18.少女とババアの睡眠薬
最悪な気持ちだ。マルにも酷いこと言って、悲しませてしまった。
でも、全てはピニアが悪い。何が耳を切り取るだ!
獣人が怖い存在だと教えられてきたが。
そう思っていただけだ。
ムカムカと胸から苛立ちが溢れてくる。
行く当てもなくふらふらと街を歩き回るが苛立ちは収まらない。
気晴らしに噴水広場で大道芸でも眺めようと、足を運ぶ。
長椅子に座って、パントマイムを眺める。だが、いくら見ていても楽しい気持ちは湧き上がる事もない。
「隣、良いかしら?」
以前、ルーペを買いに来た優しそうな高齢の女性から声をかけてかけられる。横には私はより上下の少女。孫だろうか?
「どうぞ……」
「ありがとうね」
「ありがとう」
二人は私の座っている長椅子に座る。
「この間はありがとうね。ところであなた……楽しくなさそうね。何か、悩みでもあるの?」
「いえ……」
他人に話す様な内容ではない。私はそのままパントマイムを見続ける。男が透明な壁にぶつかる演技をして、観客の笑わせている。それでも私は、呆然とそれを眺めていた。
「クッキーがあるの良かったら食べる」
「ありがとう……頂くわ」
女性の差し出した布袋から一枚、クッキーを頂く。物凄く甘く、バターも入れすぎだ。お世辞にもジーゼルさんのお菓子より美味しいとは言えない。
「悩みがあれば相談に乗るわよ」
「友達と喧嘩したのよ。ずっと嘘をついていて」
目の前のパントマイムをしている男の顔がぼんやりと、かすんでいく。
「そうね……人って嘘をつく物だからね」
頭がぼんやりする。
「あら、眠くなってしまったのね。それじゃあ、帰りましょうか」
「うん!」
次に目を開いた時には、薄暗く埃っぽい部屋の中だった。後ろにある両手が自由に動かない。それに両脚も。
「よく眠っていたみたいね?」
目の前にいる女性の顔に、さっきまでの優しそうな顔は何処にもない。
「貴方も嘘をついていたみたいね」
「単刀直入に聞くわ。レンズをどうやって安く手に入れているのか教えて?」
「無理よ。それに貴方には絶対に教えない」
背後で、マーケットスキルからリボルバーを購入する。狙いを付けて女の体に全弾撃ち込む。
何発か、女に当たるが、倒れる事はなく。大声を上げて痛みによる苦しみで叫ぶ。
「このぉぉぉぉ、クソガキ!痛いじゃない!顔に当たったらどうするつもりよ!えぇぇ!?」
女が足を上げ、私の体を蹴り上げる。レベルに差があるお陰で痛くはない。ルレに殴られる方が痛い。
実弾を撃ってやれば良かったのだわ……。
「あら……いけない、傷をつける所だったわ。奴隷にして、レンズの事を聞き出してから売れば、顔が良いから高値がつくわ」
女が両手を叩くと、男二人が部屋に入ってくる。
「頭と手に袋を被せて。売り物だから、手を出したり、傷をつけたら殺すわよ」
男達は私の体を押さえつけ、口に何かを入れられ布を咬まされる。頭に袋を被せられ、視界を奪われる。更には手にも袋を被せられてしまった。まずい……マーケットスキルは購入したものを障害物がある所に出現させられない。
急いで袋を切れるものを、マーケットスキルで探す。
こうしている間にも、担がれ箱の中に入れられてしまった。
口に入れられた何かを飲み込んでしまった。噴水広場の時の様に、時間が経つにつれて頭がぼんやりとして来た。
意識を失うのを我慢して、マーケットスキルを操作しようとするがうまくいかない。
私の意識は泥沼にゆっくりと沈む様に落ちていった。
『クーナ!クーナ!起きてください!』
マルの声が聞こえる。ああ、朝か。起きて、朝食を食べて……。いや、違う。そんな状況では無い。
被せられた袋から薄らと明かりが漏れる。箱の中では無い。外の空気を感じる。
お腹からはふさふさと柔らかい感触。何か大きな動物が、私を運んで歩いているかの様だ。
「マル!?そこにいるの」
『はい、駄目イドのヨダレでギトギトですが。ここにいます!クーナを乗せているのは味方です。安心してください!』
