61.放送部はご令嬢、陰と陽の準備室
「生徒会長……いや、生徒会の仕事には関わらない」
「でも、どうせ推薦で立候補させられて、来期も生徒会長をやるじゃないですか。会長、頑張って!」
「お兄上は平民や下級貴族から……人気がある」
片方の眼鏡を掛けた少女は、わざとらしく甲高い声でアスティルを応援している。冗談を遠慮なく言っている姿を見ると、親しい間柄の様だ。
この2人の声、何処かで聞いた事があるわね。
「推薦は無くした。それと王族は立候補出来ない様にもな。政治屋としての教育を受けている者が、学生のままごとに参加しているのは。生徒の成長の機会を奪う事にもなる」
「あの2人が生徒会長になる事はないと?」
「ああ王族は生徒会への参加は禁止だ。出来レースの選挙をしては意味がない。まだ、最終期の決議資料を読んでないな?」
「そろそろ読んで、原稿を作ろうと思っていたんです。試験の放送準備で忙しかったので。読む暇がなかったので」
「あの2人って、第一王女と第二王子の事よね?」
あの2人なら、アスティル率いる親和派と平民の生徒達に、不都合な事をやるに違いない。
「メディとディグスが生徒会長をやった時の話だ。高位の貴族ばかり優遇するものだから、サークルの予算分配やフィールドワークの格差が酷かった時があってな」
「アスティルとミェルは平民でも円満な学園生活を送れる様にと、学園に寄付金という名目で予算を出してくださったのです」
「血縁者が本来ここで学ぶべき国民に、王家の者が迷惑をかけているのだ。それに俺だけじゃ無い。そこにいるヤルヤと他の妹達もポケットマネーから出してくれている。俺だけの評価になるのはおかしい」
「お兄上や……ミェルのより……すくなかった」
「みんな喜んでいたから気にするな。額の問題では無い」
アスティルがヤルヤさんの頭を撫でる。ミェルには撫でたりしないのに。嫉妬したりしないのかしら……と思ったら。ミェルまでヤルヤさんを撫で始めたわね。
「そうですよ。ヤルヤお姉様が節約して出したお金です。感謝される事はあっても、少ないと文句を言われるなんてことがあってはいけません」
ヤルヤといえば、確か……この2人は試験の時に放送で喋っていた2人だ。アピタさんとヤルヤさんだったはず。アスティルと同じ黒髪の女の子だ。何というか……美女のミェルと違って、可愛らしさがある。
「ヤルヤさんは……王女様よね?」
「そうだ。同じ母上を持つ妹だ」
「お兄様にそっくりで可愛いですよね!」
「は……かし……」
魔導具スピーカーの増幅があって聞こえるか細い声だ。何を言っているか聞き取れないけれど、アスティルとミェルは聞こえているようね。
「うう……知らない子がいっぱい」
ふと、職員会議から戻ってきたメテリエ先生の声が聞こえてきた。彼女は部屋の中を見回したあと、俯きながら私に近寄る。
「クーナちゃん……待たせてごめんね?」
「大丈夫ですよ」
「メテリエ……元気……」
「ヤルヤ王女も……お元気そうで……そういえば……」
「うん……」
元気そうではない2人が、ボソボソと会話を始めたけれど、内容が聞こえてこない。あれは本当に会話が成立しているの?
「銃の……設計を……たの」
「五芒星……が……魔石を」
「生贄……代わり……」
「五等級……大量に……」
小声でブツブツと、次から次へと出てくる禍々しいワード口にしている2人の姿が、魔女のサバトにしか見えないのだけど。2人とも暗い色の髪と服を着ているからなおさらだ。
先生と今後の授業について話し合わないといけないのに……盛り上がっているようだし。どうしたものかしら。
「クーナさんって、もしかして……リェースの深窓令嬢ですか?」
「違うわよ。あの家は三姉妹。長女のイェリィ様、次女のリエル様、三女のシトレ。それに三女のシトレは私と同い年だから計算が合わないでしょう?」
「隣国の領地なのに詳しいですね」
しまった。知っているからさらりと口に出してしまったわ。
「ええ、まぁ……そうね。住んでいた事があるの」
「アスティルとミェルとは親しいようですが?」
「ぃぇと〜んまぁ〜泊まってる宿の関係で知り合ったといぅかぁ〜?」
そもそもアスティルとはどうやって知り合ったんだっけ?
あれ、露店で商売してたらソックさんが望遠鏡を、衛兵隊に下ろさないかと相談してきたのは言っていいんだっけ!?
