41.丘の上のキング
「流石王都ね……遠くからでも見えるわ」
農家や酪農家の民家がぽつぽつと増えてきた。丘の上からは海と、大きなデセンド城と大きく広がる城下町が一望できた。
景色がいいスポットなだけあって、周りにはピクニック来た人達も多い。
「うむ、何万もの民が住んでいるぞ! 海もある上に、水資源も豊富。国土は狭いが質では負けん。海運貿易も得意だぞ」
『動力は……帆船ですか』
「陸地は車で速く移動できるが、流石に海は無理だろうな! あの様な大きな物を自然の力以外で速くは動かせんだろう?」
『もっと大きな船で約四倍のスピードは出せますね』
「そっかー、我が国の船は小さくて遅いのかー」
『……そう! これから作るのです』
「そうだな! 日異に直ぐ着くような速い船を作ろうな!」
『爆速なエンジン船なら1週間で着くでしょうね!』
「エンジンでもそれなりに掛かるのだな……」
『飛行機なら直ぐに着きますよ』
喜びと落胆を今日に切り替える高貴な服装を身に纏った少年と丸い物体を奇異な目で、ピクニック客たちに見られている。
「しかし、すげえな。これだけの距離を移動しても、まだ陽が落ちてねぇ」
「マルさんの話では、我々の技術力ではまだ作れない。でも……いつかは作られるのよね?」
それを守る様に左右に立つ、騎士制服を着た男女2人。
「海すごい! 大っきい!」
初めて目にする海に大興奮の看板娘。
「そ、そうね。大っきいわね! そろそろ行きましょうか」
私も海を初めて見るけれど、周りから刺さる視線がちくちくする。
「え? お嬢様、コーヒーと紅茶を入れてしまいましたが。お飲みになりませんか?」
「じゃあ、私はレジャーシート広げとくね!」
「ハイラさん、ありがとうございます。出る前にジーゼルさんからケーキを頂いたので、ご一緒に」
「わぁい」
更にメイドである。さっきの休憩で使用したガスコンロを活用して、お茶を入れてやがる。
ここ、王都の観光スポットよ? 人が結構居るのよ?
「酒はあるかな?」
「あるわけ無いでしょ!」
「コーヒーにブランデーを垂らしますか? 酔いが回る程ではないので、職務に支障はでませんよ」
「わ、私はやめておくわ」
「やった事は無いなぁ。それ貰ってもいいか?」
「わかりました」
こうなってしまったら、視線なんて気にせずに私も楽しむしか無いのだわ。マーケットスキルでサンドイッチとかの軽食でも用意しましょう。アメリカのスーパーの惣菜は量が多くて、味も良いし、安いのよね。人数も多いと助かるわ。名前もコストルと似てるし、親近感が湧くわね。
「サンドイッチもあるわよー」
「嬢ちゃん待つんだ。まずは俺が味見……いや、毒味をさせてもらう」
「マーケットスキルの事は車で説明したでしょ。安全さならクーナ様が出す以上の食品はないわよ。というか、騎士団長が毒見しようとしないで」
「っとすまん、つい癖でな」
確かに、私が全面的に信用されているから、アスティルがパクパク食べているけれど。普通は毒味が必要よね。
「皆さん、お茶をどうぞ」
ピニアとハイラさんが配膳を始める。流石はその道のプロなだけあって、手際がいい。
「おい、貴様ら何者だ!」
「へ?」
突然、馬を連れた兵士に声をかけられる。
「どう見ても普通にピクニックしているようだが、どういう集まりだ!」
「おいおい……まぁそう焦んなって」
ルトルさんが立ち上がる。
「ルトル騎士団長!? し、失礼しました! しかし、コストルに滞在するとおっしゃっていましたよね?」
「エリトが来たっつー事は俺らが追い抜いちまったか。お疲れさん。まーお前も腹減ってるだろ?」
「え、ええ……まぁ」
「クーナ嬢ちゃん、メイドさん、お茶とサンドイッチを追加だ。金は俺が持つ、釣りは駄賃だとっとけ」
「分かったのだわ……?」
ルトルさんから大金貨を一枚貰う。
1人の兵士さんに食べさせるという事は後続の兵士さんたちも……。
「騎士団長さんは太っ腹だね。よし、クーナちゃんはスキルで食べ物出してくれればいいから。私とピニアさんで準備するよ」
「お任せください」
あ、そうか……あの子達の事を追い抜いちゃったのね。
「どうしたの? ってクーナ!」
「お久しぶりね。早朝から出て、到着して休んでいた所よ」
「早すぎるでしょ!? 私達は何泊もして着いているのに。何あれ、でっか!?」
ここまで乗ってきたワゴン車を見てルレが驚いている。日本の法律では10人乗りだけど、無理をすれば倍は人が乗れるような大きさだ。
バスという物を買えば、もっと人が乗れるらしい。
「そうだ、クーナ! 魔法剣の事よ!」
「あら、使ってくれた?」
「属性エンチャントはまだ使ってないけど……じゃなくて。いつ作ったのよ?」
属性エンチャントは魔物や魔族に対抗する為の機能だから、今は使う機会はない。
