猛威
ロイ達の船は西のグスクと東のカントマムの間を北上していた。マストの展望台、キサラ自ら望遠鏡を覗く。その視線の先に、途方も無い高さの岩山が連なる様が映った。
「いよいよだね・・・」
キサラは東側、ちょうどカントマムの真北に位置する方角を確認する。
「ちょうどいいじゃないか。」
キサラは船が停泊出来そうな洞穴を見つけた。船ごと入って接岸出来そうだ。
「舵を取れ!あの洞穴に船を入れな!陸に上がるよ!」
手下に船を陸に着けるよう指示を出す。一斉に子分達は走り回る。
船はゆっくり洞穴に入り、子分達はロープを使って岸に降り、手頃な岩に縄をかけ船を固定した。
キサラは展望台から降り、ロイ、サシャ、リゴを呼んだ。
「先ずは山越えの準備だ。山越えには天候が良くても丸一日かかると聞いている。ここからはメンツを絞ってキャラバンを組み、必要最低限の水と食料を持って行く。リゴ、あんたは船を頼んだよ。」
キサラは海での生活が長いが、登山についてもかなりの知識があった。長旅の蓄積は伊達ではなかった。手際よく子分達を使い、準備を進めて行く。ロイとサシャも手伝っている。
支度にはさほど時間はかからなかった。皆それぞれ自分の荷物を背負う。
「さあ出発だ!行くよ!」
キャラバンはロイ、サシャ、キサラと他五人。かなり少ない人数だが、海賊という境遇、そしてロイの持つティーダの事を考慮し、秘密裏に行動するためには仕方がなかった。
「いつ襲撃されるか分からない。頭数は足りないけど辛抱だよ。」
洞穴を出ると森が広がっていた。コンパスを使いながら東へしばらく進み、やがて北に進路を取る。
長らく歩き続けると、徐々に登りがきつくなり、人が踏み入る事で自然に出来た山道が現れた。
「いよいよ本番だよ、気を引き締めな!」
キサラを先頭にキャラバンは山に踏み入る。
川を渡り、山肌を登り進んで行くうち、気温はみるみる下がり、日は雲に遮られやがて雪がちらつき始める。一同は速やかに防寒着を身につけた。しかし状況は悪く、次第に風も強まり、とうとう吹雪となってしまった。
一同はロープで互いの体を繋ぎ、列を作って登り続けた。
「みんな!あそこに入るよ!」
キサラが叫び、指差した先に洞窟が見える。どうにかたどり着き火を炊く。外はいっそう暗くなっている。疲労困憊の一同を見てキサラは、一時休止の判断を下した。
「日が暮れたね、これ以上無理は出来ない。ここで待機して吹雪が過ぎるのを待とう。二人ずつ交代で火の番をしながら仮眠をとる。先ずはあたしとロイから。」
「待って、先ずは私が・・・」
サシャが立ち上がったが、明らかに身体に力が入っていない。すぐにつまずいて倒れた。そんなサシャをニヤニヤしながら見下ろすキサラが一言
「無理!!」
皆が寝静まった頃、キサラは食料や装備品の確認をしながら、ロイに囁いた。
「ロイ、気づいたかい?」
「うん、追われてる。」
二人は一様に、何者かの気配を感じていた。そして『それ』は洞窟から離れた岩陰から、今もロイ達を密やかに見ていた。
「姉御、交代の時間です。」
子分の二人が起きてきた。
