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終わる日  作者: みき


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6/10

第6話

 付き合い始めてからの、半年は、わたしの人生で、いちばん、しあわせな時間だった。


 彼は、優しい人だった。わたしの、うつむきがちなところや、急に黙り込むところや、人混みを嫌がるところを、彼は、なにも、せかさなかった。ただ、隣に、いてくれた。わたしが、人混みで、つらそうにしていると、彼は、さりげなく、わたしの手を、引いて、人の少ない道へ、連れて行ってくれた。わたしが、なぜ、人混みを嫌うのか、彼は、知らない。でも、知らないまま、それを、受け入れてくれた。


 わたしたちは、いろんな場所へ、行った。


 休みの日には、電車に乗って、海を見に行った。彼は、波打ち際で、平たい石を拾って、水切りをした。何度も、何度も、跳ねる石を見て、わたしは、声を上げて、笑った。海を見ながら、彼は、ぽつりと、言った。「海って、終わらないみたいで、いいよな」と。わたしは、どきりとした。海の上には、日付が、なかった。空にも、雲にも、寄せては返す、波にも。終わりの日付が、見えないものが、この世には、いくつか、ある。海。空。山。そういう、人より、ずっと大きくて、ずっと古いもの。わたしは、彼の隣で、終わりの見えない海を、見ながら、こんなふうに、終わりを気にせずに、誰かと、いられたら、どんなに、いいだろう、と思った。そのときは、まだ、それが、すぐに、叶わなくなるとは、知らなかった。


 秋には、山へ、紅葉を見に行った。彼は、わたしより、ずっと、歩くのが速くて、何度も、立ち止まって、わたしを、待ってくれた。待っているあいだの、彼の、少し、退屈そうな、でも、嬉しそうな、横顔を、わたしは、覚えている。落ち葉を踏みながら、わたしは、ふと、思った。葉っぱにも、終わる日が、あるのだろうか、と。けれど、散った葉の一枚一枚に、日付は、見えなかった。枯れて、土に還って、また、春に、芽吹く。終わりと、始まりが、ひとつながりに、なっているものには、日付は、つかないのかもしれない。あとから思えば、それは、ひとつの、ヒントだったのだ。けれど、そのときのわたしは、まだ、何も、気づいていなかった。


 彼の、友達にも、会った。


 居酒屋で、彼の、大学時代の友達が、数人、集まった。みんな、明るくて、よく笑う人たちだった。わたしは、人見知りで、最初は、緊張していたけれど、彼が、隣で、さりげなく、フォローしてくれたおかげで、少しずつ、打ち解けた。帰り道、彼は、「みんな、君のこと、気に入ってたよ」と、嬉しそうに、言った。わたしは、その言葉が、くすぐったかった。誰かの、大切な人として、紹介されることが、こんなに、しあわせなことだとは、知らなかった。


 小さな喧嘩も、した。


 彼が、約束の時間に、大幅に遅れてきたとき、わたしは、めずらしく、怒った。彼は、平謝りで、わたしの機嫌を取ろうと、必死だった。その、おろおろした顔が、おかしくて、わたしは、途中で、怒っているのが、ばからしくなって、笑ってしまった。仲直りした夜、彼は、「君が、ちゃんと怒ってくれて、嬉しかった」と、言った。「遠慮されてるみたいで、ずっと、ちょっと、寂しかったから」と。わたしは、はっとした。わたしは、彼に、心のどこかで、一線を、引いていたのかもしれない。深く、関わりすぎないように。大切に、しすぎないように。でも、もう、無理だった。わたしは、彼を、どうしようもなく、好きになっていた。終わりごと、引き受けるくらい、好きになっていた。


 彼の、頭の上だけは、見なかった。


 半年間、一度も。


 わたしは、知っていた。見てしまえば、もう、戻れないことを。だから、見なかった。見ないことが、わたしの、彼への、愛情だった。彼の終わりを、知らないでいること。彼を、ただの、生きている人として、未来のわからない人として、隣に、いさせること。それが、わたしの、精一杯の、しあわせの守り方だった。



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