57.試験終了
フィールドから破裂音が鳴り響くと、遮蔽物越しに対峙する二人の少女が動き始めた。魔導媒介無しで、身体強化魔法を惜しげもなく使用しているペニャに残存している魔力も多くはないように思える。
魔法剣に組み込んでいる魔法石は燃費に優れている為、ルレの魔力はまだ余力を残しているはず。たしか、注ぐ魔力量を発動できる最低限の量まで節約すれば、半分以上の無駄を省けると聞いた。それこそ魔力操作の得意分野だ。
威力は高くないけれど、何回も下級魔法を底なしで発動できる。
『動きをとめていたようですが……何かあったのでしょうか?』
『何か喋っているようにも見えたけど』
『精霊と会話でもしていたのでしょうか?』
『まさか……幽霊とか?』
ルレはとにかくペニャから離れる。対して足音を聞きつけてペニャは追いかける。先程と変わらない展開だ。
しかし、ペニャはある程度の距離まで近づくと、両手に阻む遮蔽物の片側を蹴り、ルレの方へ大きく飛び上がった。
身体強化魔法で底上げした脚力で、十数メートル程の距離を跳躍している。
『ペニャさん飛びました!』
これなら一気に距離を詰められる。だけど魔法を絶え間なく発動できるルレに対しては悪手でしかない。ドローンみたいに空中を自由に動けるならまだしも、避ける手段がない相手は的でしかない。ダメージ覚悟で近づいたのだろうか?
「ラクライコウ!」
下級雷魔法の簡易詠唱がフィールドに響き渡る。魔法の座標指定を先読みして発動させれば、簡単に直撃する。
雷魔法の身体能力低下で生まれる有利はとても大きい。
だけど、ペニャには当たらなかった。彼女はルレがいる場所とは、全く別の方向に風属性の斬撃アビリティを放った。それによって推進力を得て、空中で移動したのだ。簡易詠唱でも頭の中で呪文を構成しなければいけない。でもまだルレにはスタックしている魔法が三発ある筈だ。
思っていた通り、ルレは無詠唱で魔法を連続して発動させるが、ペニャは全て風属性の斬撃アビリティを推進力にして避けた。
『空中で魔法を避けました!』
『すごい、蜂みたい』
大きな跳躍をしたペニャに受ける落下エネルギーは凄まじく、着地で大きくしゃがみ込み膝で衝撃を殺す。
ルレは隙だらけのペニャに切り掛かる。百キロ以上の重量に変化出来る魔法剣の重たい一撃は、レベル差を物ともしない大きなダメージを生むことができる。
ペニャは迫る鉄の刃へ左手のダガーを叩きつけた。大きな質量で刃筋がぶれることのない剣を利用して、剣よりも軽い自分の体を横へ飛ばして着地し、間髪入れずにルレへと切り掛かった。
ルレが握っている剣が普通の大剣であれば、大きな隙が出来てしまっていた。だけど彼女が握るっているのは、重量を自在に変えられる剣だ。軽くすれば、ダンボールの剣と変わらないぐらいの重さにも出来る。
素早く切り返し、ペニャの攻撃を弾く。攻撃力の高い、剣による逼迫した戦いが続く。
『二人とも手を汗握る、激しい交戦が続いています。一個のミスが命取り、一体どうなるのか予想もつきません!』
『一回もダメージを負っていない。すごい集中力だね』
もう、見ていてハラハラするのだわ!
ルレが質量増加で斬撃を放つと、ペニャはそれを利用する。カウンターを狙うが、うまく決まらない。しかし、変化は唐突に訪れる。
ルレの剣が、ペニャのパリイングダガーに絡め取られた。重量増加でダガーから外そうとしで、地面に向かって叩きつける。
ペニャはダガーから手を離して、右手のレイピアでルレを斬った。
決着はあっさりとしていた。一つのミスが、命取りの戦い。これは競技だけれど、ほぼ実戦に近い試合形式だ。実戦訓練魔法が無ければ死んでいる。ルレは力を失い、その場にかくんと倒れそうになるが、ペニャが腕でその身を受け止めた。
『勝者、ペニャさん!』
『これで全ての試験は終了。まだ採点があるから、誰が一番かはまだ分からないよ。負けた人も内容で評価される』
出場者の平均的なレベルはペニャと変わらない。その中でルレは一桁のレベルで結果を見せたのだから、得点は高い筈だ。
さてと……ジーゼルさんには、内陸のコストルではお目にかかれない海産物をお土産に、食堂を貸切で、沢山料理を作ってくれている筈だ。ソックさんも誘わなきゃ。
「ルレが負けてしまったわ」
「レベルが低くて、あの腕前なら十分だ。学園内で結果を出せば騎士へなる事は可能だろう。今日の事で貴族たちに注目をされた筈だ」
アスティルは満足そうな表情で頷いている。
「ルレ様……おかわいそうに。あのペニャに負けるだなんて。そうだわ! 私が後見人になって近衛騎士に……」
ハンカチで目尻を拭きながら第一王女は言った。もちろんそれはさせねぇのだわ。断固として、メディと関わり合いになるのを防がねばならない。お前にルレはやらないのだわ!
