69.ありふれた言葉を望む
石で作られた階段を下り、短い洞窟を抜けると、気温が急激に変わり、穏やかな気温に感じられる様になった。階層が変わったのだろう。鼻に感じていた熱気の匂いが、森の中に居る時の様な匂いに変わる。
「うわぁ……汗がベトベトして気持ち悪い。でも、この銀色のビニールは便利ね。プレートアーマーが鉄板焼きにさせられると思ったけど、これには助けられたわ」
ペニャは直射日光をほぼ遮断するのに使っていた、銀色のシートを畳みながら言った。みんなも同じく、マジカルポーチに収納している。
「サバイバルシートと言うのよ。マジカルポーチにも何回か入れて置いてるから、遭難した時に使ってね」
「その前に遭難しない様にしたいわね。所で、さっきからファズっていう猫と喋っているみたいだけど。いつの間に言葉が分かるようになったのよ。変な鳴き声しかしていないじゃないの」
「ペニャは知らなかったかしら。私はスキルを自由に購入出来るの。テイマースキルを持つと、動物と完全獣化した獣人と会話できる様になるわ」
「何でもありね。……まさか剣聖スキルはマーケットに無いわよね?」
貴女のレアスキルは簡単に手に入るわ。……なんて言えない。しかし、嘘をつくのも良く無い。
「銃しか使えないのに、剣聖スキルを私が持っていても宝の持ち腐れだもの。買えても買うことは無いわよ」
「そうよね。流石にレアスキルは買えないでしょ。ただでさえルレに身の程をわからされだと言うのに。あなたが剣聖スキルを手軽に買えたら、希少性で保ててる私の自尊心にとどめを刺されていたわ」
私は嘘を言ってない。
「ダンジョンの中とは思えませんね。普通の村みたいだ……」
牧歌的な雰囲気の村を進んでいく。何世代もここで過ごしているだけあって、人口も多い。 何人かの冒険者が何かを木に吊るしているのが見えた。砂漠に生息していた、魔物では無い、動物のトカゲを解体している様だった。上の階層は陽が落ちて寒いからか、この階層で作業している様だ。その仲間は、火を起こしている。これから食事をするのかしら。
「トカゲって食べられるのね」
「お姉ちゃんは食べた事ないんだ。僕はあまり好きじゃ無いかな。鶏肉とか魚の方が美味しいから好きだよ」
冒険者達から目線をファズに戻すと、黒髪で猫耳を生やした男の子が立っていた。完全獣化が解けると、裸のままで人の姿に戻る。少し寒いし、このままでは体を冷やしてしまうわね。
「あらあら……」
「お嬢様、まじまじと見るんじゃありません!」
ピニアの手が私の目を覆う、それをどかす。別に見たいからではなく、スキルで服を出すのに邪魔だからだ。
「そんなにじっくりとは見てないわよ。ピニアってば、服を出せないでしょ。小さな子の裸で騒ぎすぎよ」
「……失礼しました」
「クーナも、マニルの時といい。貴族令嬢にしては気にしなさすぎだと思うけど」
「異性と対面する機会がなかったからよく分からないわ。夏場の川には、裸で男女関係なく走り回っている小さい子供が沢山いるし、普通の事なんでしょ?」
「ハイラは平気みたいだけど、私はそんな事無いわよ」
そういえば、ルレは騎士の娘だ。騎士家令嬢が幼少とは言え、異性の前で肌を晒す事はあり得ない。
「ずっと見られたら、僕だって恥ずかしいよ。早く家に帰って服を着なきゃ」
「裸で村の中を歩き回る事はないでしょ。私が服を出してあげるから、それを着てちょうだい」
ピニアの時にも経験があったので。ファズの獣化が、いつでも解けてもいいように、購入する服は決めておいてある。周りから奇抜に見られない様に、服を選ばないとならない。
質素なデザインの物なら、地球産でも同じ様な物が売られている。見慣れない素材で、商人の目を引く物ではあるけれど普通の人は気にしない。
普及しているメイド服はイギリスと呼ばれる国のメイド服とデザインが酷似している。ワンピースにエプロンを付け、メイドキャップを被るところも同じだ。
「はい、どうぞ」
