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17.メイドとロボと狐(ピニア視点)

 一番古い記憶は、私が幼い頃に奴隷商の馬車から、母から突き落とされた時の痛み。

 一人減ったことに気づいて、戻ってきた奴隷商が私を捕まえようとした所を止めようと、母が奴隷商に食らい付く。

 逆上した奴隷商が母に暴力を振るう。苦痛の表情を浮かべ、逃げてと叫ぶ母に背を向けて、私は逃げた。


 獣人への扱いに差別的な政策を持つ国にである、ゼセンダル王国に子供の獣人には当てもなく、冬の寒空を私は彷徨い続けた。

 飢えと寒さで、体力を奪われる。そのまま命まで奪われようとしていた時だった。

 ………私は天使を見た。



「うう…………」

「ピニアお姉さん、まだ泣いてるー」

 

 孤児院で屋根を借りた翌日。

 私は昨日、クーナお嬢様に絶交を言い渡され、涙で枕を濡らしていた。


「お耳フサフサだー」


 私の耳を女の子が弄り倒され、さっきから頭がゾワゾワとしているが、止める気力すらない。


「ピニアさん……だいぶ、へこたれているようね」

「シスター。……宿を借りておきながら、この体たらく……本当に申し訳なく思っております」

「そう思うのなら、しっかりなさって!」


 シスターの叱咤激励に背筋がピンッと立つ。


「わっ!お耳が立った!」


 何となく、この人には逆らえない。この人は、クーナお嬢様が幼い時に亡くなられた奥様に雰囲気が似ている。


「とりあえず、クーナさんとお話しをしないと何も始まらないわ」

「そう……ですよね……」

「お耳倒れたー」

「好きで動かしている訳では無いのだが……」


 尻尾は、リェース領主夫妻と執事以外の人間に、獣人であることを隠し通す上で、邪魔になるので切断した。耳は護衛をする上で必要になるので残しておいた。

 それでも、クーナお嬢様に否定される位なら、こんな耳切り取ってしまってもかまわない。



 ゼセンダルに在住する獣人が、まずたちはいる事などあり得ないリェース領主の執務室。

 あり得ないソファーの柔らかさ。目の前には上質な布の服をその身に纏った夫婦。領主の方は、私が耳をピクリとでも動かせば即座に首を切り取りかねない目付きで睨まれている。私は悪い夢でも見ているかの様な気分だった。


「みすぼらしいが、野犬でも洗えばマシにもなるか」

「全く……あなたは口が悪い……」

「説教を聞いてる時間は俺には無い」


 リェース領主、テェト様は護身用の帯剣を抜き取る。テーブルの上に置いた。


「娘が、女中見習いにしろとしつこい。なのだわなのだわとうるさい。執務の邪魔になる。その鬱陶しい尻尾を今すぐ切り落とせ」


 両親からは獣人族にとって尻尾は種族としての誇りと教えられた。それを自分で切り取らせ、苦しむ姿を見て愉悦に浸るつもりか。


「まって、まって、まって、まつのだわ?貴方、どう見ても残虐非道な領主にしか見えないのだわ?」

「獣人族である事を隠すなら、邪魔になる。耳は女中の頭に包んでいるやつで隠せる。切りたいなら切れ」

「あまりこう言う事は言いたく無いのだけど。クーナの専属メイドとして働くのなら、尻尾を隠す必要があるの。医師と麻酔も用意するわ。治癒魔法使いも手配す……」


 私は奥様がテェト様の真意を言い切る前に、テェト様の短刀をちからづよく握りしめる。

 その瞬間、永久凍土のような冷やかさを感じ、全身にぶわりと汗が噴き出し溢れる。

 私はテェト様から距離を大きく取った。


「おや……どうなされたのでしょう?」


 私は執務室に控える一人の執事を睨みつける。彼は優しい口調で、白々しい言葉を放つ。そして、テェト様から距離を取った今、執事から感じる冷やかさは無くなった。

 少しでも危害を加えるなら殺すという警告を、本能で思い知らされた。


「考え直して?悪いようにはしないわ。隣国のコストル亡命させてあげる事も出来るし。あそこの孤児院なら貴女の事も受け入れて……」


 私は左手で尻尾を掴み、握った短刀でその根本に刃をあてがい、激痛に耐える為に食いしばると口の中で硬いものが割れる音が鳴る。

 奥様は絶叫され、領主様はじっと私を見据えている。血生臭くなっていく部屋でも初老の執事は笑顔を絶やさない。


「あのちいさいおんなとおまえにわたしのすべてをやる」

「お前の覚悟は分かった。俺はお前など要らん。しかし……聞くに耐えん口の悪さだ。ワバル、この小娘をクーナに有益な女中にしろ」

「承りました。彼女であれば、私の全てを教えて差し上げられます」

「…………私の屋敷で死体になると使用人の仕事が増える。嫌になって隣の国に逃げたくなれば勝手にしろ」

「ワバル、ほどほどにするのだわ」


 その後、夫妻の言った言葉の意味を理解した時は既に遅く。私は地獄を見ていた。




 クーナ様の宿泊されている宿屋へ向かう。孤児院の建物を出ると、昨日助けた子供が剣を振り回していた。拙い、見るに耐えない動き。

 執事長に師事を頼めば、あの子供は何回死ぬ事になるだろう。

 だか、それで良い。彼は成長を待ち、安全にレベルを上げれば、強力な戦士に簡単になれる。


「ピニア姉さん!おはようございます!」

「ああ、元気そうだな」


 トルカと言ったか。こいつが余計な事を言わなければ……。いや、トルカが何も言わなくてもあの状況では知られていた。お嬢様が居ないと油断して、メイドキャップを無くした私が悪い。