「少しでも変わったことがあったら、かまわず叩き起こすんだよ!」
キサラは一言伝え、床についた。続いてロイも。
身体を酷使したせいか、すぐに深い眠りに落ちた。
「ロイ・・・」
頭の中に声が響く。
「ティーダ・・・何?まさか敵が!」
「いや違う、主に伝えておくことがある。永久凍土に・・・災厄に深く関わるものがもう一人いる。先に相見えたユウと・・・もう一人・・・優れる故に、悲しき道を辿りし者・・・」
「悲しき道・・・父さんはその人に会うために山に入ったのか、その人は一体・・・」
「会うのだ。そして聞くが良い。災厄の全てを・・・」
ティーダの声は消え、ロイはまどろみから覚めた。追っ手は攻めては来なかった様だ。皆はすでに起きて、荷造りをしていた。まだ雪は降っていたが、吹雪は止んでいた。
「ロイ、起きたかい、今のうちに足を進めるよ!」
一同は再び移動を開始した。
全員ただ黙々と歩き続けていると、頂上を指す旗が見えて来た。一つの岩から気配。構えようとするロイをキサラが目配せで止める。山を降りるまでは体力を温存しなければならない。気持ちを抑え、ロイはまた歩き出す。
山頂の旗が目の前に迫った時、まだ見えない向こう側から激しい金属音が繰り返し聞こえて来た。
ティーダの声が響く。
「ロイ!ツキシュの存在を感じる!ジュードと共に、何者かと戦っている!」
「父さんが!」
キャラバンを抜け、一人駆け出すロイ。山頂から見た光景、それは一人の騎士が、肩で息をし、やっと構えている姿、その向こうに、巨大な斧を担ぐ若い戦士。その肌は銀色をしている。騎士の鎧はかなり破損していたが、鮮やかな青が見て取れる。間違いなくジュードだ。
「父さん!」
「ロ・・・イ・・・か。」
斧の戦士が二人を嘲笑う。
「へっ、親子揃い踏みか。ちょうど良い、ツキシュに加え、ティーダもいただくぜ!」
戦士は巨大な斧を難なく片手で振りかぶり、疾風のように襲い来る!別れて飛び退く二人!
「ケッ、一晩中戦って、まだそんな動き出来んのかよ、青き雷の通り名は伊達じゃねえな!」
ティーダの声。
「七機神の戦士ザック、まさか甦るとは。」
「七機神・・・」
キャラバンの一同が追いついて来た。
「あれは!機人!」
サシャがジュードに気付き、魔法を使おうとしたその時、背後から急襲!両手に鉤爪を付けた黒装束の男がサシャに襲いかかった!
「カーム!」
キサラは風の精霊を呼び、突風で男を吹き飛ばした。
「く、やりおる。」
黒装束の男も機人。
「我が名はゴゴ。七機神が密偵。そなたらをここに誘うため気を配っていたが、逸れることなくここにたどり着いたな。」
「挟み討ちを狙ったかい、でもこっちもそう簡単には沈まないよ!」
「オラオラ!ぼっとしてんじゃねぇ!」
ザックが再び襲いかかる!サシャを集中して狙う。ロイが上手く立ち回りサシャを守っている。ジュードは意識を集中し、ザックの空きを狙う。
ゴゴが加勢しようとするも、キサラが鞭と精霊魔法で足止めする。
「邪魔立てするか、ならばそなたから討つ!」
ゴゴは鉤爪を縮め、印を結ぶ!巨大な火の玉を放つ!
