60.入学式
『諸君、入学おめでとう。私はこの国の王、学園の創設者として君達を歓迎しよう』
音声拡張の魔導具から王様の声が大きくなって聞こえてくる。講義台では学園長を兼ねる王様の姿があった、身振り手振りをしながら演説をしている。
『まず初めに、技術は国の宝であると断言する。それと同時に君達は、私にとって宝と同じと言ってもいいだろう。遠い祖国からから学びに来ている留学生も我が国の民と交流し、お互いを磨き合い、いずれ母国に貢献出来る事を願おう』
いつもは子供に甘いおじさんにしか見えないけれど、今日は国民の前に王として出ているだけあって、貫禄が違って見える。
座る席は指定されているので、みんなとはバラバラに座らされている。そんな事もあり、私は大人しく王様の話を聞いていた。
試験場の襲撃から1ヶ月、あれから大きなゴタゴタも無く。入学式まで王都とコストルを行き来しながら過ごしていた。
「はぁ〜王様……素敵だわぁ」
隣から甘ったるい声が聞こえてきた。
確かにカッコいいおじさんよね。何より優しいし。お爺さんと言ってもいいぐらいの白髪とシワがあるけれど。それを補うだけの立ち振る舞いをしている。
隣にチラリと目を配るとブラウンの巻髪を指先でくるくると巻いて遊んでいる、私のお母様にそっくりな少女が居た。
何で……この女がこの国に居るの!?
私の居場所を、隣に座っている女に知られるわけにはいかない。変装しなくちゃ。急いで眼鏡とヘアゴムで髪型を変えれば、容姿を誤魔化せるわよね?
スキルで変装用にアイテムを購入する。ゴムを出現させると、一瞬で後ろ一つに束ねて馬の尻尾みたいに髪型が変わる。
リェース家三女のシトレ•リェースが、何でデセンドに居るの。聞いていないわよそんな話!
リェースの人間が出入りするならアスティルだって気付かないわけがないでしょうに!
「何かしら貴女、今……私のこと見てたの?」
「い、いえぇぇ、そんな事は〜」
「別に構わないわ。貴女のようなダサくて芋臭い女なら、私に見惚れるのも仕方ない話よ。私は器が大きいから許してあげるわ」
シトレから他の家族から見えない所で、嫌がらせや暴力を振るわれたりしたので、彼女の事を怖いと思っていた。
でも、今では人の死を何度も目の当たりにして鍛えられた結果なのか、顔を見たら苛立ちしかなかった。以前とはレベルが違うし、暴力でなら簡単に勝てる。
ダメ、耐えなくっちゃ……。シトレはこんなのでも、お母様の大切な娘。それに私が感情に任せて暴力を振るったその後は、命が残っているかどうかも怪しい。
右手で拳を作るが、左手でグッと押さえる。
「ねぇ、貴女と同じ髪の色をした、トロそうで、頭の悪そうな、眠そうな顔をした不細工な女が居たら教えて。名前はクーナ•リェース、リェース家の面汚しよ。貴族って言っても、お人好しだから何言っても抵抗しないわよ。貴族にイライラしたら八つ当たりに使ってもいいわよ」
「そうなんですね〜。しょーもない女ですねーあははー」
「貴女気に入ったわ。お名前は?」
「えっと……イツカブンナグ男爵家の長女ルーですぅー」
「貴族だったのね。イツカブンナグ……聞いた事のない家名ね。内地の方は詳しくないのよ。貴女、リェース伯爵家は知っているわよね」
伯爵家とは言っても、度重なる帝国との小競り合いで、リェース家には金銭的な余裕がない。あくまでもゼゼンダル貴族の中では貧乏だ。
自分でお金を触って、昔の事を思うと、箱入り娘として私を育てるのも、相当なお金を使っていたように思える。
シトレのドレスは以前会った時に見た事がある物だ。平民からすれば目が飛び出るほど高価だが、ミェルどころか男爵家のペニャにすら高く感じる事はは無いでしょうね。
もしかしたら、今のリェースには、高価なドレスを買う程の資金的な余裕は無いのかもしれない。お父様達は大丈夫なのかしら?
