66.巨大ダンジョンへ行きましょう
叔母さまのお屋敷を出た後、私達はラルンさんが待つ、冒険者ギルドへ向かった。彼女も探索に必要な物を終わらせて、用事も済んでいる様子だった。
探索装備の準備に宿屋の一室を借りて済ませる事にする。気さくなおばさんに二百カクルを支払うと、部屋の鍵を渡され、指定の部屋に案内された。
「クーナから買う物が殆どで、目新しい物が無かった……」
「ラルンさんってば、嬉しいこと言ってくれるわね。スモークグレネードとスタングレードを支給するわね」
スキルでゴロゴロと、それぞれ10個ずつのグレネードをベッドの上に置いた。
「助かる。でも、数が多いな。持ち運ぶには少し多すぎる」
『普通は二十個もグレネードを携行しませんからね。使ったら新しいのを渡せば良いのでは?』
そう言われるのは想定済みだ。その対策は用意してある。そこでマーケットスキルで売られているこの世界のアイテムだ。
「という訳で、みんなにマジックバックを配るわね」
「マジックバックって何ですか?」
「実物を見せるほうが早いわね」
私がスキルで一つ購入して見せる。
太い男性の腕が入っても余裕がある口の広さの、ベルトポーチが手の上に出現した。大きさは普通のカップ麺がすっぽりと収まる程度。
小さくても、とんでもない能力を持っている。
「あー何となく想像がついたわ……。とんでもない物を出してきたわね」
「はい、ルレさん正解です。私の事をよく分かってくれていますね。そんなあなたには、こちらのとんでもない能力を持ったポーチをプレゼントします」
ルレが疑わしい顔で、ポーチの中に手を差し入れた。彼女の肩まですっぽりと、ポーチは飲み込んだ。
『見た目から算出した体積と計算が合いません。どうなって居るのですか。空間魔法というものでしょうか?』
「え、ルレ……大丈夫なの?」
「あ、あんたが渡したんでしょ!?」
ペニャも私も、ルレの片腕が、明らかに入るはずのない袋に入っているのを見て驚いていた。
「痛いとかそういうのは無いわよ。中が広いだけじゃない」
私が与えておいてなんだけど。ルレの腕がなくなっている様に見えて少し怖い。消えていたりしないでしょうね?
「なるほど……んーそうね。これなら大量の食糧が入るわね。こんな凄い魔導具、一つでいくらすることやら……。お城の宝物庫に保管される物じゃない」
「一つが一億カクルのところ。百数十万カクルよ。お買い得よね。使い終わったら、お城の宝庫管理人に預けて」
こちらの世界の物は、地球のレートでこちらの通貨をチャージして買うので、大白金貨を安く買うことが出来る。
私から価格を聞いた瞬間、ルレが焦った表情をしながら、ゆっくりと腕を引き抜いた。そしてポーチを私に突き返した。
「王都の三等地に家一軒買えるぐらいの額よ。なんて物に腕を突っ込ませてるの!?」
「命に比べたら安いものよ」
ダンジョン探索で危険な事の一つが遭難して、食糧が尽きてしまう事だ。飢餓状態でも、魔力や霊体を犠牲にすれば生き延びる事が出来る。しかし、そうなればペナルティもある。レベルダウンによる弱体化だ。
栄養不足になれば筋力が衰えれば、当然ながら霊体も衰える。
私はルレにポーチを押し返した。
「分かった……クーナが私を信頼して預けてくれたんだもの、期待に添える様頑張るわ!」
「頑張って。張り切りすぎると集中力が切れて危なくなるから気をつけてね?」
そしてもう一つ取り出して、横にいるペニャやラルンさんとロスコさんにも渡した。
何があるかわからないから、私もアーミーナイフぐらいは持っておきましょう。スキルが使えなくなる罠が存在するかもしれない。
「え?」
「どうしたの。鷹がアーティファクトを食らったような顔をして」
「伝説クラスのアイテムを、気軽にぽんぽんと出さないでよ!?」
何か急にルレが怒り始めた。
確かに御伽噺みたいなアイテムなんて扱いに困るし、周囲に知られたら狙われる危険もある。私はあまり使いたくは無いのだけれど。何も持たずに、私とはぐれて遭難されたら助けられない。物資の供給は、ほぼ全て私が引き受けるのだから。私とはぐれても、合流出来るまで持ち堪えられる様にはしておきたい。
「出せるのだから仕方ないじゃない。使える物は使うでしょう。誰かが危ない目に遭うのは嫌だもの」
「そうだけど……まぁ、心配してくれて、ありがとうね」
「ちょっ……ピニアさん、僕がいる所で、そんなに脚を出さないでください!」
ピニアは私から受け取ったポーチを、太ももに装着したベルトに取り付けていた。
