68.迷子の子猫のお家へ行きましょう
[お姉ちゃんは何処からきたの?]
薄暗いダンジョン内の洞窟で、まんまるになった黒猫の目が、私をじっと見つめていた。
スキル習得のスクロールを購入して、テイマースキルを得た今の私は、動物と会話をする事が出来る様になっている。これからは街の往来に居る猫と会話が出来ると思うと、楽しみでときめきが止まらない。
ニヤニヤと綻びそうな口元に力を入れて、崩れない様に気をつけながら答えた。
「王都よ」
私はゼゼンダルのリェースから来たとは言えない。デセンドに住んでいる獣人族には、私の母国に対して良い印象を持っていないでしょうね。
[知ってる。この国の王様が住んでいる所だよね。お姉ちゃんは王都に行きたいって言ってた]
「もしかしたらファズのお姉様は、王都に居るのかしら?」
「衛兵隊に入るには一度は王都に行く必要があるから、ピオルも行っているはずよ。もしかしたら同郷同士で、この子のお姉さんを知っているかも」
デセンドの軍事関係者なだけあって、ペニャは衛兵隊への入隊する為の情報をよく知っているようだ。
「街には必ず、獣人族のコミュニティがあるものね」
ピニアが獣人族だと知ってからは、亜人に対しての苦手意識を完全に除去する為に、私は彼らについて勉強をした。
種族的に自然を好む獣人族は、栄えた街に住む人数は少なく、デセンド王国やヴェイゼア帝国の街や都には必ずコミュニティが一つ以上存在している。
[ピオルは僕のお姉ちゃんだよ]
「そうなのね。ピオルさんの弟だったとは思わなかった」
「丁度、私たちの目的地も同じだし、幸運だったわね。流石は幸運の象徴だわ」
「そうなの? ゼゼンダルでは不吉だって言われてるのよ。私は黒猫を見ただけで幸せになれるから、○○○○○な○○○○迷信だと思っていたけれど」
「お嬢様、言葉遣いが下品です。何処からそんな言葉を覚えてきたのですか」
あらいけない。ワフ姉さんの口調が出てしまったわ。ピニアに怒られてしまった。
[お姉ちゃんはお上品そうなのに、意外と下品なんだね。酒場で喧嘩してるおっちゃんが口にする言葉だよ]
「失礼したわ。口には気をつけないと」
ヒタヒタと肉球で足音を消しながら黒猫は歩いている。尻尾もピンッと立っているのがゆらゆらと揺れて可愛らしい。しかし、中身は男の子だ。変な言葉遣いをして、彼に悪影響を与えてしまってはいけない。
「名前を聞いていなかったわね。私はクーナ、学園生で商人と先生を生業にしているわ」
[僕はファズだよ。先月、成人の儀が終わって地上に行こうとしてたの。お姉ちゃん小さいのに色々やってるんだね]
「そうね。色々やっているけれど、小さいのは気にしている事だから余計よ」
成人の儀と言っても、デセンドの一部領地では、7歳は子供と変わらないので保護される対象だ。手に職を持って自立できるまでは、教会に併設されている孤児院で面倒を見てくれる。
間違いなくファズは親に許可を得ることもなく、地上を目指したのでしょうね。スキルを与えられたばかりの子供にはどれだけ険しい道のりか理解していない様だし。
「何日もダンジョンで迷っていたのでしょう。私がファズをお姉さんに合わせてあげるから、それまで地上に出ようとするのは待って」
[本当!?]
