第九話 迷子になるさかな達
迷子にならないように、気を付けないといけないよ。それは、常に身近にあることだから。
本当だって。この広大な海の中で、ごく当然に起こり得る、日常茶飯事なんだ。
え? 信じられない? じゃあ、想像してごらん。
例えば、天敵に襲われて、逃げる時。
例えば、荒れ狂う嵐や大きな船が来て、突然の水流に押し流される時。
もしかすると、何かに夢中になってしまって。
もしかすると、友達と喧嘩をして飛び出してしまって。
ほら、思い当たること、あるだろう? 誰でも経験することだよ。
迷子になったらどうするかって? 良い質問だ。
困ったことに、水の中には、交番も、迷子を預かるインフォメーションセンターもない。
さらに、群れからはぐれると、敵から捕食される危険性が一気に増すから、一刻も早く群れに戻らないといけない。まさに緊急事態だ。
でも残念ながら、自分がどこにいるのか分からないから、迷子になっているわけで。かわいそうな迷子達は、一生懸命、群れを探して彷徨うこととなる。
そう、怖いね。迷子になったらどれほど心細いことだろう。仲間と離れて、どんなに寂しく、怖いだろう。元の群れに戻れない、もう皆に会えないかもしれないと思うと、辛いよね。
それでも、魚の世界はおおらかだから、はぐれた迷子達が、元の群れに帰れなくても、別の群れに入れてもらえることがある。
同じ種どころか、別種の群れにさえ、潜り込めてしまう。大きさが同じくらいで、泳ぐスピードが同じくらいなら、種が違っていても、居候が可能だ。もちろん、時と場合にもよるけどね。
私も一度、イワシの群れにサバの子どもが同居しているのを見たことがあるよ。思わず二度見したけど。結構頑張って同化していたよ。
同種の群れなら、ある程度安心できるだろうけど、別種の群れにしか出会えなかったら、どうなんだろう。似たような姿の群れに紛れて、少しはほっとできるかもしれないけど、不安はなくならないかもしれない。そうして元の群れと再び出会って帰れる日を、ひたすら待ち望みながら、泳ぐことになるかもしれない。
別種の群れに出会った時にどうやって居候を頼むかって? どうかなあ。私にも正解は分からないけど。相手がこちらと同じ言葉を話すかどうかも分からないし。でも、やってみる価値はあると思うよ。まずは、一歩を踏み出さないと、何も始まらないしね。
もしも、すごく大きな群れだったら、こっそり最後尾から、しれっと紛れ込むこともできるかもしれないよ。堂々としていれば、案外ばれないものさ。
なぜ知っているのかって? 秘密――と言いたいところだけど、実は経験者だから。
驚いた? 本当の話だから、説得力があるだろう?
元の群れ? 残念ながら、あれ以来出会えていない。そう、少し寂しいけれど、私はこの群れに入れて、こうして生き延びているから、結果的には良かったと思うよ。
もし今、元の群れに出会ったら? そうだなあ。この群れで過ごして、もうだいぶ経つし、いろいろ馴染んだから、今さら元の群れに戻ってうまく行くのか、ちょっと悩みどころかな。もちろん、昔の仲間達に会えたら嬉しいけど。皆、どこかで元気に泳いでいると良いな。
ああ、そうだ。もうひとつ。最近、暑くて息苦しくなる日が増えているよね。そのせいか、迷子になる魚が増えているんだ。
本当だよ。別の群れでも話題になっていることでね。暑い、息苦しいって言っていたと思ったら、ぼーっとしながら、ふいっとどこかに泳いで行って、そのまま帰って来ないっていう話が増えている。
そう、怖いね。だから、自分がそうなった時のために、覚えておくんだよ。同種でも別種でも良い、できるだけすぐに仲間に入れてもらえる群れを探すこと。良いね。
今より暑くて息苦しくなったらどうなるのかって?
それは分からないけど、海には、魚も誰もいなくなるかもしれないね。
さあ、今日のお話はここまでだよ。もうお休み。
明日もたくさん泳がないといけないからね。
良い夢を。




