52.アスティルの胃袋が心配ね
「父上、何故そちらのテーブルに座っているのですか?」
「席に戻れ、メディ。我々のやり取りに父上を巻き込むな」
アスティルは低い声で、私達につま先を向けた第一王女を威圧する。変声期が終わっていない彼の声に感じる、何時ものわんぱく少年の面影は無い。
「その女はどう見ても平民ではありませんか。王である父上が席を共にしていい筈がありません。この落ちこぼれの席に座るのは目を瞑りましょう。しかし、限度というものがございますわ」
煽るのは好きだけれど。煽られるのには我慢できないのね。自分が卑下した相手が、現国王様と仲良くしているのは、さぞかし面白くは無いだろう。
「メディ、その女と言ったな。約束を破る気か。いくら一人で寂しかろうと、こちらに突っかかってくるな」
「望んで一人でいるだけよ。平民やら下級貴族と友人ごっこしてそんなに楽しいのかしら。王に友人など不要、落ちこぼれはお黙りなさい」
「……取り消しなさい」
「事実を言っただけよ。何も覚えていない空っぽのお飾り王女は黙っていなさい。ねぇ、貴女……何を関係ないふりをしているの?」
メディは扇子を畳むと、私をそれで指した。当然、アスティルとミェルとの約束が第一な私は一切返答しない。彼女の事は気にもとめないフリをして、生ビールの銘柄を調べている。
世界にはたくさんの種類があるのね。ベルギーという国のビールが種類豊富だ。しかし、ビールに合うおつまみとなると。枝豆と唐揚げしか知らないので、やはり日本産のビールの方が良いのかしら?
お酒に抵抗なく、美味しく飲める様になったら色々と試してみたいわね。
「あ、王様。先程のとは別のビールは如何ですか? 未熟な大豆を茹でた。枝豆というおつまみもビールに合うそうですよ」
「貴女、私を無視しているつもりなのかしら!」
「今度、瓶ビールを沢山お城の氷室に置かせていただきます。夏場に飲んでいただけると最高に美味しく頂けますよ」
「う、うむ……それを頂こうか」
「はい、喜んでぇ!」
言質を取った瞬間、私は日本産のビールから先程のとは違うメーカーの商品をグラスに注いだ。
「そうですね。別の銘柄という事では仕方ありません。お仕事ですから!」
ミェルも私の意図に気付いたのだろう。先程、王様の飲酒に反対していた彼女は手のひらをくるりと回した。
「王位継承第二位の私を無視するとは、平民が恥を知りなさい!」
平民ではないので存じ上げません。
「あ、そうだわ。香りの強い食べ物を出してしまったから。不快な思いをさせていなければ良いのだけど。ミェルのお友達にケーキを振る舞っても良いかしら?」
「良い考えですね。クーナの用意するお菓子はとても美味しいですから、皆様も喜んで頂けますね。少し落ち着いたらウィッテにお願いしましょう」
「ミェル、末席の癖に貴女まで私を無視して、平民に乗っかるつもり!?」
凄い形相で、会話する私たちを睨みつけている。この状態で王様が止めたり、口出し出来ないのは両名とも大事な娘だからか、もしくは政治の問題か。王妃の違う、姉妹の喧嘩に王様が片方に肩入れすると、王妃の実家との関係に歪みが入る。
「アスティル……枝豆の味がしないのだが……」
「ん、ちゃんと塩味がしますよ。美味しいですね」
「そういう意味ではなくて。あまりメディをだな……泣きそうになっているではないか」
「そうやって、甘やかすから高飛車になるのですよ。少しは痛い目を見なければなりません。メディは耐える事を知るべきです」
王様はとても居心地が悪そうにしている。殿下達は全員、彼にとって大切な子供なのね。
「こ、このチビドワーフ!」
お、こいつ、また言ったわね。このまま半泣きから、ギャンギャン泣くまでやろうかしら。次は銀座のスイーツを並べまくって、見せびらかしてやりましょうか!?