「仕切りがない部屋なので、お見苦しい所をお見せしてしてしまいました。しかし、そこまで邪険にされると……」
「ピニアってば、大人の男性を前にして脚を晒すなんてはしたないわよ」
「ははは、お嬢様ったら。こんな可愛らしい顔の男性がいるわけないでしょう」
「ピニア、そいつは貴方より年上の男よ。こんな顔をしていても、ついているのよ。昔、水浴びしてたのを、この目で見たから間違いないわ」
「も、申し訳ない、ロスコさん。さっきのは忘れてくれ!」
ピニアが恥ずかしそうにしている。滅多に見られない姿だ。
「全く、脚ぐらいで、みんな初心だな。私なんかホットパンツだぞ?」
斥候職の冒険者は、大抵が薄着で、最低限の防具しか装備していない。街中で歩くのを見かける度にはしたないと思っていたけれど。何度も目に入るうちに慣れてきてしまった。
「そこまで開き直った格好をしていると……ね?」
「出来るだけ視界に入れない様にしています」
「そこまでしないと素早さが得られないのは、ラルンは修行が足りないのではないか?」
「私だって最初は恥ずかしかったが、慣れると楽だぞ?」
装備の準備を終え、宿屋を後にする。マジックバックで身軽になっている私達の足取りは早い。街から出て、直ぐにダンジョンに到着した。
『クーナが私の分解とパーツ交換が出来る様になったおかげで、陸地の走行スピードが強化されました!』
電子機械の仕組みを把握した今なら、マルの体を分解して、専用パーツに組み替える事が出来るようになった。
マルを分解する前に、お店に置いている市販型マルのまんまるでパーツ交換で練習したのだけど。今のまんまるは、馬並みの速さで走る。
人格のあるマルを分解するのは気が引けたけど、故障したら治せるようにと、どうしてもとマルからお願いされたので、なんとか構造を覚えた。
『いやっふぅーーーー!』
「マルーーー速すぎるわよーーー!」
私の呼び止める声も聞かず、マルは向こうへ消えていった。無線で通信できるから、はぐれることはないとは思うけど。
「マルって、あんなに早く走れなかったはずだけど。レベルアップしたの?」
「マルが魔物を倒すと、私にレベルが入るからそれは無いわ。たけど、調子の乗り具合がレベルアップしたのだわ……」
マルが街の門前で円を書いて走り回っていた。それを通行人が珍しそうにして見ている。更に、門番をしている衛兵の二人が回りに回るマルを観察していた。
『遅かったですね』
「恥ずかしいからやめなさい。あなた周りから見られているわよ」
優しそうな雰囲気の獣人族の女性と、目付きの鋭く真面目そうな雰囲気の女性の衛兵に見つめられているのに気がついたのか、マルがピタリと動きを止めた。
『あ……ついテンションが上がってしまいました……ごめんなさい』
「丸い生き物って本当だったんだね!」
「すごい速さね。スタンピードの中を駆け巡っていたというのも納得できるわ。ピオルといい勝負出来るんじゃないかしら」
「じゃあこっちの女の子が、手足をにょきにょき生やしてくれるって噂になってる、コストルの聖女ちゃんかな?」
ピオルと呼ばれた衛兵さんが、私に顔を向けると、糸目だった目がカッと開いて、猫の獣人特有の細い瞳孔がこちらに向けられた。
ピニアも瞳孔が細いが、彼女のとは違い、この衛兵さんの目は猫のようにとても大きい。
優しそうな雰囲気から一転して、捕食者の目だ。猫族は明るい所だと目が悪くなるから仕方ない。
「あっと……目を見開いちゃった。ごめんね。怖かった?」
「いえ、大丈夫よ。昼間は見えにくいのでしょう?」
「よく知ってるね。そっか、狐の子が居るからか。夜の方が得意なんだけど、昼の暖かい方が好きなんだ」
種族を明かされてから知ったけど、ピニアも明るいところよりも、暗い所の方が得意らしい。夕方ぐらいの方がよく見えるそうだ。
「ピオル、ペニャ様、ペニャ様よ!」
「私はペニャ様じゃないよ?」
「あら、ピオルとディマじゃない」
ペニャは名前を知っている兵士の名前はちゃんと覚えているらしい。態度が丸くなる以前からその癖はあるようで、元々気を使うタイプだとルレから聞かされた。
「私達の服を買ってきてくれた衛兵の二人ね。スルゥエルの人達だったの?」
「そうだよ。ルレちゃんはコストルの聖女ちゃんと知り合いだったんだね。ペニャ様とも仲良くしてるみたいで良かった」
2人がここから隣にある街の衛兵訓練所で、ひたすら訓練魔法で斬り合いをした後に、トランプをして遊んだという話を聞いたけど。その人達かしら?
