幼き日の思い出
※三人称です
時は200×年。日本のごく普通のとある町の公園で、4人の男女の子供が遊んでいた。
その子供達は砂場でお城を作っている。
「ふふっふ……ねおガトリングほうをそなえた、かべをつくってやろう! ガーレンジャーロボもこっぱみじん。ほにゅうるいの森もしはいしてやるっ! ふははっ」
無駄に物騒な城壁を作っているのは、和彦、小学一年生である。好きなものはロボットアニメとゲーム。幼いながら、立派な中二病予備軍だ。
「やっぱり、スポーツしせつはひつようだよ。空こうとテーマパークも!」
いかにも血税の無駄遣いになりそうな公共事業を始めた女の子は利香。和彦と同じ小学一年生だ。
身長は学年中でも低めだが、とても正義感が強いため、男子に恐れられている。具体的に言うと、「ちょっと男子!」と言いながら、掃除をサボっている男子の尻を箒でぶっ叩くのである。なにそのご褒美。
男子にはたいそう恐れられている利香だが、スポーツ万能で頼りがいのある性格から、女子の人気は非常に高い。たくさんの女子から、バレンタインのチョコレートを貰っていて、そこでも男子を泣かせている。
「きょうすけ。おねえちゃんはね、けっかん住宅がゆるせないんだよ。ちゃんと、けんちくきほんほーを守らないとね。ということで、たいしんじっけん!」
「じけん! じけん!」
折角できた城の隣でジャンプをしまくっているのは、ご近所でも色々と将来が心配されている相原姉弟。姉の奏は、利香と和彦と同じ小学一年生。弟の響介はまだ4歳になったばかり。いつも姉の後ろをトコトコとついて行っている。可愛い盛りだ。
「かなちゃん、ねおガトリングほうが崩れたぁぁああ!」
「ふっ、そのていどの強度だなんて、しょうし! きさまでは、わがはどうを止めることは、まかり通らぬ!」
意味もよく分かっていないアニメの悪役の台詞を叫ぶ奏。
和彦は崩れ落ちたネオガトリング砲に絶望することもなく、奏の言葉に感化されて、さらに鉄壁の城砦を作り始めた。逆境に燃えるたちなのだ。
「かなでっち、運動場つくるから、ここを平らにして」
「分かったよ、りか!」
「いえっさー!」
体よく利香に使われた相原姉弟は、ジャンプをして次々と平地を生みだしていく。利香はその隣で悠々と公共施設を作り上げていく。
そんな時だった。
「がっはは! オレ、さんじょー!」
「よっ! さすが、てっちゃんカッコイイ!」
砂の城が乱入者によって跡形もなく破壊された。
突如現れた、てっちゃんこと、意地悪男子の鉄也とその金魚の糞――もとい、取り巻きの中島。ふたりは奏たちのクラスメイトだ。
鉄也の登場は派手なものだったが、当の奏たちは一切反応をしない。利香と和彦は黙々と作業をしているし、奏にいたっては「わたしは、しばかりきになる!」と訳の分からないことを言って、響介と共にジャンプを続けていた。もはや、完成した城には興味はないドライな一行であった。
「お……お前ら、バッカじゃねーの!」
存在を無視された鉄也は顔を真っ赤にして叫ぶ。微妙に涙目なのは、中島には内緒だ。金魚の糞は、ボスの尻――ではなく、背中だけ見ていればよいのである。
「うるさい。あ、かずひこ。水くんできて。プール作るから」
利香が鉄也を睨み付けた。
鉄也は「うっ」と呻きながら後ろに下がる。たとえ生意気な悪ガキだったとしても、掃除番長は怖いのだ。
「分かった。かなちゃん、きょうや、行こう」
「「はーい!」」
「待てコラ!」
バケツを持って立ち上がった相原姉弟と和彦を、鉄也は呼び止めた。何か用かと首を傾げてじっとこちらを見つめる奏たちに、特に何も考えずに呼び止めた鉄也が、目を泳がせて必死に何か言おうと考えを巡らせていた。
「あ……う……えーと、そ、そうだ! おい、かずひこ! お前、女子とあそぶなんて頭おかしーんじゃねーの? それとも、相原とデキているとか? かなちゃんとか呼んでるもんな!」
「ぷっぷー。だっせーの!」
鉄也は苦し紛れにしては絶妙な返しだと思った。それに金魚の糞の中島が行った合いの手も素晴らしいものである。
ちなみに利香ではなく、奏を和彦の相手に選んだのは、鉄也が利香のことが好きだからだ。しかし、それは無意識なことで自覚はない。だから小学生特有の好きな子いじめちゃう現象が起きているのだ。悲しいかな、それ故に利香の鉄也の評価は底辺だ。たぶん、アメンボの方が好感度高い。飴のにおいするし。
「かなちゃんは、かなちゃんだ。べつに、問題はないと思う。それに、女子とあそぶのはいけないことなのか? 先生にいうのか?」
「え……いや……べつに言わねーけど……」
和彦の答えにしどろもどろになる鉄也。やはり天然は強かった!