「きぃたことないですねぇ〜」
「貴女変な声ね」
「そぅでぇすかぁー?」
普段通りの声を出したら気付かれる可能性があるので、声を変えている。慣れない事をしているせいか、喉が震えて疲れてくる。
ああ、もう。話しかけてこないでほしい!
王様の演説をまともに聞く余裕もなく、入学式は終わりを告げた。三女の姉と他の兄弟は一生分かり合えない事は、長い年月をかけて思い知っている。出来るだけ顔を合わせないようにしよう。
入学式から解散すると、錬金術科目の準備室に全員集まっていた。メテリエ先生はまだ来ていないようで、職員室で何かしらの仕事をしているのでしょう。補助教員の私に職員室の中に席はない。ここの準備室で授業の準備をするのが私の仕事だ。
「クーナちゃん、顔真っ青だけど大丈夫?」
「気分悪いなら家まで送るわよ?」
「あ、私のジョルジュの後ろに乗る?」
「大丈夫よ。少し気分が悪かっただけだから」
ペニャはバイクの音が苦手なようで、電動スクーターにしか乗らない。いまでは名前を付けて、毎日洗車して自分の愛馬のように気に入っている。彼女の愛馬では無いのだけれど、気に入っているならあげようかしら?
「父上の話、そんなにつまらなかったか……?」
「そんな事は無いわ。少し、困ったことがあっただけよ。私の姉が学園に居たの」
「クーナのお姉様ですか。という事は、久しぶりの家族との再会ですね。良かったです」
「ミェルはメディと一年ぐらい顔を合わせなからって、再開して仲良く出来る?」
「無理ですね!」
「変装して声色を変えて気づかれないようにするのに苦労したわ」
「あ……いゃぁそれは大変だなー」
アスティルがバツの悪そうな顔をしたと思いきや、私との視線を逸らした。
「もしかして……知っていたの!?」
「黙っていたわけではなく、忘れていたのだ。俺もやる事が色々とあって、頭から抜けていたと言うか……」
「シトレが隣に座っていて、私は心臓が飛び出すような思いをしたのよ。忘れていたで済むわけが無いでしょう!?」
私の暗殺を企てた敵対組織に情報が漏洩したら本当に危ない。
「その忙しいという新しい事業も、私に黙って始めて、その内容も教えてくれないのです!」
「最近、変な物を注文してくるわよね。プリペイドキャッシュカードだったかしら。あのカードは何なの?」
マルに聞いても教えてくれないし。地球でお買い物する時に使うらしいけど。なんでもツウハンをすると、変わった格好の老若男女がドアからやってきて、サインをすると商品を置いて行ってくれるそうだ。
マーケットスキルの方がすぐ出せるから便利なのに。
「聞かせたくない内容なんだよ。察してくれ。それと、シトレ•リェースに対しては変装して姿を隠さなくてもいい。リンドル女史とテェト伯爵は彼女に状況を説明している」
アレに今の状況を教えても、ろくなことが無いと思うのだけど。お父様と叔母さまは正気なのかしら?
