16.恋する少年とお嬢ライダー(終)
覆い尽くす闇。それを断ち切るかのように、バイクから放たれる光が、地面を明るく照らしている。
焦らなければ、馬とは違って自分の動かしたいように動いてくれる。アクセルの加減も慣れてきた。
『前方に僅かな紫外線を放つ物体が点在しています。人為的な物を感じますね』
ヘルメットに取り付けたインカムという道具からマルの声が聞こえて来る。これがあればバイクのうるさい音に邪魔されずにマルと会話ができる。
『分かった、見てみる』
一度、バイクを止めて、マルが怪しがっている物を拾い上げる。
『廃魔石ね。もしかして……』
廃魔石は魔力を失った魔石。只で手に入る。他の石と区別がつきやすいから、道しるべとして置いていったという事だろうか?
しかし、夜になってしまうと廃魔石は見えにくいので、道しるべとして使うことが出来ない。
私は再び、バイクに跨り、マルの誘導に従って走り続ける。
『この先は森ね』
『童話、ヘンゼルとグレーテルの様ですね』
『トルカとシュイって所かしら?童話って、残酷なのが多くて、あまり好きでは無いわ』
『道しるべにしたパンは鳥に食べられてしまいましたが、廃魔石は暗闇に食べられてしまったようですね』
『でも、マルなら見えているのだから。賢い選択よ』
森の中で廃魔石のあと跡を追うにはスピードが出せない。低速で走るとバランスが取りにくい。
何度か、斜面でバランスを崩しそうになり、足を地面につけてしまう。これなら歩いた方が早いくらいだ。
『アクセルの回転数をあげて、前輪ブレーキで速度調節をしてください。そうすればジャイロ効果で車体が安定します』
『こうかしら……』
マルの言う通りに操作すると、バランスを取るのが楽になった。
『良いセンスです』
『マルのアドバイスがあるからよ』
森の奥まで突き進むと、廃魔石が途切れてしまった。手持ちが無くなったのか、もしくは道しるべを置く余裕が無くなったのか。
いずれにしても、この近くに居てもおかしくは無い。
『暗視モードで地面を観察しても、腐葉土が多く、足跡が見えません』
マルの手札も無いようだ。
「「ウォォォォォン」」
狼の鳴き声だ。魔獣で無ければ良いが。
『ここから10時の方向からですね』
「近づいてみる?」
『ではクーナ、アサルトライフルを購入して……私が言う事を試してみて下さい』
狼の鳴き声がした方向へハンドルを傾け、アクセルを軽くまわす。するとバイクが倒れこむ動きをし始め、後輪の方向も変わる。
『クーナ!前方に多数の四足歩行動物らしき生き物が』
『わかったわ!』
更に距離を進めると、バイクの明かりに照らされた狼が十数匹と人が三名。一人は子供を庇うようにして短刀を構えおり、あたりに狼の死体が転がっていた。
一度、距離を取る。
『三人?』
『トルカとシュイです。もう一人は……』
いずれにせよ、三人とも助けなくては。
私は離れた所から、左半身でフラッシュライトを取り付けたアサルトライフルを構える。グリップに貼り付けたスイッチを押すと、強力な光がアサルトライフライフルから発せられる。
狼達が眩い光に目を背け動かない。その隙に狙いを付けて、トリガーを引いて何匹か仕留める。
『光に弱いのね』
『人間も同じ様になりますが、夜行性の狼には効果絶大です』
フラッシュライトを左右も照らしたが、狼が見当たらない。逃げたのだろうか?
『警戒して、バラバラに散開したようです!同時に飛びつかれたら厄介です。移動しながら少しずつ減らしていきましょう』
『ええ、わかった』
アサルトライフを左側の手と肩で固定して、右手でバイクを操作する。狼が一匹であればフラッシュライトで照らすだけで、目を眩ませられる。
問題は、私自身が移動している事だ。慣れない撃ち方のせいで弾を何発も無駄撃ちしてしまう。ついには弾が切れる。
マガジンリリースボタンを押して、空弾倉をライフルから排出する。マーケットスキルを意識で操作して、弾が装填されたマガジンを購入する。
出現指定先は私の構えている、ライフルに設定する。これはマガジンを使い捨てる事になるからあまりやりたくは無い。
けれど命はお金で買えないのだから、これくらい安い物だ。
『残り、一匹……まずいです。三人の方を狙っているようです』
『どっち!?』
暗いところをグルグルと移動したから、自分の居場所が全くと言っていいほど分からない。
『三時の方向です!ダメです!狼が背を向けています!フラッシュライトは使わないでください。ピニアの視界を奪ってしまいます』
『っつ!どうしたら……』
って!?ピニア!?