「難しいことでは無いし、約束するわ。でもその前に村に一度行ってからね」
前衛のルレとマルは、進む方向と索敵する方向を照らし合わせながら進んでいる。中層は魔物が強くなっているが、数は少ない。全ての魔物はピニア一人で狩っている。幼児よりも低いレベルを上げるには、十分な経験値を得ているはずだ。
『次は左です』
「そっちに魔物は居ないわね。魔物が居ないと経験値が入らないから困ったわね」
『ここのルートは中層まで村があるので、魔物は少ないそうです。今回の目標は中層に部屋の扉を設置することなので、急がなくてもいいでしょう。後、2階層だけ降れば中層の村に着きます。ここから少し魔物が増えるそうです。気をつけてください』
歩いていた洞窟を抜けると、そこは自然エリアに出た。砂漠エリアで、急に温度が高くなる。春に合わせた服装の私達に、ここは暑すぎた。
「うぁあっつぅ!」
プレートアーマーを着込んでいるペニャは、砂漠地帯では特有の熱風混じりの風を受け、急いで洞窟に戻った。
「こんな日照りじゃ、アーマーがフライパンみたいに熱くなるわよ。こんなの無理っ!」
『クーナ、サバイバルシートを購入して出してください。それと霧を散布するように、水を購入する事は出来ませんか?』
「ええ、やってみる」
銀色に光るサバイバルシートをみんなに被せて、周囲に霧を撒くが、持続させるには集中力が足りない。一瞬だけ霧になるけど、直ぐにまとまった水になって、どぷとぷと地面に落ちて粉のような砂のシミになる。
「練習しないとダメね」
「私がやるわ。森の中にある様な、涼しくて細かい霧をイメージすれば良いのよね。クーナはバケツに水を持って、中が空にならない様にしてくれるかしら。完全に水分が無い所だと魔力消費が激しくなるの」
ペニャのいう通り従うと、彼女は詠唱を始めた。周囲が心なしか冷える。光を反射するサバイバルシートの効果も絶大で、我慢すれば耐えられるぐらいの気温になった。
「水が切れるまでの条件で永続化しているわ。車を出せたらエアコンがあるから楽なのに」
「この階層を抜けるだけのために、車なんて買わないわよ。お金がもったいないじゃない」
「そうよね。階層の移動が出来ないし。置き去りにするしかなくなっちゃうか。そんな事したら殿下に怒られるものね」
しばらく、進むと背中に大きなコブがある馬の様な動物に乗った猫人族が、同じく数匹の動物を連れて、こちらに近寄ってきた。白く、薄手の布服を身に纏い、スカーフで顔を隠している。頭に生えた猫耳をぴょこぴょこと動かしていた。
「あんた達、奥の階層に行きたいのかい?」
顔をから覗かせた目元では性別の判断はできないが、大人らしい女性の声だ。
「はい。猫人族の村まで向かっています」
獣人同士で、警戒を解きやすいこともあり、獣人の村人にはピニアに声をかけてもらっている。
「案内しよう。代金は物でも金でも構わないよ」
「そちらの村に住んでいた、ピオルから預けられたまたたび酒で、かまいませんか?」
「構わないよ。またたび酒を届けてくれたんだね。あの子は元気そうだったかい?」
「ああ、近くの街の門番をやっていたよ」
「それは良かった。量によっては村にある物で欲しいものがあれば交換するといいよ」
[シララおばちゃんだ!]
