第2話
祖母の頭の上に、わたしが、初めてそれを「見た」と、はっきり意識したのは、十二歳の、夏だった。
その夏、わたしは、祖母の家に、一人で預けられていた。両親が、共働きで忙しく、夏休みのあいだ、田舎の祖母のところで過ごすことになったのだ。祖母の家は、古い、平屋だった。縁側があって、庭があって、庭の隅には、大きな柿の木があった。蝉が、朝から晩まで、降るように鳴いていた。祖母は、無口だけれど、優しい人だった。畑をやっていて、朝、いっしょに、きゅうりやトマトを採った。採れたてのトマトを、井戸水で冷やして、塩をふって、縁側で食べた。あの夏のことを、わたしは、今でも、よく覚えている。きっと、一生、忘れない。
祖母は、スイカの種を、上手に飛ばす人だった。
縁側に並んで座って、スイカを食べる。祖母は、口をすぼめて、ぷっ、と、庭の隅まで、種を飛ばす。わたしが、真似して、ぼたぼたと、足元に落とすのを見て、いつも、笑っていた。「練習すれば、飛ぶようになるよ」と、祖母は言った。わたしは、何度も、挑戦した。けれど、なかなか、うまく飛ばなかった。それでも、祖母は、辛抱強く、隣で、付き合ってくれた。
あの日も、わたしたちは、縁側で、スイカを食べていた。
夕方だった。蝉の声が、少し、静かになって、かわりに、ひぐらしが、鳴き始めていた。庭に、長い影が、伸びていた。祖母は、いつものように、種を飛ばして、わたしのへたくそな飛ばし方を見て、笑っていた。皺の寄った目尻と、白い前歯と、首に巻いた、藍色の手ぬぐい。わたしは、その横顔が、好きだった。
そのとき、ふと、わたしの視線が、祖母の、白髪頭の、少し上に、ずれた。
そこに、日付が、浮かんでいた。
その夏の、終わりの日付だった。
わたしは、スイカを持ったまま、固まった。
物の日付なら、何百と、見てきた。けれど、人の上に、はっきりと意識して見たのは、そのときが、初めてだった――いや、たぶん、初めてでは、なかった。きっと、それまでも、見えていて、ただ、それが何を意味するのか、考えたことが、なかっただけだ。賞味期限の延長みたいなものだろう、と、どこかで、高をくくっていた。人の上の日付なんて、引っ越しとか、転校とか、せいぜい、そんなことの、目印だろう、と。
でも、その、夏の終わりの日付を見た瞬間。
わたしの背中を、理由のわからない、冷たいものが、走った。
わたしは、それから、祖母の顔を、まともに見られなくなった。スイカを食べるあいだも、夕飯のあいだも、ちらちらと、祖母の頭の上の、その日付を、盗み見ていた。日付は、消えなかった。次の日も、その次の日も、頑固に、そこに、あった。じりじりと、その日が、近づいてくるのが、わかった。わたしは、こわくて、誰にも、言えなかった。言ったところで、信じてもらえるわけがない。それに――言って、どうなる。
その日付の、朝。
祖母は、布団の中で、冷たくなっていた。
いつものように、わたしが起きて、台所へ行っても、祖母の姿が、なかった。まだ寝ているのかな、と、寝室をのぞいた。祖母は、布団に、横たわっていた。眠っているように、見えた。けれど、いくら呼んでも、起きなかった。わたしは、その小さな体を、揺すった。冷たかった。
眠ったまま、痛みもなく、逝ったのだと、あとから、大人たちは言った。大往生だ、幸せな死に方だ、と。葬式で、親戚のおじさんが、そう、繰り返していた。畳の上に、たくさんの人が集まって、お線香の匂いが、立ち込めていた。わたしは、そのあいだ、ずっと、祖母の遺影の上に、もう、何も、浮かんでいないことを、見つめていた。
日付の消えた人を見たのも、そのときが、初めてだった。
終わってしまったものには、もう、日付は、いらない。
当たり前のことだ。
終わったの、だから。
わたしは、葬式のあいだ、一度も、泣かなかった。泣けなかった、というほうが、正しい。わたしの中には、悲しみよりも、もっと大きな、得体のしれない、こわさが、渦巻いていた。わたしは、知っていたのだ。祖母が、あの日、終わることを。何日も前から、知っていた。知っていて、何も、しなかった。何も、できなかった。ただ、いつものように、スイカの種を飛ばして、笑っていた。
知っていることと、変えられることは、ぜんぜん、違う。
それを、十二歳の夏に、わたしは、骨の髄まで、思い知った。
日付は、わたしに、未来を見せてくれているんじゃ、ない。終わりが来ることを、ただ、先に教えて、何もさせずに、見ているだけだ。神様の、たちの悪い、いたずらみたいに。あるいは、呪いみたいに。




