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32.新物件、時の停まった錬金工房

 【マーケット】展開、不動産タブに変更。条件検索。鍛冶場。検索結果は……一件だけね。

 月々十万カクル。通貨は円じゃなくてカクルなのね。こっちの世界の物件なのかしら?

 もう一つの錬金工房を検索にかける。これも一件。賃料も同じ十万カクルで同じね。まずは素材から造るべきね。

 扉の展開先はリビングの隅っこの方にでもしておきましょう。

 

 私はリビングを歩いて、壁の前で止まって扉を壁に固定するイメージを作る。目の前パッと木製の扉が出現した。

 ドアノブを握り、中へと入ると。ほのかに花の様な良い香りに包まれる。複数の香りが入り混じる。


「いらっしゃい……」


 声をかけて来たのは椅子に座り、本を読む少女。私の年齢の2、3個上ぐらいだろうか?多分、ピニアやペニャさんと同じくらいだろう。


「こ、こんにちは、私はクーナ。錬金工房を使いたいのだけれど、あなたは……?」

「さぁ?名前も昔のことも覚えていないわ。私はあなたが此処にある物を大切に使ってくれるのなら、ここで初級ポーションを作っても、賢者の石を作っても特にいう事はないわ。そういうのは見飽きているの。作業に直接は手を貸さないけれど、道具の準備や助言ぐらいはしてあげる」


 耳の先が尖った、殆どの人が理想的だと思う様な造形をした顔。精霊が人の形をしたエルフと呼ばれる種族だ。


「ここへ来たのなら、あなたは何か超越した能力を持っているでしょ?調子に乗って暴れたら殺すから。掃除して死体溶かすのは面倒だからやめてね。臭いが取れるまで地獄なの。一部の神様は見る目が無いのか、どうしようもないのが来たりするのよ」

「何をしたら殺されるか聞いてもいいかしら?」

「例えば、あなたがお店を経営してるとして……よし、殺そうって思ったぐらいの事をした時かしら?」


 それは思い当たる節がある。


「女で幼いからって脅して値切ったり、代金を踏み倒そうとかしてくる輩かしら?」

「……え?」


 エルフさんは私から身を後ろに引いた。


「やってないわよ。引かないで。暴力をふるってきた所をぶん殴って、衛兵に突き出しているのだわ」

「そう……あなた見た目に反して沸点低いみたいたいだし説明するわね。ここでのルールは、消耗品以外の器具は自由に使ってもいい。壊した場合、それなりの対価を物で返して貰うわ。必要な器具が足りなければ自分で買い足して。作業台に置いといたら勝手に使われる事もあるから注意して。どうせストレージ持ってるでしょ?」

「ストレージ?」

「ローテクなので例えると空間魔法よ。神から参加賞みたいにポンポン渡されるのだけど、こういうの」


 エルフさんがマーケットスキルと同じようなスクリーンを出すと、操作をし始めた。彼女の手に一本の瓶が出てきた。

 空間魔法で物をしまうのは、入れている物を全て出さないといけない。ポーションを一つだけ取り出すなんて便利な使い方は出来ない。


「持ってないわね」


 マーケットスキルのスクリーンを展開する。エルフさんは視線をスクリーンに向けているので、見えているのだろう。


「スクリーンのデザインが違う。あなたのはもっと近代的だし。スマートフォンやタブレットのようね。新しい神様なのかしら?おまけでストレージを与えられる程の力は無いみたいね。でも素材が買い放題ならやりたい放題だわ」


 マルの世界では殆どの人が持っている情報端末だ。無線機を進化させた物だという事は理解できる。まだアプリという物が理解できないけれど。


「地球を知っているの?」

「貴方が知らない事を沢山知っている。色んなところから、沢山の人がくるのよ。地球から来ても、普通だったり、ゾンビで溢れかえって世紀末だったり、ダンジョンが出現していたりするから、別物だけれどね。貴方が器具をここに置いて共有化すれば、ここでそれが必要な人の助けになる。助けられた人が見返りを置いて行く時もあるわ。私を介さずに、他のお客さんと書き置きで交流して取引をしてもいいわ。細かいルールはその時で教えてあげる」