「俺、ピニア姉さんみたいに強くなります!」

「無理だ」

「ええ!?」


 トルカは少し半泣きになりながら、私が発した夢の無い発言に驚いている。これに関して、甘やかしてはならない。

 そうしなければ、この子はいつか誰かに殺されて死ぬ。

 

「己の弱さに向き合い、受け入れられないか奴は強くはなれない。誰かの力にほだされるな、それだけは覚えておけ」

「はい!師匠!」

「私が言った意味を理解していなかった様だな……まぁ良い。デカくなったら改めて考えろ」


 と、偉そうな事を言っているが。

 クーナ様に拒否される事を恐れて、宿屋への足取りが重くなっている私に、偉そうな事は言えたものだろうか。


 宿屋の前まで来ると、出入り口の前でクーナ様におかけする言葉を、あれこれと考える。


「…………客……か?」


 大量の食材を持った図体のデカイ男が私に声をかける。


「クーナ様に用事がある」

「クーナは部屋から出てこない……中で待つか?」

「そうさせてもらおう」


 ……この男がいる宿なら、クーナ様も安心して宿泊出来る事だろう。


「いらっしゃい!って、父さんか、おかえり」

「ただいま……クーナは?」

「だめ……全然、出てこない」


 クーナ様が塞ぎ混んでいるのは私のせいだ。長い時間騙し続けてきたのだ。そう簡単に許してもらえるとは思ってもいない。

 それでも、私はクーナ様に全てを捧げているのだ。


「クーナお嬢様、私です。どうか話を……」


 クーナ様が宿泊されている部屋の前で、壁越しに声をおかけする。


「帰って……ピニアなんか知らないわ」

「クーナお嬢様が望むのであれば、私はこの耳を切り落としてでも……」


 部屋の扉が開くとクーナ様がお顔を覗かせ、外に出る。白く、ふにゃふにゃした物がコソコソと足元を走った。


「ピニア……それ本気で言っているのかしら?」

「もちろんです!私はクーナ様にすべてを捧げ……」

「ピニアさん。もう、私に構わないでくれる?あなたは私に必要ないの。だから、何処へでも好きに行くといいわ。あなたが何処かへ行かないのなら……私が何処かへ行くわ」


 クーナ様は外へと歩みを進める。それを追おうする、ふにゃふにゃした物体。


「マル、着いてこないで。少し一人にして欲しいの」


 クーナ様はそう言うと、宿屋の外に出て行かれた。


「ううぅクーナお嬢様ぁぁぁ」

『クーナ、クーナがグレてしまいました!私まで嫌われてしまいました!駄目イド!この、駄目イドのせいです!』

「私は駄目イドだぁぁぁぁ!」


 クーナお嬢様は夜になっても、帰ってくる事はなかった。


「おい、へにゃへにゃ。いつまでへにゃへにゃしているつもりだ」

『何ですか駄目イド』


 マルが、クーナ様の足元を転がっていた時の姿に戻ると、激しく円を書きながら回転している。

 辺りを捜索するも、夜を迎え、人通りも少なくなる。この時間に出歩くのは衛兵以外は酒に酔った奴ばかりだ。

 クーナ様の顔見知りの衛兵には声をかけて捜索を頼んだが、連絡はない。


『クーナが見つかれば、私に連絡がきます』

「原理はわからんが、便利だな」

『脳筋駄目イドとは違いますからね』

「しかし、見つからんのでは意味がない」

「『………』」


 クーナ様の手掛かりが見つからない事が苛立ちを更に加速させる。


「匂いを追うか……」

『クーナがいなければ臭気センサーも購入出来ません。野犬でも拾いますか?』

「獣ならここにいる」


 獣化スキルを発動させる。クーナ様が盗賊に襲われた現場から手掛かりを探し、身に纏っていた服を見つける事が出来たのも、このスキルのお陰だ。

 自分の顔を獣の形に変化させる。中央には伸びた鼻と口が見える。


『狐ですか。犬科であれば臭気が追えますね』

「黙っていろ、へにゃへにゃ」


 意識を集中すると、周辺の匂いが目で見る様に感じ取れる様になる。

 クーナ様の匂いを、宿屋から追っていく。私の嗅覚は簡単には誤魔化せない。ましてや何年も側に居たのだ。必ずみつける。


「匂いがここで滞留しているな……この臭いは……睡眠薬」


 噴水広場の長椅子だ。ここでクーナ様は長い時間座っていた。しかし、この睡眠薬は経口摂取で、なければ効果を発揮しないはず。

 それに、クーナ様の匂いが途切れている。


『睡眠薬、女性用の化粧品等の匂いはしませんか?』

「ああ、よく分かったな。確かにする。だが、相当厚い化粧だ。結構な年齢だと思う」

『犯人は女性かも知れません』

「性別はどっちでもいい。どちらだろうと殺す。急ぐぞ」


