36.王都へ向かう、ルレの道②
コストルから出発する馬車の停留所では兵士が慌ただしく走り回っている。王都までの王女を護衛するともなれば、その兵士の数も多く。時間にも追われているようだ。
お父さんは指揮官としてではなく、高レベル帯の魔物が出た際の対策要員として同行するらしい。
騎士はペニャが一人だけ。騎士という肩書きはあるが、私と数個上ぐらいの少女だ。秀でたスキルを持っているだけで、歴戦の騎士では無い。肩書きこそ勝っているが、強さにおいてはお父さんの方が信用されている筈だ。
「ルレはミェル王女と同じ馬車に乗ってくれ」
「いやよ。別にお父さんと一緒の馬車なら、むさ苦しい兵士と同じ馬車でも構わないわ」
いくらお父さんのいう事でも、従えない事はある。
「なんなの。ミェル殿下と馬車を共にするのがそんなに嫌だと言うの? あんた何様よ。ソック兵士長の娘だからって、平民の癖に調子に乗ってるんじゃないの?」
ペニャはどういう訳か随分と喧嘩腰だ。本当に面倒な人だ。売り言葉に買い言葉、余計な事を言えば怒り始める。
この人は我慢という物を知らないのかしら。これでは荒くれ者と何が違うのか分からないじゃない。騎士になるのに品性は問われないのかしら。
「その平民が王女殿下と一緒に馬車に乗って良いのかと心配しているのよ。不快な気持ちにさせないかって、普通は緊張するでしょ?」
もちろん嘘だ。ミェル王女を見る限り、簡単に気分を害す様な事はないのは理解している。しかし、平民なら王女殿下と馬車を共に使用するのであれば遠慮する。本当なら近寄る事すら許されない程の高貴なお方だ。王女の性格が特殊なだけだ。
「正直、あんたが乗らないと、殿下と私でずっと二人っきりなのよ。私だって緊張するし。あのクーナって奴、何で殿下のお二方に向かってタメ口をきけるのよ……」
「こいつは複雑な年頃の娘で少々プライドが高い。お陰でこの通り友達も少ないんだ。こいつがプライベートな話をまともに出来るとは到底思ない。ミェル王女が気を遣って、微妙な雰囲気で1週間は辛いだろ?」
「レベルが合わないだけっていっているでしょ!何で程度の低い奴に合わせてやらないといけないのよ」
確かにペニャと王女が会話しているところは一度も見ていない。やたらと突っかかってきたりするし、遠慮しない性格だと思っていたけれど。流石に王女様が相手じゃそうはいかないみたいね。
「ならラルンさんでも代わりに乗せなさいよ。あの人、ペニャとでも優しく会話してくれると思うわ」
「ただの冒険者と殿下を一緒の馬車に乗せられるわけないでしょ?」
「何で私はいいのよ?」
「あんたがキュレ•ウィルックの娘だからに決まっているからでしょ」
「ごめんなさい。そのセカンドネームを口に出さないで。私のスキルでは騎士になれないし、もう関係ないから」
「ルレ……」
もう二度と名乗る事はないであろう名前。もう騎士になる理由もない。お母さんが亡くなった事への悲しみは昔に克服した。ウィルックの名前に対しての未練はない。
試験の合否を犠牲にして、剣士の試験を受ける理由がない。たかが名前の為そこまでするなんて馬鹿らしい。そんな事よりクーナと学園で過ごす方が大切だ。
「じゃあ何、あんたはスキルが有れば騎士になれるって? 私が剣聖のスキルだけで騎士になったと言いたいの?」
無くても騎士になれるのなら、なってみなさいよ。こっちは魔力操作なんて、展開系魔法を長くするだけのスキルを持って生きてるってのに。
はらわたが煮えくり返っているのはこっちの方よ。
「あなたがどんなスキルを持っていようが、私には関係ない事でしょ? あなたが望むなら、
私の魔力操作で良ければ交換してあげるけど?」
「っ……」