「ありがとう。早速、友達の為に魔法剣を作りたいの。なるべく早く」

「ここと外は時間の流れが違うの。あなたがここから出れば。入って直ぐ扉から出た様に見えるわ。時間を気にせず作業が出来るから安心なさい。トイレとお風呂は綺麗に使ってくれるならご自由に。トイレットペーパーとかの雑貨補充は大歓迎よ。電気は素材で対価を貰うわね」


 不眠不休で間に合うか不安だったけれど、良かった。これなら最高のものを作れそうだ。

 【アルケミストマイスター】のスクロールを購入する。紐解いて紙を開く。複雑な模様を描いた魔導回路に魔力を馴染ませると、変質して自分の体に返ってくる。


「んっ……はぉ!」

「急にエッチな声出さないでよ!びっくりするじゃない!」

「エッチでは無いのだわ!スクロールで新しく錬金スキルを覚えていたのだわ!少しだけ指がピリピリするだけなのだわ!」

「まぁ……その。あまり人前でスクロールを使わない方がいいわよ」

「なぜかしら?」

「なんというか……あれよ!自分の手の内を知られたらよく無いでしょ?」

「信頼できる人の前なら大丈夫ね」

「いいから!使う時は目の前に誰もいない時にするの!人前で使いすぎると脳が溶けて死んじゃうのよ!」

「わ、わかったわ。死にたくは無いのだわ」


 脳が溶けて死んでしまうのは困る。怖いわね……。スクロールに副作用とか無ければ良いのだけれど。


「錬金スキル持ちになったのね。それに頼るのは好きになれないけれど、時短には必要ね。あなた科学知識はちゃんと勉強した?地球の子なら大体理解はできると思うけど。いくらスキルがあっても理解が浅いと、知識を引き出すのに時間がかかる。データーはあってもインデックスがなければ引き出せないのよ。やって覚えられるけれど時間がかかるの」

「私はデセンドという国から来たのだけれど。地球ではなくて、リェース領の生まれよ。科学は地球の中学生クラスまでは覚えたわ」


 マルが言うには国民の義務で教育される教科の一部だと言っていた。無理矢理詰め込んだ知識だから自信は無いけれど。

 

「わざわざ地球の知識から学んでいるなら、産業革命を迎えていないあっち側。……あの子の世界に似ているわね。大地の船はそっちに全てある?」

「知らないわ?」

「一番大きなダンジョンが消失して、代わりに大きな街があったり……しない?」

「大陸で一番大きなダンジョンはデセンドにあるって聞いたわ。最近消えたダンジョンは小規模な物が三ヶ所よ。同時にスタンピードが起きて大変だったのよ」

「誰かがコアを破壊したのね。あれはコアのエネルギーを吸って経験値にするのが正しい使い方よ。壊しちゃったら余剰エネルギーが魔物に分配されて強化されちゃうの。今言った船のことはわすれて。あなたには関係のない事だから」



やっぱり、あのコストルを襲ったスタンピードは作為的なものだったのね。


「お友達の為に魔法剣が作りたいと言っていたわね。まずは簡単なところから……そうね。魔力順応プラチナ触媒を私が良いというまで作りなさい。レシピがあれば誰だって作れるわ。作るだけなら……。今から物を作る地獄と、物を作る悦びを教えてあげる」

「お手柔らかにお願いするのだわ……」

「私は道を教えるだけ、そこにたどり着くかはあなたが決めることよ。来なさい、あなた達が使うシェアラボラトリーを案内するわ」


 建物の内装はありふれた富裕層の物と変わらない。しかしそれほど広くもない。建物は良い物だけれど、置かれている雑貨はごちゃごちゃとしている。地球製の物と思われる物も置いてあるし、目が半開きのエルフさんと黒い髪の女の子が一緒に写っている写真が貼られていたりと、他にも人がここへ来た形跡がある。