「風読みのラルンさんも居るじゃない!?」
「ディマ、さっきから声が大きいよ。仕事中なんだから、気を引き締めなさいっていつも言ってるのディマだよね」
「最上級ランク間近の冒険者よ。興奮しない方がどうかしているわ!」
この世界で冒険譚や英雄譚は、娯楽の王道と言ってもいい程に人気だ。創作物は殆どが悲劇が多い。
「ディマは英雄譚が人一倍好きだからね。聖女ちゃん達はダンジョンに向かうのかな?」
「ええ、そうよ」
「この子がいたらダンジョンも怖くないね。よかったら、またたび酒を持って行って欲しいな。猫族の村があったら、なにかいい物と交換してもらえるよ。気になったら飲んでもいいからね」
「貰ってもいいの?」
「沢山漬けてあるから大丈夫だよ。中層を抜けそうな冒険者には渡してるんだ。聖女ちゃんは空間魔法は使えたりしないよね?」
「似たような物なら使えるわ」
「じゃあ、沢山持っていって貰おうかな」
「ピオルさんはダンジョンにある、猫獣人族の村出身なんですよ」
普通のダンジョンにはないけれど、巨大ダンジョンの中には村があるのね。
「あ、ロスコくんだ。相変わらず気配を感じないね。狩りとかうまそうだよね。獣人族の村なら狩りがうまいとモテるよ」
夫妻で交代しながら完全獣化して狩りをするのよね。ピニアの場合は大きな狐だけど、ピオルは大きな猫になるのかしら……見たいわね。
「感じさせないつもりは無いんですけどね。ピオルさんの生まれた村にまたたび酒を届けませんか?」
「それはいい案ね。私達なら沢山運べるし」
完全獣化した猫族が見られるかもしれない!
ついでに猫族の村に、ワープ用の扉を設置させてもらいましょう。安全地帯に設置した方が今後の探索も楽だもの。
「そんな悪いよ。実家に届けばいいなって思ってやってることだから。そこまでしてもらうわけにはいかないよ」
「僕達も特に探索する目的地は決まっていないので。合理的に考えても猫族の村に向かうのはいいと思います」
「ロスコのいう事は良いと思うけど、ピオルの故郷は中層よ。ペニャ様とルレに風読みのラルンさんなら余裕だけど。あなたは完全に足手まといになるわよ」
「ロスコくんに中層はちょっと危ないかな。そっちの狐の子が一番、危ないかも……あれ、でも……すごく強い匂いがちょっとする」
ピニアの匂いで強いか弱いか分かるのね。以前の強さの残り香で混乱しているのかしら?
「ロスコなら私が守るから大丈夫よ。このメンバーなら深層まで攻略できるわ。早くピオルの村までの道順を教えて」
ペニャはロスコさんが弱いと言われて、カチンときている様だ。自分が言う分には良いけれど、他の女性に言われるのは嫌なのね。
これがマルの言っているツンデレというものかしら?
「それじゃ、お願いするね。でも、無理だと思ったらすぐに引き返してね?」
『私が村までの情報を記録します』
「この丸いのに村までの行き方を伝えれば良いんだね」
マルに元々付いていた月面仕様のパーツから、陸上用に変更したのは、ダンジョンの探索で道を記録する為に必要だったからだ。
標準搭載の全方位カメラやジャイロ各速センサで、来た道を記録出来る。そのため、マルが居れば、完全に地形を覚えてくれるので道に迷う心配はない。
「私の説明で分かったかな?」
『情報をパーツ化、現地の地形情報と照らし合わせて、精度を上げます。ラルンと共有した情報も入れて考察した限り、目的地への到達は簡単です』
「な、何かよく分からないけど。確実に着くなら安心だね」
ピオルさんから猫族の村までの道順を、マルに覚えてもらい。ピオルさんのまたたび酒をマジカルポーチに入るだけ入れた。
「これだけのまたたび酒があれば、村のみんなが総出で歓迎してくれるはずだよ。中層は動物も魔物も強いから気をつけてね」
「ええ、注意して進むわ。お酒の事は安心して、必ず届くから」
ダンジョン探索なんて、私からすれば本の中や、人伝にしか知らない世界だったけれど、まさか自分がダンジョンに潜る事になるとは思わなかった。
お父様と私を産んだお母様が出会った所は、一体どんな所なのか、楽しみで胸が躍ってしまう。




