を貸してもらっている。よくここら辺に姿を現す一柱に、狐々という使いから神になった女神がいる。彼女は現世との出入り口を維持していて、君が残虚で迷えば迎えにきてくれるだろう。さて、こうして長話をしていると、朝餉が冷めてしまう』
「所で……撫でてもいいですか?」
『それは構わないが……食事の前に犬を撫でたら手を洗うんだ。約束だぞ』
ひとしきり犬神様を撫で回した後、私は洗面台で手を洗って、歯を磨いた。居間へ向かうと、新聞を読んでいる八兵衛さんと挨拶を交わした
「今日はふちと残虚に居る他の職人達に依頼して回ってもらいます。気難しい方も居ますが、クーナさんなら心配ありません」
外に出ると、犬神様がお座りをして待っていた。
「あら、犬神様、おはようございます。こちらのお方は残虚を守って下さっている犬神様です」
「さっき庭で少しお話しました」
「くすくす、犬神様とはもうお知り合いでしたか。昔は村人達から祟り神と畏れられていたのですが、可愛いでしょう?」
「犬神様は怖い神様なんですか?」
『村人にそう思われていたお陰で祟る力は持っている。私はただ、野犬の住処を守っていただけなんだがな』
「昔は体も大きくて、狼のような凛々しい顔つきだったのですが。今では丸っこくなってしまったのです」
「犬の中で、狼の遺伝子を多く持つ犬種は柴犬といいますね」
「まぁ、そうなんですか!」
『君は生命力が強い。亡者どもが君を求めて這い寄って来る。残虚に居る間は私が君を守ろう』
犬神様がパタパタと尻尾を振りながら宣言してくれた。完全獣化したピニアの方が、犬神様よりも大きくて強そう。だけど、お化けから守ってくれるのならありがたく犬神様を頼ろう。
「残虚は人の想いが交錯する街です。所々に揺らぎがあり。その時、抱えている考えによって繋がる場所が変ります」
『悩み、後悔の様な感情は道に迷いやすくなるから気をつけてくれ。私は鼻が効くから、ちゃんと見つけてやるから、安心して残虚を歩くといい』
ミェルの事で悩んでいる私が、この場所で単独行動するのは自殺行為ね。狐々様や犬神様に迷惑をかけてしまう。
神社の階段を降りて、昨日の買い物した商店街まで歩いた道を進む。まだ朝早いせいか、人気は少ない。
「ますはここで柄巻きの注文をしましょう」
『八百屋か……私は肉屋の方が好きだな』
「おう、ふちちゃん。まだ準備中だけど、なんか欲しいもんでもあるのかい?」
「今日は依頼をしに来ました」
「そうかい、真知子ぉ、店番をやってくれー!」
店主のおじさんが大きな声で、呼びかけると奥の襖がスパーンと潔い音を立てると、金髪で目つきの悪い印象のある若い女性が、腕を組んで立っていた。
「朝っぱからうるせえよ。クソ親父……あっちの客かい?」
「おう、だから注文聞くから店番頼むわクソ娘」
「ふち婆、客ってのは……寝起きみてえな顔したマブい嬢ちゃんか?」
「そうですよ」
とても長生きだと聞いてはいるけれど。おばあちゃん呼ばわりするには、ふちさんは若い見た目なので抵抗がある。
冒険者ギルドでよく見かける、見た目の怖い人と同じような目つきで私をじっと見てきた。合わせると、因縁をつけて来るので、私は目を逸らした。
いくら私の方が腕っ節が強いとは言っても、怒鳴られるのは怖い。
「よし、その客はあたいが貰った」
「はぁん? おめぇ、鍔なんかおっさん臭えから、もう作らねぇっつてただろうが」
「このおっさんは古くてシャバいもんしか作れねぇから。あたいがイカしたもん作ってやんよ」
そうだ……思い出した。昭和という長い時代には、ヤンキーと呼ばれる種族が居たという。バイク雑誌を読んでいたら、奇抜な装飾を施したバイクに跨り、珍走族という組織を組んで迷惑行為を働いていたという。
もしかして、犯罪組織の一人なのかしら。珍走族のバイクのような変な装飾を剣に施されたりしないわよね?
「とっとと中に入らんかオラァ!」
「ひっ!」
『この娘に昔に一度、部屋に監禁しかけられた……恐ろしい所だった……気をつけろ』
「やっぱり、怖い人ではないですか!」
「シャバ言ってんじゃねぇぞオラァ!」
真知子さんがこちらにズンズンと近寄って来ると、私を肩に担ぎ上げた。
「離すのだわ!」
このままでは監禁されてしまう。残虚、なんて恐ろしい場所なの……。
この人、力強っ! 私の腕力に勝てるなんて、冒険者なら中級かそれ以上の力ぐらいよ!?
