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67.井の中の子猫は外界を知らない

 巨大ダンジョンは複数のダンジョンが隣り合って構成されている。受付から進むと、22ヶ所に分かれた、ダンジョンへの入り口が存在している。私達は、ピオルさんから教えられた入り口のからダンジョンへと潜った。


 索敵が得意なルレと、近接が最も強いペニャが前衛で探索をすることになった。レベルが低くなったピニアと、実戦経験のないロスコさんは、二人のサポート役だ。

 私とラルンさんは遠距離射撃の援護をする。私達はレベルを上げるのが目的ではない、


「あのぅ……お嬢様それは?」

「どうしたのピニア、これが気になるの?」


 私が持っているのは一振りの刀、明治時代に作られた無銘の刀だ。お値段は何と、十円だった。その当時の価格では、一振りで二十万円の価値はある。

 刀へ向けるピニアの視線に圧がかかっている。鞘から抜いて刀身を見せると、じっくりと見つめている。


「……業物ですね。お嬢様も日異刀を使いたいのですか。ですが、日異刀は難しいです。稽古をしないと難しいかもしれませんね。いや、お嬢様なら習得出来るとは思いますよ。ちなみに私は日異刀も扱えます」

「ピニアは短刀を沢山持っているから、長いのは必要ないと思っていたのだけど。それにこれは英雄助平が、この世界に現れる前に居た世界で、数百年後に造られた日本刀なの」


 生産の由来を聞くと、ピニアの耳がぴこぴこと踊り回っている。やっぱり、日異刀ではなく、日本刀なのが気に入らないのかしら。

 それでも刀は刀だ。私が扱うよりも、刀の扱いに慣れた彼女に使ってもらう方が、この刀も本望でしょう。


「主の所有物をねだるなど、メイドとしてあるまじき行為です……」

「本当は銘が刻まれた、もっとあなたに合わせた刀を用意してあげたいのだけれど。ピニアが使えそうなら使って欲しいわ」


 無銘とは言え、ここまでの美しい刀身を持った刀を私がすぐに作れるとは思えない。鍛治スキルのおかげで、感覚的に優れた品物だと分かる。これで無銘って、在銘の刀はどんな物なの?


「私があなたに合う刀を造れる様になったら。改めて、贈らせてもらうわ。その時まではこれで我慢してね」

「そ、そんな。この様な業物ですら私には勿体ないのに!」


 刀をピニアが直ぐに抜ける様にして差し出す。私が彼女を、全面的に信頼しているという証だ。


「一生大事にします!」


 簡単に手に入れた刀で、ここまで喜ばれると困ってしまう。本当ならもっと手間のかかった物を贈りたいのに。


「沢山レベルを上げましょうね」

「ここのダンジョンに居る魔物を全て狩り尽くして見せます!」

「ほどほどにね……?」


 第一層は、神殿の様な石造りの建造物の中だった。ここにはスライムやネズミの魔物が出るぐらいらしい。まだ魔物との遭遇はまだ無い。

 調子が下がりっぱなしだったピニアの張り切り具合が、見たことがない程に上がっている。

彼女の期待に応えるかのように、ルレの足が止まった。


「魔物ですか!?」

 

 ピニアが刀を鞘から素早く引き抜いた。その動作は目で追えないぐらいに早業だった。

 何あれ、かっこいい!


「紛らわしいことをしてしまったわね。ごめんなさい、動物のスライムが五匹。戦う必要は無いわ」


 スライムはカビや動物や魔物の死骸を食べる不定形動物だ。害は無いどころか、排水浄化設備の一部として運用出来ない考えている。人類にとっては有益な可能性を持った動物だ。

 だけど、魔物になると、敵対的な振る舞いをしてくる。野宿など外で眠っている所に、顔に覆いかぶさってきたり、とても危険な生き物だ。


「そうですか……」


 いつもはピンと真っ直ぐ立たせている狐耳を寝かせると。ピニアは刃で半円を書いて、鞘に刀身を収めた。

 何その動き、かっこいい!

