37.王都へ向かう、ルレの道③
「来ないの? じゃあ、一本……もらうわよ!」
ペニャが剣を振り上げ、切りの姿勢に入る。地面を蹴って、私に駆け寄る。早い。並の人なら唖然として動く暇もない程だ。
でも、私が目で追えるスピードの範囲内。お父さんの本気に比べたらたいした事ない。それに慢心している。動きが雑で丸わかりにも程がある。
私はペニャの振り上げに対応出来る上段の構えを取る。
お互いの剣が攻撃可能な距離内に入った。勢い良く、騎士が王から賜るミスリルソードを振り下ろす。
「その成金趣味の剣ごと切ってやるわ!」
鉄製の剣であるクーナの剣では、高レベルの人間が繰り出すミスリルソードの斬撃には耐えられない。最悪一回で折られるか、切断されてしまうだろう。そんな事をされてはクーナに謝罪しきれない。
もちろん、まともに受けるわけがない。予備動作からはブラフでペニャの斬撃を避ける。
「へっ!?」
想定外の私の動きに対応出来ないペニャは自身の怪力に振り回され、威力を殺しきれずに前のめりになる。
私とペニャのレベル差なら、彼女の防御に弾かれる可能性がある。私の習得アビリティ【アクセレイトストライク】を防御力が低い首へと放つ。
全身の関節を最適なタイミング連動させて強力な一撃を放つ。アビリティ化しているので、使いたいと思えば、失敗せずに技が発動できる。
ペニャの細い首の中へ刃先が通過するが、切断はされない。代わりに、実際になり得る結果が身体に反映される。
頭部がなければ体は動かない。ペニャはそのまま地面に倒れた。
あっけない。ペニャは魔物と下級兵士とばかり戦って、駆け引きというものを経験した事が無いのでしょうね。
「勝者、ルレさん……」
魔法兵が私名前を上げて勝利を宣言した。想像していた結果との違いに驚いているようだ。
攻撃が通って良かったわ。2回目は勝てないかもしれない。ペニャは完全に慢心していた。私はレベル一桁の魔法使い、対して彼女は高レベルの騎士だ。どうやっても負けるはずのない戦い。過度な自信は身を滅ぼすと言う事を学んでくれるといいのだけど。
「ちょっと! いつまで呆けているの。術式を解除しなさい。ペニャが動けないままでしょ」
「ご、ごめんなさい! まさか……ペニャ様が負けるとは思って無くて……」
魔法兵が慌てて実戦訓練魔法を解除する。光が消えると、アビリティを使用した事による息切れが消える。
試合中に壊れた装備は戻らない。変な所を切ると見えちゃいけない所も見えちゃうから気をつけないと。
というかペニャは私を服ごと縦に真っ二つにするつもりだったのかしら?訓練所に同性の兵士だけなのはそれが理由のようね。
「違う……今のは……マグレ……実力なんかじゃない……!」
ペニャがうつ伏せでぶつぶつと呟いている。
ダメね。彼女、悪い方向に転がってしまったようだわ。
「私はスキルで楽なんかしてない!!!」
ペニャは起き上がると、持っていた剣を拾い、私に切り掛かった。左横腹へ迫る刃を、剣で止めようとする。威力を殺そうとするが、咄嗟に防御に構えただけの剣では抑えきれず、剣の背が自分の左腕に激しく当たる。
「ぐぅっ!!!」
ジンジンとした熱い痛みが左腕で疼いている。今すぐにでも、転げ回って叫びたい。でも、我慢する。しかし、私を殺そうとした今のペニャは、何するか想像もつかない。
クーナの剣が普通の剣と違って片刃で助かった。最悪、左腕が使い物にならなくなる所だったわ。打撲程度ならヒール、骨折か大きな切り傷ならハイヒールで治る。
剣でペニャの刃を受ける。ミスリルソードの刃先が私の剣に渡る刃にめり込む。怪力娘相手に接近戦は不利。最悪武器が破壊される。
「ふぐぅぅぅっ!」
ペニャは感情失禁で泣きじゃくりながら、私を殺しに来ている。
「ペニャ様、やめてください!」
「近寄ったら危ないわ! 起動術式を発動させて!」
止めに入ろうとする魔法兵に近寄らないように呼びかける。
泣きじゃくるクソガキが、止めに入った市場のおじさんに股間を強打させるのとは訳が違う。騎士が魔法兵にに斬りかかれば、完全に真っ二つだ。ペニャの責任は大きな物になるだろう。
「起動に数分かかります! 魔法陣に魔力をチャージするので少しだけ耐えてください!」
「何でも良いから早くして!!!」
この馬鹿力娘め!力はクーナと同じくらい。鉄の剣でも質が良いのか、ミスリルソードの刃は止まっている。普通なら砕けるか、切断されてもおかしくない。
私は必要最低の魔力放出をする。多分、この剣はステッキ代わりに使えるはず。
続けて頭の中で詠唱をしようとしたところ、剣が青白い魔力の光に包まれる。聞き覚えのある声が頭の中に響いてきた。
