54.ホーミング騎士ペニャちゃん
「はぁ…………」
ルレの一回戦目が終わった後、頻繁に聴こえてくる少女のため息に、私は少し苛立っていた。具体的に何故かは分からない。ただ、そのため息の原因は、私の親友であるルレの戦いを見てからずっと、第一王女が出しているものだからだ。
「やはり、ルレの戦い以降は盛り上がりに欠けるな。得意な技だけの単調な攻撃。強力なアビリティに頼り切っている証拠だ」
「まだ、お若いのですから、あれが普通です。スタンピードでソック兵士長の戦いを見て、ルレさんと戦って、学習したようですが、それまではペニャも同じような戦い方でしたよ」
「新しい武器に変えたようだが……やれるだろうか?」
「ええ、レイピアは良いと思います。あの子は機動力を生かした戦いが得意ですから」
若いって、ビドさんはいくつなのかしら。見た目からしても、ピニアよりも年上に見えるのだけれど。確か、酒の神が授ける加護で甘酒を飲んで酔っていたから。16歳以下のはずだけど。……大人の女性っぽいし、そうは見えないのよね。
私の視線に気づいたのか、ビドさんは優しそうな表情を見せた。彼女は随分と私に対して優しい態度をとる。
「はぁ……ルレ様……」
さっきから、第一王女がうるせぇのだわ!
ルレが人から褒めるのは私も嬉しい。けれど、第一王女は純粋に嫌いだ。その口からルレの名前を出すのをやめて欲しい。
「おい、さっきから煩わしいぞ。ルレは平民だ。お前と一生仲良くなる機会なんて無いからな」
「え……?」
第一王女とか、ルレが一番好きそうなタイプだものね。彼女はミェルやコストルで流布している深窓の令嬢クーナみたいな、誰にでも優しいのが好きであって。偉そうな王族は絶対に無理ね!
「分からないのか。貴族強権派で身の回りを固めている王女が、平民と仲良くしたらどうなるか分かるだろう?」
「それなら私が、平民親和派になればいいの」
「なるほど、さてはお前、何も考えていないな?」
「なによ。貴方の味方が増えるのだから得でしょう?」
「やめろ。そんな事をすれば、強権派貴族が不穏になる。どうせ相容れない関係だ。大人しく神輿の上に担ぎ上げられていてくれ」
「何で貴方の命令に従わなければならないのよ。私がしたいようにさせていただくわ!」
姉弟で言い争いをしているが、ミェルとハイラさんは逆に仲良く楽しそうに会話している。
「記憶を失ったと言っても。家の方々に関する記憶や学んだ事は覚えていますよ。ただ、物心がついた時からの記憶が無くなっただけなんです。お兄様が大切な人であるという事は、はっきりと覚えていました」
「ミェルちゃんは、アスティルくんのことがとても大好きなんだね。昔、ルレはお母さんと同じ、騎士になりたいから、クーナちゃんの真似をしてたって言ってた事があったんだよね。もしかして、記憶を失う前のミェルちゃんだったりして」
ハイラさん!?
しまった、親しい彼女が過去の話を聞いていてもおかしくない。ルレは隠していたようだし、ハイラさんが言わないように気を効かせるべきだったわ。
「そうなんですね。騎士……。私の部屋に古い騎士章があるのですが。でも、もし……勘違いしていたらルレさんに申し訳がないです」
「大切な物だったのかな?」
「ええ、大切そうに宝石箱の中に入っていました。古くなっているとは言え、記憶を失う前の私が、保管していた物なので、捨てる事が出来ないのです」
そうよね。思い出が詰まっている物は捨てられない物よね。記憶が無いにしても。失う前の彼女にはあるのだから。
『15回戦はペニャ•エルセンさん対ソル•オーナさんの試合です。両者、入場してください』
ペニャの出番が来たようだ。彼女の剣を打つ間、暫く一緒の時間を過ごしてからは、少しずつ喋るようになった。今までの高圧的な態度は無い。それでもまだ遠慮しているような素振りがあるように感じた。
是非とも、ルレと決勝戦まで行って、戦ってほしい。元々、親しく、なってきたこともあり。応援するつもりだ。
「ふん、あの傲慢な騎士のペニャね。あんな奴の試合よりも。ルレ様のカッコいい姿を観たいわ!」
ペニャとお互いに口を交わしたのは、風呂場に乱入してきたとき。あの時は高圧的な態度だった。あれは平民と会話するのが初めてで、権力をひけらかして友達を作ろうとしていたらしい。
それで親しくなるって。ペニャに媚びた人は、絶対に碌な事は考えていないでしょうね。
『ペニャさんは何と現役の騎士なんです。あのコストルで起きたスタンピード防衛で前線に立っていたとか』
『ソック兵士長に背中を預けられたという噂もある』