「真知子ちゃんはこう見えても、可愛いものが好きな、優しい子ですよ」
店の奥に連行されると、件の部屋らしき場所に入れられ、座布団に乗せられた。マンションのルレに貸している部屋みたいなインテリアと同じような感じだった。
「さて、あたいは白金師の真知子つーんだ。これでも昭和生まれのピチピチババアだ。腕はあるから安心しな。で、嬢ちゃん名前は?」
「クーナよ」
「ああん? そいつは……」
「くうなさんは異世界から来た方です」
「ああ、そういう事かい」
「にゃ」(姐さんの舎弟っすか?)
「んー」(他のシマの匂い持ち込んでんじゃねぇぞ。ヤキ入れてやんぞ!)
白猫と黒猫が二匹、頭をぐりぐりと私の体に擦り付けてきた。性格が真知子さんにそっくりな喋り方をするのね。言葉が聞けても、この子達の言っていることが分からないわ。
「んにゃー」(新入りは撫でるのが仕事だろうが、撫でやがれオラァ)
とりあえず顎の下を、こちょこちょとくすぐっておく。
「ゴロゴロ」(や、やるじゃねぇか新入り)
何だ、ここは天国か。
「クーナは猫が好きかい?」
「動物の中では1番ね。2番は狐、3番が柴犬よ」
『私は三位か……』
「じゃ、鍔のデザインは虹と猫でいいな。いや、それしかねぇ」
「虹の橋ですか。死は穢れなので、それは……」
「それは虹の上に猫を歩かせたらの話だよ。下で眺めてる、つーことは生きてるって意味になんだろ。他にも空に掛かる橋があるんじゃないかい?」
「流石、真知子ちゃん。儀式の事も考えてくれたんですね」
「虹の橋とか、何かのお話ですか?」
「外国には飼ってるペットが死んだら、虹の橋を渡って天国の手前で、他のペットと楽しく遊んで、飼い主を待ってるつー詩があるんだよ」
「真知子さん、よく私の名前が虹を意味しているって分かったわね」
「珍しい名前だと思うけどね。元ヤンは漢字と当て字に強いんだよ」
なんというか、冷静に真知子さんと会話していると、ワフ姉さんに似た雰囲気がある。少し荒っぽいけど、悪い人ではないのね。
「天と地を繋ぐ、天浮橋がありまして。くうなさんが異なる世界に渡る術を持つのは、その力を借りているからだと思います」
マーケットスキルは異界から物を購入するスキルだものね。それに由来する神様からスキルを授けられているわけで。
『天浮橋か……高天原は行ったことが無い。見たことがないので、虹と関係あるのか私も分からなくてね。しかし……人語を喋れ無い犬神が言うのもなんだと思うが、言霊というのは大きな力を持つ』
「昔は虹が出ると、不吉の前兆って言われてたけどな。大きな地震とか起きる前に、よく出て来るんだよ」
「虹って、日本だと不吉なの……?」
「だから親御さんは、あんたの名前を空七にしたんじゃ無いのかい? ……とにかく、モチーフは決まりだね。鍔とか目貫のデザイン画をいくつか作っておくから、明日か明後日にでも見に来な」
真知子さんへの依頼が終わると、今度は鞘の職人さんのところへ向かった。入った先のお店は文房具屋さんだった。
日本刀の製作は副業で、基本的に何かのお店と兼業しているそうだ。
「この子が使うのか……分かった、今から作る」
髪の毛をボサボサにした無精髭を伸ばしたおじさんは、店の奥へと消えていった。
「え、終わり……? 私、何も言ってないわよ」
「仁太さんは注文を聞くことはありません。ですが、満足する物を作ってくれますよ。最後は魚屋さんに向かいましょう」
「全部、商店街で作られているのね……」
「日本刀を欲しがる方は、現代ではそんなに居ないので……」
長靴に黒いエプロンを着けた、見るからに頑固そうなおじいさんが立っている、魚を並べているお店に案内された。
「ふちさん、メヒカリ入ってるよ」
「お爺さんの大好物ですね。買って帰りましょう。それと……重光さん、柄巻をお願いしたいのですが」
「分かった、仁太のと信吉……いや、真知子か、あいつらに合わせてやる」
「助かります。」
意外と聞き分けの良い人だった。どうやら、気難しいというのは、文房具屋のおじさんだったようだ。
「好きな色を選べ、みたいなことは無いのね」
「要望があるならそうするけどな。鞘と比べて、色味に違和感を感じても責任取れない」
重光さんは網の上に乗った小魚を袋に入れながら言った。
「仁太の事だ。眠そうな目をした嬢ちゃんを見たら何を作るか想像がついている」
私そんなに眠そうな顔をしているのかしら。確かに、目を大きく開けるとぼやけて見えにくいから細めているけど。
「そんじゃ、また来てくれ」
おじいさんが小魚が入った袋をふちさんに渡す。これで、刀の注文は全て終わり。ここに来てから、刺激が強い事ばかりね。デセンドでは1秒も経過していないのに。
……夕食に出てきたメヒカリの唐揚げはとても美味しかった。それからも朝昼晩と和食漬けで、少しずつ私の舌は、素朴な味に魅了されていったのだった。