この人よりも、私が気になっているのはミェルの評価だ。
「お二人とも凄かったです」
「ペニャさんは強かったね」
「ミェルは近衛騎士にしたい人は決まっているの?」
ルレを近衛騎士にしたいと言ってくれたら一番いい結果なのだけれど。
「近衛騎士をどなたにお願いするかは、極秘で友人にも教えることが出来ないのです。ごめんなさい」
「そうだったのね。そうとは知らず、ごめんなさい」
近衛騎士は護衛が必要な時に、一番近くにいる訳だ。暗殺を企てている相手に前もって、学生のうちに準備などさせない為だろう。
地位を与えられる前の立場が弱い相手なら
、脅迫して暗殺に協力させられる可能性もある。候補を伏せるのは保安上、必要なのかもしれない。
「そろそろ父さんの手伝いをしに行かないと」
「そうね。私も出店の様子を見にいかなくちゃね」
マルから通信はあれから無いので、問題は起きては居ないだろう。撤収に手を貸さないと、エレルさんとシュイラさんの二人では運べない。プロパンガスや鉄板とかの調理器具を運ぶには、リヤカーでは過酷過ぎる。軽トラックという車よりも、半分ほど安く買うことができたオート三輪を使えば楽に運べる。
マニュアル操作なので、私が運転しないと走らせる事が出来ない。
「パーティーがなければ打ち上げに行きたかったのだが」
アスティルとミェルは、学園に通う生徒達の交流パーティーに参加するそうだ。
「そっちの方が豪華な料理が出るでしょう?」
「貴族達の相手をせねばならん。食事をしている余裕など無い。ほとんど仕事の様なものだ。ミェルの事は頼むぞ」
「よろしくお願いします」
「分かったわ。打ち上げには不参加だと思っていたから。歓迎するわ」
「悪い虫が居てな。そいつにミェルを近づけさせたくないのだ……なんだ……?」
アスティルはスタジアムの上を見上げ、驚いた様な声を出した。空を飛ぶ物体がそこにはあった。ここからみると小さく、ゆっくりと進んでいる。
私は双眼鏡でそれを捉える。船の様な動体に、羽を生やした物体がレンズの向こうに写っている。
落ちてくる5つの影が、このスタジアム目掛けて近寄ってくる。肉眼で捉えられるほどの距離になると、大きな布を広げて、緩やかに落ちてくる。
「飛行機とパラシュート……」
あり得ない。この世界の技術力では、存在するはずがない乗り物だ。私がマーケットスキルで購入したのであれば話は別だ。
映画でしか見たことが無い。実物は初めてみる。私に取って、それはフィクションでしかなかったそれが、現実の物となった。
『はーい、皆さんこんにちはー』
放送が流れてくるはずのスピーカーからは、聴き慣れない少女の声が聞こえてきた。魔導具を乗っ取り、音声を流している様だ。
『えーと、私達は新造国家フロスターといいまーす。今日はデセンド王国の皆さんに宣戦布告とデモンストレーションをしに来ました。ここを私達の国にさせてもらいます。よろしくね。早速ですが優勝と準優勝のお二人には死んでもらいまーす!』
降りてきた五人は武器を構え、ルレとペニャに刃を向けた。二人も穏やかでは無い状況に直ぐに対応して剣を抜いた。相手の練度がわからないにしても、2対5では不利だ。
剣以外にもライフルの様な物を持っている人がいる。
「ビドさん……殿下を連れて避難して」
「いえ、加勢してくるわ。アレが狙っているのは恐らく、ルレ達の二人だわ」
ビドさんはテラスの手すりに足をかける。
「妹の大切な友人と私の部下を見捨てる訳にもいきませんから」
「妹……ビドさん、それってどういう……」
私の質問に返答することなく、彼女はテラスの手すりを足場に大きく跳ねた。
呆気に取られている場合では無い。向こうも銃器を持っているのだ。私もここから狙撃できる様に武装しておこう。
「避難しておいた方がいいと思うわ」
「ビドが居ない今、ここにいる中で一番強いのは父上かクーナだ。この場所なら皆の安全が保証できる」
アスティルに信頼されているのは嬉しいけれど、あれ以外に敵がいないとも限らない。
距離は100メートルにも満たないので、私の腕でも当てられるだろう。購入した直後はスコープのゼロイン調整がされている状態で出現する。大きな衝撃を与えなければ、設定が狂うことはない。
私は急いでボルトを引いて、チャンバーに弾を送り込む。脅威度の高そうな、銃を持った敵に狙い付ける。相手の正体が分かっていない今、先制攻撃を仕掛けるのも気が引けるけれど、ルレとペニャに銃口を向けられているのだから躊躇っている場合では無い。
撃たないと……二人が危ない。それなのに指に力が入らない。
スコープに映る人の顔がよく見える。銃を構えているのは、私よりも少し年齢が上ぐらいの少年と少女の二人だった。
不意打ちで命を奪って良いのか。多勢で大切な友人を傷つけようとしている。あれは敵だ。自分の都合で、常軌を逸した力で命を一方的に刈り取っていいのか。
「だめ……」
初めて馬車の中から銃を乱射した後、地面に横たわっていた盗賊の死体の生気が抜けた顔が頭から離れない。
『皆さんの魔導銃なんていう玩具とは違う、本物の銃をご覧下さーい』
機械的な形状をした剣を持った女が、それを振り上げ、下に下ろしたと同時に、私が撃った物ではない機関銃の発砲音がスタジアムに響いた。




