原初
ロイ達は永久凍土をひたすら歩いた。巨大な半円の影が、少しずつ形になってくる。それは巨大な天蓋を持つ、とてつもない広さの建造物だった。
「すげぇ!なんだあれ!」
「こんなもの、いつの間に永久凍土に・・・」
一同は驚愕と期待を同時に感じていた。
その建造物の入り口とおぼしき巨大な門のすぐ脇。壁の一部の僅かな隙間から、望遠鏡がロイ達を捉えていた。
「あれは、間違いない!アール様から聞いていた通りの刀身!ティーダ様にツキシュ様!おい!守人様がいらっしゃったぞ!アール様に報告だ!」
この建造物の衛兵らしき者達が色めき立つ。
ロイ達が遂に間近にたどり着き、天蓋を見上げていた時、衛兵が駆けつけて来た。
「ようこそいらっしゃいました。守人様、そしてティーダ様、ツキシュ様!」
「どうしてこの剣の名前を?」
ロイの問いに衛兵は答える。
「ここはアール様が治める工業都市マイスにございます。かねてからアール様より、ティーダ様やツキシュ様、そして守人様の事を聞かされており、ご来訪の際はお迎えするよう言われておりました。ただいま開門致しますのでお通りください。」
衛兵が身振りで合図すると、巨大な門がゆっくりと開かれた。門をくぐったその向こうから、一人の男が話しかけて来た。
「いよぉ!ティーダ、ツキシュ!久しぶりじゃないか!」
満面の笑みのその男に、ロイ達は身構えた。その男は、銀色の肌をしていた。
「ロイ、待つのだ。その男こそアールだ。」
すかさずロイをいさめるティーダ。
「ええ!この機人が?」
戸惑うロイ。その様子にサシャもキサラも躊躇する。
「っと・・・この姿じゃ無理もないな・・・しかしだな、ちょいと考えて見てくれ、もし俺が君達に敵意や殺意があるとすれば、今頃すでに襲いかかってるぜ!それにほれ、俺は完全に丸腰だ。」
目の前で一回りし、武器を持たない事を知らしめるアール。ロイは神経を研ぎ澄ましたが、やはり敵意も殺意も感じられなかった。
「わかったけど、まだ微妙だな・・・」
構えをといたが半信半疑のロイに、真顔で声をかけるアール。
「ロイ君、だったかな?俺のウチに来てくれ、すべてを話そう。シグの事、災厄の事その他諸々!聞けば疑いもきっと晴れる。いいかい?」
真剣な鋭い目付き。ロイは腹をくくって頷いた。アールに笑顔が戻る。
「よしきたぁ!じゃ、さっそく案内するぜ!」
アールに導かれ歩き出したそこは、天蓋に包まれた大きな街だった。どういう仕組みかは分からないが、ちゃんと日の光も、暖かさもしっかり差し込んでいて、街の至る所に、様々な工房が軒を連ねている。街の中心に当たる場所には天蓋を支える巨大な柱が見える。
不意にアールが話し始めた。
「ここで作ったもんはみんな、各国に特別なルートで輸出してるんだ。そうして得た収入でここをまわしている。大昔に俺は単身この地に来た。そしてここで暮らすみんなの先祖に助けられ、支えられ、俺は一国の主人になって、今に至るって訳さ。」
話をしながらアールは街の中心の柱に向かってどんどん進む。
「そうら、見えて来たぜ!」
アールの見据える先は、天蓋を支える巨大な柱。よく見ると扉や窓が組み込まれている。この柱こそがアールの住まいだった。
「でけぇ・・・」
「高ーい!」
アール邸に辿り着き、ロイとサシャが見上げているところへ、アールが自慢げに言う。
「実は俺ん家はこの街の全ての施設、設備の動力源なのさ!地下水を組み上げ街に流すのも、街を温めるのも、全部ここでやってるんだぜ!」
アールは二人の肩を軽く叩き、自宅に入るよう促した。
「さあ!入った入った!」
中に入った一同は様々に声をあげた。
「うぇあぁあ!」
「何・・・これ・・・」
無理もない。床一面、それにテーブル、戸棚、全てのものが埋め尽くされるくらい、訳のわからない機械が投げ散らかされていた。
「奥の階段から上に上がるぜ!ちょいと散らかってるから、足元に気をつけてくれよ。それから、中には即死級の危ないやつもあるから絶対触るなよ!」
アールはにこやかに言うが、正直たまったものではなく、一同は死に物狂いで機械をよけて進んだ。
何とか二階に辿り着き、最初の扉の先の部屋には大きな円卓があり、一階とは打って変わって整頓されていた。ロイ、サシャ、そしてキサラが円卓に着き、キサラの部下達は隣の部屋に通され、待つように言われていた。
アールは円卓に着くと、一瞬うつむき、すぐに向き直り話し始めた。
「まずは・・・全てのもと、シグのことから話して行こう。シグは自然界には存在しない、人間が生み出したもんなんだ。そして生みの親は・・・俺なんだ。」
一同は唖然とした。すぐに飲み込めなかった。アールが言葉を重ねる。
「なぜシグが必要になり、悲劇を産むに至ったのか聴いてくれ。大昔、最果ては、フファと呼ばれる国だった。厳しい自然環境で、動物はほとんどおらず、作物もほとんど育たなかった。それでも人々は生き抜くため知恵を集め、考え、行動し、魔力や精霊力に勝るとも劣らない『科学力』を編み出したんだ。今この時代にある、一部の船なんかに使われている蒸気機関なんかは、この科学の産物さ。俺も科学力の偉大さ、奥深さに惹かれ、研究者になった。」