「それに、りかはオレよりも足が速いし、かなちゃんは……メタルファイターで、あのぽよ子を使ってエレメンタルブレイカーをぶっぱなすんだぞ!」
説明しよう。メタルファイターとは、巷で大人気の格闘ゲームだ。そして必殺極奥義『エレメンタルブレイカー』とは、メタルファイターのキャラの中でも一番操作しづらく、そのルックスから一番不人気な、ぽっちゃりグルメハンターぽよ子の技だ。
エレメンタルブレイカーは幻の技と呼ばれており、テレビのゲーム企画の対戦で繰り出した八つ橋名人しか使えない技ともっぱらの噂だった。
八つ橋名人が使えている時点で幻じゃねーよと言うツッコミはしてはいけない。子供は純粋なもの。大人になれば現実を嫌でも知ることになるのだ。今ぐらいは夢を見させてやるのが、スタイリッシュな大人というもの。
「す、すげぇ……さすが、相原」
思わずといった風に中島が呟く。
奏は勉強も運動も平均だが、クラス――いや、学校で一目置かれている存在だった。おそらく、転んだ拍子に校長のズラを取るという珍事件を、入学早々にやらかしたからだと思われる。ちなみにこれは偶然の事故という非情な出来事であったため、奏はお咎め無しだった。校長は3日間枕を濡らした。
「おい、中島! てめぇ、オレに逆らうのか……?」
「ご、ごめん、てっちゃん! ……ちょうしにのってんじゃねーぞ。てっちゃんはな、じごくの番犬ケルベロスを手なずけたんだぜ!」
さすが金魚の糞・腰巾着・生まれたてのヒヨコの名を欲しいままにしている中島。
親玉である鉄也には逆らわない!
「お、おうよ!」
鉄也は歯切れ悪く言った。実際は手なずけたのではなく、番犬の三メート以内に3秒入っただけだった。鉄也はちょっとビックマウスなのである。そこがまた、利香に嫌われるポイントでもあった。
「犬だって! モフモフしたい!」
「わんわん! わんわん!」
相原姉弟は声高に喜ぶ。
あれ、これはオレが案内するパターンじゃね?と思った鉄也は、盛り上がる相原姉弟を牽制するため、フンッと鼻を鳴らした。
「お前らみたいな弱っちいガキには無理だぜ。どうせケルベロスを前にしたら、おびえてオシッコもらすにきまってんだろ。なぁ?」
「……ふぅぇ」
凄む鉄也に、幼い響介は今にも泣き出しそうだ。
普段は響介のプリンを食べたり、「お姉ちゃんなんだから、もっと……いや、ほんの少しでいいからシッカリしなさい!」とお母さんに怒られている奏だが、今は弟のピンチにお姉ちゃんパワーが全開になっていた。
奏は響介を守るように鉄也と中島の前に立ちふさがる。
「わたしの弟を泣かせてみろ。あんたたちのサイフを、ステーキにするからね!」
「「――!?」」
言っていることはよく分からないが、奏の気迫に鉄也たちは恐れおののく。
奏は腕を組み、鉄也たちを威圧する。そんな姉にしがみつく響介は、キラキラな瞳でヒーローである奏を見上げていた。奏の言った台詞が某昼ドラの悪女のものだと気づくのは、DVDが発売する10年後の事である。
「本気にしてバカじゃねーの! そ、そんなに言うんだったら、ケルベロスのところにあんないしてやるよ」
苦し紛れに言った鉄也の言葉は、奏たちに歓迎されることになるのだった。
♢
鉄也は奏たちを連れて住宅街に来ていた。その中にある普通の一軒家に地獄の番犬は鎮座していた。
「あれがケルベロスだぜ……」
電柱の後ろから番犬の姿を伺う。番犬はシュッとした鼻筋と精悍さが特徴のドーベルマンだ。鎖につながれているため不用意に近づかなければ安全だが、しかし小学生には離れていても、とても恐ろしい存在に見えた。
「ガルル……」
明らかに面倒そうなちびっ子集団を見つけた番犬――ケルベロス(本当の名前はマイケル)が先制の威嚇をし始める。
「ど、どうだ? ビビッたんじゃねーの?」
「てっちゃんにたてつくから、こうなるんだよ!」
「犬よりネコがいい……」
「かなでっち、大丈夫?」
「わぁ! 可愛い!」
「わんわん! わんわん!」
祖父母の家で飼っている顔の怖い犬に慣れていた相原姉弟ははしゃぎ出す。そして電柱から飛び出して、恐れることなくケルベロスに近づいていった。
「グルル……グルルルッ」
ケルベロスは家の誰にも従わない。唯一対等に相手をするのは、自分の嫁だと思っている美佐子(50歳主婦)だけだ。
美佐子は主婦仲間とランチに行っている。つまりケルベロスは美佐子から留守を任されている身。何をやらかすか分からない子供が相手だからこそ、警戒をしているのだ。