 窓から見える外は一面の海。他の民家や人の影はない。


「良い子から、私の見た目に興奮していた猿まで沢山来るのよ。そういった猿は去勢して、出禁にしてやるの。神に許されて使える様な強力な呪いだから、私が解かない限り一生解く事が出来ないわ」

「容赦ないのね」

「無駄に力だけはある猿よ。他所でなにをするか、被害に遭うはずの女の子を未然に助けているし、殺さないだけ優しいと思うけど。そんな事より、魔導バーナーと酸素バーナーどっちが好き?」

「どちらも使ったことが無いわ。私の世界に無い道具よ」


 マルが理科実験教室をしてくれる時にガスバーナーは使った事がある。大きいプロパンガスに繋いで使うのだ。

 酸素は燃焼に必ず必要な元素。理科実験などで使う物よりも、温度を高くできるバーナーなのかもしれない。

 魔導コンロは知っているけれど、種火を使わず、お湯を長い時間かけて使える物だからお茶の湯沸かしに使うものだ。ガスや火釜のような火力はない。


「あなたここに辿り着けて良かったわね。ここで学べば数百年の技術を得られるわ。魔導バーナーは酸素バーナーよりコスパがいいの。酸素バーナーよりも火力を出すと魔力がかなり減るわ。触媒作りにも魔力を消費するから、マジックポイントに自信がないなら酸素バーナーにしておきなさい。地球から持ってきてくれる子に今度お礼の品を置いておけばいいわ。手持ちが無ければ置かなくてもいいけれど」


「魔力はお金で買えるけど。結局どっちが良いの?」

「それならどっちも同じよ。好きな方を使いなさい。あ、魔導バーナーは魔力操作で火力にムラが出るから不器用な子は魔力定量出力アビリティがいるかもね。触媒作っているうちに覚えるけれど。バーナーを使いながらだと成長効率が落ちちゃうわ」

「酸素バーナーにするわ。そうね……お礼の品は何がいいかしら」

「さっきのスクロールはどうかしら?」

「あれは私にしか使えないの。友達に使わせようとしたら機能しなかったから」

「さっきあなたが使ったスクロール読ませて」

「また、エッチだなんて言わないでね?」

「何のことだか分からないわね……」


 私は使用した後のスクロールをエルフさんに渡した。彼女は一目見た後、それを私に返した。


「これは神から直接与えられたスキルを持たない子には使えないようになっているわね。魔力や妖力はスキルを基本として生まれるの。ここに来れる子達には使えるわよ」

「良かった、エクストラヒールとかどうかしら?大体十万円くらいで買えるのだけれど?一つ余らせているのよ」

「お釣りが出るくらいだけれど……使った後でその価値があったかを考えてからにしたら?」

「そうさせてもらうわ。まずは……」


 アルケミストマイスターのスキルはアビリティの成長が早くなり。錬金術に対する知識を引き出すことができる。

 確か彼女は魔力順応プラチナ触媒と言っていた。触媒は化学反応速度を早めることができる。名前の通り、魔力で起こした化学反応をブーストさせる為のものだ。

 作り方はプラチナを高温で熱し、魔力を混ぜるだけ。この時、魔力の放出は大きければ大きいほどいい。

 

「その触媒には限度があるから気をつけなさい。多すぎると素材が跡形もなく溶けるわよ。魔力操作で圧縮が使える様になれば、もっと性能の良い触媒が作れる様になる。ミスリルの触媒は魔力の影響を受けやすい素材だから。あなたには当分無理ね。魔力操作の出来る子を連れてきなさい。あなたと一緒なら友達も連れてこれるから」


 マーケットスキルから一万カクル分のプラチナインゴットを購入する。


「ガスバーナーやヤスリで彫金をしていると【金属切断小】を覚えるわ。ガスバーナーが無くても簡単な工作ぐらい出来るようになる。【金属切断大】を覚えると理解を深めた金属なら自由電子の結合を解けるようになるから、防具や武器を破壊したり戦闘にも使えるわ。植物や化学薬品の系統を極めると、相手を全裸にしてやることも出来るわよ」

