70.デセンドの優しき第六王女ミェルVS謎の地雷系美少女スーニャ!?①(やっちまった編)
学園校内の廊下は広く、生徒が沢山歩いている。人によってはベンチに座って、授業の合間にお喋りを楽しんでいる。
「ランキング戦のお知らせが張り出されていましたわ。ご覧になりました?」
「ええ、楽しみですわね。1位はきっとペニャ様ですわ」
「どうでしょう。ルレさんも特訓して強くなられているかもしれませんわよ?」
「先輩の方々には敵いませんわ。シャン様やノニーナ様に勝てるわけありません」
ランキング戦なんてイベントがあるのね。私は剣やら魔法やらで戦える程の技術は無いから。用事がないイベントね。みんなを応援するぐらいかしら。
最近は、色々な計画の土台作りも済んだし、授業を受けるのに集中できるわね。マルの人型ボディ制作の為にも勉学を頑張らないと。
その為の授業を受けるため、学園内を重い厚底ブーツの音を鳴らして移動する。錬金術準備室から、私が選択している霊体学科の教室へは、中々の距離がある。姉に遭遇するのは面倒なので、今の私は仮の姿であるスーニャに変装していた。
地雷系という、フリルが沢山ついた黒い服のファッションを身に纏っている。ツインテールという髪型に、化粧もそれに合わせた。
「あの人……かわいい……けど」
「や、やめとけ。見るな、話しかけるな。あの抱えている人形……黒魔術か呪術の使い手だ。下手な事をすると呪われるぞ」
「分かってるよ。見た目は良いのに……残念だ」
包帯をやらガーゼで巻き巻きにした、黒猫の人形が人除けの仕事を果たしてくれている。マルの世界で流行ったファッションだそうだ。人の視線は気になるけれど、可愛らしいので私は気に入っている。
「あ……え?」
通り掛かりのルレがすっごい視線を向けてくる。
私もコンタクトレンズで真っ赤な色に変えた瞳をむける。私だと気づいていないのか、ルレは視線を背けた。声を掛けてしまうと、変装の意味が無くなる。ルレには悪いけど、彼女の横を通り過ぎた。
「お兄様はもっと幅を広く勉強すべきなのです」
「いや、数学は苦手なんだよ。あれだけは理解できる気がしない」
「数学だけじゃない。苦手なもの沢山ある。だから、お兄上は落ちこぼれって言われる」
両サイドに可愛い女の子を添えた第三王子が歩いてきたわね。私の正体に気づくかしら?
なんて、友達で遊んで、面白がるなんて良くない事よね。後でちゃんと言っておかないと。
「ん?」
アスティルと目線が合った。私の顔を見ながら、真顔で何故か頷いている。そのあと、ミェルの方を向いて喋り始めた。
「そういえば、スライムハウスの試験はどんな調子?」
「また、話を逸らして……良い調子ですよ。まだ春なのに、夏野菜がもう収穫出来ました。農業科の先生たちが喜んでます」
「クーナの名義で商業ギルドに特許申請しておいた?」
「ちゃんとしてあります。使用料は1パーセントに設定しました」
それって、結構な金額になるわよね。財務処理はマルがやってくれるから良いけど。というか、アスティルは私の事に気づいて、話を切り替えたわね。彼には、生徒として行動する時には、ケーニャという人物に変装する事は伝えてあるし。よくよく考えれば気づいて当然ね。
「あ……ああ!」
「どうしたのヤルヤ。急に変な声をあげて……」
「あ、あれは……」
ヤルヤが私の事をじっと見ている。更に、こっちにゆっくり歩いて来た。ヤルヤも私に気づいたのね。
「そ……は……で……たの?」
ヤルヤは錬金術とか科学の話をするから、最近は私に大きな声で喋られる様になったのに。何故か声が小さい。
「どうしたの?」
「……と……の」
「ごめんなさい。よく聞こえないわ」
厚底ブーツで高くなっているので、ヤルヤに目線を合わせると見下す形になってしまう。側から見れば、第五王女相手に言葉遣いの配慮しない人になってしまっているじゃない。
ヤルヤは私に気づいていないのかしら?
困っているヤルヤを助けようとしているのか、ミェルも私達の方へ歩いて来た。
「はじめまして。ミェル•デセンドと申します。こちらは私の姉、ヤルヤ•デセンドです。貴女の服装に大変興味があるようで。よろしければ、取り扱っているお店を……」
ミェルも、気づいていないのね。私がミェルの知り合いだとも、、周りに覚えられるのは良くないわね。小声でこっそり気づいて貰えれば、ミェルなら察してくれるはず。
「やだわ、ミェっ……!」
私は口を閉ざさないとならない事情があり。喋るのを咄嗟にやめた。
「そう言わず。お店の名前でも教えていただけませんか。お礼もさせて頂きます」
想像もしていなかった、最悪のタイミングが訪れた。私の両サイドに天敵が二匹、私を挟むような形で通りすがった。
「そこの平民、クーナという女は知らない?」
「クーナって子なら、初学年の棟に沢山いるよ。まだ流行ってるんだね」
5歳児より下の世代には、深窓の令嬢にあやかって、クーナと名付けられた女の子がちらほらいるのだ。
「5歳児のクーナじゃなくて。クーナ•リェース、12歳の女よ!」
「あれ、深窓の令嬢って15歳じゃなかった?」
「16歳の設定だろ?」
「ああもう、使えない平民ね!」
往来の生徒に、私の事を訪ねて回る。姉が一匹が左手に……ゴム弾で撃ったら、あの迂闊な口を黙ってくれないかしら?
