40.王都へ向かうハイラの道
冬の深夜、冷えた空気を体に取り込む。連続した呼吸で、冷め切った物を熱い物へと変化させる。
正拳突きを、自分よりも遥かに大きい、お父さんの体に叩き入れる。丸太の様な身体にダメージは無い。
足の軸、腰の捻り、関節を曲げるタイミングは、我ながら完璧なのに。お父さんには全く効いている気がしない。それに自分の手にもダメージがある。
「中級冒険者なら……死んでいる……。ハイラは筋が良い」
相変わらず父さんは頑丈だ。中級冒険者は普通の人からすれば羨望の眼差しで見られる様な人達なんだけど……。
「そうかな。なんで平気なの?」
「……筋肉か?」
「たぶん違うよ?」
気を自分の拳に循環させる。興奮して痛みを消す呼吸をしているので、こうして気で治しておけば、後で痛みが起きなくなる。
気を使えばヒールが無くても回復は出来る。気は人を癒すのにも使えるけど、ヒールよりも効果が低い。自分が回復する時に使うのは、ヒールでは拳が成長しないからだ。
宿を閉めてから毎晩、父さんが私に武器が無くても戦う方法を教えてくれている。宿には色んな客が来る。乱暴な客は偶にいる。そういう人は父さんが気を当てて、気絶させる。
街の中を歩いている時は、この技に、自分も人も何度助けられたか数えきれない。
「王子が……学園に行かないか誘っていたが……いいのか?」
クーナちゃんからも学校に行かないか誘われたけど、私は断った。仕事ばかりで友達と遊ばなくなっても、時間を読んで付き合ってくれるルレも、クーナちゃんも三年間コストルから離れると寂しい。二人とも羨ましい。
でも、目的があって行くのに、私だけ寂しいからついて行くのはわがままだ。
「だって、お母さんもまだ大変でしょ?エルドが大きくなるまで、私が手伝わないと。お客さん、父さんの顔見て逃げちゃうんだから」
父さんは冒険者で傭兵もしていた。色んな国を回って、弱い人達を助けてきた。ソックおじさんも、その時に仲良くなったと言っていた。
口下手で、強くて、誇らしい。そんな優しい父さんが大好きだ。一緒に仕事するのは大変だけど、辛くはない。
「問題無い……もし、ハイラが行きたいなら。教会の子達が、宿屋の手伝い依頼を受けてくれるそうだ」
「別に大丈夫だから」
「……ふらふらになって、美味い飯を食って、ちゃんとした寝床で寝る。俺は……そのありがたみがよく分かる。だから宿屋を始めた……」
「分かってるよ。いつも美味しそうにご飯を食べてるお客さんを見て喜んでいるもんね」
孤児で、冒険者になってから、残酷な世界を旅した父さんは弱い人には優しい。私は父さんみたいな優しい人になりたい。
困っている人を助けられるヒールスキルを授けられて、とても嬉しかった。でも、スタンピードで私が父さんの様に強かったら。助けられた人は沢山いた。父さんだって、私たちを守っていたけれど。あの時、私が家を守る事が出来たら、父さんは沢山の人を助けられた。
自分の助けられる人は助ける。そんな人だ。
「ハイラが……コストルが好きで……離れたく無いのならいいんだ。だが……コストルの外に広がる世界を見たいなら……遠慮しないで欲しい」
「ルレやクーナちゃんが羨ましいだけだよ。本当に良いの?」
「ああ……行って来い。今のハイラなら心配ない。疲れても飽きても……好きな時に帰ってくればいい」
「ありがとう……行ってくるね」
父さんの大きな体に抱きつく。学園に行けば、いつもそこに居るはずの父さんは居ない。明日は出発の日だ。今のうち、存分に甘えておこう。
「ハイラさんは準備出来た?」
クーナちゃんはマルを抱えて、部屋の中から出てきた。
「うん。大丈夫だよ!」
「ハイラ……行って来い」
「クーナちゃん、ハイラをお願いしますね」
「そんなにしんみりする必要は無いわ。学校が始まってからでも、金の日に授業が終わった後に出れば2日は泊まれるわよ」
「そうなの?」
「そうなのか……?」
『米国のレシプロ飛行機を安く買う手段もありますね。もちろん、昭和頃の製品ですよ』
「昔のを買えば安くなるのよね。今度、買ってみましょう!」
まさか、そんなに手軽に帰れるとは思わなかった。ひこうきってなんだろう?二人とも凄いものをいっぱい出すから、想像もつかないよ。
「楽しそうだね! で、ひこうきって何?」
「空を飛ぶ馬車みたいな物よ。賢者や魔女じゃ無くても空が飛べるの。こう、キーンと!」
クーナちゃんが腕を横にして、飛行機という物の真似をしている様だ。鳥みたいな形なのかな?