ダメイド、どんな動物かしら。私を助けてくれた様だけれど。遠くから馬車が走る音が聞こえる。
「獣人の獣化スキルか?……帝国領から逃げて来たのか様だな」
男性が声をかけてくる。私は帝国に連れて行かれる所だったのか。
『すいません。彼女の袋を外しては貰えませんか?』
「ん?おお!びっくりした!丸いのが喋ってんのか!おう、上に乗っけてる子だな。分かった!」
馬車に乗っていた男性が私を縛り付けていた縄を解いてくれた。
「ありがとう。助かったわ」
「良いってことよ。それじゃ、俺は行くからな。気をつけろよ」
「お気をつけて」
「獣人も大変だな、一度ああなっちまうと大変だって聞いたぜ……」
彼の言葉を聞いて、振り返る。そこに居たのはピニアの髪の色と同じ色の獣だった。
「もしかして……ピニアなの!?」
『ピニアは、この姿になると戻れません』
「戻れないって!ピニアはもう二度と、人に戻れないの!?」
ピニアが私から申し訳なさそうに、悲しそうな仕草で顔を背ける。
「何でそこまでして私を助けたの!もう戻れないのよ!?」
ピニアの口からは何も言葉はない。彼女はもう二度と喋れないようだ。
「ピニア……私の、私のせいで……ごめんなさい。私は貴女が獣人なのが嫌なわけではないの。そんな事で壊れる関係だと思っていたのが嫌だった」
私が下らない意地でピニアを突き放したから。ピニアともう二度と私と話す事は出来なくなってしまった。
「……私が必ず元に戻す方法を探す。一生を使ってでも。だから、ずっとそばに居て」
『クーナ、私に繋がっている正体不明のデータベースにピニア……この駄目イドを戻す方法を探しました』
ダメイドというのはピニアの事?獣化した時の種族名がダメイドなのかしら。
「邪教の信仰だって、なんだってするわ……今すぐは無理だけれど、ドラゴンだって倒してやるのだわ」
ピニアは私が一番大事だから。躊躇う事なく獣化したのだろう。ピニアに何かあれば、私だって何でもする。
自分の気持ちを優先してピニアの気持ちを蔑ろにしたのは私の方じゃないか。
「何が信頼よ……私にそんな資格無いじゃない……」
『ダメイドの為に泣く必要はありません。全スキルの解説の中から獣化スキルを読み込んだ結果。全開放すると一週間、戻れないそうです』
ピニアは、本当に申し訳なく思っているのか、地に沈みそうな勢いで、伏せの体勢をとっている。でも、今はそんな事はどうでもいい。
「良かった……ちゃんと元に戻れるのよね!?」
『しかし……文明的な生き方を知っている人間が獣として生きるのは、一週間でも辛いと思います。これほど大きな体では、街で生活することは出来ません。森林地帯にこもり、サポートが必要ですね。トイレを作る必要も……』
翌日、ルレの家を訪ねる。森の中で一人、大きな穴を掘るのにも限界がある。マーケットスキルにそういった道具はないか調べたが、高くて手が出せない。
魔力操作を持つルレには全属性を満遍なく使える筈だ。彼女なら土魔法を穴掘りに使う事ができる。
「一週間、森の中でキャンプ?それも今から?虫が鬱陶しいから嫌よ」
街育ちのルレには、森の中で寝泊まりするのは興味ないようね。私もそうだからわかるわ。
「バイクという新しい乗り物もあるのだけれど。森の中で走らせるのは楽しいわよ?」
「……もしかして、お父さんが言ってた煩くて早い乗り物の事?乗るより、構造を見たいだけよ」
魔導技師を志すルレには乗る楽しさよりも、仕組みの方が気になるようだ。彼女に仕組みが理解出来ない物を出せた時の反応は面白い。
「少し穴を掘ったりする作業もあるから大変な事もあるけれど。人が居ない所だから新しい強力な武器もためせるの。王都の魔導銃なんか鼻で笑うレベルよ?」
「どれくらい?」
「もうっボーンって爆発というすごい現象が起こるのだわ!ドカーンなのだわ!」
「バクハツ……楽しそうな響きじゃない……」
「更には天体望遠鏡という道具で、綺麗な星が観れるのだわ!?」
「いくわ!」
ピニアのお花摘み要員ゲットなのだわ!




