65.全て破壊できる少女の決意
深夜に街や村を出て、徒歩で外を移動するのは危険というのは常識だ。それは馬車でも同じ事で、足の速い獣や魔物に追いつかれる可能性がある。
だけど、車は違う。森の中に入らず。平野を走り抜ける分には殆ど障害物は無い。オフロードタイヤをつければどこだって走ってくれる。たとえ雪道の中でもぬかるみだって。
「そう、私の車なら!」
久々の障害物が何もない所を自由に駆け巡るの、たっのしー!
「どうしたのよ急に、びっくりしたじゃ無い。疲れたの?」
助手席で窓の外を眺めていたルレが、私の昂った姿を見て訝しげな表情を浮かべている。後ろの席に乗っているペニャとラルンさんは、私の声に動じる事もなくぐっすりと寝ているようだ。サスペンションがあるにしても、結構な頻度で揺れているのに、よく眠れるわね。
『そろそろ着きますよ』
「ごめんねクーナちゃん、夜中からずっと運転してもらって」
ロスコさんは申し訳なさそうに感謝の言葉を述べる。今日は彼のレベル上げの準備を整える為に、巨大ダンジョンへ向かうのだ。
夜は既に明けて、山の隙間から日の出が差し込んでいる。紫とオレンジが混ざった空に、薄らと雲が浮かんで、とても綺麗だ。ガラス窓を開けると、朝の匂いがしてくる。
「良いのよ。これは必要な事なのだもの。元々ダンジョンには行きたいと思っていたの。ピニアにもレベルを戻してもらわないと」
「面目ありません……」
ピニアの姿を見なくても、声の様子から察すに、耳を倒してしょげているに違いない。最近のピニアは、メイドキャップは料理をする時以外では被らなくなった。どこで知ったのか、ホワイトプリムというヒラヒラをつける様になった。
彼女なりのオシャレかしら。どうせピニアの事だから、ホワイトプリムの方がよく聞こえるとか、機能性しか追い求めていないと思うけれど。
「ロスコさんのおかげで、私達は魔族化を気にする事なくレベルが上げられるのよ。ピニアも直ぐに元のレベルに戻れるわ。早く、護衛として戦える様になりましょうね」
「かしこまりましたお嬢様!」
ダンジョンコアをうまく使うことが出来れば、レベルもすぐに上がる。私の考えている事が可能なら、とんでもなくズルい方法で経験値得られる。
「クーナさんが言っていた事は本当なんですか?」
「間違いなく信用できる情報よ」
ロスコさんと一緒にダンジョンで戦うと、経験値が浄化された状態で入るのだ。ちゃんとワフ姉さんから、彼の体質について聞いておいたので間違いはない。
実際に超上級クラスの冒険者が、魔族になってしまい。人族や亜人を、無差別に殺戮してしまう事件が過去に何度か起きている。
元々の対策としては、レベルをある程度上げると、一定期間の間はダンジョンへ潜らない様にするしかない。レベルの量も、期間も個人差があるので分からない。
レベルを一度にあげられる様な冒険者も稀だから、そんな簡単に魔族化なんてしないのだけれど。
「予定通りね。流石はマルだわ」
『得意分野ですから。自動運転システムの経験が活きました』
ダンジョンのある街に到着して、貴族専用の門の前に車を駐めると、男女のペアで門番をしている衛兵が近寄ってきた。慌てた様子はなく、手で止まる様に合図された。ドアのガラスを下げると、声をかけられる。
「クーナさんとペニャ様ですね。リンドル様からお話を聞いております」
「ヴェレ先輩、これは馬車なんすかね。馬がいないっす。馬がいねぇから、車っすね。馬がいない馬車が単体で動いてると、なんか馬鹿っぱいっすね!」
「エラーレ、少し黙っていなさい。引っこ抜くよ」
「ごめんなさいっす!」
エラーレと呼ばれた男性が叱られている。コストルの衛兵隊に勤めているアトレさんにどことなく似ているけれど。兄妹かしら?
彼が失態を犯すと一体何を抜かれるのかしら?
