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53.彼女のみんなに見せる戦い

『お待たせ致しました。ちゃんとお昼ご飯は食べましたか?』


「近接の部と魔法の部を見ていなかったクーナは驚いている様だな。あれはスピーカーと原理は同じだ。薄いミスリル板に魔力を流す仕組みだ」

「それはとてもお金が掛かっていそうね……」

「薄く伸ばしているとは言え、ミスリルだからな」


『先程に続いて、放送部員アピタ•テタックが実況させていただきます!』

『同じ、部員ヤルヤ……解説する』


 アピタさんは明るそうな声でハキハキと喋る女性の声だ。ハツラツとした感じにも丁寧な印象が浮かぶ。ファミリーネームがあると言うことは貴族だろう。

 ヤルサさんは相方とは真逆で、元気のない低いトーンで喋っている。


『先程の部はとても有意義な戦いが見れました。若年層の最高峰が繰り出す魔法に、私の興奮もまだ冷めていません!』

『そう』

『声だけでは分かりませんが、ヤルヤさんも興奮していました』

『でも、痛いそうなの苦手……斬られるのかわいそう』

『実戦訓練魔法を展開したフィールドで切られても、痛くはありません。ダメージを負えば、その場所は使えなくなり。致命傷を負えば動けなくなります』


 わざとらしい不自然な喋り方をした演技を挟んで、説明を始めている。当然、学園生である二人が知らない訳がない。

 ルレから聞いていた通りの物だ。確か、服は通過しないから、服が切られてしまうって言っていたけれど。こんな人の多い所で、裸になってしまう事態が起きたら、赤っ恥よね。貴族の娘も出ているし、脚でも晒させてしまえば、おおごとになってしまうわ。


『すごい。でも服が切られて、恥ずかしい』

『それは一般流通している魔法陣で展開すればですね。当学園で開発されて、運用している実戦訓練魔法陣は、なんと服を通過します。神聖な学舎に変な事を期待して来た人は、諦めて帰ってくださいね!』

『衛兵が案内する』


 良かった。万が一にもルレが負けるとは思えないけれど。服を切り刻まれたら、婦女子にはとても辛い仕打ちだもの。


「これが普及すれば、女性兵士の実戦訓練へ苦手意識を克服出来るのだが」


 王様がボソリと呟く。この世界は男性が少ない。戦争が多く、沢山の男性が出兵して死ぬからだ。前線には出ずに拠点を守ったり、街の警備をする衛兵は特に女性が多い。


『茶番はこれくらいにしておきましょう。総合戦闘試験の好成績を出した、30名の受験生達の戦い。よそ見は厳禁ですよ!』

『総合、一組目』


 近接と魔法の部門は既に終わった。私は銃を撃つのは好きだけれど。別に荒事は好きな訳でも無い。二つの部門の間に焼きそばを売っていたのだ。ルレが出場する総合戦を見るためにエレルさんに販売を交代してもらった。


『マリエット•フォンツさん対ルレさんの出番です。解説のヤルヤさん、一回戦目はどう見ますか?』


 早速、ルレの出番のようだ。彼女の戦いは、安全な樹脂製の剣を使用して、ペニャと稽古している所しか見ていない。魔法剣を使えないルレは、圧倒的にペニャに負ける事が多かった。

 レベル差があっても持前の技術で何度か勝つ事はあった。


『うん。フォンツ男爵家の長女、マリエットさんは剣で武功をあげたお家。お兄さんも学園の卒業生で、当時の成績は優秀だったみたい』

『剣で名を馳せる貴族は、お家ごとに秘伝の剣術がありますからね。どんな戦いを見せてくれるのか楽しみです!』

『ルレさんは……驚いたことに珍しく、平民の受験生』

『そうですね。前例がない訳では無いですよね?』

『うん。レアスキルを持っていれば。私達の年齢なら相手を圧倒できる』


 アビリティ技は効率的な動きで相手を攻撃出来る。剣圧を飛ばして相手を斬り飛ばす技もある。剣士スキルなら鍛錬してやっと手に入れられる物が、剣聖スキルを持つペニャは簡単に手に入れられたそうだ。