ファズにハーフパンツとシャツとベストを渡した。年少冒険者の流行りの格好に寄せた服装だ。
「ねぇ、お姉ちゃん。これって女の子が履くパンツだよね?」
ファズが下着を私に広げて見せた。私も似た様な物をよく履いているが、青と白のストライプなんて派手なものは履かない。
男性用は派手なのかと思ったけど。どうやら違うみたいね。
「お嬢様……実は……下着には男性用がありまして……」
「それくらい知っているわ。……おかしいわね。おとこのこの下着と検索したわよ。マル、おとこのこって、漢字で書くとこうよね?」
私はコピー用紙一枚と鉛筆を購入して、真っ白な紙に文字を書いて見せる。
【男の娘】
「生物構造的に女性として生を受けた子供という意味になります。何と答えればいいのか……女の子の様な男性の下着という事です」
「ねぇ、ロスコさん。この下着要らない?」
ロスコさんに下着を渡す。
「へー変わった下着だね。馬に跨る時に良さそうだね。サイズも僕が履けそうだし、乗馬用に貰おうかな?」
『クーナ、本気ですか?』
「男性用下着なのだから。ファズは女性用に似て気に入らないみたいだから。勿体無いでしょう?」
ロスコさんが貰ってくれたので、貰い手が決まってよかった。私が男性の下着を履く訳にもいかない。
『ファズはブリーフ、トランクス、ボクサーの三種類でどの形が良いですか?』
「ボクサーかな……語感が強そうだし」
ボクサーという種類の下着を一つ購入してファズに渡す。受け取った彼は、いそいそと木の影に隠れて着替え始めた。
「頑丈そうないい服だね。洗って返すね」
服は高価な製品だ。街で一式揃えるのに、一般的な平民の一カ月働いて得られる賃金が必要になる。
規模の小さい村は、行商から購入した布を買い、自分で縫うか針仕事が得意な人に依頼する。
「気にしなくていいわ。もらって頂戴」
「本当に貰っていいの!? ありがとう。お姉ちゃん」
弟が居ればこんな感じなのかしら。……そういえば、私にも弟が居たわね。ろくに会話した事がないけど。話しかけようとすると、何故か逃げてしまうし。
「ここが僕の家だよ」
ファズが指差したのは丸太で組まれた家だった。この村に建っている家の殆どは大きく、頑丈な造りになっている。レンガで造られた家もあるぐらいだ。
「立派なお家ね」
「ただいまー」
ファズがドアを開けて家の中に入ると、手招きをするので、私達も中にお邪魔した。
「お兄ちゃんが帰ってきた!」
ファズよりも幼い子供が何人も居た。女の子が放った一言の後、家の奥からドタドタと走る足音が聞こえてきた。
「ファズ、あんた何処行ってたの!?」
私のお母様と同じぐらいの女性がファズを抱きしめた。自分の息子が数日行方知れずになり、心配だったのだろう。
「お姉ちゃんに会いに行こうとしてたんだ」
「成人の儀を終わらしたからって、ダンジョンの中を自由に歩き回れるわけじゃないんだからね。ピオルだって、12歳になってから地上に上がったんだからね!」
「ごめんください。ピオルさんのお母様で良いのかしら?」
「もしかして、あなたがファズを連れて来てくれたの?」
「ええ、それとピオルさんからまたたび酒を預かっているわ」
「ダンジョンじゃまたたびが獲れないからって。全く、あの子ってば、家にも顔を出さないし、人任せにして……ありがとう」
「どういたしまして。お酒を置くのに、テーブルをお借りするわね」
お酒をテーブルの上に並べる。埋め尽くす様な大量のお酒は見ていて壮観だ。ワフ姉さんが見たら狂喜しそうな量だわ。
「こんなに……重くはなかったの?」
「鍛えているから、これでもレベルは50近くはあるのよ」
「見た目によらず、凄いのね。ファズよりも一つか三つぐらいしか変わらないでしょ?」
一般的な大人の女性は若く見られると喜ぶというが、今の私には小さいと言われている気がして不愉快でしかない。しかし、悪気はないのだから、癇癪を起こすことはない。私はそこまで幼くはないのですから!