『ユーザーの魔力を登録。……ねぇ? この喋り方、ルレに聞こえるんでしょう? 少し恥ずかしいのだけれど……え? ろまん? よく分からないわ』
随分と感情を込めない喋り方をしていると思ったら、クーナの声だった。他にも誰か居るようで、聞き覚えの無い女性の声が聞こえる。
『もしもの時に、この魔法剣使い方を説明するわね。二つの魔導回路に魔力放出すると、その機能がつかえるの。柄の上側に魔法を流すと簡易詠唱と普通詠唱の威力と効果をあげられるわ。簡易詠唱が普通の詠唱と同じ威力になるそうよ。魔法の展開先を剣の中にすれば3回まで保存出来るわ。名称節を魔法石の中に居る精霊に聞かせれば発動できるの』
魔法石も精霊も伝承の存在だ。剣に付けられている宝石は魔法石なのね。中に精霊がいるというのは初耳だ。
簡易詠唱は相手を驚かせる程度の威力しかない。近接戦闘に使えなくも無いが、相手の剣ごと切り伏せて来るような相手には獅子脅し程度の効果しかない。
剣士スキルで習得できる剣撃アビリティの方が強力で発動も早い。でもクーナの説明を聞く限り、剣撃アビリティよりも使い勝手が良い機能だ。詠唱の効果を上げるのはどうなるか想像は出来ない。今の歯を食いしばる状況では使う隙は無いだろう。
『上側二つ目は重量制御、魔力を少しだけ込めると軽くなって、一定量から、多く込めるほど重くなるの』
重量は私の体格の弱点。軽い剣は重い剣に弾かれやすい。かと言って、重い剣を振れば、その重さに私の体が引っ張られる。こればかりは力を付けても対策はできない。
切り替えを自在に操れば、苦手な所をカバーできると言うことね。
『下側に魔法を流すと、刃に魔法を付与できるわ。属性防御力が高い相手……え? 魔物ぐらいにしか使うことが無いって? それと魔族だけみたいね』
高レベルの魔物は防御力が異常で、弱点を突かないとダメージが入らないらしい。でも、私が倒せるようなレベルでは無いから、使うことは無いわね。
魔族なんか相手にしたら、幼い子供が相手でも魔法で殺されるわよ。
『最後に下側に魔力を流すと、私達が持っている魔力が悪く……反発しやすい程に威力が上がるの。半端に使うと威力が下がるわ。それに流しすぎると魔力消費が激しいから気をつけて。相性が良くて反発し難い時はレベルを上げて、最大魔力が上がった時まで封印して。魔力振動は鉄の剣が切れて、超魔力振動を起こせればミスリルも切断出来るわ』
魔力の相性が悪いから威力が上がるって不思議な話よね。クーナとの相性を確認できる状況でも無い。魔力枯渇で気を失った瞬間に、私は斬り殺される。
まずはペニャと距離を取りたい。彼女に脅しが通じるかどうか。レベル差を考えると致命傷にはならないはず。
必要なのは時間稼ぎで、殺すのが目的じゃ無い。
『最後に……もしルレが負けそうだったり、危ない目に遭っているのなら。そいつにルレの本気を分からせてやるのだわ! はい、お終い……え? 何をニヤニヤしているの!愛を込めて作った……何を言っているの!? やっぱり録り直すのだわ! 触媒に記録……やり直し!? もう……分かったわ。これでいいわよ……はぁ!? マイク入ってる!?』
こんな危ない時に、クーナの間抜けな声を聴くとは思わなかったけど、いくらか緊張が解けたわ。
火魔法【カキュコウ】を簡易詠唱でペニャの目前に無加速で発動させる。
「っ!」
私とペニャの間に、人の頭ぐらいの火の球が点る。簡易詠唱なら一瞬燃えるだけで、相手を燃やすどころか、種火にすらならない。
それでも十分脅しにはなる。しかし、ペニャに効果があるか分からない。
だけど、詠唱する素振りも無しに、生命力を削る初級魔法が目の前で発動すれば、確実に逃げようとするだろう。
剣にかかる圧力が消え、ペニャが後ろに飛び退いた。剣を軽くして防御の構えを取る。
魔力が少し減るけど、剣の重さが無くなるのは良いわね。少し息を整えられるし。
「何なのよ……何でそんなにレベルが低くて、スキルもないのにそんなに強いのよ!? 私は頑張って、怖いのも我慢して魔物を沢山倒してレベルを上げたのに! 私はパパに褒められた事ないのに! 私だって友達と楽しく遊びたいのに! あんたばっかりずるい!」
クーナと同じような悩みね。
以前、彼女が私に容赦無く先制攻撃をしたのは、父親に愛されている私が羨ましいからムカついたと言っていた。
「冷静に豊富なアビリティを使われたら、レベルが逆でも殺される自信はあるわよ。あなたが負けたのは心が未熟だから。勝てたのはあなたよりも良い父親に恵まれたからよ」
明日には魔物や悪人に殺されても不思議ではない残酷な世界で、強く生きる為にお父さんが教えてくれた技術だ。