『どうしてあの子が居るのよ!?』
『分かりません!ですが、早く助けないと!』
私はバイクを止めた。
『クーナ!?』
『行っても眩しくさせて邪魔になるだけだわ』
突然、パリンと何かが割れるような音がした。同時にバイクが放っていた光がフッと消える。
『え、な、なに!?』
『ピニアが何かを投げて、ベッドライトを破壊してきました!』
「後は、貴様だけか。この様な危険な化け物は始末しておかなければ。子供達を助けられずして、お嬢様に顔向け出来ん」
「ピニア!私よ!クーナよ!」
「この魔獣め!変な音を出しているかと思えば、クーナお嬢様の声真似までするとは!万死に値する!」
あ、これが殺気と言うやつね!初めて感じたのだわ!
「私だって言ってるでしょ!?」
私はヘルメットを外して、勘違いをしているピニアに素顔を晒す。
「お、お嬢様!?何故こんな所にいるんですか!?」
「それは、お互い様よ」
ピニアは狼に襲われそうになっていたトルカとシュイを見つけて、守ってくれていたそうだ。
「放って置いても良かったのかしら?」
『そんなに強いのですか?』
「何ですか?この喋る球は……」
『説明は後にして、早く森から出ましょう。クーナ、ヘッドライトランプを購入して交換して下さい』
「この……球の癖に、クーナお嬢様を呼び捨てにして命令するとは!」
「ピニア、そういうのはいいから」
「しかし……」
「そういうの、いいから」
「はい…」
トルカとシュイちゃんを後ろと前に乗せて走る。ピニアは走るのがとても早いので、バイクに付いてくる。
森を抜ければソックさんが部下の人達を連れて来ているそうなので、三人とも馬に乗せてもらえる。
一人乗りのストリートマジックを子供三人とはいえ、無理がある。
「すっごく速ーい!」
これでもスピードをだいぶ抑えているのだけれど。
「……」
シュイちゃんはバイクの速さに大はしゃぎしている。トルカは全く何も喋らない。
「お嬢様……このバルンバルンと鳴く生き物は何ですか?」
「バイクよ。最初は怖いけど、慣れてみると楽しいものね。そういえばマッケリーはどうしたの?」
ピニアの愛馬であるマッケリーは軍馬で足も速い子の筈だ。
「リェース家のメイドでは無くなったので、軍馬のマッケリーはリェース家に返しました」
「な、何で!?」
貧乏貴族とはいえ一応は貴族。給金の支払いも良い。辞めてしまうには惜しい職の筈だ。
「私はクーナ様のメイドですよ?」
「で、でも。雇っていたのはお父様だわ」
「いいえ……私はあの時からずっとクーナ様の専属メイドですから」
あの時とは幼い頃のとある日。私は教会の帰りに雪に埋もれ、飢えて死にかけていたピニアを拾った事だろう。父に頼みこんで、メイド見習いとして雇って貰える様にしてもらった。
侍従関係である彼女は友人と言えるか疑問ではあったが、今の私なら躊躇なく友人として接する事が出来るだろう。
「よかった……みんな怪我はない?」
「はい。トルカが転んだぐらいで、無事です」
被害はバイクのヘッドライトカバーに穴が空いたくらいだ。
「シュイ……ごめん、強さを見せつけてやるとか言って……びびって何も出来なかった。それどころかシュイが俺の事、魔獣から庇ってくれた時すっげぇ情けなくて……」
「トルカ兄さん……」
「俺、シュイを、守れる様に強くなる。クーナさんや、あの獣人の姉さんみたいに強くなるよ!」
「獣人……?」
野蛮で残忍で狡猾な種族と言われている……獣人。
コストルに居ると獣人を見かける事は多々ある。誰も気にしてない様だが、私は怖いから近寄らない様にしていた。
いつも頭に付けている筈のメイドキャップは無く。孤児院の明かりにハッキリと照らされた、ピニアの頭にはピンと立った、獣の耳が生えていた。
「ピニア……あなた……」
「あ……いえ、その、これは……」
7年もの間、私に嘘をついていたという事か。
「私に嘘をついていたの!?」
「クーナお嬢様に悪評がつかぬ様にと領主様が……」
「……絶交よ!私とはもう関わらないで!!!」
「クーナお嬢様……」
私は宿へ走って逃げた。
食事も喉を通らず。7年という、人生の内、半分以上を占める歳月の重さが、心に深く突き刺さる。
部屋のベッドに横になる。目を瞑るとピニアの顔ばかりが浮かんで眠れない。
「何故ピニアにあんな事を?」
「今は誰とも話したくない……」
私がそういうと、マルはそれ以上何も言わなくなると、丸い形が崩れへにゃりと潰れた。
見た事のない、マルの形に何かを言う気力すら失われている。
眠る為に目を閉じる。じんわりと濡れる瞼の裏では、嫌いになった筈のピニアとの記憶がうっすらと浮かび始める。




