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39.雨と虹

 ルレとミェルが王都へ向かうために、コストルを出発してから5日後の朝。私は布団の中から出れないでいた。


「さっむいのだわ」

『もうお昼ですよ?』


 訂正、5日後の昼だった様だ。


「寒すぎて、お布団の外に出る気がしないのだわ!」


 マルがマニュピレーターでガスファンヒーターの電源を入れてくれたが、まだ部屋の中が暖まっていない。


「お嬢様、失礼します」


 ピニアが布団の中にひんやりと冷えた、私の普段着を入れてくれた。私の布団にこもった温もりで、衣類を温める。


「おや、誰かドアノブをガチャガチャしていますね。来客でしょうか?」


 ピニアが私の部屋から出て、玄関へと向かう。ちゃんとドアホンの使い方を教えた筈なのに。よくわかっていなかったのかしら?



「くぅぅぅなぁぁぁぁ!!!」


 変声期も終わっていない少年の声が、ドア越しに廊下の方から聞こえてくる。アスティル王子だろう。このマンションの鍵は本数があまり無いので、渡していない。

 先程、少し出かけてくるとピニアに行っていた様だけど。もう戻ってきたのかしら?


「王子、いけません婦女子の部屋に許可もなく入るとは!」

「お嬢様はまだ着替えが終わっていません。少しお待ちください」

「あ、ああ、そうだな! クーナ、とっとと服を着て出て来い!」


 アスティルにとうとう知られてしまった様だ。事情を話さなくては、誤解を生んでしまいそうだ。


 寒いのを我慢して、アスティルを部屋に招き入れる。表情はそこまで怒っている様には見えない。


「お前、リンドル伯爵に貴族として挨拶をしていないんだよな?」


 ティエル•リンドル伯爵はヴェゼラルの領主。戦争など前線で疲弊していたコストルを経済都市として建て直した功労者だ。女性ながらにして伯爵になった方で、血の繋がりは無いが、私の叔母だ。


 その名が出てくるという事は、彼は私がクーナ•リェースという貴族の娘だったということに気づいてしまったようだ。


「な、何故、平民な私が、その必要があると思っているのだわ?」

「お前がクーナ•リェースと同一人物だと教えられた。それはいい……コストルを出る前にと、リンドル女史の元に顔を出して来てな。お前の話がでてきたんだ。」

「だって、どんな方かも分からないし。お父様も何を考えて私をこの国に送って来たのかも分からないんだもの。嫌われていたら嫌だわ」


 お母様は私に良くしてくれる。しかし、真ん中のお姉様と下のお姉様が、私に嫌がらせをする様に、お母様から指示されたと言っていた。本当に嫌われているのが事実だったらと思うと怖くて、お母様にその事を尋ねた事は無い。叔母さまの顔も知らないので、信用しきれていない。