『噂と言えば、その兵士長の娘さんも試験に参加されているとか』
『んー……あ』
『どうしたんですか?』
『何でもない……』
一回戦目で解説していたのがその娘さんですもの。解説の方は気づいたのかしら?ガタイのいい男性から可愛らしい女の子の娘がいるって想像できないわよね。
ハイラさんとルレは父親が逞しすぎるものね。普通は殺意で人を気絶させたりなんか出来ないわよ。
『ソルさんはオーナ公爵家、三男のお方です。冒険者ギルドのランクは中等級です。過酷な実戦を経験しているお二人の戦いに注目です』
ソックさんはペニャに背中を任せていたと言うが、実際は彼に守られながら戦っていたとペニャは感じていたそうだ。
ペニャは騎士団に席を置いているだけあって強い。盗賊団等の犯罪組織や魔物の討伐任務で実戦経験は豊富。しかし、戦争や一生の間に経験する事はないであろうスタンピードの様な、大規模な戦闘経験は無い。前線で戦って生き残れるだけでもすごい事だ。しかし、ソックさんやピニアの様な、規格外の強さを持つ人間がそばに居ると成長の実感はない。私のレベルが高い事を実感できていないのはそれが理由で、彼女が感じている気持ちも同じなのかも知れない。
『試合が開始しました。両者、遮蔽物を使い、距離を詰めています』
『ペニャさんの剣……とても細い、あれは見たことがない。あんなので打ち合ったら、鉄製なら折れる』
元々は地球で考案された武器だ。大剣やロングソードを相手に戦う武器では無い。この世界に存在するミスリルで作ったのであれば、折れたり曲がったりする心配はない。鉄以上の硬さと粘りが両立している。
『ソルさん、遮蔽物の上を跳躍しながら移動しています。って、ペニャさん早い!』
ペニャクラスのレベルになってくると、トップアスリート以上のステータスが、元の身体に付与される。彼女の身体はとても軽く。見た目に見合わぬ脚力で移動する。
そのまま地を駆け、対戦相手のソルをひたすら追いかける。余裕を持っていた彼の動きが、時間が経つにつれてぶれ始めてきた。
足元が不安定になっている事を見抜いたペニャは跳躍して、遮蔽物の上にいるソルに襲い掛かる。
『え……今、手が消えましたよね?』
『早すぎて見えなかった』
ペニャが着地すると、レイピアとダガーを鞘に納める。完全に勝利した事を確信している。力が抜け、足場にしていた遮蔽物から落ちてきたソルを片手でキャッチして、地面にゆっくりと下ろした。
『逃げる暇もなく、相手を追いかけて瞬殺しました。ペニャさんの圧勝です!』
『力技……だけど、強い』
本当に力技よね。魔法は走れば避けられると言っていたから。脳筋にも程がある。まったく、駆け引きを何だと思っているのか。
受験者の全員が戦うところを見ても。ルレとペニャの一方的な戦いになるだろう。決勝戦は二人の為にあるようなものだ。
「全く、レベルが低いにも程がありますわね。嘆かわしい話ですわ。あのペニャが勝つなんて」
第一王女はペニャの事が気に入らない様だ。
「……あの二人ばかり、新しい剣を作ってもらって、羨ましいのだが。俺のは?」
アスティルは魔力が使えず、スキルを持っていなければアビリティも覚えられない。帝国の王子との決闘では剣を使って戦うというルールがある。相手を倒すだけなら、銃でも持たせれば圧勝できる。
彼のステータスは高いから、魔力を使用しない魔法関連の防御と攻撃力の増加が課題ね。
「時間はまだあるでしょう。それに貴方には剣だけでは無くて、防具も作る予定よ」
先日、映画を見てひらめいた。彼にパワードスーツを用意してしまえばいいのだ。とは言え簡単ではない。時間をいくらでも稼げる、エルフさんやワフ姉さんの工房では、自分の居る世界に存在している物だけしか作れない。
「あまり過剰な防具は装備できないぞ」
「なにも裸で戦うわけではないのだから。普通の服と変わらない物を作るわ。でも、時間がかかるから」
『十六組目、豊富な手札を持つルレさんはどんな戦いぶりを見せてくれるのか!』
『秘密がたくさん……気になる』
ルレの出番か。十五人だと一人余るけれど……トーナメント表ではペニャのブロックが一戦減るのね。
「ルレ様の戦いが観られるのね!」
なぜそんなにルレのことが気に入ったのだろうか。この王女のことだから平民だと馬鹿にしそうなのに。親友が褒められているのは嬉しいのに、相手が相手なので複雑な気分だ。
アナウンスでも言っていたが。やはり、注目されている様だ。二人がぶつかった時の戦いを見た時、彼女はどんな反応をするのだろうか?