「来月で13よ」
「あら、ピオルの一つ下なのね」
「クーナの誕生日はいつなのよ。プレゼントを用意するから教えなさい」
意外にもペニャが真っ先に聞いてきた。
「五月二十日よ。ルレが確か、六月の五日だったわね」
「そ、そう……ねぇ」
「2人とも丸々一月以上は余裕あるのね」
六月五日という日付に起きた珍事は、お互いにとって封じておきたい過去である。ルレが気まずそうに返事をしているのはそれかしら?
でも、もうすぐリェースを出てから一年も経つのね。そういえばハイラさんの誕生日はいつなのかしら?
「ハイラさんはいつなの?」
同い年の私達よりも、体が成長しているハイラさんの事だ。私と誕生日が近いという事はないでしょうね。
「同じ日よ……」
「え、今なんて言ったの。聞き取れなかったわ。ごめんなさい、もう一度、言ってもらえるかしら?」
「クーナの誕生日と同じなのよ!」
一年のアドアバンテージがあると思っていた。確かに、ハイラさんの誕生日について、話が出てこないなって思っていたけど。
「そ、そういう事もあるわよね。ハイラさんが成長しやすい身体なだけよ」
「小さい身長の事を気にしていたのね。お嬢様ちゃんに悪い勘違いをしてしまったよみたい」
「母ちゃんってば、今のタイミングで言うかな……」
「あらやだ私ったら、ごめんなさいね。ご飯をたくさん食べて、ちゃんと寝たら大きくなれるわ。村の人にお礼するのもあるし、村長にあなた達を紹介させてもらうわね」
「トトカ、感動の再会だろうけど、邪魔するよ」
先程のラクダに乗らせてくれた女性が、家の中に入ってきた。ノックも無しに入るという事は、親しい関係の様だ。
「あら、丁度いい所に。シララ、ファズが帰ってきたの。この方たちが上の村から連れてきてくれたみたいでお礼がしたいのよ」
「私も村まで案内したんだよ。って、すごい量だね。トトカ、もう加水を終わらせたのかい?」
「まだ、これで原酒だよ。すごい量になるね」
「水を入れたら薄くなって、美味しく無くなってしまうのではないの?」
「酒気が強くてきついんだよ。そのまま飲めるのはドワーフぐらいのもんさ。四倍に薄めて丁度良くなる。こりゃ、みんなに配れるね。宴会でもするかい?」
「ちょっと待って。ペニャお願い」
あまり大きな事をされては困る。明日は仕事でデセンドに帰らなくてはならない。
「私はデセンド王国騎士団、下級騎士のペニャ•エルセンよ。村長にお話があるの、紹介して頂けない?」
「私が村長のシララだよ。ペニャさんは騎士様だったんだね。どんな要件だい?」
シララさんは目を少し細めた。
「あなた達の平和を脅かす内容では無いわ。これから国家機密を口にするから、そこにいる子達を別室に行かせて貰えるかしら?」
「ファズ、お願いできる?」
「うん、分かった。後で僕にも聞かせてくれる?」
「うっかり口を滑らせたら、牢屋に入れられる覚悟があるなら良いわよ」
ペニャは威圧するでもない、柔らかい物腰でファズに答えを返した。
「人に言わない自信はあるけど、話の内容次第ではやめておこうかな。母ちゃんとシララおばちゃんに考えてもらうよ」
「それだけ分別がつくなら大丈夫ね。とりあえず、そこの子達をよろしくね」
ファズは頷くと、小さい弟と妹を連れ、家の奥にある部屋に入って、扉を閉めた。
「王国魔術省が開発した空間移動魔術を施術、させてもらいたいの。それをこの村で隠蔽して欲しい」
「そこから、軍人さんがわらわら出てくるのかい?」
