第4話
大人になっても、わたしは、変わらなかった。
人を、深く、好きにならないように、して生きてきた。
友達は、できた。でも、いつも、どこか、一線を、引いていた。あまり、近づきすぎないように。あまり、大切にしすぎないように。だって、大切な人の頭の上に、ある日、近い日付を、見てしまったら――そう考えるだけで、息が、できなくなった。美月のことを、思い出すたびに、わたしは、人と深く関わることが、こわくなった。近づけば、近づくほど、その人の終わりが、こわくなる。終わりが、こわくなれば、わたしは、また、逃げてしまう。逃げれば、自分の手で、その関係を、終わらせてしまう。だったら、最初から、近づかないほうが、いい。浅く、付き合っていれば、終わりも、浅くて、済む。
恋愛も、しなかった。
何度か、好きになりかけた人は、いた。でも、そのたびに、わたしは、立ち止まった。この人を、本気で好きになったら、わたしは、いつか、この人の頭の上を、見てしまう。見て、近い日付だったら? わたしは、また、祖母のときの、何もできない自分に、戻ってしまう。あるいは、美月のときみたいに、こわくなって、逃げて、自分で、終わらせてしまう。そう思うと、わたしは、どうしても、最後の一歩が、踏み出せなかった。
二十八歳になっても、わたしは、一人だった。
仕事は、図書館の、司書だった。
その仕事が、好きだった。本は、人より、ずっと、終わりが、遠い。古い本の上には、何十年も、何百年も先の、日付が、浮かんでいる。書庫に並んだ、革表紙の本たちは、わたしが死んだあとも、ずっと、そこに、あるらしかった。終わりが遠いものに、囲まれていると、なぜか、落ち着いた。静かな書庫の、本の匂いの中で、わたしは、人の上の、ばらばらの日付から、逃れて、息を、ついた。
それでも、人と、関わらないわけには、いかなかった。
カウンターに立てば、利用者が、本を借りに来る。本を渡すとき、どうしても、相手の顔が、視界に入る。頭の上の、日付も。常連の、おじいさんがいた。毎週、火曜日に来て、時代小説を、五冊ずつ、借りていく人だった。いつも、にこにこと、わたしに、世間話を、してくれた。孫の話。庭の、朝顔の話。戦争の頃の、町の話。わたしは、その時間が、好きだった。けれど、ある日、わたしは、見て、しまった。そのおじいさんの、白い頭の、すぐ上に、もう、すぐそこまで来た、近い日付を。
わたしは、何も、できなかった。
いつものように、本を、五冊、貸し出して、「お気をつけて」と、言った。それしか、言えなかった。気をつけて、と言ったところで、終わりは、来る。わたしには、それが、わかっていた。その日付の、次の火曜日。おじいさんは、来なかった。その次も、来なかった。返却期限を、過ぎても、五冊の時代小説は、戻ってこなかった。しばらくして、家族の人が、本を、返しに来た。深く、頭を下げて、申し訳なさそうに。わたしは、何も言えずに、その本を、受け取った。
わたしは、ずっと、こうやって、生きてきた。
人の終わりを、先に知って。知っていることを、誰にも言えずに。ただ、見送ることしか、できずに。だから、わたしは、人と、深くは、関わらない。常連のおじいさんとの、火曜日の世間話くらいの、ちょうどいい距離。それ以上は、近づかない。近づけば、その人の終わりが、自分のことみたいに、こわくなる。それを、十六年、続けてきた。