「ん? 頻繁に会うのに、屋敷に来てくれないから大事な話が出来ないと女史が困っていたぞ」


 まるで私と会ったことがあるような口振りだ。ここで会った貴族階級の人間は騎士ぐらいだ。


「待って、私はリンドル伯爵には会ったことがないわ。それも頻繁に?」

「は? 昨日は俺も一緒に会いに行っただろう。ティエル女史と仲良さそうに話をしていただろうが」

「何を言っているの?」

「あー……まぁいい、来い。顔を合わせた方が早い。ビド、戻るぞ」

「では、クーナ様、外出準備が整ったら向かいましょう」


 ビドさんがリンドル伯爵の屋敷まで案内をしてくれるそうだ。歩く道筋に見覚えがある。昨日も同じ道を歩いた。


「待たせたな」

「連れて来てくれたのね。アスティルくんにお手間を取らせてしまって、ごめんなさいね。クーナちゃん、いらっしゃい」

「は、初めまして。ティエル叔母さま……シスター!?」


 昨日はハイラさんとアスティルの二人とビドさんが護衛として付き添い。孤児院にお菓子を届けに来たのだ。孤児の面倒を見るシスターは何人も居るが、彼女とは特に仲がいい。


「もしかして……クーナちゃんはオバさんのこと覚えていなかったのね。そっか、会ったのは小さい頃で、最近は会えていなかったものね」

「……教会では一言も」

「貴族として孤児院に訪問したら、子供達が萎縮してしまうでしょ? いつもシスターのフリをして訪問しているの」

「ああ、ここの孤児院は特に力を入れている。この街には浮浪児がいないだろう?」

「リェースの街では見たことがないけれど……」


 孤児院はあるが、コストル程の綺麗さは無い。ガラスだって割れて、木の板で塞いでいるぐらいに貧しい。

 平民よりも綺麗な服装をしてはいるが、食に関しては質素だ。当然、領主が貧しければ、その余裕もない。


「そうね。リェースはゼゼンダルの中でも特殊よ。テェトくんは無いなりに一生懸命頑張っているもの。他の所では孤児院自体がないわよ。スラムで明日死ぬか分からない生活をしているわ」


 

「大人には働き口を、子供には学ぶ場所を与えれば治安は良くなり、国益になるだろう?ここには俺も投資している。身になるのは随分と先だろうがな」

「テェトくんも同じ事をしているけれど。ゼセンダルは上納金も高いから苦労しているはずよ。先代が豪遊して疲弊したリェースで、結果が伴うのは時間がかかるでしょうね」

「反乱でも起こしてデセンドの領地になれば良いだろう? 俺は貴族にも優しくするつもりだぞ?」

「アスティルくんは無能な貴族には厳しいけれどね」

「当たり前だ。働かないのに金だけ取る輩に優しくしてやる必要はない。少しでも働けば領民が金をかき集めてくれるのだぞ? 簡単なことすら出来ない無能は要らん」


 とは言っているが、コストルの商人には税金が安い。全体的に税率が安いのだ。当然、財布の紐が緩くなるので、物流が円滑に進んでいるので、結果的に税収が良いとアスティルが言っていた。


「貴族権利派が聞いたら怒りそうな発言ね」

「兄上を持ち上げて、そのまま潰れてしまえ良いのだ。無駄飯ぐらいを減らす手間が減る」

「ミェルちゃんが大好き過ぎるお兄ちゃんのおかげで、私の方が潰れそうよ? おばさん、戦争する準備は整えるつもりだけれど、スタンピードの被害が落ち着いてからにしてね?」


 ついでに、コストルの被害はスタンピードだけではない。金を溜め込んで流通させない、けしからん商人がいるのです。

 

「ところでクーナちゃん。ここ最近、税収がおかしいの。もしかしたら、税率が安いのを利用してお金を溜めている悪い商人に心当たりは無いかしら?」

「な、ななな! 何のことでしか!?」


 はい、私です。


「冗談よ。スキルの為に必要なのよね? マーケットスキルの事はテェトくんから聞いてるわ。クーナちゃんを鑑定スキルで見たら、とっても危ないスキルを持ってしまったと相談されたの。ゼゼンダル王家に気づかれない様に偽物のクーナちゃんを作り出したり、私がクーナちゃんを保護する予定だったの。それが、まさか。あなたに領民を助けられるとは思わなかったわ」


 ハイラさんがシスターに、スタンピードで奔走していた事を口走って、焦った。その時、シスターが感謝の言葉を述べていた。

 でも、その後に怒られた。


「前にも言ったけれど、危ない事はしないでね。ピニアちゃんも無理はしないで。忍者は正面から戦う様な戦闘職ではないのよ。いくら強くても限度はあるわ。おばさんのわがままなのは分かっている……本当は二人には危険な事自体して欲しくはないの」

「ごめんなさい」

「はい、心掛けます」


 叔母さまは私がスキルで助けられる人を見捨てる事が出来ないのを理解しているのだろう。

 スタンピードでいくら銃器が強くても、ピニアが居なければ危ない状況は沢山あった。もしかしたら死んでいたかもしれない。

 ピニアに負担を強いていたのは私だ。

 