「って、シトレってば、私にクーナ•リェースを知らないかって聞いてきたのよ!」
「嘘だろ……?」
デセンドの一部では御伽噺みたいな存在だからまだいいけれど。リェースの人間が私の居場所を聞いたら駄目でしょうに。それに存在していると明言しているような良い様だったし。
「殴ったり、撃ってもいいかしら。アスティルなら揉み消せるでしょう?」
「クーナ?」
ルレ達が私の発言に驚いている。私が嫌う最低な行為だけど。シトレになら躊躇なく出来る。
「駄目に決まってるだろ。暴力沙汰は禁止だ。身を守る為には許可するが、証拠は残しておけと言ってあるはずだ」
「マル、私にとある女が剣を持って襲い掛かる偽物の映像って作れる?」
『動画は高性能なグラフィックボードが必要ですが、静止画ぐらいなら人の目を騙せる物が作れますよ。やりますか?』
「作るな、やるな。どうしたんだ……俺でも、メディやディグスに、そこまでやろうとは思わんぞ。そんなに酷いのか?」
「私だって乱暴な事はしたくないけれど、やれると分かったら、シトレを殴りたくて仕方がないのよ」
自分でも怖くなるぐらいに凶暴になっている。そもそも、人を殴ったり、撃ったりなんて野蛮な事をかんがえるだなんて。
暴漢が出た時も躊躇なく攻撃できるようになってしまった。切り替えのギャップが大きくて自分が怖くなる。
「無意識に力に飲まれているな。抑えていても、本能では欲求を訴えてくる。大量の敵を倒してレベルが急激にあがった弊害だ。冒険者ギルドで一悶着起きやすいのはそれでな。クーナはいつも落ち着いているから、気が付かなかった」
「……ルレと初めて会った時、すごく怒りっぽくなっていたかも」
ルレの時は抑えられなかった。あの時は中立属性の盗賊を殺して、急激なレベルアップを経験した後だったからなのね。
「循環している魔力が荒ぶっているんだ。整流すれば、心も落ち着くはずだ」
魔力操作で体内を流れる魔力を落ち着かせるように整流する。すると、さっきまでのが嘘だったかのように、心が落ち着いてきた。頭の熱が抜けて、ひんやりとしてくる。
「……本当だわ。ありがとう、おかげで楽になったわ。知らないままだったら、いつか本当に撃っていたかも」
「撃たなくてよかったな。大体、ピニアが居るから、王都に居る時は銃は持たなくてもいいだろう。いざとなれば、銃を買えば直ぐに出せば携帯しなくても済むのでは無いか?」
「拳銃は安い物じゃないのよ。それにその……ピニアは……」
「無事に目が覚めたんだろう?」
「レベルを奪われてしまったの。だから、すごく落ち込んでいて」
「技術まで奪われた訳ではないだろう。レベルを上げればまた……」
「その技術まで無くなってしまったのよ。幸い、レベルが上がれば戻るみたいだけど。それまでは私が自分で身を守らないと」
ビドさんがピニアの受けた正体不明の攻撃について教えてくれた。
レベルダウンは運動記憶に影響を受ける。ピニアはアビリティを使わずに技を使っている。
何故あの人が、レベルキャプチャーというものについて詳しいのかは教えてくれなかった。彼女が教えたという事も、アスティルや他のみんなには内緒にしてほしいとお願いされた。もし、何かあっても信じて欲しいと。
「最近は例の件で警備を強化しているからな。護衛を頼むのに苦労する。一応、休職中のペニャが居るから大丈夫だろう」
「一応と言われない様に頑張ります……」
自信という自信を色んな人から削がれてしまったものね。
「いや、頼りにはしているからな。スタンピードの時も良く戦ってくれたし。ビドやルトルが規格外なだけだ。いつも通り、ミェルをしっかりと守ってくれ」
「はい。この身に変えましても!」
ルレがアスティルの言葉に気を落とした顔をしている。理想の上司だ。王子というり、冒険者ギルドの受付みたいだわ。
「ルレも騎士では無いが、腕が立つからな。もしも、ミェルやペニャに危ない時があれば手を貸してくれると助かるなー!」
「分かりました。ご期待に沿えるよう、頑張ります」
扉のドアノブが回る音が聞こえてきた。先生が戻ってきたのだろうか?
「会長、ここにいましたか」
思っていた人物とは違い、知らない生徒だった。眼鏡をかけ、緩やかなウェーブを描いた金髪の少女と、小柄な黒髪の少女がこの部屋の中に入ってくると、アスティルの元に歩いてくる。ペニャが警戒する様子を見せたかと思うと、すぐに警戒を解いた。




