第七話 鮭とサーモン
「白 鮭さんですね。アトランティック=サーモンと申します。本日はよろしくお願いします」
「はい、白鮭です。こちらこそよろしくお願いします。さすが大陸の方は大柄ですね」
「私達は大きい方ですが、大陸でも小柄な種は多いんですよ。ただ、この大きさがあるからこそ、私達は人間に養殖されているわけで。種の繁栄という観点から見れば、成功と言えるのかもしれませんがね」
サーモンは、自分のジョークに満足したように、大きな体を揺らして愉快げに笑った。
だが、自虐的な言い回しに、鮭は一瞬ひるんだ。
(どう返すのが正解なのか分からない。どうしよう)
「ところで、鮭さんとお呼びしても?」
「あ、はい。もちろん。では、私からはサーモンさんと」
鮭はちょっとほっとした。
「それにしても、本来なら地球の裏側に住んでいる私達が、こうして顔を合わせるなんて、昔は誰も想像すらしなかったでしょう」
「全くです。今や空輸されるサーモンさん達もいますし。空を飛ぶ本人達が一番驚いているかもしれませんね」
「確かに!」
サーモンは、ヒレを振りながら笑った。鮭は少し安心した。自分もちょっと面白いことを言おうとして、実はあまり自信がなかったが、気に入ってもらえたようだ。
「鮭さんは天然ですよね」
鮭は、一瞬どちらの意味だろうと考えたが、とりあえず流すことにした。
「はい。ただ最近は、日本種の鮭の養殖も始まっているんですよ」
「それはそれは。私達アトランティックサーモンの市場も危うくなりそうです」
「いやいや、うちはいろいろ足りないので。水とか土地とか」
「そうですか? それにしても、サーモンは日本でも大人気のようですね」
「はい。いまや寿司ネタでは人気ナンバーワンです。サーモンさんたちのおかげで、鮭種の知名度はかなり上がりましたよ。ありがとうございます」
「そう言っていただけると光栄です」
サーモンは、嬉しそうに顎を引いて、右ヒレを胸に当てた。今や世界のトップに君臨する流通量。その誇らしさが全身から滲み出ている。
一方、鮭にとっての誇りは何かと言えば。
「養殖の彼らが果たしている役割は大きいので、敬意を惜しみません。しかし、本来の私達の生き方や在り方が、あまり知られなくなるのが、正直少し寂しく感じています」
「ええ、私自身も天然なので、よく分かります。川で生まれ、海へ旅立ち、立派に成人して故郷に戻ってから一生を終える。この美しい営みを知らないまま、人間に育てられた若い世代には、ある種の同情を覚えます。しかし本人達は、寧ろ『ラクだし、ラッキー』という考えも多いようで」
そう言って、サーモンは肩をすくめ、小さく首を振った。
鮭も、肩を落として小さなため息をつく。
「これも時代の流れでしょうか。私達は、親も子も互いを知らずに、ただ命を受け継いでいく。身体が石にぶつかってぼろぼろになっても、捕食者に襲われても、ひたすらに進み続ける。その命の力強さは、何物にも代えがたいと思うのですが」
「同感です。そして命を引き継いだ後も、私達の身体は決して無駄にならない。海の栄養を山へ持ち帰るという偉大な役割も果たしている」
サーモンの言葉に、鮭は、サーモンと深く共感できた気がして、素直に喜びが沸き起こるのを感じた。
「サーモンさんのところも、クマや他の動物達が?」
「ええ、大小様々な動物や鳥達が私達を待ち構えていて、それはもう見ごたえがありますよ。私達がその土地の豊かさの源であると自負しています」
「集団の力というのは、やはり大きいですね」
「はい、群れというのは本当に大切です」
サーモンは目を閉じている。彼の中で何か思うものがあるのだろう。
一瞬の感慨に耽り、二人は同時に口を開いた。
「他が多ければ多いほど、自分が生き残る可能性が上がりますからね」
「自分がダメでも、他の誰かが助かれば種は残りますからね」
「え?」
「え?」