「リェースの隠し子なのに、当の本人は隠し事が苦手なんですね。安心してください。私もお父様から話は聞いていますので」
「アピタさんのお父さん……?」
私の事情を知っているのは王家に三人と騎士団の三人だけのはず。確か、宰相にも知らせていると聞いたけど。
「ヤルヤとは従姉妹同士なんですよ」
「宰相の娘さんだったのね」
先月の会議で宰相に挨拶をしていなかった。あの時はピニアの事が心配で他の事を考える余裕がなかったものね。
「父が以前お会いした時は、会議中はずっと落ち込まれていた様子だったそうで。日を改めて、落ち着いたら食事かお茶でもしながらお話がしたいと言っていました」
「叔父上の所に行くのか」
「いえ、叔父様から聞いたお話では、滅多に食べられないメニューが、クーナさんに頼めば食せると聞いたので」
「父上め、秘密にしておいて欲しいと言ったのに……。いや、偶には派閥に板挟みになっている苦労で疲れている叔父上には、美味いものと美味い酒でハメを外して貰わないとな」
宰相は中立公正な立ち振る舞いをしなければ、各貴族からの反感を買うので、バランスを保つのも仕事のうちらしい。身だしなみに気をつけていても、忙しそうなのが見た目でわかるぐらいにはくたびれていたものね。
「お父様は知らないので、サプライズにその料理をご馳走して喜ばせてあげたいのです。もし、クーナさんが良ければのお話なのですが……」
「しかし、お父様が叔父様にお仕事を投げているせいで、お休みする暇がありませんね。私が父上に陳情しますね」
「それなら大丈夫です。叔父様には仕事をしてもらう様にお願いしました」
「俺が言っても聞かん癖に……まったく。クーナはどうする?」
「ええ、良いわよ。ジーゼルさんのお店に招待すれば……」
「それは難しいな。叔父上は派閥に肩入れする事を好まない。平民に寄り添う行動も、貴族を特別扱いもしない。それに急に宿の食堂を貸切るのは、他の客と店主殿に迷惑がかかる」
「場所が必要であれば、私の家はいかがでしょうか。叔父様がお仕事を沢山してくれると約束していただいたので。明日はゆっくりと家で過ごせます」
スキルで買える惣菜は美味しい物が沢山あるけれど。ジーゼルさんが作った方が、初めて食べる異世界の味でも口に合う物が多いのよね。
流石に忙しいジーゼルさんをここまで連れてくるわけにもいかないし。
「店主の手を煩わせるのには変わらんな」
「私の家はどうかしら。あそこなら宿からジーゼルさんの作った料理を、直ぐに持って来れるわ」
「騎士団寮の一室という事になっているんだ。婦女子の私室に、叔父上が気軽に入れるわけがないだろう。見られたら大問題だ」
「そ、そうね……」
この部屋は私とルレにハイラさんの女子が三人で使っているのだから、騎士団寮の狭い女子部屋に入る宰相の姿……。余計な噂が王都を駆け巡るでしょうね。
「父さんのレシピで、宰相さんに料理を用意してあげたいんだよね?」
「そうなのよ。スーパーとコンビニの惣菜でも美味しいとは思うのだけど。合わない人には合わないし。ジーゼルさんのアレンジした料理の方が、抵抗なく食べられるでしょ」
揚げ物は油の臭いが強い時があるから、当たり外れがあるのよね。外れを引くと気分が悪くなっちゃうから宰相には食べさせない方がいいでしょう。
アスティルがその変わった油の匂いも、偶にはいいとか言って、美味しそうに食べるけど。私には理解できない……。
「王城のシェフ達は店主殿のレシピを、極めるまでは、まだ人には食べさせられるものでは無いないと、意地を張っているからな。職人というものは難しい生き物だ」
「私が調理しようか?」
「ハイラさんが料理しているところを見た事がないのだけれど。お願いしても大丈夫?」
相手は舌の肥えた貴族だ。喜ばすのも一筋縄ではいかない。
「父さんには程遠いけど、ある程度のことは普通に出来るよ。貴族の人が驚かせることは出来なくても、喜ばせるのは簡単だよ?」
「すごい自信ね」
「アピタ様に一品作って頂くの」
「え、それだけ?」
「私、料理は下手で……」
やる前に失敗するかもしれないなんて言いたくは無いけれど。もし美味しく無くなったらどうするのかしら?
「私がお手伝いするので心配しないでください。指を切ってもヒールで傷跡も残りませんから」
「ご教授、よろしくお願いします」
「一緒に宰相さんを喜ばせましょう!」
貴族令嬢が料理する時に怪我をして跡が残ったら大事だものね。リェースの家で私が料理したいなんて言ったら、お父様にものすごく怒られるけれど。デセンドの令嬢は魔物と戦う子も多いから、料理ぐらいならやったりするのかしら?