「お騒がせいたしました。私はヴェレット•アラント兵士長です。こちらのエラーレ一等下級兵士が屋敷まで案内させます」
「では、ヴェレット兵士長、この車両の機密管理をお願いします」
「承りました」
確かロスコさんが下から2番目の階級、二等上級兵士だったわね。という事は、エラーレさんがその一つ上の階級のはず。後から知ったけれど、兵士長は門番をする様な階級では無いのよね。ペニャの下級騎士と同じぐらいの階級だったはず。兵士の中で3番目に偉いのよね。
「では、そちらの馬車庫へ移動をお願いします」
ヴェレットさんが指差した方に大きな扉があった。車ぐらいなら簡単に入りそうだ。
「スルゥウェルへようこそっす!」
駐車をした後、ラルンさんとペニャを起こして、叔母さまの屋敷へと向かう。二人は車に乗っていると眠くなってしまうと、移動している最中、言い訳を続けていた。
「催眠魔法みたいに眠くなっちゃうのよ。本当よ」
「揺れ具合が心地よくてな……」
『車に酔いやすい体質の人は、眠くなりやすいみたいですね。自動運転システムをしていた時よく眠る方が沢山居ましたよ』
「馬車は寝ている余裕もなく酔うからな。いつもは屋根の上で見張りをしている」
王都やコストルで、馬車の屋根に乗ったラルンさんを何度か見かけたけど、そういう事情があったのね。
それにしても、先導している衛兵のことが気になって仕方がない。
「エラーレさんはコストルに、兄妹の方が勤めていたりしない?」
「妹がいるっす。アトレと知り合いなんすね。そういえば、ルレ嬢のお父さんが、アトレの上司っすね。いつもお世話になっていると伝えて欲しいっす!」
たルレと牢屋に入れられた時に、アトレさんの世話になったのはこちらなのだけれど……。
「アトレにはお父さんもお世話になっているわ」
そうこう話しながらスルゥウェルの街を歩いていると、大きなお屋敷が見えて来た。
「ついたっす。オイラは配置に戻るっす。ペニャ様が門番に一言かければ中に入れてくれるっす」
「ご苦労様」
ペニャがエラーレさんに対して敬礼すると、彼も同じように敬礼を返した。この人、そういえば騎士だったわね。
立派な、叔母さまのお屋敷の前には、衛兵が二人立っている。ペニャが二人の前に立つと、衛兵は彼女の胸元に付けた、騎士団徽章が刺繍されたワッペンを一眼見て敬礼をした。
「デセンド騎士団、ペニャ•エルセンです。ティエル伯爵に訪問の取次を願います」
「ようこそ。ペニャ•エルセン殿ですね。中へどうぞ。それから、管理人にギルドカードを提示して下さい」
「それじゃ、リンドル邸に向かいましょ」
「私は冒険者ギルドで情報を集めてくるから、用事が済んだら連絡してくれ」
「お願いするわ」
ラルンさんは別行動で冒険者ギルドへ。平民の冒険者である彼女が、叔母さまと面会しても気を使うだけだ。
私達は警備上必要な手続きを終わらせると、メイドさんに叔母さまの元へ案内される。私以外のみんなは別室で待っていてくれるそうだ。
「クーナちゃん、お久しぶり!」
叔母さまは嬉しそうに、私に抱きしめた。
「お元気そうで何よりです」
「王都で貧しい人達に、仕事ができるように、色々と頑張っているそうね。でも、無理はしちゃダメよ。アスティルくんと王様が、調子に乗って無茶を言って来たら。叔母さんに言うのよ?」
「私はワガママですから。自分のしたいことしかやりません」
「それなら安心ね。……クーナちゃんの道具に、文字を書けて、跡形も無く消せる物ってあるかしら?」
第三者に聞かせたくない話を筆談でしようという事かしら?
小さいホワイトボードなら、情報を残す事なく消すことができる。
私のスキルで購入した、一枚の白い板を取り出す。別に注文したマーカーで文字を書く。
[これでいいですか?]
叔母さまにホワイトボードを見せたあと、文字を消した。驚いた様子を見せながら、私からホワイトボード一式を受け取る。
テーブルに置いて、文字を書き始めた。
[これは便利。初めにこれから書く内容は他言しないで。王様、宰相、テェト君の四人しか知らない]
叔母さまは真剣な顔をして、私の目を見る。私は黙って頷くと、叔母さまは文字を消して、新しく文字を書いていく。
マーカーの擦れる音が終わり、私は文字を読むと、不穏な文字が。
[準備が整い次第、テェト君はリェースをデセンド王国に国替えをする表明をゼゼンダルに出す]
それはつまり、デセンドを後ろ盾にゼゼンダルに宣戦布告するのと同じ事だ。間違いなく、ゼゼンダルはリェースに攻め込んでくる。
[戦争になりますか?]
[なる。ゼゼンダルの王子は貴女に強く執心している。いずれにしても、後が無い]
私のせいで戦争になってしまうの?