「お前の負けだメディ。その品性に欠ける発言は王女に相応しくない」
「あの女が、平民の癖して私の事を無視するんですのよ!」
「アスティル、どういうつもりかな?」
「何のことだ」
「君は確か、この場を争う事なく妹達の友人達が純粋に楽しめる様にするため、設定したルールと言っていたはずだ。それを聞いて僕も納得をした。現にこうして、力を持った友人を連れていない」
王位継承に関する争いを起こさないためのルールが本当だという、第二王子が本当の事をいっているのであれば。
私は余計な牽制をしてしまったかもしれない。
「ディグスの言う通りですわ!」
「メディは毎年一人だろうが。ディグス、お前のいう通りだ。そこの宿屋の娘と、妹達とその友人にメディが絡まない為に作ったのだ」
宿屋の娘というとハイラさんの事よね。私ではなく、ハイラさんがメディに話しかけられない様にしたということよね?
「ほら、そこの平民を私達に見せつけ……」
「この約束は私が声を掛けられないように、ではなかったの?」
「ハイラは、クーナが来る前よりも前に学園へ誘うつもりだった。だからロスコも連れてきている。お前は放置しても上手くやるから食料係だ」
アスティルが指を示す方向にはロスコさんが離れたところに座っていた。置物のように行儀良く固まっている。彼も学園に誘われたうちの一人のはず。推薦メンバーは全員ここに揃っていたのだ。
「後ろ盾がない者が学園で過ごす為の配慮だぞ。妹達に紹介して、その友人達に顔を覚えてもらおうとしていた。クーナに飯を用意させたのは俺が食いたかっただけだ」
「では、料理で父上の気を引いたのは何のつもりかな」
「勘ぐるのは結構だが。向こうに見える御大層な観戦席は誰のものだ?」
アスティルはテラスの外に向けた指を、この場所よりも絢爛豪華な椅子が置かれている場所を指していた。そこには誰も座っていない。
「つい……通りかかったら、嗅いだ事もない美味しそうな匂いがしてたからな」
座るべき当人はここでビールをぐびぐびと飲んでいる。第二王子の凛々しい顔も、王様の観戦席にある椅子を見た瞬間に崩れた。
「分かった。君に非はない事は理解した」
そう言うと、第二王子は席に戻って本を読み始めた。
「全く……食欲が絡んだ父上を、俺が止められるわけ無いだろう」
「ごめんなさい。私、ついイライラしてしまって、クーナさんを利用してしまいました……」
「良いのよ。私もさっき言われた事を根に持って、大人気ない事をしてしまったもの」
「さっき言われた……何をだ?」
しまった。口を滑らせてしまった。私が個人的な感情からムキになっていたのを説明するには、メディの名を出さなくてはならない。
向こうがルールを破ったとは言え、こちらが破って良い道理はない。
「言えないわ。約束を破る事になるもの」
「ここにくる前にメディに会って何か言われたのか。それ以前の問題だ、何を言われたんだ」
「ちょっと、お待ちなさい!」
「うちの出している焼きそばが、品性の無いものだと卑下して。それに並んでいるお客さんの気が知れないと馬鹿にもしたし。ドワーフと言って、私の事を指しながら土臭いと言っていたわ」
「ほう……メディよ。お前の肩書きは、平民につまらない嫌味を、一方的に言うための物だったのか。国民であるドワーフ族に対する侮蔑的な発言を、大衆の前でするとは何事だ!」
「違うのよ。アスティル!」
怒ったアスティルに随分と怯えているようだ。落ちこぼれだとか言っていた割に随分とあっけない。
「調べればわかる事だ。調査した結果しだいでは、予算総会の結果は……分かっているな?」
「嫌よ。王女である私が、なんで平民如きに気を使わなければならないのかしら。媚びへつらうのは愚民の義務でしてよ。増やすならともかく減らすだなんて。落ちこぼれなら、それくらいの役に立ちなさい!」
「予算総会に議題に上げず、お前への予算は下げられる。が、俺はそうしない。何故か分かるか?」
「私が王家の品格を保っているからよ!」
「そうだ。お前がちゃんと義務を果たしているからだ。貴族達に王家の権力という物を形にしてくれているお前に対する給料のようなものだ。その金で、高級なアクセサリーやドレスで身を飾り、他の貴族とは一線を画す。良くやってくれている」
メディと他の王女は見るからに高級だとわかる。最先端の流行りに乗ったドレスを着ている。ミェルは視察が多い為に、平民を威圧し過ぎない程度の高価なドレスを着ている。それでも貴族の目に付きやすい時は、貴族が羨む程にお金をかけて着飾り。王家の権力を示す。
「それで、大衆に程度の低い貴族のように威張り散らして、醜態を晒す義務もあるのか?」
「王女ですのよ。威張り散らしているのではなく、当然の権利ですわ」
「お前の自己満足を満たす為にやっている事では無い。予算総会の会長は、元々は誰がやっていた?」
「ディグスだったわ。落ちこぼれに雑務を任せる為に、押し付けられたのでしょう?」
この第一王女はアスティルのどこを見ているのかしら。彼の執務室に置かれている書類の山を見たことが無いの?