「初めまして、かなでだよ!」
「きょんすけ!」
ケルベロスから数メートル離れた場所で、相原姉弟は自己紹介をした。礼儀のなっている子供じゃねーかと、ケルベロスは相原姉弟への警戒を緩めた。
そして相原姉弟はその隙にケルベロスとの距離をグッと縮めた。
「きょうすけは待っててね」
「うん!」
奏はケルベロスへ、そっと手を差しだした。ケルベロスは、じぃーっと奏の目を見た後、「しゃーねな。マナー違反したら許さねーぞ」という気持ちを込めて、奏の手をペロリと一舐めした。
「それじゃあ、触るよ!」
奏はまず、ケルベロスの背中を撫でる。
「わふっ」
中々の撫で具合だと褒めるようにケルベロスは喉を鳴らした。
奏の右手はケルベロスの背中を撫で続ける。しかし、左手はケルベロスの耳の後ろを擦っていた。その堪らない心地よさにケルベロスは前足をカクンと曲げて体勢を崩してしまった。
そしてあれよあれよという間に、ケルベロスは奏によって仰向けの体勢にされてしまう。調子に乗りすぎだと抗議の声を上げようとするケルベロスだが、その声は快楽でかき消える。
「わふんっ…………わふ? わふん!わふん!」
奏は仰向けにしたケルベロスの腹を、絶妙な加減でひたすらモフモフし始める。触る場所は満遍なく、しかし飽きさせないように緩急を付けて、奏はケルベロス翻弄する。
「ここだったかな……?」
奏はケルベロスの腹をモフモフさせつつ、同時に右前足を掴んだ。
ケルベロスは仰向けであるため足の力を満足に入れられない。
奏はそのまま手をケルベロスの肉球へとスライドさせた。しかし、奏の目的はケルベロスのしっとり堅めの魅惑の肉球ではない。肉球の下にある副交感神経を活発化させる神門というツボだ。
「きゃぅぅうううん! あふっあふっ」
腹を撫でられ、痛気持ちいいツボを押されたケルベロスは甲高い喜悦の声を上げる。ケルベロスは舌をだらしなく出し、息も絶え絶えだ。しかし、そこには確かに喜びの表情が見て取れた。
ケルベロスは町内のボス犬である。
それをこんなあられもない姿に変えてしまうとは……奏、恐ろしい子!!
「えへへっ。いっぱいモフった!」
「ねーたん。つぎ、ぼく!」
「はいはい」
満足げな奏に、電柱の後ろで伺っていた利香と和彦が駆け寄った。
「かなでっち、さすが!」
「……ちょっとなでたい」
鉄也と中島も恐る恐るといった感じではあるが、奏の元へと近づく。
「まあまあじゃねーの!」
「相原……やっぱり、すげぇ」
鉄也は素直になれず威張っている。中島は奏を鉄也よりも上位の存在に定め、これからは怒らせないように気をつけようと心に誓った。
快楽の余韻に身を任せ、体を弛緩させていたケルベロスだが、しばらくすると悠然と立ち上がった。その姿に実はビビりな鉄也は内心で怯える。ケルベロスは鉄也を一瞬だけ馬鹿にしたように見た後、町全体に響き渡るように雄々しい遠吠えをした。
「わふんっ。わふーーーーーーん! わふーーーーーーーーん!」
数分後。ドタドタと走る音が近づいてくる。何事かと思う奏たちであったが、その正体が犬たちであることにさらに驚いた。
「わわっ! なんかいっぱい来たよ」
「可愛い。マルチーズだ!」
「ネコはいないのか?」
「わんわん! わんわん!」
この犬たちは、ゴットハンドを持つ奏のモフモフを体験しようと集まった近所の犬たちだ。ケルベロスの粋な計らいである。
奏は腕まくりをして、犬たちと正面から相対する。
「よしっ! ぜんぶ、もっふもふにしてあげるよ!」
奏の宣言通り、犬たちは奏の絶技に翻弄され、腰砕けになる。
そして奏は伝説のモフリストとなった――――
♢
「「ただいまー!」」
すっかり日が落ちた頃。相原姉弟は帰宅した。
鼻をすんすんとさせて「今日はカレーだな」と思った奏は、手を洗った後、響介を連れてキッチンに向かう。するとそこには、にっこりと笑う母がいた。
「お か え り」
母は笑っている。しかし、奏は同時に底知れぬ恐ろしさを感じた。
「もう、六時過ぎているわよ。いつも五時には帰ってきなさいって言っているわよね……?」
「ご……ごめんなさぃぃいいいいい!」
「めんごぉ!」
般若の面相に変わった母に怯えた奏と響介は、謝りながら走り出した。
「待ちなさい! 奏、響介!」
その後、こってりと絞られた奏と響介。
いかにモフリストといえど、やはりお母さんには勝てないのだ。