 

「一層は魔物が居ないのね」

「初級冒険者が狩り尽くすからな。村がある中層までは大して出てこない。深層までは、私達には大した事はないよ」

「二人とも静かに……この先に魔物がいる」


 またルレが足を止め、魔法剣を構えた。今度は魔物の様だ。

 低層で私の出番はないとは思うけど、45口径ハンドガンを念の為に構えておく。消音器を取り付け、音速よりも遅い弾を装填しているので、銃声の反響で耳への影響を少なくしている。

 だけど、威力が下がるし、あくまでも軽減でしかない。音が反響する様な、石造りの場所では出来るだけ銃を使わない様にしたい。

 早く、威力を下げずに音を抑えられる銃を作りたいわね。


「化け物ネズミ、五匹」

「足元にまとわりついて、噛みついてくる。焦って倒れた所に、急所を狙って噛みついてくるから気をつけろ。一人ずつ単体で倒せば、そこまで危険じゃない」

「陰湿な魔物ですね……」

「レベルが低い私が全て頂いても?」


 魔物の性質を聞く限り、一人で戦うのはとても危険な行為だけど、ピニアなら平気でしょうね。レベル1でも、肉体の身体能力は人族よりも高い。


「一人でやるには危ないって、いくらあなたでも、今はレベル1なのよ。ラルンの話をちゃんと聞いてた?」


 ペニャは意外と心配症の様だ。


「ピニアなら大丈夫だ。ペニャが心配するほどじゃない」


 ピニアは前に出て、私達から少し距離を取る。前傾姿勢で腰を落とし、刀に手を添えた。しかし、鞘から抜こうとはせず、ネズミの魔物が来るのを待っている。


 遠くから、拍手の音にも似た足音が聞こえてきた。大きめの中型犬ほどの大きなネズミ五匹がこちらへ向かって走ってきた。

 敵が視界に入っている筈なのに、ピニアは微動だにしない。


「ピニア、敵が来ているわよ。剣を抜かないの?」


 ルレには、まもなく間合に入るであろう魔物を前に、刀を抜かないのは不思議に思えるだろう。


「本物の刀でやるのは初めてなので、ちょっと集中しています。少し、お静かに願います」


 ピニアの行動は見た事がある。屋敷の庭で良くやっていた。細剣で薪を切断する時の技の姿勢だ。いつもは剣でやっているから、本物の刀ではどうなるのかしら?

 丸太を華麗に素早く切断するピニアの姿はカッコよかった。

 

「ちぇぁぁぁぉぁ!」


 突然、体にビリビリと衝撃が走る。ピニアの雄叫びは、魔物の動きを僅かな時間だけ足止めさせる。彼女の腕が一瞬消えた後に、風切りと微かな金属の音が聞こえた。

 ピニアの周りには五匹の魔物は無惨な姿に形を変え、転がっている。


「やはり……よく切れます。いい刀を頂きました。お嬢様、踏むと靴が汚れてしまうので、足元にご注意下さい」

「レベルが下がったって嘘でしょ。十分、強いじゃない!」

「ペニャ、人に向かって指を刺すな。お嬢様から頂いた刀の切れ味が良いのです」

「今のはすごいアビリティね。魔法剣を軽くすれば、わたしにも出来るかしら?」

「アビリティではありません。ルレさんなら少し手ほどきをすれば出来ると思いますが、刀ではないので合わないと思います」

「剣とは違うの?」


 細くて、反っているだけで、剣とは何か違いがあるのだろうか?


「切る時に自然と引く様な形になるので、刃が立ってさえいれば簡単に切れるのです。欠点もありますが、それぞれの武器には必ずあるものなので」


 神殿エリアの道はピオルさんからの情報があるので、簡単に進んだ。低層も終わりかけに入ると、自然エリアに出てきた。不思議な事に太陽が見えるし、陽が大地を照らしている。


「森だわ。本当にダンジョンなのかしら?」


 地下にいるとは思えない程の自然な風景ね。


「わたしの様なサバイバーと、獣人族なら生活出来るだろうな」

「人の魔力反応ね。それも沢山居るわね」

『この階層は村があります。人狼族と人犬族のコミュニティがあります』

「二人、こっち向かってくるわ」


 一応、警戒はしておく。相手が冒険者だった場合、無警戒で居るのは得策ではない。法から離れたダンジョン内で、悪い考えをした人と遭遇する事は沢山ある。


「お前たちは冒険者か、女だけ……警戒する必要はなさそうだ。人狐族も居るな、奥の村のやつか?」

 

 茂みから狼の顔が出たかと思うと。立ち上がり、体格の良い身体が出てきた。彼は構えていた槍を肩に乗せた。私達を見て警戒を解いてくれた様だ。


「いや、私は外の森生まれだ」

「そうか、平和に過ごすのであれば歓迎しよう。我々は衛兵隊の様に優しくはない」


 狼の顔から人の顔へと変化し始めた。獣化を解いたのだろう。そこそこの年齢ぐらい男性の顔に変貌した。ダンジョンに住んでいる割には、平均的な平民と変わらない。思っていたよりも、ダンジョン内の村には文明的な営みがある様だ。