「まぁたまには街で商いをしている者にも売上を貢献してやれ。マーケットスキルの金の行き先が不透明で経済に負担がかかる」

「スキルで消費したお金は、近くの鉱山に補填されるらしいわ。消費したお金に対して私の貢献度というものが高ければ、沢山増えるらしいのだけど」


 マルのスキルライブラリーに新しく追加された解説があった。

 マーケットスキルの自体不安定で、コンソールの内容がたまに変わる。マルがいい例で、絶対に買わせようとする意志すら感じた。

 マルは、まるで電子機械のようなスキルだと言っていた。


「近くに金鉱山の廃坑があるけれど。今は魔物の巣になっているはずよ。調査させてみるわね」

「貢献度とは何に対して貢献するのだ?」

「それが溜まると、スキルレベルが上がったわ。多分、人の命を救ったときだと思う」

「なるほど……神という存在が居たとして、その存在のメリットとなりうる行動をすれば恩恵があるわけだな」

「無神論者になる気持ちは分かるけれど。神様はいるのよ?」

「スキルをくれるならいくらでも崇めてやるさ」

「前世のアスティルくんがよほど悪い事をしたかでしょうね」


 魔力がない者は前世で悪行を積んでしまうと、神様からスキルを奪われると言われている。


「俺がそんな事をするわけがなかろう。俺が鬼になれるのはミェルに害を及ぼす奴にだけだ」

「クーナちゃんはアスティルくんの力になってくれるのよね?」

「はい。マーケットスキルを使って、アスティル王子を決闘で勝利させます」

「地球の科学力はとても危険よ。核兵器は特に危険なの。絶対にそれだけは手に入れたり、口に出しては駄目よ」

「何で……叔母さまが……その名を知っているのですか!?」


 マルからこの世界の文化レベルでは絶対に手を出してはならない技術を教えられた。それは核兵器や原子力機関だ。

 この世界にはない、先の技術を行く地球ですら持て余す程のエネルギー。


「あなたのお母さん、恵雨ちゃんが地球の事を教えてくれたのよ。そうだわ!あなたに渡したいものがあったの」


 叔母さまがラックに置いてある。宝石箱を取り出して、テーブルの上に置く。箱の中から風呂敷を取り出して広げると、ガラスにヒビが入った四角い赤色の板が入っていた。


「スマートフォンだわ……」

「知っているのね? これはクーナちゃんのお母さんが持っていたものよ。ある理由で、テェトくんが投げてガラスが割れてしまったのだけど。私が預かっておいたのよ。もしかしたら壊れているかもしれないわね。若い時の私達の写真が入っているわ」