 マルの言葉を参考に、化粧品を付けた女の匂いを追う。強い匂いのおかげで追うのは簡単だ。


「ゼペリア商会か……何でこんなところに?」

『間違えたのでしょうか?』


 扉の匂いを嗅ぐ、服を擦ったのだろう。僅かにクーナ様の匂いが少し残っている。


「見つけた……」


 回し蹴りで、扉を蹴破る。その勢いで広がったスカートから、短刀を二本取り出す。中に入ると、柄の悪い男が二人で札遊びをしていた。

 短刀を投げ、唯一の明かりである蝋燭を消しとばす。真っ暗になった室内にたじろぎ、うろつき回る男たち。

 私の視界も奪われるが、臭気が相手の位置を知らせてくれる。短刀の峰で、二人のうち一人の後頭部を思いき叩く。慈悲など無い。レベルが低ければ、奴の首の骨は砕けているだろう。

 クーナ様に血塗れの姿をお見せする訳にはいかない。

 もう一人の男を背中から蹴り倒して、地面に叩きつける。床に伏せた男の太い首を足で押さえつけて、太腿に短刀を刺す。


「お前らが攫った娘はどうした?」

「た、たのむ、殺さないでくれぇぇ」


 大の男が泣き叫ぶ。私が聞きたいのはむさ苦しい男の悲鳴では無い。クーナ様の居場所だ。


「黙れ、質問に答えろ。これを引き抜けばお前は助からん」


 短刀をさらに深く刺す。血を多く出さない様に、痛みだけを与える。


 大声を上げたあと、泣きながらつらつらと喋り始めた。


「ヴェイゼア帝国の本店だ!あの娘が会長を怒らせた。奴隷として売るつもりだ!デセンド王国じゃ奴隷紋は押せない!追いかけるなら急げよ!そろそろ着く頃だ」


 馬車や、軍馬を用意していては間に合わない。奴隷紋を押されようと、奴隷商を一人づつくびり殺せば、クーナ様の救出はできる。

 だが、それではダメだ。


「時間がない。マル、私は獣化スキルを全て開放する。声帯も変わるので会話が出来なくなる。一度開放すれば獣化から戻れない。あとは任せる」

『クーナを助けたあと、どうするつもりですか!』

「問答している場合では無い!」


 スキルで獣化を最大限開放する。レベルを上げれない魔獣とは違い。レベルの恩恵を受けた獣。

 全身から、無数の毛が生え、関節の構造も変わっていく。全身を一度に変形させると、激痛が全身を襲うが、痛いのは得意だ。

 経験したことの無い、勝手の違う体ではあるが、この人間の構造を超えた脚力であれば、二つ足よりも、速く走れる事が理解できる。

 獣化が定着すると、マルを口に咥えて南門へ走る。甘噛みすると意外に柔らかく、もちもちしている。


『ゼペリア商会の馬車がここを出たのはいつですか!』


 マルが南門に声をかける。


「夜の鐘が鳴った少し後……。って、おい!この獣は何だ!?」

『2時間前ですね。計算上、最寄りの帝国領街まで馬車で7時間、馬車よりも速く走れますか?』


 私は質問に答える事なく、ゼペリア商会の前で覚えた馬車の匂いを追いかける。街道に沿って走るだけ。簡単だ。

 馬よりも早く、魔獣よりも早く。ただ走るだけ。


『加速度センサーが時速四百キロを超えているのですが。バグでしょうか……』


 私からすれば、馬車程度のスピードは止まっているようなものだ。しばらくもせず、直ぐに追いついた。

 鞭で激しく叩かれる馬は加速を始めるが、大した違いはない。並走して馬に体当たりをする。

 馬は転び、馬車も転倒する。荷台をこじ開けると、クーナ様の匂いがする箱を見つけた。中からは、私が不安を感じるような匂いはしない。


「ひ、ひぃばけ、化け物ぉ!」


 馬車の中から老婆が顔を出して、私の姿に怯えている。例の化粧と同じ匂い。人を喰らう化け物に言われる筋合いはない。

 クーナ様に危害を加えた報いは受けさせる。人の姿であれば捕縛して衛兵に突き出す事で終わらせてやったが。今の私の手では捕縛することは出来ない。

 私にここまで本気にならせた、老婆の自業自得だ。


 私は、老婆を鋭い爪で切り裂いた。


 『この老婆、クーナのリボルバーを奪っていたようです。私が回収するので、クーナを探してください』


 マルはそういうと、クーナ様の持ち物を穴の中に仕舞い始めた。

 私はクーナ様が居ると思われる箱の蓋を噛み、釘ごと引っ張り抜いた。中には袋を被せられたクーナ様が眠っていた。


 頭と体を上手く使って、背中にクーナ様を乗せる。こちらに戻ってきたマルを再び咥えると、コストルへとゆっくりと歩みを進めた。

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