「外の時間が止まる世界で、エルフさんやドワーフさんに教えてもらいながら作ったのよ。上手くできてたかしら?」
「レベルが三十以上も上のペニャとやり合う事になって、五分五分よ」
想像以上だ。魔法剣は強い武器だけど、それだけでペニャに勝てる訳じゃない。
「凄いわ。流石ルレね」
「私、騎士になるわ。ありがとう、クーナ」
「ルレ!」
「ハイラ!? あなたどうして居るのよ?」
「父さんが行っても良いよって」
宿に入る敷居が高くなるわね。ジーゼルさんの人相に耐えられるのは、相当な神経が太くないと無理よ。
「ハイラさんが居ないと……宿、大丈夫なの?」
「お母さんもいるし、孤児院の子たちが仕事を受けてくれるって!」
孤児への仕事依頼は職業教育の一環で、叔母さまが管理して、子供達に適した仕事かどうか厳しい判断をするらしい。
私の場合、直ぐに望遠鏡の部品加工依頼が通ったのは叔母さまのおかげだった。
睨みつけるだけで、乱暴な客を気絶させるジーゼルさんの宿屋なら、安心して子供達を任せられるでしょうね。
「お兄様どうぞ。あーん」
「あ、ああ。しかし……視線が多い。それにちょっと、いつもより近くないか?」
ミェルがアスティルへ直接、餌付けして居る。いつも妹に甘い彼も、視線が多く照れているようだ。
「お兄様と一緒に居られなくて寂しかったのです。それに私たちは王族です。人目につくのは当然です」
ミェルのこの様子なら、帝国の王子との結婚なんて、なおさら無理だろう。もちろん、アスティルもそのつもりはないはずだ。
王都へ到着したら先ずは学校に行くのかしら?
「おっ、美味そうだな。これは何て料理なんだ」
60代ぐらいの髭似合う男性に声をかけられる。着ている物は普通の服飾。でも、清潔感がある。お忍びの貴族だろうか?
普通に王族とエンカウントするような国だ。念のため、上位語を付けて喋ろう。
「はい。サンドイッチです。異国のとある貴族が考案された料理なんです」
「一つもらっても良いかな?」
「どうぞ」
そういうと男性は、マスタードとハムとチーズにレタスが入った物を選んだ。
「このソースは?」
「マスタードですね。アブラナの実が使われています」
「アブラナの実でこの味が作れるんだな。なるほど……確かに、辛味が似ているな。この柔らかいパンは?」
「父上」
「アスティルか。ご苦労だったな。彼女がクーナ殿でいいのか?」
「その通り。コストルスタンピード防衛線での功労者の1人です」
「俺からも礼を出したいが、贔屓をすると貴族たちに睨まれるからな。何かあればアスティルに言ってくれ。ありがとう。父として礼を言おう」
「光栄です」
やっぱり、王族や貴族だったどころか、王様だ。そんな事だろうと思ったのだわ!
この人たち、身分を伏せてから明かした時の反応を見て楽しんでいるのだわ!
「しかし、俺がそういう身分なのがよく分かったな」
「アスティル王子とミェル王女の性格を考えると、王様がやってきて、サンドイッチぐらい食べに来る予想ぐらいはします」
「アスティルとミェルが帰ってきたと知ってな。馬を走らせて来たのだ。予想されていたか……」
しょんぼりしているわ。心なしか髭も萎れてる。子煩悩で割と自由な王様なのね。
「父上は外に出過ぎです。何かあったらどうするのですか」
「そうです。ご自愛ください!」
「俺よりもお前達の方が心配だぞ。お前にスキルが無いのが申し訳なく思っている」
「必要ありません。そう思えるぐらいには俺は恵まれています。こうしてクーナにも知り合えました」
「王位継承にスキルは大事なのですか?」
「クーナ殿も疑問に思うだろう。貴族は上になるほど働かない方が気高い存在だという馬鹿げた風潮があってだな。そういう奴からすれば、努力せずに強大な力が手に入るスキルという物は大切だ。【王家の威光】を持つ第二王子はそういう貴族達に好かれておる」
いかにも凄そうなスキルね。どんな効果なのかしら?
「今、ここで難しい話するのもな……なぁ……この馬を繋いでいない馬車はなんだ? 随分と大きいが」
「車です」
「クルマ……これを引く馬は?」
「父上、これに馬は必要ありません」
「ははは、馬が引かない馬車があるか! それでは黄身の無い目玉焼きでは無いか」
アスティルが運転席に移動して、エンジンを始動させた。二千を超える排気量だが、バイクよりも静かだ。
「独特な鳴き方をするな……中に馬がいるのか?」
車が人気の無い場所まで走ると、急発進で真っ直ぐと最加速する。舗装路のない場所でも、オフロードタイヤを履いた四駆は元気に走り回る。
「なぁ!?」
ひとしきり走って満足したかのように、ゆっくりと戻ってきた。
「これが車です!」
「これを開発した国があるのか!?」
王様からしたら、こんな技術を持つ国があるのなら一大事よね。
「詳しい話は今度しましょう」
「そうだな……ここでする話は無いか。そろそろ軽食も終わりだ。城に案内しよう」