アールは遠い目をして続けた。
「俺は能力を認められ、当時の王室の研究所に招かれた。そこではフファに潤いを与え、人々が繁栄していくための様々な研究が行われていた。比較的自由に研究する事を許されてたのもあって、俺は自然界のあらゆる物質と植物を融合させることで、厳しい環境に負けない作物を育てる研究を始めたんだ。そして俺はその研究の協力者の一人と結ばれた・・・ユウだ。そして今は姿を変えているが・・・ロイ君、お前さんの持つティーダとツキシュも、俺のパートナーだったんだ。」
ロイは二本の剣を見比べた。頭の中は混乱が収まらなかった。
「あらゆる魔力、術式も取り込み、植物を構成する細胞に溶け込ませ、粒子レベルで融合させて作物の強度を何倍にも引き上げる事に成功した物質、それがシグの正体だ。しかし、俺の成果は多大な賞賛を浴びると共に、人々の心を歪め始めたんだ。」
「人間に使った。だろ・・・お高くとまった連中の思いつきそうなこった。」
キサラが割って入った。うなづくアール。
「ご察しの通りだ。王は俺たちには平和利用を偽り、研究を盗み、その裏で国民には俺たちが生命の摂理を犯す悪魔の研究者と触れ回り、俺たちを投獄した。そしてシグは改造され、心臓に埋め込む事で血液を介し全身に融合し、人間の能力、生命力をとてつもなく引き上げ、更に鉱物と融合させれば、無敵の金属となり、恐ろしい武器を産む凶悪な物質に変貌してしまったんだ。」
「機人・・・」
サシャが呟く。
「そうだ。シグが血液と融合すると細胞は銀色を帯び、見た目が金属のようになる。機械のような人、機人の呼び名の由来だ。王は自らに付き従う国民にはシグを施すと触れつつ、裏ではそんな国民を兵士として、全世界に攻め込む計画を練っていたのさ。そこで俺たちは脱獄し、秘密裏に自らも機人になり、国の暴走を止めるため、王を捉え、国民にシグは与えても、軍隊にはせず、普通に暮らさせるよう約束させた。事は終わったと思った俺達に、別の形で本当の悲劇が訪れた。」
アールの目に深い悲しみが浮かぶ。アールは深くため息をつき続けた。
「一旦は平穏が訪れ、俺とユウの間に娘が生まれた。ラムネって名付けた。機人といってもちょいと混ざりっけのある人間だ。人の機能がなくなっちまう訳じゃない。しかし娘にはある奇跡が起きていた。人間とシグが遺伝子レベルでより強力に融合し、より強く、より巨大な生命力を持っていたんだ。娘のことは瞬く間にフファ全土に、王にも伝わった。そして娘は・・・さらわれてしまったんだ。ティーダ、ツキシュ、そして当時、七機神と呼ばれた王直属の護衛の戦士、ユウの弟ミブとその仲間達にも協力を得て、娘が王にさらわれたことを突き止め乗り込んだが、もう娘は変わり果てていた。王が密かに開発していた、フファから他国を遠距離攻撃出来る兵器に埋め込まれていたんだ。その姿を見てユウは、ラムネを、娘を守れなかった悔しさと、人間の強欲に耐え兼ね、心が壊れ、醜い人間は滅ぼさなければならないと、王族を討ち、次はラムネの埋め込まれた兵器を使って全世界を攻撃しようとしたんだ。俺はユウを説得したが心戻らず、ついに兵器を作動させた時、眠っていたラムネに、ユウの激しい憎悪が流れ込み、ラムネの心と共に兵器は暴走、フファを焼土にしてしまったんだ。」
アールは全員を見渡し再び続けた。
「これが災厄の全て。そして俺とティーダ、ツキシュ、ユウと七機神が生き残った。兵器の激しい力でさすがに一時意識がなく、目覚めた時にはラムネは再び停止していた。一番に目覚めた俺は、一定期間機人の機能を停止させる機械を作り、ユウと七機神を封じ、ラムネを兵器から救い出そうとしたが、ラムネの特別な力を帯びた兵器は、俺では分解出来なかった。悔しいが一旦救出を諦め、ラムネを呪縛から解き、ユウの心を取り戻すための研究を始める事にしたが、焼土となったフファでは困難と判断し、俺はティーダ、ツキシュと共に、兵器の再起動が出来ないよう、四つの回路を外し、ラムネと兵器の粒子を僅かに採取し、フファを出てここに来た。」
アールはロイを見やる。ロイも見返した。
「最後に、ここに来てすぐ、ティーダとツキシュからある提案があった。俺より早くユウ達が動いたら、世界がどうなるか分からない。人の手も借りなければと。自分達を、意識を残した武器に作り変えて託し、共に世界を見守って貰おうと。世界がかかっているゆえ、提案を飲み、二人を剣にし、優秀な騎士だったジュードの先祖に託した。そして一本を所持、もう一本は封印しておく事で、片方の所持者に万一があっても、もう片方で世界を守れるよう準備し、受け継いでもらう体制にした。そうしてジュードとロイ君、お前さんに受け継がれたんだ。」
神妙な顔のロイにアールが話す。
「ロイ君、ユウは動き出した。だが俺の準備も整いつつある。ラムネを救う手段が間も無く出来上がる。完成したら最果てに乗り込む予定だが、万が一俺がしくじったら、迷わすユウを・・・それが俺達が守人に託した・・・願いだ。」
ロイは複雑だった。自分の母を奪った存在だが、悲しい歴史の被害者であるユウ。それをただ討つことが本当に正しいのか。ロイは今運命の岐路に立った。