「あなたとは違って、優しくて私の事を考えてくれる親友がいるもの。ごめんなさいね。さっき言ったスキル交換は撤回するわ。親友のお陰で素晴らしいスキルになったもの! 誰が持ってもすぐに強くなれる剣聖なんて必要ない!」
嘘だ。正直、彼女が持っている剣聖スキルはお母さんと同じスキル。本当はとても羨ましかった。
でも、クーナが魔力操作は素晴らしいスキルだと教えてくれた。
「ふぅぅぅぅぅ!!!」
案の定、ペニャはぼろぼろと大泣きし始める。感情爆発で思考がまとまらなくなっているはず。これからアビリティを連発する可能性がある。アビリティは強力ではあるが大振りな動作になる。通常の攻撃に混ぜ、フェイントをかけるのが定石だ。来ると分かっていれば対策が出来る。
何のアビリティを発動させたのだろう。ペニャが前傾姿勢を取り始めた。何かが来ると分かれば対応は出来る。彼女との会話中に簡易詠唱しておいた回避魔法【クイックムーブ】を3回分スタックしておいた。何が来ても回避できるだろう。
回避では無く、受ける場合。剣の重量を瞬時に最大量へと出来るように、魔力操作アビリティ【スイッチング】で放出する魔力を設定しておく。
一瞬だけなら魔力消費が少なくて済む。ころころと切り替えるのは、私でもそれなりに集中力が必要だ。騎士になる夢が望めない場合、王家直轄の魔導技師をめざすのに必要になると思って、保険として練習しておいた。
「いなくなってよ!!!」
ペニャが出す本気の絶叫、一瞬すくみそうになった。それでも怯まず見据える。高レベルの身体能力で地面を蹴って飛んでくる本気の下段から切り上げようとする踏み込み。
早い、それでも予備動作で何をすれば良いのか予想がつく。ペニャの剣が描く軌道上に剣を置いて、最大放出。
想像以上の重さに、握っている剣が下に引っ張られる。耳につんざく鋭い高音が響く。
両手に流してしまった。魔力振動とやらが起きてしまう。結構な魔力消費量だ。何回も使えば直ぐに無くなってしまう。半端に使えば威力が下がると言っていたけど、そのせいで折れてしまわないかしら?
ペニャの剣が私の剣とぶつかり合う。剣からは手応えがない。折れるような手応えどころか、振動すら感じなかった。鍔迫り合いも起きない。
カランッと地面に金属の音を立てながら何かが転がる。それは私の鉄で出来た剣ではなく、ペニャが振るったミスリルソードの先端だった。
「わ、私の剣が……王様から貰った大切な剣が……訓練頑張ったご褒美に貰ったのに……」
こ、心が痛い。可哀想だから、私が本気でぶつかってあげる。何度でも殺すし、何度でも殺されてあげるわ。
「準備出来たので発動します!」
「連戦は出来ないの?」
「で、出来ます! でも、頭の疲労は回復出来ないのから、栄養が無くなったら倒れちゃいます!」
「どっちかの心がへし折れるまで止めないで」
魔力超共振は封印する。ミスリルソードを破壊して勝つ事が出来るけど、使うべきでは無い。必要なのは技量と技量のぶつかり合い。
一回目は単調に動き続けるペニャをいなすのはとても簡単だった。感情的に動く彼女は力を持て余している。
十回ほど同じ様な結果に終わる。ペニャその辺りで泣き止み、怒りの表情に変わる。ひしひしと感じる殺意の圧は凄まじい。
服は切り裂けて、露出が激しくなってしまっている。それでも恥じらう事も隠しもせず、私の事しか頭にない様だ。
「絶対に……絶対に、お前だけには勝つ」
「決闘なら、二度目は無いわね。一戦目で勝てない時点で死んでいるの。冷静になれないから低レベルの私に負けたのよ」
ペニャはアビリティに頼るのをやめる。連撃と大振りを組み合わせる。【スイッチング】で攻撃を弾くが、腕に激痛が走る。
実戦訓練魔法が起動する前に負った傷の痛みが激しくなった。左腕が痺れて動かない。
片手では捌き切れず、ペニャの折れた剣に体を袈裟斬りにされてしまう。
その場で全身の力が抜けて、意識が消える。
「ハイヒールを使える兵士を呼んで」
「は、はい!」
目を覚ますと、力が入る様になっていた。
なるほど、仮死状態を体験してみると、思っていたより、ゾッとするわね。起きなかったらどうしようなんて余計なことを考えてしまう。
「やっと勝てたわね。満足した?」
「そんなわけないでしょ。腕にハンデ持たせたお前に勝っても嬉しくなんか無いわ。お前のプライドを粉々にするまでやめない!」
胸からお腹にかけて服が下着ごと破けている。地球製の下着は結構するって言っていたのに。2日で駄目にして、クーナには申し訳ない。
終わったら……服はお父さんに新しいのをねだろう。




