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56.拗れた騎士の恋心(ペニャside)

『試験開始十分前です』


 天井に埋め込まれた魔導具から、アナウンスをしている生徒の声が聞こえて来る。そろそろ時間か……。

 あの人も18歳という大人だ。見た目は若くても、結婚してもおかしくはない年齢だもの。こんな所で燻って時間を無駄にする事はない。村に帰らせて、嫁探しでもして平和に暮らすべきなのよ。

 

「勝って、一人でも大丈夫だってところを見せなくちゃ」


 なんて、簡単じゃ無いけれど。

 あの子は他の受験生とは比べ物にならないくらいに強い。それぐらい殿下を守る立場に憧れを抱いている。

 でも、私だって強くありたい気持ちは変わらない。この国を守れる程の力があれば、力を持たない平民は幸せに暮らせる。それは当然あの人も。


 あの人は妹の付き添い程度ぐらいにしか思っていないだろう。もし万が一、異性と見てくれているのであれば嬉しい。身分の差にそこまでの差はないから希望を抱いたこともある。

 でも、私が男爵になれば話は変わって来る。お父様は私が継ぐ必要は無いし、貴族になる必要は無いと言っている。私で3代目、騎士の階級で家が四代続く事は滅多にない。私は剣聖スキルがあるから女の身で騎士になれた。

 次は分からない。でも、私の家が男爵家になれば家は無条件で次の世代に継がせる事ができる。そうなれば、私とあの人が生まれ育ったあの村が、領地として任されることになる。私がお父様のように村の住人を守りさえすれば、あの人は平和な村で幸せな家庭を築けるのだから。

 

『3分前です。入場口に待機してください』


 あの子とその父親からは、私の弱い所を教えてもらった。過程を飛ばして目的だけ追って、自分が強いと確信する事に安堵していた事だ。

 自分の弱さとスキルの恩恵に溺れていた事実から目を背けていた。

 ここでいい勝負を殿下に見せれば、あの方は近衛騎士としてあの子を推薦してくれる可能性が上がる。騎士への抜擢に文句を言う貴族を黙らせる要素の一つになってくれると嬉しい。

 

『1分前です』


 この戦いを見てくれたら、私には、もう見守る必要が無いぐらいに強くなった事に気づいてくれるだろう。受けているばかりの恩を、全て仇で返すようだ。でも勝ちは譲れないし、絶対に負けられない。

 

『入場してください』


 入場口が開かれる。遮蔽物はまだセットされていないので、こちらからよく見える。貴族に生まれ、高価なミスリルソードを振る受験生が参加する中、鉄製の魔法剣を持った年下の女の子が立っている。


『注目必須、これが最後の一戦です。これまで良い戦いを魅せてくれた受験生の方々に今一度拍手を!』


 観客でひしめき合う席からパチパチと叩く音が何重にも重なって聞こえて来る。

 ルレと早く戦いたくて、他の受験生を容赦なく倒しちゃった。私のブロックにいた人たちには本当に申し訳ない。

 正直、レイピアが面白いくらいに速く振りやすいせいで、棒を投げられた犬みたいに、テンションがハイになってしまったのもある。攻撃を逸らすためのダガーも殆ど使っていない。


『この試合がどうなるか全然予想出来ない』


 当然、容赦はしない。一瞬で決着がつくならそれまで。手を抜くのは彼女に失礼だ。


『ルレさんの豊富な手札を使った戦いが勝つか、ペニャさんの圧倒的な勢いが勝つか、この勝負の見どころですね!』

『資料に書かれているスキルを見ても。落差が大きい』

『アビリティを使っている様子が見られなかったのですが。方が、ありふれたスキルという事ですか?』

『秘密、だけど片方はレアスキルだよ。英雄にだってなれるくらいの。もう片方は平凡なスキルだよ。学園内にこのスキルを持っている生徒は沢山いる』


 英雄ね。本当になれるなら願っても居ないけど。スキルがあるからって、簡単にはいかない。魔力の出力調整が上手になり易くなるスキルを持った、レベルが自分よりもしたの彼女に苦戦したお陰で、それを思い知らされた。