『じゃあルレさんのスキルが凄い物なんですね?』

『誰が何のスキルを持っているかは秘密。でも、ルレさんのレベルやスキルを聞いたら絶対に驚く。でも秘密』



『私は後で、こっそり教えてもらいましょう。両者、開始位置に待機しています』

『魔法術式学の教員、ネレイト先生が戦闘訓練魔法の展開を術式を起動、フィールドを展開しました』


 戦闘試験のフィールドには魔法で作られた遮蔽物が散らばっている。あれで飛翔物や魔法から身を守るのだろう。双眼鏡で周りを細かく見てみると。それぞれ、木や鉄壁、水と書かれた文字が書かれており、属性が割り振られているようだ。

 鉄は電気を流し、水のタイルの上では土魔法が使えない。箱と書かれている物は剣で破壊ができるのだろうか?


「魔法戦のフィールドを使用するのだな」


 双眼鏡から目を離し、アスティルを見ると。同じ様に双眼鏡でフィールドを眺めていた。

 初めてマンションに来た時に渡した双眼鏡……そういえば、彼から返してもらっていなかったわね。

 存在を忘れていたし。まぁ譲った事にしてもいいでしょう。対価を貰ったら、双眼鏡が消えちゃうし。


「遮蔽部がなければ、魔法が有利なってしまうものね」

「ああ、早口とかけっこ勝負になってしまうからだな。効果的な魔法を上手く使い。使えぬ者はボウガン、弓、投擲、近接と合わせて戦う必要がある。剣のみで力任せに戦っても良い」

「クーナ、私も双眼鏡が欲しいです!」

「クーナちゃん私も使いたいな」

「俺もその、望遠鏡が二つ付いててカッコいいのが欲しいのだが」

「私に献上しても構わなくってよ!」


 どさくさに紛れて、余計なのが一人混じっているわね。誰があげるものですか。厚顔無恥にも程があるのだわ!


「はい、どうぞ」


 スキルで出した双眼鏡を三人に手渡す。王様は手に取った双眼鏡を眺めている。見たことの無い素材で出来た外装が気になるのだろう。

 凛々しい顔はアスティルとはそれほど似てはいないが、性格がそっくりだ。


「ありがとうございます。大事に使わせていただきます」

「そういえば、対価を……いや、店主殿に海産物を寄越すからそれで何か作ってもらえ」


 ジーゼルさんなら喜んで何か作ってくれるでしょうね。食材貰っているから、調理費は取らないって言っているし。


「ミェルちょっとよいか。これはどう使うのだ?」

「それはここを回して、拡大とピントを……」

「平民、私のは無いのかしら?」

「ルールはどうした。一度、喋ったからと言ってうやむやになったわけでは無いからな」


 メディの手には私が製造した望遠鏡が握られていた。アスティルかミェルに渡されたのだろうか?

 こんな奴に渡すなんて、何を考えているのかしら。後で文句を言っておかなくては。


「大体、お前は望遠鏡を持っているでは無いか」

「一本より二本使っている方が凄そうですわ!」


 理由が軽い!

 それもそうね。視差なんて考えた事ないもの。私も双眼鏡にレンズが二つに分かれている理由なんて、最初は分からなかったし。


「ん……お前、外国製の望遠鏡はどうした。外装が豪華だからと、人に自慢して回っていただろう。何でそれを持っている」

「ふふふ、貴方……これの凄さが分からない様ね。性能のみを追求した、飾り気の無い、金属に色付けをしたシンプルなデザイン。金属製なのに、持っているかすら忘れてしまうほどに軽いんですの。貴方にはこの望遠鏡の良さが分からないでしょうね!」

「お、おう。そうか、それは良かったな。それは何処で買ったんだ?」


 あの色付きバージョンの望遠鏡は王都に出店してから販売した物だ。


「私の取り巻きの一人が私に献上してくださったの。最近、珍しい物を取り扱った隠れたお店で。何でも会員制で紹介では入れないらしいわ。でも、その子が珍しいものがあれば献上してくれるんですの。貴方は絶対に入手する事は不可能ですわ!」

 