返す言葉もないか。無くてもなれるなんて事を言えるはずもない。剣術スキルのない人間は騎士にはなれない。それどころか戦闘スキルの無い人は下級の魔物を倒す事すら命がけだ。
私のレベル上げにお父さんが監督するのは、私が戦闘に向いたスキルを一切持っていないからだ。戦闘しながら回復できるハイラの方が、私よりもはるかに戦闘に向いている。
私に出来るのは魔導ランプを長く照らせる事と、魔力を全部放出して気絶できる事ぐらいだ。宴会芸にすらならない。
「言い過ぎた。別にあなたがスキルを鼻にかけていると言いたいわけではないの。もしそうならスタンピードで殉職しているもの。塔から見ていたから、あなたが頑張って戦っていたのは分かっているつもりよ」
「私も……変に突っかかって悪かったわ……」
「小さい頃に王女と仲良くしていたから、良かれと思ったんだが……。そんなに嫌なら、馬車の人員を調整しよう」
「わざわざお父さんの手間が増えるなら大丈夫よ。言葉遣いに気をつければ良いだけだし」
お父さんと別れ、王家の紋章が刻まれた馬車にペニャと二人で乗車する。
「ミェル王女、失礼します」
「どうぞおかけになって。固くならず普段通りになさってください」
「わかりました。何か失礼があればご指摘ください」
記憶を失ったミェル王女を邪険にするつもりはない。記憶を失ったせいで、自分の夢が潰えたと私が勝手に思っているだけ。
馬車の隊列は平原の街道をひたすら走り続ける。走り始めてからしばらく経っているが、車輪が回る音しか聞こえてこない。
王家の馬車とは言え、揺れは酷いがクッションはふかふかで、お尻には快適だ。
私は視線を本に向けながら、ぼんやりと二人の様子を伺う。王女と騎士の二人は何もせずに下を見ている。
お父さんが危惧していた事が起こっていた。王女は私が本を読み始めると、声をかけるような事はせずにペニャに声を掛けていた。
しかし、コミュニケーション能力の欠如した騎士様は、王女相手に相槌ぐらいしか言えない程に緊張していた。
その様子に見かねた私は、本を閉じた。
「ミェル王女はなぜアスティル王子と車で王都に向かわれなかったのですか?」
「は、はい。私たちの為に用意してくださったのに、誰も乗らない馬車を護衛さけるのは兵士の方々に対してあまりにも失礼な振る舞いです。ですからクーナ様の車に乗るご提案はお断りさせていただきました」
彼女は数時間で王都に着く乗り物があるから、それについてこれない足の遅い護衛は必要ないと言わない。
本心なのか、人身掌握の術なのか。どちらかなのかは分からない。
「なるほど、納得しました。ビド様はアスティル王子の護衛ですか」
「ええ、もう一人の騎士にも護衛をお願いしました。冗談がお得意で楽しい方なんですよ」
兵士に酒を奢ると言っていた、あの軽薄そうな騎士の事だろう。
「ペニャは学園の試験があるので同行しています」
「王子は推薦枠があるって言っていましだが、ペニャさんは試験を受けるのですね」
「戦闘試験は満点でございましてよ。学科試験は仕事が忙しくて合格点に行かなかっただけだしてよ」
ペニャの口調が成り上がり貴族のお嬢様みたいになっている。いつもの勢いはどうした。
わざわざ試験を受けるという事は、自分の実力に疑問を持っているのかしら? ピニアと変わらないくらいの年齢だから、何回か落ちているはず。
「そうですか、お互い頑張りましょうね」
「そうですわね。おほほほ」
必要以上に仲良くする気は無いが、時間潰しぐらいの相手にはなろうと、他愛の無い話を続けているうちに日が傾き、馬車が停止する。
「ヌグネグに到着したようですわ」
「そうですか」
リンドル伯爵はコストルも統治している。コストル程ではないが、それなりに大きい街だ。コストルから王都へと続く物流都市で、ダンジョンも近くにある為、冒険者も多い。