でも、今の私の財力なら、何万の兵が攻めてきても。一方的に殺すことが出来る。私が嫁に行けばどうにかなる問題ではないもの。お母様とお父様がいるリェースを守る為なら、悪魔にでも鬼にでもなるわ。
安価で大量の人を殺す方法は、いくらでもある。
[私がスキルを使えば、ゼゼンダルの全てを破壊できます]
「そんな事……!」
叔母さまは声を上げるが、息を飲んで、筆談を続けた。
[そんな事は私も、テェト君も許さない。戦争で疲弊したリェースでは、ゼセンダルから防衛しきれない。デセンドから援軍を用意する]
[私のせいで、血が流れる]
ミェルもこんな気持ちなのだろう。でも、私にはそれを払い除ける術がある。
彼女のように、相手に容赦する優しさは無い。ミェルは攻めてくる相手国の兵士にすら慈愛の心を持っている。
[元々クーナには原因はない。愚かな王と王子が権力を持っているのが間違っている。領民を幸せに出来ないと思ったテェト君が、ゼゼンダルを見限った。それが早くなっただけ]
ペンを握る手にもどかしさを感じる。だけど、私は口端を固く結んだ。
[私は見ているだけなんて出来ません]
[アスティル君にミェルちゃん、何万人も住んでいるコストルを救ったのよ。デセンド王国には、あなたに恩がある。王様と騎士団も衛兵隊が、クーナちゃんの為ならテェト君に力を貸すわ]
「大勢が死なない為に助けたのに。それが原因で、デセンドの方達が戦場に赴くなんて嫌です」
真剣な表情をしていた叔母さまは、私を見て微笑んだ。お母様に似た優しい雰囲気を感じる。
「クーナちゃんはテェト君にそっくりね」
「私はあんなに口が悪くありません。他所の父親を見ても、あんなに娘を邪険にする親なんていません。そんな事を言われても、嬉しく無いのだわ!」
「いいえ、テェト君は私の知る中で1番の子煩悩な親バカよ」
「そんなわけありません。叔母さまもお母様も、私がお父様から嫌われているという現実から遠ざけているだけ!」
「彼はいつ死んでも、悲しい気持ちにさせないように振る舞っているのよ。クーナちゃんだけじゃ無いわ。アデアにも、他の子たちにもあの態度よ」
叔母さまが言うように、他の兄弟はお父様は苦手意識を持っている。シトレが私に辛く当たるのも、お母様に執着してあるからでしょうね。
「覚えていないでしょうけど、恵雨ちゃんが病気で亡くなるまでは、優しい人だったわ。大切な人を失う苦しみを知ったのよ」
「独りよがりにも程があります。私なら大切な人を傷つけず、ゼセンダルからリェースを守ることができる」
「強大な力に立ち向かう人の強さを、あなたもよく分かっている筈よ」
脅かされた側の人間はなんとしてでも蹂躙してくる相手を排除しようとするだろう。自分の家族が住む国に矛先が向く前に、何としてでも、最後の最後まで希望を捨てずに戦うに違いない。
助かる見込みの無い怪我を負ってもなお、治療が済んだ瞬間に、雄叫びで恐怖をかき消しながら魔物の海へ駆ける人達を、この目ではっきりと見た。
国は違っても、家族を愛し護ろうとする心は同じ。圧倒的な戦力差にめげず、私に向かってくるのは簡単に想像できる。
「……私はどうすれば」
「クーナちゃんは一人でコストルを守ったわけではない……そうでしょ?」
「はい、私一人でどうにか出来る状況ではありませんでした」
「誰もあなたが血で汚れて欲しいなんて思っていないわ。前線に出て、戦場に地獄を作るよりも、人々が幸せになれるものを作って欲しいと思う筈よ」
(私は弱い人が平和に暮らせるような機械を作りたいの。でも、私には魔力も扱えないし、科学技術のインフラが無いから……。って、まだ幼い空七にはわからないか)
ふと、幼い時の母が言っていた事が頭の中によぎる。他の貴族に気づかれない様に、離れの屋敷で一緒に住んで、良く本を読み聞かせてくれた母は、いつも何処か遠い所を見ていた。
難しい話に私が難色を示すと、悲しそうな表情を浮かべていたのを覚えている。もしも、今の様に工学を学ぼうとしている私の姿を見たら喜んでくれたのかしら?
きっと、銃を構えて戦場に行くよりも、病気で亡くなった母が叶えたかった意思を、私が引き継ぐ方が喜んでくれる筈だ。
「……弱い人でも平和に過ごせる世界を作りたかった恵雨お母様の事を思い出したわ」
「ええ、本当に素敵な人だった」
私が出来る攻撃は鉛玉を飛ばすだけでも、ロケット弾を撃ち込むだけでもない。それ以外の方法で、リェースの家族を脅かすゼゼンダルに度肝を抜かせてあげるわ。
私は破壊する側の人間ではなく、造る側の人間なのだから。