 いい歳して泣いてしまった。失ったものはあるけれど、代わりに得た物の方が大きい。


『という事は……通常スキルの方が勝つ可能性は……』

『分からない。今までの戦いを見て思うのは、すっごく楽しみということだけ』

『私も楽しみです! さぁ、最終戦のフィールド展開します』


 ざわざわとうるさかった試験会場の音が一切聞こえなくなる。実況で相手の行動を予測できる様になってしまうと、勝負の結果に支障が出るからだ。

 目の前には属性ごとに分けられた、魔法で創造されたバリケードで死角だらけになる。今回の配置では、対戦相手の姿は見えない。逆に向こうもこちらの姿が見えないという事だろう。

 審判の教師は手を上げて待機している。準備の出来ている私は、その教師に対して、試合を始めても構わないと知らせる合図する。あの子も同じように合図をしたのだろう。

 

 フィールドの外にいる教師の手が振り下ろされた。


「……馬鹿みたいに足が震えてる」

 

 スタンピードの事を思い出す。殿下の身を守るために必要な事だからと逃げる理由作りのために、彼を説得しようとして、居合わせたメイドの見下すような目が、怖気付いた私の事を見抜いているようで怖かった。

 震えながら戦って生き延びたら、虚勢を張って。弱いと分かっている彼女に勝って安心を取り戻そうとしたくせに、速攻で無様に負けた。情け無いにも程がある。

 でも今回は違う、この戦いは成長する為の戦いだ。


「本気でやりましょう……ルレ」


 軽く息を吸って、息を止め、耳に意識を集中する。クーナから貰った運動靴の音が微かに聞こえる。皮のブーツとは違って、音が拾いにくい。小さい音だけど、方向ぐらいは分析できる。

 とにかく距離を詰めなければ。ルレに魔法戦を挑むのは悪手でしかない。体力を極力温存して、速攻で倒す。体力があまりあれば、レイピアを高速で突ける。


 走っている間は自分から出る雑音で、ルレの足音が聞こえなくなる。殆ど行き当たりばったりだ。そろそろ向こうも牽制に出るだろう。

 ルレは複数の魔法が使える。属性ごとにそれぞれの利点を使えるのが、あの子の恐ろしいところだ。


「ファイヤーウォール」


 私は駆けている足を止めて、バックステップで慣性を殺す。目の前には炎の壁が燃え盛って立ち塞がっていた。

 これはブラフの足止めでしょうね。本命はすぐに来る。魔法剣の性能は把握している。錬金術が世の中に浸透している昔は、ありふれた武器らしいけど、それにしては恐ろしく強い。そう思えるぐらい、技術に対しての水準が下がったのかもしれない。


 髪の毛が浮くような感覚を感じると、私はその場から飛び退いて、すぐそばの遮蔽物に隠れる。元いた場所に雷が落ちる。

 私の魔力抵抗なら小さいダメージで済むけれど、電気属性の魔法が体に当たると動きが鈍るから、絶対に食らいたくはない。


「思ったよりやるじゃない」


 ルレの武器特性を理解しているお陰で、想像通りの方法をとって来る。足止めは厄介だけど、いつかは魔力も切れて使えなくなる。それまで一発も当たらなければいいだけの話だ。最良の場合、魔力を使うアビリティが使えなくなる。


 追撃がないという事は、魔法の射程外にいるか、私の位置が把握できていないという事だろう。距離を取られてしまったかもしれない。だけど、私の足なら直ぐに追いつく。



———————


 あれから何回もルレを追いかけ回すが、一向に接近できない。それどころか、身体強化魔法で走る速度を上げているのに追いつけない。

 

「おかしいわ……」


 こっちの魔力の方が切れそう。ルレの魔力容量どうなっているのよ!

 魔法剣にセットされている魔法石とかいうブースターで、消費魔力は抑えられているとクーナが言っていたけれども!

 魔力が無限にあるんじゃないのあの子!?

 どこぞのチート娘みたいに魔力を買っているんじゃないの?