「何かしら、あの奇抜なファッション。下品な格好をして恥ずかしくないのかしら。イカれてますわ」
もう一匹は、貴族界隈で流行っているらしい超巨大な襟巻きをつけた第一王女に、私の右側頭部へ襟をぶつけられた。あの馬鹿みたいなイカれた襟巻きで顔を覆って、縛ったら巾着袋みたいに出来ないかしら?
「チッ……クソ女どもが……」
落ち着けー落ち着くのよー。2人に向けてゴム弾を撃っちゃ駄目よー。グーパンも駄目よー。深呼吸……深呼吸をするのよー。ほら、吸ってー。
「い、今何と?」
吐いてー。
「はぁ……」
「ふ、ふふ……流石にここまでコケにされたのは初めてです。末席の王女とはいえ、王家の権威を守る義務が私にもあります。ましてや、ヤルヤお姉様まで愚弄するとは……」
ミェルが何故か怒っている。無意識に呟いた言葉を彼女に向けたものだと勘違いさせてしまったようだ。
「ミェル、勘違いよ」
「私には王女としての矜持が勘違いだとおっしゃるのですね……いいでしょう。私もランキング戦に参加させていただきます。そして、貴女をコテンパンにやっつけさせて、身の程というものを教えてあげましょう!」
人に向かって指を刺すなんて事を絶対にしないミェルが、私に指を刺している。かなり怒っているわね。ちゃんと説明したら許してくれるかしら……。
「うわ……あの派手な女、デセンドの王女に無礼を働いたのね。馬鹿なのかしら。でも、良さそうな服を着ているわね。金持ちめざまあ無いわ」
「ひっ、ミェルがブチ切れていますわ……ヤルヤに暴言を吐くなんてイカれていますわ」
私を見てニヤニヤと笑う姉と、妹を見て真っ青になる長女が近くにいるせいで、ミェルにちゃんと説明が出来ないじゃない。早くあっち行って!
それにしても、メディが真っ青になるなんて……ミェルって怒ったら怖いのかしら?
「さぁ、名乗りなさい。そして貴女を指名します。デセンド王国第六王女ミェル•デセンドが命じます」
ミェルが私を睨んでいる。めちゃくちゃ怖いのだわ。アスティルさん……助けて!
「さーて、ルー先生は何処に居るかな。この黒い格好の赤い目の人とミェルのランキング戦の申請をしなきゃなぁ。もしかして錬金術準備室でクーナの本でも読んでるのかなぁ?」
私は視線でアスティルに救援を要請するが、読んでいると恥ずかしくなるから、私が深窓の令嬢クーナの本を読む訳がないのを彼は知っているはずだ。これは正体を絶対に明かすなという指示だろう。
「こんな騒ぎになったからなぁ。ランキング戦に参加しないわけにはいかないだろうなぁ。大変だなぁ」
ランキング戦に一回参加したらまた何回も戦わないといけなくなるじゃない。ミェルと戦うなんて嫌よ。
「ちょっと、アス……」
「よーし、この人が名乗ったら、ルー先生の所にいくぞう。きっと錬金術準備室に居るだろうなぁ」
白々しい大根演技を見させられているという事は、私が正体を明かすのは良くない状況なのね。とりあえず、この場は私が名乗って、場を収めた後に錬金術準備室に行って、ミェルに事情を説明すればいいのね!?
「スーニャよ」
「あれ……殿下、どうしたんですか。随分と……人が……多い……」
メテリエ先生が職員室の方から歩いて来た。錬金術準備室に向かっているのでしょうね。私達に声を掛けるけど、周りの生徒たちの視線にやられているわね。
「メテリエ先生、こちらのスーニャさんにランキング戦を申し込みます」
「え、ええ!? ミェル殿下……えっとその……」
「今すぐ! 今日は空きがあるはずです」
「で、でもぉ……申請が」
「参加者申請受付の管理なら私が担当です。このスーニャさんという方と私の名前を、今すぐに書きます!」
「ちょっと待て、ルー先生にも声を掛けてだな」
「ヤルヤお姉様に暴言を吐いたのです。お兄様、どうしてそんな平然としていられるのですか?」
ミェルが躊躇する事なく職権濫用をしてる……。アスティルは頭を抱えて俯いているし。野次馬も増えて来た。
「さぁ……逃げないでくださいね」
「これから授業があるの……後にしてくれないかしら。具体的には、美味しいお菓子をどこからともなく出す様な、仲のいいお友達と少し待ってくれない?」
お茶でも飲みながら、事情を説明しましょう。美味しいお菓子を食べれば冷静になってくれるはずよ。甘いものは正義なのだから。
「無理です。私は今、非常に怒っております。私がお父様の娘である事を感謝なさい。ここがデセンドだという事を感謝なさい。貴女は一国の王女を排泄物呼ばわりをしたのです。ここがゼゼンダル王国やヴェイゼア帝国でしたら、貴女の命はございません。さぁ、メテリエ先生……スタジアムに参りましょう」
メディを排泄物呼ばわりしても怒らないのに……ヤルヤの事がとても大切なのね。私も上2人の姉を馬鹿にされたら同じぐらいに怒るわね。
勘違いさせてしまった事をちゃんと2人に謝らないと。ヤルヤには服もプレゼントさせてもらいましょう。
「ランキング戦は……戦闘試験所でするもので……上位ランキング戦でもないのに使ってしまった、他の先生に怒られてしまいます」
「メテリエ先生、二度も言わせないでくださいますか?」
「は、はい。ミェル様、万歳!」
ミェルの姉2人は、笑顔で物騒な事を口にする妹を怯えた表情で見つめ、全身をガタガタと震わせていた。
今更、自分の正体を明かしたら、収拾が付かなくなる。私はスーニャという少女を演じ続けなければならなくなってしまった。
野次馬に囲まれ、ゾロゾロとスタジアムに着く頃には、数え切れない程の人数になっていたのだった。