馬車の扉を誰かがノックする。ペニャが相手の顔を窓から確認すると、馬車の扉に据えられた内鍵を外す。
外には大きな屋敷が建っている。コストルにも同じような領収の別邸が存在する。こうして間近で見るのは初めてだ。
「ペニャ様、リンドル伯爵の別邸でお休みください」
「分かった。駐屯兵と連携して警備を強化して。殿下、別邸へ参りますがよろしいですか?」
「はい、お願いします」
ミェル王女は屋敷へ向かう。中へ入り、姿が見えなくなるとペニャが振り返って、私を見る。
「それじゃ、時間もあるしあんたの実力を見せて貰おうかしら」
「何よいきなり」
「付いてきなさい」
ペニャが歩き始める、お父さんに視線を向けると頷いていたので着いて行けという事だろう。何をするのか想像はつかないが、いう通りにするとしよう。
「ルレさん、こちらがお預かりした剣でよろしいですか?」
王女と同じ馬車に乗ると言うこともあり、剣は兵士に預けておいた。いざとなればステッキ無しで魔法は使えるし、護衛も大勢居るから帯剣しておく必要もない。
「そうよ」
私は兵士から剣を受け取ると、剣帯を腰に巻き、留め金で留めた。それから街の中を通り、兵舎の中へ。
「ここには訓練所は特殊で、腕のいい魔法使いが結構居るのよ」
「そう。別に兵士になる訳じゃないわよ?見学させられても、興味はないわ」
「ねぇ、そこのあんた。実戦訓練魔法は空いてる?」
書類に何かを書いている兵士にペニャが声をかける。
「はい、使えます。魔力のチャージは済んでいるので。管理術式を使える者を呼んで来ますね」
「ありがと。実戦訓練魔法は学園で使われる物と同じものよ。あんたの腕前を見てあげるわ」
展開式の空間魔法で、命を奪うことなく本気の戦闘訓練ができる魔法だ。実戦同様の訓練で兵士の練度をあげられるので、軍用としても重宝されている魔法だ。
もちろん相応のコストが必要で、おいそれと作れるものでもない。
兵舎の奥に入ると、訓練所があり。そこは大きな魔法陣が描かれた、部分だけ石張りになっていた。
「これ、凄いのよ。殺されそうになる時の恐怖も体験できるそうよ。負けた事がないから、本当なのかは知らないけどね。ほら、そこの魔石張りの床に立ちなさい」
「試験前に訓練させてくれるって事ね。でも、私は魔法使いよ?剣士ではないわ」
「さぁ?私はソック兵長から誘われただけよ。あんたと戦ってみてくれって。ま、一回体験しておいて、酷い負け方をしたときにトラウマにならない為にでしょ。優しい親心かしら?」
「準備が整いました」
「それじゃ、始めて」
ペニャが魔法兵に合図すると、石張りの床とフローリングの隙間から青白い光が出る。そこから出れば実戦訓練魔法の効果が切れて、中であった肉体的損傷が全てなかった事になる。
今、この空間の中で人が死ぬ事は出来ない。
「遊んであげるから構えなさい」
ペニャから促され、私は鞘から剣を抜く。真剣を使った対人訓練は初めてだ。それでも刃引きしてある剣は当たりどころが悪ければ、死ぬ事もある。お父さんが稽古をしてくれているから怪我する事はなかった。
「普通、私と同じ技量の人と稽古をするべきでしょうに」
私はお父さんとしか剣の稽古をした事がない。いつもは甘々な父親だけど、命が掛かっている剣の扱いに関しては鬼の様に厳しい。
「そうよね。私が相手でもいいと言ったのは兵士長よ。なのに、ルレなら私が相手でも大丈夫だとか言って! ムカつくから実力差を思い知らせてから、手ほどきをしてあげる」
なるほど、お父さんの考えている事が分かったかもしれない。一回だけなら、慢心して油断している彼女には勝てる。
「丁度良かった。クーナからもらった剣の試し切りをさせてもらうわ」
剣を握りしめ、ペニャを見据えながら私は防御の構えを取った。