 褒めてくれるのは嬉しいけれど。さっきの事は謝ってもらってないから、それとこれとは別よ。それにしても、その取り巻きの方は嘘吐きにも程があるわね。

 アスティルが凄い困った顔で私の事を見ている。


『それでは、両者とも位置についてください。試合……』

『開始』


 フィールドに立つ二人は、開始の合図を聞いた瞬間に動き始める。先にルレが左手に矢尻の付いたボルトを構えて、風魔法を使い発射する。魔法名を口にしていないという事はスタックした魔法だろう。開始直後の不意打ちの攻撃だ。弓を持っていない相手が矢を飛ばしてくるとは思わないだろう。

 しかし、油断をついた攻撃はマリエットに剣でそれを切り払われてしまう。


『早い、魔法を詠唱している素振りは見せません。まさか、無詠唱スキルでしょうか!?』

『今のは風魔法……飛ばしたのは何かの矢尻。無詠唱スキルはその人の適応属性にしか使えない』

『つまり、ルレさんは風属性を無詠唱で使えるという事ですね!?』


 マリエットはルレの遠距離攻撃に警戒しているのか、鉄壁と書かれた遮蔽物に身を隠している。彼女も遠距離戦に応じる様に魔法の詠唱を始める。

 ルレは詠唱を始めた瞬間、走り始める。隙があると分かっていると分かっているかの様だ。対戦相手が隠れる遮蔽物のすぐそばまで移動すると、剣先をマリエットの隠れる遮蔽物に向ける。


「ライキュウコウ!」


 フィールドから響き渡るルレの声、魔法名を唱え、魔法石の中にいる精霊にイメージを伝えれば発動出来る簡易詠唱。

 剣先から真っ直ぐに電気の塊が飛翔する。マリエットには当然、遮蔽物が邪魔しているので直接当たる事はない。

 しかし、魔法の電気は空気中の電気抵抗を無視する。鉄壁の向こうへ電撃を流して、近くにある電気の伝わりやすい物へと命中する。

 まともに魔法を受けたマリエットは、身体を大きく跳ねた。詠唱途中だった魔法は不発に終わる。

 

『まさかの雷魔法を使いました。ルレさんは二つも属性を持っているようです』

『それはない。風と雷の属性を内包したら大変……2回目の魔法は魔法名だけは口にした。分からない』


 レベルの低いルレの魔法は致命傷には至らなかった。身体には深刻なダメージを負いながらも、マリエットは体勢を整えて、木の遮蔽物に駆けて身を隠す。近くにいるルレに近接戦を仕掛ける気なのだろう。剣を構えている


「カキュウコウ!」


 魔力を含んだ魔法の炎は、生えている木を簡単に燃やす。水分を含んでいようと、乾燥していても関係がない。木が生きていれば魔力が通しやすいため簡単に燃える。


『遮蔽物に対して、効果的な魔法を効率良く撃っています。とにかく早い。遮蔽物の意味がありません!』

『低級魔法でも、あの速さで全部の属性が使えるなら……ゾッとする』

『とても早口なんでしょうか?』

『早くても、だめ。ちゃんと発音と感情を魔力に乗せる。それに走りながら詠唱したら舌を噛む』


 燃え盛る木の形取った遮蔽物から、マリエットが飛び出した。彼女のその手には、中距離戦に使用される小型の魔杖が握られており、先をルレに向けていた。


「暴れ給え……ファイアランス!」


 マリエットの魔杖からは複数現れた炎の槍が飛び出し、杖の矛先にいるルレへと向かった。詠唱を終わらせた通常詠唱の魔法は、レベル差があるであろうルレには致命的だ。拡散した広範囲の魔法を避けるには距離が近すぎる。


「カキュウコウ!」


 一間遅れてルレも同じ属性の魔法を簡易詠唱するが。彼女が構える剣の矛先は対戦相手には向いていない。それどころか、飛び掛かる敵を切り伏せる構えを続けていた。真っ青な火に包まれた魔法剣を、高速で飛来する炎の槍を何本も切った。