あまり印象のいい話に受け取られてはいない様だ。
「違う。出入りするのは私と、そこにいる人達のほかに数人だけ。それとピオルがこの村へ頻繁に足を運べる様になるわ」
「甥を助けて貰った恩もある。でも、それとは別に私は村人を守る事も大事なんだよ。災いをもたらす様な事はないと契約出来るかい?」
「ええ、デセンド第3王子とリンドル伯爵から契約書をお預かりしているわ。内容に異議があれば持ち帰って、修正したものを再度持ってくるから」
ペニャが蝋で封印された紙をシララさんに渡した。彼女は封を解いた紙を、真剣な目つきで読んでいる。しばらく沈黙が続く。不利益を被る罠がないか、何度も読み返しているのだろう。
「分かった。第三王子はリンドル様が贔屓している方だったね。首を縦に振るつもりだったけど、念のために慎重に読ませて貰ったよ」
「リンドル様は、ダンジョン内の村に教師を派遣してくださる素晴らしい領主様だから。困っているのであればお手伝いするわ」
領民から感謝されている声を聞くと、姪として鼻が高い。私が褒められている訳では無いけれど、自分の事のように嬉しいわね。
「あんた方なら信用できそうだ。トトカ、家を借りてもいいかい?」
「うん、ピオルが好きな時に来られるんでしょ?」
「あなた達も地上の街に移動できるわ。空間移動魔法を見張る仕事も、ピオルが担当する事になる筈よ。さーて、何処に扉を展開しようかしらねー?」
ペニャってば、空間魔術だったり、空間魔法だったりして、言動がバラバラじゃない……嘘が下手ね。
「この辺の入り口はどうですか。うちには家族とシララ以外は入って来ないから」
「出入り口の横ね。よーし、魔法展開しちゃおうかしらー」
ペニャが腕をぐるんぐるん回すと、壁に手をついて、適当な呪文を唱える。私もそれに合わせて、とある所に繋がっているアパートの扉を出現させた。
「ふー特殊で大規模な魔法は大変ね。魔力が尽きたわ。ひとまず帰りましょう」
「ペニャ達は先に帰ってもいいわよ。私はピオルをここに来れる方法を教えてから帰るわ」
「クーナの家でご飯食べるから、最後まで付き合うわよ」
「ジーゼルさんの所にでも行けばいいじゃない。ハイラさんも向こうに居るわよ」
「あの人、怖い。目つき悪いし……すっごい見てくるのよ。でも、ハイラさんが居るならいいか、じゃお先に失礼するわ。ロスコ奢りなさいよ」
「ペニャってば、仕方ないなあ。あ、またよろしくね」
「私もジーゼルの旦那が作る飯を食いたいな。一緒に行こう。また何か依頼があれば気軽に指名してくれ」
ペニャは扉を開け、ラルンさんとロスコさんはアパートの中に入って行った。
「これが空間移動魔法というやつかい。国家機密だの言いながら、さっそく宿屋に飯を食いに行ったのかい。拍子が抜ける子だね」
「たまに騎士だって事を忘れる時があるわ」
ルレも私と同じ事を考えていたようだ。
「私はピオルさんをここに連れてくるわ。トトカさんはご飯でも作って、出迎える準備をしてあげて」
「そうかい。私はどっからか肉を買ってくるよ」
「ふふ、作りがいがあるわ。今日は豪勢にしちゃおう。ファズーもう戻ってきてもいいわよー」
好きな時に自分の生家に帰れると言うのはいい事だ。誰かに託して、お酒を自分の故郷に運んで貰っていた彼女が、自ら運べるようになる喜びはどんなものなんだろう。
この世界には故郷から遠く離れて、生きる人達が沢山いる。また一つ、私の目標が増えてしまったかもしれない。