 一息つこう物なら、向こうから遠慮なく魔法で攻撃してくるし、追いかければ足止めで魔法の連撃で追い詰めてくる。想像以上にフィールドと私の相性が悪すぎる……負けるかも。あんなのに身体強化無しで真っ向から勝てる気がしない。


 ルレでなくても、練度の高い魔法士なら彼女と同じ事ができる。それでも、接近戦に持ち込む事さえ出来れば接近戦が苦手な魔法士になら勝てる。

 相手はステータスに頼らず技を磨いたルレだ。練度だけは間違いなく私よりも強い。

 そもそも、ロスコが心配するほど、私は弱くはないという事を見せる為の戦いなのに。村に帰れなんて強気なこと言って、心が折れそうになってる。全然進歩していないじゃないか。

 私のせいで変な呪いにかかってしまっているのに。いっその事、私を恨んでくれたほうがマシかもしれない。いや、散々悪態をついてやったのだ、もう嫌われているかもしれない。

 いつも私がロスコに声をかける時、彼はいつも何も言えずに辛そうな顔をしていた。


『ペニャ?』


 聞こえてきたのは幼馴染の声だった。


「幻聴が聞こえてくるなんて、かなり参ってるみたい……」

『聞こえてるみたいだね』


 足元にクーナがみんなに渡している無線機が置かれていた。ルレが置いたのかしら。

 私は無線機を拾い上げて、横にあるスイッチを押した。


「無様に負けそうになっているでしょ……もし、危ない目にあってもあんたを助けられるほど強くないのよ。だから兵士なんかやめて……」

『いつ僕が君に守って欲しいなんて言った。勝手に決められる権利なんかない』

「っ……」


 独り善がりな考えなのはわかっている。だけど、面と向かって言われるのはこたえるわね。


『確かに僕は頼りなさそうに見えるのも分かってるし、治療魔法しかつかえないから弱い。だけど、僕だって男だ。自分の力で大切な人を守りたい。ペニャが勝っても負けても、僕は強くなる為に村には帰らない!』


 大切な人とは誰のことだろう。顔を合わせるたびに罵倒をするような私が、そうである訳がないのは分かっている。

 

「口だけで言うのは簡単よ。戦って生き延びる事がどんなに大変なことか、分かっていないのよ。私ですら追い詰められて、ここに誘導されているぐらいよ。強い人なんていくらでもいる」

『君がどれだけ努力して来たか、僕はずっと見てきた。君が強い事は、誰よりも僕が知っている』

「私は口だけで実力なんてないのよ。ロスコが戦場や討伐に出る事になっても、守れる自信が無いのよ。でも……私はいつか強くなって」

『ペニャが怖がりなのも知ってる。僕も怖がりだ。だけど、もう逃げない……』


 無線機から息を整えた後に、肺に貯める音が聞こえてきた。


『第一王女メディ! あなたの命令は二度と受けません!』

『な、なな、なんと言う事を! 私に向かってどういうつもり!』

『よし、ロスコ。俺の命令だ! お前の思っている事をメディに言え。命令だからな。言わなければ処刑だ。どんな暴言を吐いても第三王子の命令じゃぁ仕方がないな!』


 アスティル殿下の楽しそうな声が聞こえてきた。彼もあの高飛車娘の事は嫌っているし。ロスコを解放してもらう願いも潔く叶えてくれた。


『もっと言いたいけど、これ以上はアスティルにかけて良い迷惑じゃないから。クーナさん、ありがとう』

『どういたしまして……クーナよ。ルレは通信が終わるまで待ってくれているわ。始める前に簡易詠唱で、風魔法を使って、大きな音を鳴らしてあげて。本気のあなたと戦いたいって言っていたわよ』

「余計なお節介、どうもありがとう!」


 私の気持ちが見透かされた様で腹が立つ。あのクーナという子はどうにも好きになれない。みんなから好意を集めて友達が沢山いるのが妬ましい。私が助けられなかった仲間を助けられる力を持っているのが羨ましい。

 

 

『私は二人を応援しないわ。これが終わったら、四人で打ち上げしましょう』

「そうね。付き合わせてもらうわ」


 しかし、嫌いになれない。ルレもクーナもハイラも全員お互いが仲がいいのに腹が立つ。こうなったら意地でも勝って、打ち上げを残念な雰囲気にしてやる!

 

 私は通信機を置くと、風魔法で空気を圧縮する。勝利に対する決意と覚悟を決めて、フィールドに大きな破裂音を鳴らした。

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