『んん〜?』

『え?』


 ルレは刀身に火炎魔法を付与したのだ。同じ属性のファイアランスを斬り魔法を吸収して無効化したようだ。

 彼女はそれを理論上可能だと判断して実行した。エネルギーは何かの抵抗が無ければそのままになる。もしかすると……。


「正に伝承通り。いい武器だ」


 アスティルは理解しているようだ。私に魔法剣の製造を勧めてきたのは彼なのだから、当然かもしれない。

 武器だけじゃなくて、ルレが使っているから強いのよ。


「そんな怖い顔をするな。使いこなしているルレも大したものだ。見ろ、対戦相手が戦意喪失して動けなくなっておる」


 マリエットは驚きで動きを止めていた。ルレは剣先を向けて動かない。無抵抗の対戦相手が、構え直すまで待つつもりだろう。

 

「ルレさん……なんて素敵な方なのかしら……」


 私の横で、感動する一人の王女が居た。吊り目の気の強そうな顔が特徴的な。デセンドの第一王女。そうじゃない。私が求めている反応は、そっちの王女からではない。

 私が気になっている方の第六王女、ミェルを見ると、ジッと真剣にフィールドを見つめていた。執務を全うしている時に見せる王女の表情。


「ルレって、こんなに強くなってたんだね……。私も頑張って強くならないと」


 頑張るって……料理を学びに来たのよね。ルレの努力を見て、学ぶ事に意欲が刺激されたのよね。料理を学んで、強くなるイメージが全然出来ないのだけれど。


 観客席からくぐもったざわめきが目立ち始める。理解の範疇から逸脱した戦い方をする少女に驚きを隠せないようだ。


 呆気に囚われていたマリエットは、魔杖を腰のホルスターに手際良く仕舞うと、剣を大きく振る体勢に構える。

 二人の距離は大きな車一台分。当たるわけがない斬撃の軌道をつくる。魔力の光が刃を作り、ルレに狙いをつける。アビリティによる剣圧を飛ばす攻撃方法。一振りだけではない。縦にも横にも目にも留まらぬ速さで、広範囲で魔力を帯びた斬撃を飛ばしている。

 これは真上に跳躍して避けるしかない。しかし、ルレの脚力で、跳躍しても大した高さは飛べない。


「エアシールド」


 ルレは魔法を唱えた直後、風属性の防御魔法を展開すると、マリエットに向かって走る。簡易詠唱を通常詠唱にまで底上げした防御で、風属性の斬撃を防いだ。


 無数の剣圧による斬撃を気に留めず、正面から突撃してくる相手を迎え撃つように、マリエットが下段に構える。ルレはそのまま袈裟斬りを放つ。ルレの一撃に、マリエットの剣がぶつかり合う。マリエットの剣が弾き飛ばされる事はなかった。重量増減は使っている様子はない。


 繰り返し行われる金属同士の打ち合い。何度も聞こえてきたその音が、とうとう途切れる。マリエットがルレの心臓を狙った突きを繰り出し、魔法剣は突き出された剣の軌道を逸らせる。ルレはマリエットの懐に入り込んだ。肩から腰にかけて斬撃を入れた。


 防御力を貫通した攻撃に対戦相手の膝が折れる。力を失って、ばたりと倒れ込んだ。


『勝者はルレさん!』


 決着のアナウンスがスタジアムに響き渡ると、観客達の歓声が響いた。


『最後の切りはアクセラレイトストライクだと思う。全属性の簡易詠唱で通常詠唱並の威力で初級魔法を使って、剣士の初級技だけ。マリエットさんは剣士スキル最上アビリティ、空間斬りを連発したせいで魔力枯渇しちゃった。最初の魔法戦は魔力を削って、マリエットさんのアビリティを封殺して、接近戦で戦うのがルレさんの狙いだったのかも』

『遠距離から始まり、最後は剣同士のぶつかり合い。一回戦目として、いきなり魅せてくれる戦いでしたね。今年はすごい入学生が沢山いるようです。二回戦、三回戦とも楽しみですね!』


 運良くか、アスティルが根回ししたのかは分からないけれど。ルレとペニャのトーナメント表は、端から端と完全に離れているため、決勝でしかぶつかる事はない。私が丹精込めて作った剣を二人が打ち合う戦いがとても楽しみだ。

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