「強権派貴族とのパーティーを開くのに国庫の予算を勝手に使ったからだ。それで俺がやりたくも無い仕事が回って来た」
「それは国民親和派がディグスに難癖を付けたのでしょう!?」
「そうだ。俺は、両派閥から文句を言われないように、考えて活動しろと言っているのだ。出来ないのであれば自分で稼いで、自費でやれ」
「王女が働くなんて話になりませんわ。この事はお母様に報告させていただくわよ!」
「勝手にしてくれ……全く。国庫の資金で自己利益を得ようとするなと言っているんだ。わからん奴らだ!」
アスティルとミェルも大変そうね。今度、ストレス解消に何か良いものはないか。探してプレゼントしてあげましょう。
『えー皆さん、休憩時間はお済みですか?』
『近接と魔法の戦いは終わり。今年から追加された、第三部』
『総合戦闘ですね。近接武器に遠距離と魔法の使用に制限がありません。ただし、目潰しや煙幕、回復アイテムの使用等は禁止です』
スタジアムに響き渡る大きな声が響く。スピーカーに似た魔導具だろう。
「試合が始まるな……さて個人的には、ペニャもルレも二人に優勝して欲しいものだが。トーナメントでぶつかるまで楽しみだ。」
「二人とも強いわよね。練度はルレの方が上だけど。ペニャのスキルとアビリティは脅威ね」
「私はどちらを応援したら良いのか……。ペニャは我が国に使える騎士ですし。ルレさんはクーナのお友達」
ミェルは覚えていない。ルレがどうして学園に通いたかったのか。何で、戦闘試験の中で茨の道を選んだのか。
過去の二人の関わり合いに私は無関係で、勝手に思っている事だけれど。ミェルには二人を応援して欲しくは無い。ルレが彼女の為に鍛錬した成果を見て欲しい。
「ミェル、お前は王女として全員の戦いを見て欲しい。今から、あそこに出てくるのはクーナの親友ルレでも、騎士団員のペニャでも無い」
アスティルは、はっきりと強く、ミェルに向けて語りかける。
「お兄様……?」
私の親友ではなく。あの中からルレを見つけて欲しい。私が居るせいで、記憶を失ってしまったはずのミェルは、ルレを知っている。
もし、ミェルが覚えていなくも、ルレが彼女と直接仲良くなったのであれば。受け入れたかもしれない。
「近衛騎士に推薦したい者が、あの中にいたのであれば目星をつけておけ。妥協はするな。本気で近衛に相応しい者を選べ。必ず俺が其の者に忠誠を誓わせる」
アスティルも私と同じだ。二人に対して負い目がある。直接的な原因では無いにしろ。背負っている物はある。だからこそ、彼はルレではなく、夢を追いかける為に努力している一人の少女として見てくれと、ミェルに頼んでいるのだろう。