「へっへっへっ、いーもん持ってんだろ。物々交換しようぜ!」


 犬の顔をした男の人は舌を出しながら喋っている。獣の顔だと表情が読み取れないから、何を考えているのか分からないわね。


「おい、相手は人族なんだ。獣化を解くんだ、サマト」

「おっと、すまねぇな。でも、ティレンとは違って、俺っちは可愛いわんこだから怖くねえだろ?」

 

 サマトさんは獣化を解いて、にこやかな若い男性の顔に変貌した。


「村に滞在するなら一人、100カクル貰いたい。素通りなら払う必要はない。次の階層まで、俺たちが案内するなら人数問わず500カクルだ」


 この階層の魔物を排除して、安全地帯を確保している彼らには、大事な収入源だ。


「少し休憩を取るか」

「滞在が7人で700カクルね。はいどうぞ」


 当然、マルの分も含めた滞在費用を渡す。


「そっちの丸いのはいいぞ。使い魔かゴーレムかは分からんが、掠め取るほど飢えてはいない」

「私の家族だから良いのよ」

「そうか、それは余計な事を言ったようだ。ダンジョンで取れる素材ぐらいしかない様な所だがゆっくりしていくといい」


 村の中に入ると、ちらほらと冒険者の姿が見える。みんな若く、私達とそう変わらない10代の人達ばっかりだ。

 このダンジョンの攻略拠点としてこの村を利用しているのでしょうね。


「ぬぁーん」

「困ったわねぇ……」

「なぁん」

「上に行っても何処に居るか分からないでしょ?」

「んぬぅーーー」


 にゃんこだぁー!

 赤子を背中に背負った女性が、足元にいる猫に喋りかけていた。猫は女性と話している様に見える。


「そこのご婦人、どうかしたのか?」


 ピニアが女性に声をかけた。私が声をかけるだろうと、先を読んで声をかけたのでしょうね。彼女はわたしの事をよく理解している。


「この子、迷子みたいで、地上に行きたいらしいのよ」

「んまぁー」

「ふむ、それは困ったな。周りの冒険者に頼もうにも、金は無いのか」

「おいでー」


 私は黒猫に呼びかけると、こっちに来てくれた。持ち上げて、下半身を確認すると、可愛らしい袋が付いていた。


「この子、男の子なのね」

「お、お嬢様! おやめください!」

「え、いつも街で猫と戯れる時にはこうしているじゃない」

「あらやだ、お嬢ちゃんってば、おませさんなのね」


 私が街中で同じ事を野良猫にやっている。それを見たピニアが、いままで怒るような事は無かった筈だ。


「その子猫は猫ではありません。完全獣化し た猫人族です!」

「あらそうなの?」


 私からすれば違いがないから、大した問題では無いのだけれど。ピニアからすれば、淫猥な行為に見えるのかもしれないわね。

 解せないわ。だけど、やめろと言われたなら、やめておきましょう。

 この分なら、尻尾の付け根をこしょこしょしても怒られそうね。顎下を撫でるぐらいに留めておきましょう。


「この猫人族の子は地上に行きたいのね。村に滞在している冒険者の方ににお願いすればいいでしょう?」

「地上に行っても、探している相手が何処に住んでいるか分からないので、行く宛はありません。村に返すのが得策かと。中層へ進む冒険者に依頼はするのは安くはありません」

「もしかして中層の猫人族の村かしら?」

「んまぁー」


 黒猫は頷きながら答えた。何を言っているのか分からないけれど、ピニアは頷きながら聞いている。


「そのようです。一緒に連れて行きますか?」

「いいわよ。それに向こうにアレを設置するから、この子も好きな時に地上の街に連れて行けるし」

「私達も次回の探索をそこから再開させるのですね。しかし、誰かに扉をこじ開けられたりしませんか?」

「私の知っている中で、攻撃力が一番強いソックさんに破壊を試みて貰ったのだけど、傷ひとつ付かなかったわ」

「あの門番に傷がつけられないのであれば安心ですね」

「それでは、この子は私が責任を持って中層のにゃんこ……猫人村まで連れていきますね」


 私は子連れの犬耳を生やした女性に告げた。それを聞いた彼女は、尻尾をぱたぱたとふりながら答えた。


「良かったわ。この村から中層へ連れて行くにも、今は人手が無いから。良かったわね」

「にぇぇ〜」

「そうね。スケベだけど、優しいお姉ちゃんね」

「助平は男の人よ?」

「ふふふ、なんでも無いわ。中層は危険だから気をつけてね」


 村で食事を済ませて、自警団の男性に次の階層への案内を依頼した。広い街がすっぽりと収まるような広さの森なので、迷うには十分な面積がある。地理を尽くしている原住民が居るおかげで、私達はすんなりと次の階層へ到着した。

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