ファズは子猫とは思えないぐらいに大きく飛んで、猫人族の女性にしがみついた。
「ファズ!? 全く、あんたは……心配したじゃ無いか。生きていてよかったよ。あんた達はこの子をここまで連れてきてくれたんだね。対価はいいよ、空いてるラクダに乗りな」
対価を払うのは痛くはないが、相手の差し出した物を押し返すのは良くない。
「お言葉に甘えさせてもらうわ」
私とピニア以外のみんなは、馬に乗り慣れているのもあってか、ラクダの背中に軽々と乗っている。
「お嬢様、失礼します」
ピニアが私をひょいと持ち上げて、ラクダという、コブが印象的な動物の背中に乗せてくれると、ピニアが私の前にまたがった。馬の様に手綱を握るわけでもなく。猫人族の女性が跨っているラクダに、勝手に追従して歩く。
「ピオルから酒を預かって、ファズを保護するなんてね。村の全員が探しても見つからないから助かったよ」
「人狼族と犬人族の村で会ったのよ。ついでだったから、気にしなくてもいいわ」
「そうもいかないよ。村でもてなすぐらいしかできないけど、都会の嬢ちゃんに満足してもらえると良いけどね」
遭遇する魔物は単独行動をする生態なのか、ほとんどピニアが排除してくれている。シララさんは弓を番ては、撃つこともなく、矢筒に戻している。何回か同じ事を繰り返すと、矢筒から矢を出さず、ピニアに任せる様になった。
「おばちゃんのやることが無いねぇ。狐の嬢ちゃんは強いね。魔物に用事はない様だけど、私が捌いて、素材を貰ってもいいかい?」
「どうぞ」
シララさんは、ピニアから許可を得るといそいそとを解体して、魔石を取り出したり皮を剥いでいる。魔物の皮は動物の皮よりも頑丈で、防具を作る素材に向いている。
魔物の肉は、魔力汚染を除去する処理をすれば一応食べられる。うまく処理できれば美味しいらしい。
ただ、知識がない人がマネをすると、霊体的な食中毒を引き起こす可能性がある。内包する魔力が悪さをするそうな。
「デザートレプタイルの皮は炎魔法と熱を軽減する効果があるんだよ。こいつは砂漠でも使い勝手がいい皮だからね。何枚かいるかい?」
『高性能な断熱材として使えそうですね。仕組みを解析して、何かに活かせないですか?』
「そうね。メテリエ先生にお土産として持っていこうかしら。一枚でもいいから頂けないかしら?」
「嬢ちゃん、欲しいのかい。後で村で干しとくから持っていきな。一匹で良いのかい?」
「ええ、大丈夫よ。ありがとう」
「狐の嬢ちゃんが倒したんだ。礼を言うのは私の方だよ」
住人の案内があるとやはり早い。とは言え、人によっては野宿する様な状況もあるようなダンジョンだ。広大な土地が2連なっている場所を20層も降りれば、日も落ち始めていた。
『夕焼けが出てきましたね。私が刻んでいる時刻通りです』
「外の時間と、ダンジョンの空は連動しているのね」
「村に着いたよ」
砂漠の真ん中には建物が乱立していた。シララさんは一つの建物に向かってラクダを歩かせる。
[おつかれ、交代するぜ]
ラクダが沢山繋がれている納屋に、煙管を吹かせた猫人の男性が座っていた。トントンと煙管の背を叩いて火種を灰入れに落とすと立ち上がった。
[ああ、回収しきれていない魔物が転がってるから、見つけたら捌いておいとくれよ。]
[勿体ねぇな。俺が全部、貰って小遣いにするよ]
[馬鹿言うんじゃ無いよ。あんたの小遣い無くしても良いんだよ]
[ははは、人手は必要そうか?]
[小さいのから、デカいのが十数匹は転がっているよ。ラクダにトカゲにサソリさね。このお客さんを早く村に連れてきたかったから急いでたんだよ。帰ったらまたたび酒を飲ましてやるから、きびきび働きな]
[ピオルがまた冒険者に預けてくれたのか。こいつは頑張り甲斐があるってもんだ!]
知らない言語で会話しているけど、テイマースキルのおかげで何を話しているか分かる。獣人族語は動物同士の会話に含まれるのね。
ラルンさんに後でスキルについて、詳しく教えて貰いましょう。
「ここから歩きだよ。ファズの家はこの村の一階層下にある村の中だよ。私はここで皮を干してから、そっちに向かうよ。ファズ、家に案内してやりな!」
[母ちゃんに怒られるのやだなぁ……]
「いいから行きな!」
[分かったよ……僕の家に案内するから来て]
私達は、小さな黒猫を先頭に立たせて、砂漠の上に生えた村を歩いて行く。異国の様な佇まいに、私の好奇心が刺激される。
立たせた尻尾の目印を、私はチラチラと見ながら、ファズの姿を見失わない様について行くと。石造りの大きな建物にたどり着く、中には大きな階段が地面へと続いていた。