「出来てもそんなことしないわ」

「じゃぁそこに座って、プラチナを加工しましょう」


 エルフさんから酸素バーナーの使い方を教えてもらう。普通のガスバーナーが出す千五百度程度の温度では溶かせないプラチナを、酸素を加えることによって二千度以上の高温で溶かす事ができるようなる。

 

「形は板になっているから、そのまま魔力を込めて。あなたのマジックポイントは2500よ。1500位なら込められるからそれを意識して。終わったら冷却水に浸して、魔力を閉じ込めるの」


 プラチナを溶かし切らない程度に全体を加熱させる。色が真っ赤になった所に魔力を流し込む。しかし、プラチナが端から形を崩して灰になってしまう。


「い、一万円が消滅したのだわ!」

「一度に流しすぎね。ゆっくりと、それでいて早く。遅すぎると魔力が乗らないし、早すぎると魔力崩壊で素材が死ぬ。この調子ならミスリルなんか無理よ。最初は魔力を無駄にするのを覚悟して、ゆっくりと流し込んで早くしていくのがコツよ」

「わ、わかったわ」


 説明された通り、今度は緩やかに魔力を入れていく。限界だろうと思うところまで込めてみる。


「全然魔力反応がないじゃ無い。今度は怖がりすぎ。もっと込めて。素材の声を聞いて限界を見極める。もう一回!」

「はいなのだわぁ!」


 簡単だ、凄いスキルが有れば大丈夫だって思っていた。実際は


「にぁぁぁ〜!今度は溶けたぁ!」

「もう一回よ!」

「マ、マジックポイントが切れたのだわ!休むのだわ!」

「カンが冷めないうちにやるの!ほら魔力購入!買えるんでしょ!」


 失われた技術の魔法剣をつくる為の道のりは険しい。入門のパーツ一つにこのざまだ。


「出来た!出来たのだわ!」

「中の下、及第点ね。このパーツは基礎の基礎、剣の性能に大きく差が出るの。あなた……大切な時間を犠牲にして勉強して、これから試験に挑むお友達に中途な物を渡したいの?」

「で、でも……私……100回以上やっているのだわ。頑張ったのだわ。もう疲れたのだわ……」

「そんなのエクストラヒールで回復出来るでしょ?時間もたっぷりあるし。きっとその子は、後生大事に魔法剣を取ってくれるわ。あなたの妥協が友情として残るのよ?後悔……するわよ?」

「あ……ああ……やる、やってやるのだわ!」

「大分上手くなったし、次がダメだったら休憩ね。お風呂を入れてくるわね。大丈夫、あなたなら出来るわよ」


 このエルフさんは親切に何をすべきかを教えてくれる。天使のような人だ。でも妥協を許さない悪魔のような人でもある。ここに来ている人も同じ様な事を思ったことだろう。


「あら?」


 バーナーの火がつかない。ボンベを使い切ってしまったようね。交換方法は分からないから教えてもらわないと……。

 沢山使ったし。お礼を置いとかないとね。

 私はマーケットスキルで【エクストラヒール】のスクロールを取り出した。喜んで貰えたら良いのだけれど。


「休憩するのはもう一回作業してからよ。成功しても次があるんだから」

「火がつかなくなってしまったわ」

「交換の仕方教えてあげるわね。……もしかしてそのスクロールはお礼?」

「そうよ。沢山使わせてもらったから」


 置いたスクロールを見ると、置いてあった筈のそれが消えていた。


「受け取ったのね。ああ……なるほど。あのスクロールとても喜んでくれたわよ。お陰で仲間の命を助けられたって」

「良かったわ」

「その子、私の目の前で急いでスクロール使ったから、酷いものを見てしまったけど……」


 原理は分からないけれど、異世界の人がこことは別のエルフさんとやり取りをしたのかしら。何を見てしまったのだろう。


「このUSBメモリをあげるわね。今は必要ないけれど、あなたが錬金術を極めるのにいつか必要になるわ。大事に取っておきなさい」

「ありがとうって伝えておいて」

「分かったわ。さぁボンベも補給したし、お風呂が沸くまでもう一回やるわよ」

「頑張るのだわぁぁぁぁ…」

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