「それじゃあ。行ってきます!」
「ククク……練習のしたばかりだが、今日が本番か……待っていたぞ!」
「殿下、無理な運転はおやめください……」
「いーじゃないの。男の子ってのは少しわんぱくな方が丁度いいもんさ。さ、一丁、いいとこ見せてください」
「任せろ! ミェル達の馬車を追い抜いて王都に突撃してやる。ハイラ、挨拶は済んだか!?」
「は、はい!」
両親と弟に向けて手を振る。3人とも手を振って返す。
「アスティル、難しそうなら交代するからね」
「心配するな、壊れたら弁償する」
「壊さないで」
大きな自動車がゆっくりと走り始めた。段々と3人の姿が小さくなって、見えなくなっていく。コストルの大きな城壁も、小さくなって離れていく。
「そういえば、知らない騎士様がいるね」
「お、嬢ちゃん。なかなか聞いてこないからタイミングを伺ってたんだが、ありがとよ。俺は騎士団長ルトル•エウカードだ。よろしくな」
「騎士団長……?」
「人為的なスタンピードの件もあったしな。護衛が三人だけなら、騎士団のトップ二人が居るもんだ。この面子ならダンジョン攻略できるぐらいの戦力だな。殿下、一丁行きますか?」
「楽しそうだな。と、言いたいがミェルが待っている」
「3人? トップが2人?」
騎士さんは2人だけ。もう1人はルレと王都に行った筈だけど。
「1人はそこで、普段口を聞く事も出来ない上司と一緒に狭い場所に連れてこさせられて、恐怖で震えてるロスコな。こっちの真面目そうな副騎士団長のビド」
「一番と二番目に偉い人たちじゃないですか!!!」
「俺は元平民だから気にしなくていいぞ。ロスコもそんなに怯えるなって」
「は、はい……何で僕もここに居るのでしょか?」
女の子にしか見えないけど。本当に男の子なのかな?
「こう見えて18歳でビドよりも上だ」
「え!?」
「はい……ペニャとは幼馴染で、小さい頃はよく懐いていました。今は僕の方が若く見えるので」
「私達と同じぐらいだと思っていたわ。もしかして……幼い時にダンジョンでレベルアップをしたの?」
「国家機密だからみんなには秘密な」
「そうです。ペニャが幼い時にダンジョンに潜って魔物に襲われそうになって、僕が魔物を倒しました。それからみんなよりも成長が遅くなってしまって」
「ダンジョンでいくらレベルアップしても、魔族化しないのよね。寿命も200歳ぐらいの不老になるって……」
「その話は本当か?」
「本当よ。知り合いのドワーフさんから聞いたの」
ドワーフさんは街の中で鍛冶屋さんとか木工屋さんがいるけど。何で国家機密を知っているんだろ?
「やばいな……その話は……やばい。帝国の奴ら、イカれた事するつもりだ」
さっきまで笑っていた団長さんが真剣な表情になった。
「コストルで幼児誘拐が頻発していた件だな」
「エルドが狙われたりしないですよね!?」
「その心配は無い。斡旋していた商会は摘発した。帝国に送られた子供も救出する作戦を立てている所だ。帝国の野郎、奴隷紋を焼き付けた子供をダンジョンに放り込むつもりだ。帰ったら、急いで救出部隊を編成しよう」
「特殊部隊ですね!」
マルちゃんが見せてくれた映画にあった。敵に捕らえられた人質を、特殊部隊という強い兵士が敵に囲まれた所から救出する。すごい人たち。
「ハイラちゃん、特殊部隊ってのは何だい?」
「こっそりと近寄って、1人ずつやっつけて、捕まった人たちを敵に気づかれ無いように助けるんです! 戦争みたいに何人もじゃなくて、数人で必要になる時以外は戦いません」
特殊部隊のおじさん、カッコよかったなぁ。
「嬢ちゃん理想的だが……難しいな。ニンジャでもアドバイザーが居れば……ビド、ニンジャの知り合いは居るか?」
「居るのか居ないのか分からない存在の知り合いがいるわけ無いじゃない」
「ピニアさんだったか。ニンジャの知り合いはいるか? あんたの動きはニンジャに似ているが……まさかな」
「忍者は存在するわけがないので、忍者ではありませんが、偶然にも隠密や暗殺には精通しています。アドバイスくらいなら手を貸しましょう」
「忍者部隊か! いいな! 作ろう! 帰ったら作ろう!」
『隠密作戦行動をするのであれば。クーナが提唱する。魔導具と機械の融合が必要ですね』
「じゃあ帰ったら王様に謁見してもらうか……」
へぇ……クーナちゃんってば、王様に謁見するんだ。どんな人なんだろ?とっても良い人だって聞いているけど。
私なんかが会える人じゃないもんね!
王子が運転する車に乗るだけでもあり得ないのに。
「むむむ……緊張するのだわ」
「父上と貴族を説得して、予算をくむぞぅ!」
「流石! 銭ゲバ王子! 期待してますよ!」
「任せろ! けつの毛まで毟ってくれるわ!」
「こら、2人とも口が悪いわよ。ルトル、あなたまた殿下に変なこと吹き込んだでしょ!?」
「あら……アスティル。これセカンドよ? ドライブにしないと速くならないわよ」
「おお! 遅いなと思っていたらそう言うことか。ギアを、かまぼこを横にした文字にするんだったな!」
ガコンと音が鳴ると、体がシートに押しつけられる。
「きゃっ! な、なに?」
馬車よりも速い車が更に速くなった。
「村一つ追い越したけど!?」
『アスティル、少し左に角度を』
「にゃぁぁぉぉ!」
私の体が車内の右側に押しつけられる。他のみんなは涼しそうな顔をしている。レベルが高いから、この人たち平気なんだ!
「馬車よりも快適な上に速いな。これが運用されるようになれば。時代が変わりそうだ」
「獣化した方が速いですが、航続距離と輸送力には負けます」
「迅速な兵員輸送……ぞっとするわ。あら……ハイラちゃん、大丈夫? 顔が真っ青だけど……」
馬車すら乗ったことが無いのに。車に乗るって、どれだけ順序をすっ飛ばしているんだろう。私はこのまま無事に王都へつけるのかな?