「ナツ!」
水の精霊が水の柱で火の玉をかき消す。
「忍術、初めて見たよ!久しぶりに燃えて来たよ!」
「シグ無くしては、我を討つことは出来んぞ!」
嘲笑うゴゴにキサラは返す。
「あんたはロイに倒されるさ!あたしが倒れないからねえ!」
忍術と精霊魔法、そして鞭と鉤爪の競り合いが続くさなか、ロイも攻めあぐねていた。
「しつけぇなぁ、イラつくぜ。」
ザックは舌を打つ。そして斧にシグの力を注ぎ込み、頭上で回転させ始めた。ジュードがロイの目を見つめる。ロイにはその考えも決意も悟った。困惑している暇はなかった。
「いくぞおらぁ!!!」
ザックが攻撃に移る瞬間、ジュードが懐に飛び込む!しかしザックは読んでいた。回転力の乗った斧はジュードに振り下ろされる!ジュードの体は引き裂かれる。
「かかったあ!」
ザックの浮かべた狂気の笑みは、一瞬で凍りつく。心臓に激しい衝撃。ロイの一撃が、ザックの核を捉えた。
「き、き、きさまらぁあぁ、俺の、俺の頭ん中、読んで、いたとは・・・」
ザックの体はみるみる蒸気のように空気になって消えていった。ゴゴはすぐさま気付いた。
「なんと!ザックが討たれたか!キサラよ、勝負は預ける!」
ゴゴは突然煙りを起こし消えていった。
全員がジュードを囲む。サシャの魔法で傷はふさがったが、ダメージは大きい。
「父さん!!!」
「ロイ・・・」
ジュードは息絶え絶えで、ロイにツキシュを差し出す。
「アールに・・・会え。災厄の全てを知るもの・・・」
「父さん、一緒に行こう!一緒に災厄を止めに!」
「無理だ・・・勝てなかったんだよ・・・老いには。もはや俺は、足手まといさ。」
「父さん・・・」
ジュードは悟った。ザックとの戦いで、自分の時代が終わった事を。ロイに宿命を託すしかない事を。
「担架を用意だ、ジュードさんを運ぶぞ!」
キサラの子分達が動こうとした時、一陣の吹雪が巻き起こり、全員が一瞬にして何処かに運ばれた。
たどり着いたところは、何者かが生活していると思われる住居のような場所だった。目の前には、透き通るような白い肌に、白装束の女性。
「突然連れて来てしまってごめんなさい。ミサと申します。」
丁寧にお辞儀をする女性に、キサラの精霊達が沸き立つ。
「おおおお!あんた雪山の精霊じゃん!もぉちょっと早く助けてよぉ!」
怒るモミィにキーンがのる。
「そうだぜ、いるならもっと早く出てこいよ!」
「ゴゴという機人の結界に邪魔されて遅れてしまったの。ごめんなさい。」
ロイが割って入る。
「機人、特にあいつらは強い力を持っていた。仕方ないさ。」
「本当にすみません。」
ミサはふと、ジュードに目をやった。サシャが魔法をかけ続けている事で、かろうじて命を繋いでいた。
「なんてダメージなの、全然回復しない。でもこんな傷を負わせるやつらと一晩戦い続けるなんて、ジュードさん凄すぎる。」
ミサが近づく。サシャに声をかける。
「サシャ様、私が代わります。皆様は永久凍土に行かれるそうですね。こちらの扉から洞窟を抜ければ、安全に下山出来ます。ジュード様は私が必ずお助けいたします。」
ミサははジュードに手をかざす。魔法とは違う、より強い力をサシャは感じた。
「これは?」
ナツが覗いて言う。
「これは自然治癒力を集めて使う生命魔法ですね!」
自然治癒力。自然界の様々な汚染を治す自然の力、ごく一部の精霊は、この力を操ることが出来るという。治療においては回復魔法を凌駕する。
「皆様どうかお気をつけて。この魔法なら、時間がかかりますが、確実にジュード様をお救い出来ます。安心して旅をなさってください。」
「ありがとう、ミサさん、父さんをよろしく!」
ロイはジュードの手を握る。
「父さん、アールさんに会ってくる。災厄の全てを知り、災厄を止めるよ。」
「ロイ、たくましくなったな、お前なら出来る出来る!」
ミサの部屋から一同は洞窟を抜け、山のふもとまで下りることが出来た。その先は一面が分厚い氷に覆われた、白銀の大地だった。そして遥か彼方、器を逆さまにしたような形の影が見える。
「なんだあれ・・・」
「あんなものが、永久凍土にあったなんてねぇ。」
「行ってみましょ!アールさんに関係あるかも!」
ロイ達は影を目指し進み始めた。