「お母様が……?」

『10年代後期の米国製スマートフォンです。充電して、ガラスを張り替えれば治せます』

「あらあら、拡張スマートロボットのマルちゃんだったかしら? そうそう、恵雨ちゃんが作ったのよね。 この板の写真にも映っていたわ」

『私のボディ開発者、緒方恵雨……マスターの親友です。十何年も前に失踪しました。何かしらの方法でここへ来て、クーナのお母さんになったとは思いませんでした』


 マルの体を作った人。つまり、お母さん……。


「マルと私は姉妹だったのね!?つまり……マルが私のお姉様!?」

『声は女性のものを使っていますが、性別はありません。ですが、お姉ちゃん……ふむ……悪くわないですね』

「……叔母さま、このスマートフォンを直してもいいですか?」

「ええ、私もあの頃の写真を見てみたいわ」

「壁を少し借りますね」


 スキルで錬金工房の扉を呼び出した。


「その扉はリビングにあったやつだな」

「ここへ入ると、外の時間は止まったままです。ここからは入ってから直ぐ出てくるように見えます」


 マルと一緒に錬金工房へ行き、エルフさんに作業場を借りてスマートフォンを修理する。電源があるので、スかキルでパーツを購入すればか簡単に修理できた。


「今日は急ぐのね」

「ええ、早く写真が見たいのよ。今度はゆっくりさせてもらうわね」

「楽しみにしているわ」


 錬金工房から出ると、みんなが不思議そうな顔をしている。


「何がしたいんだ?」

「これが直したスマートフォンよ」


 動作チェックはしており、電源は入っている。テーブルに置くと、マルがマニュピレーターでスマートフォンを操作してくれている。


『フォトアルバムを開きますね』


 全員が知っている顔の人たちが4人。集まって撮った写真が表示された。冒険者の様な探索装備に身を包んでいる3人の他に、産みのお母様だけ普通の服装だった。


「お母様達とお父様に叔母さまの若い頃の写真……」

「懐かしいわ。この頃はまだ恵雨ちゃんと出会ったばかりで、大陸語を話せなかったのよ」

『日本語ですか』

「そうよ。テェトくんが恵雨ちゃんの為にニチイ語、日本語を頑張って勉強していたわね。 クーナちゃんの名前は日本語で、テェトくんが考えたのよ。虹を意味していると言っていたわ」

『空と七でくうなですか』

「お父様が……私の名前を?」

「テェトくんは、無駄なスキルだから必要ない。使うなってクーナちゃんに言っているでしょう?」

「役立たずは大人しくして、屋敷でピニアと遊んでいろと言われました」

「それは……大切な娘であるクーナを利用する気は無い。すまないが、事情があって表に出す事はできない。ピニアは信用できるから仲良くしてやってくれ。と言っているのよ」

「そんなわけありません。いつもお前の顔は見たくないと言われました!」


 それで何度、傷ついた事か。他の兄妹には言わないのに、私にだけ対して言ってくる。


「クーナちゃんに恵雨ちゃんの面影を重ねているのね。テェトくんは間違いなくクーナちゃんの事を愛しているわ」

「旦那様は本当に口が悪すぎます。私も最初は愉悦の為に、自ら尻尾を切り落とせと言っているのかと思いました」

「アデアが怖かったと言っていたわね。でも、テェトくんはあなたのことを、とても信頼してる」

「クーナ様が平民の暮らしをされるのに、私が居れば大丈夫だと言ってくれました。失態を一度晒してしまいましたが、二度はありません」

「ピニア……私が生きていることを言ったの!?」

「当たり前です。失踪した件を伝えたら物凄く動揺していたのですよ。更に捨てられた衣類を見た、奥様は気絶までされて。お嬢様は聞く耳を持たないし!」


 お母様が気絶するほど心配ていたのね。お姉様が、裏で私に嫌がらせするようにと、お母様が指示したと言っていたのはやっぱり嘘だったのかしら。


「わかった……そうね。ごめんなさい。私ってば、ピニアに悪い事をお願いしていたのね。叔母さま……下のお姉様が私に嫌がらせをよくするのですが、お母様が指示したと言う事はあり得ますか?」

「下の子……三女のシトレちゃんね。多分、ヤキモチ。アデアがそんな事をするなんてあり得ないわ。今もアデア達、夫婦が仲良いのは恵雨ちゃんのお陰だもの。アデアは恵雨ちゃんもその子供のクーナちゃんも大事な筈よ」

「お母様には怖くて聞けませんでした」

「クーナちゃんに疑われた事を知られたら、ショックでいじけるから、この事は秘密ね」


 良かった。お母様は私の事を裏で嫌っていたりはしていなかった。


「アイツそんな事を言っていたのですか? 尻叩きにリェースに行ってきてもいいですか? 執事長と殺し合いになるかもしれません。しかし、必ずやお嬢様の元に生きて帰ってきます」

「行かないでよろしいのだわ!」

「ついでに、お嬢様を不細工だとか妾の娘とか言っていた次男と三男も殴ってきます。大丈夫、私は今リェースのメイドではなく。あなたのメイドなのですから」

「ピニアの殴るは人体を粉砕すると言う意味よ。最後、いい風に言うのやめてくれる?」


 流石に冗談よね。私を放って、リェースに突撃するピニアはどうやっても想像できないし。


「クーナちゃん、明日は王都へ向かうのよね?」

「はい。自動車で向かいます。合格者発表の後に入学手続きを終わらせてから一度帰ってきます」

「それじゃあ、また会えるわね」


 叔母さまのおかげで、ずっと残っていたわだかまりが溶けた。今度、お母様とお父様に手紙を出してみるのも良いかもしれない。

 明日はコストルを出発する。ルレとミェルは無事に王都へ向かえているだろうか?

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