第十話 隣の世界
「あ、魚だ」
港のコンクリートの岸壁から海を見下ろすと、すぐ下に小魚の姿を見ることができた。
白いコンクリートの壁に等間隔に付いているアーチ型の防舷材。黒くて分厚いゴムで切り取られた空洞を、ひとつひとつ順番に覗き込む。傍から見れば「何をやっているんだろう、あの人」と思われそうな謎の行動でもあるが、自分が面白くてやっているので、特に気にしない。
ひとつひとつのアーチの底には、透明なエメラルド色の海水が満たされている。そこにそれぞれ何かしらの影を見つけると、つい嬉しくなる。自分だけの秘密の宝物がそこにあるようで。実際は、手も足も届かず、触れもしないけれど。全てのアーチに住人がいた日には、達成感さえ感じてしまう。何ひとつ自分のものにならなくても、そこに生きているものがあると知るだけで、心が満たされる。いのちが持つ、大きな力。
カニが張り付いている時もあれば、魚が一匹でいたりする。または二、三匹一緒にいる時もある。縄張りがあるのか、たいてい暫くの間は、同じ住人のようだ。何しろ本人達に確認が取れないので、おおよその種類でしか区別できないが。住人(の種類)が変わると、「ああ、前の子達は負けちゃったのかな。それとも引っ越したのかな」と、ちょっとしみじみする。
そんな彼らは、割とシャイだ。覗き込んだ私の影が水面に落ちた途端、ぱっと身を隠してしまう。その素早さは、「あ、人間だ」という声が聞こえてきそうなほど。さすが魚眼レンズ。感心せずにはいられない。
たまに悠々と遊んでいる個体もいて、その時は、こちらものんびりその様子を観察させてもらう。ただ、泳いでいる魚を上から眺めているだけなのに、何がそんなに私を惹きつけるのか、自分でも分からない。私達の遺伝子が辿って来た過去の記憶を懐かしく思っているのかもしれないし、または単純に私自身が泳げないから、羨ましくて、憧れているのかもしれない。
彼らと私は、それぞれ海と陸の世界の住人。水面という境界線を隔てて、お隣同士。そんな彼らの世界を覗き込みながら、彼らは私達をどのように認識しているのだろうと、常々思っている。
彼らは彼らで、「人間は、何を思って自分達を見ているのだろう」「また来たよ。暇人だなあ」とでも考えているのかもしれないけれど。
そんな彼らが、人間が作ったコンクリートの岸壁と防舷材を住処に選んで暮らしているのが、何となく嬉しくて、「今日も元気かな」などと思いつつ、勝手なご近所づきあいをさせてもらう。
私から見えるのは、直径わずか五十センチメートルほどのアーチ型の空洞。でもそれは、外界から切り取られた、不思議で特別な空間。その中は波の影響を受けにくく、強い日差しを遮り、夏は少し涼しいのかもしれない。外敵から身を隠し、リラックスできるという点も大きいだろう。
快適な住環境で、長く空き家になることはない人気物件。等間隔で並んだアーチの中に、一世帯ずつ。単身者もいれば、家族かもしれないし、友人とルームシェアリングしているのかもしれない。ひとつのアーチの中に、それぞれの暮らしがある。彼らは、隣のアーチの住人と交流があるのだろうか。「今日は、人間が十人来たよ」「うちは七人だった」なんて会話を交わしたりするのかな。そんなことを考えるのも楽しかった。
でもそれは、私がまだ子どもだった頃の話。
今はもう、そこに生き物の姿を見ることはほとんどない。隣人が次々と減り、寂しさと共に危機感を感じるのは、私だけだろうか。
空っぽのアーチを見下ろしたまま、立ち尽くしている。