「私も一緒にしても良いですか?」
ミェルも調理に参加したいらしい。私はルレとカレーとバーベキューぐらいしか作った事がないから。大した事は出来ないので、ハイラさんの足を引っ張るかもしれない。
「ミェルは駄目だ」
「どうしてですか。初めて私がお兄様とお父様に料理を作った時には、喜んでくれたじゃないですか!」
「お前が料理を作ると……まずい〜くはない、味は美味しい。しかし、叔父とは言え宰相の家で王女が料理を作るのはな……その……不味い……のは味の事ではなく、世間体が良くない的な意味で良くない!」
開放的なデセンド王家でも、限度はあるという事だろう。王女様が料理なんて、他の国では考えられない事だものね。
そういえば、ゼゼンダルの王女ってどんな方なのかしら?
デセンド王家なら外交で会ったこともあるかもしれない。今度、誰かに聞いてみようかしら?
「むぅ……仕方がありません。それじゃ、今度の機会にクーナさんのお家にあるキッチンで、お兄様達にご馳走します!」
「お、おう? いゃ……ああ……うん。ハイラとクーナの2人で作れば良いんじゃないかなぁ!?」
ヒールで切り傷を治せるとはいっても、兄としては怪我の危険がある作業をさせるのに不安があるのでしょうね。
「私、カレーと鍋焼きうどんぐらいしか作れないの」
「カレーを普通に作れるなら十分だ……」
切った具材を煮て、市販品のルーを入れるだけだから適当なんだけど。今度、ミェルと少し難しそうなのに挑戦してみましょう。そっちの方が、やりがいがあるという物だ。こだわって、色々と試してみるのも良いでしょう。きっと、大切な妹が一生懸命作った料理なら喜んでくれるでしょう。
その前に、宰相に何を食べさせるか考えないと。王様と同じように、アピタさんを溺愛していればいいのだけれど。それならハードルも下がるかもしれない。
「ハイラさんは何を作るの?」
「簡単そうなヨウショクが良いと思っているんだけど」
洋食は西洋料理を、日本向けに材料や調理法をアレンジした料理だったはず。オムライスやハンバーグね。それをデセンド向けに食材をアレンジしているから……わかんないのだわ。
異世界の料理だから……異食かしら。なんだか、食べ物感が一瞬にして消え失せた気がするわね。
「明日の早朝に海産物の市場を見てみるのも良いかも。クーナちゃん、三輪オート借りても良い?」
「ええ、好きに使って良いわよ。冷蔵庫も空いているから、好きに入れて。料理できるのはハイラさんとピニアだけだから」
ルレはソックさんと同じく、肉を素焼きにして食べるワイルド少女なので、料理の腕には期待できない。ピニアはメイドという職についているだけあって、料理上手だ。適当に入れておいた冷蔵庫の食材で美味しい料理を作ってくれる。なので、ハイラさんがキッチンに立つ機会がないのだけれど。
「クーナ、手元に大金貨しかないから両替を頼めるか?」
「例のスキルですか。両替まで出来るなんて、両替商の手数料要らずですね」
アスティルが大金貨を一枚差し出したので、それを受け取る。
「アスティルにはいくら返せば良い?」
「あ、私も出しますよ」
「父上が迷惑をかけているからな。後で請求するから遠慮しないでくれ」
「使いやすいように、すべてクォーター金貨四枚と大銀貨十枚で十万カクルでいいかしら?」
ハイラさんに両替して細かくした金貨と銀貨を渡す。中々の重さがある。
「金額が金額だから緊張するね」
「お前にはこれを……」
アスティルが別に大金貨三枚を渡してきた。
「こんなに渡して、何を買うの?」
「ロマネコンティというワインを、昔のものであれば安く手に入るはずだ。二十万ぐらいだそうだが、足りるか?」
「これだけあれば十分よ。マルに教えてもらったの?」
「いや、インターネットで調べた。自ら学習する癖を付けなくては、物事は覚えられないからな」
本で物事を調べるのは好きだったけれど。最近はマルに頼り切っているので、自分で調べ物をしなくなった。日本語は全然理解していないから、インターネットはまだ使えないし、児童書を読むのも良いかもしれない。全て理解できないけれど、可愛らしい絵が多くて、見ているだけでも楽しい。
それにしても……あそこの2人には。
「体内で……破片が」
「人の道に……ですので……皮膜で」
「即死しないので……行動不能に……」
「電気属性で……神経を」
料理を作ろうかという話をしている横で、不穏な会話をしないで欲しい。けど、楽しそうにしているから止めるに止められない。でも、いい加減に仕事のお話をしたいのだけれども。




