第六話 めだかの学校
国語。
「“りんきおうへん”というのは、状況に応じて柔軟に対応するという意味です。環境は常に変化しています。型にとらわれず、その時その時必要なことができるよう心がけましょう」
「じゃあ、眠くなったので寝まーす」
「授業中です。起きてください」
算数。
「ゾウリムシが十匹います。朝昼晩の三回に分けて食べるには、一回に何匹ずつ食べれば良いでしょうか」
「僕、一回で全部食べられるよ」
「ていうか、どうしてそんな名前にしたんだろ」
「もっと美味しそうな名前だったら良かったのにね」
「ね」
理科。
「雨が降ると、水が増えて流れが速くなります。ここで雨が降っていなくても、上流で雨が降れば、増水した水が流れてきます。水の温度や量の変化にはいつも気を付けて、早めの避難をするのが大切です」
「先生、もし流されたらどうなるんですか」
「流されためだかが戻って来たという話は聞いたことがないので、分かりません」
「……」
社会。
「最近は、外来種のカダヤシが増えています。彼らは、外見が私達に似ていて、大きさも同じくらいですが、君達のような、子めだかを捕食します。おとなのめだかも、ひれや尾に噛みつかれて、被害を受けます。出会ったらすぐに逃げること。良いですね」
「こわいね」
「ね」
「友達になれば、食べられないんじゃない?」
「残念ながら、彼らは、君達を餌としか思っていません」
「……」
体育。
「非常時には、とにかく素早く逃げること。『フリーズ』と『泳げ』を繰り返し練習することが大切です」
「先生、またメイさんが遅いです」
「ごめんなさい」
「メイさんは一番身体が小さいですからね。メイさんなりに頑張っていますよ」
「もっと早く泳げよ」
「ダイさん、逃げる時に他のめだかを気にしていたら、自分が危ないですよ。とにかく自分が全力で逃げることに集中しましょうね」
「一番後ろが一番狙われやすいって、先生いつも言ってるじゃん!」
「ダイさんは、メイさんのことが心配なんですね」
「ち、違」
「ありがとう。私、頑張るね」
「ダイさん、よそみしてはいけません」
「してないし!」
「皆さん、次はあそこの水草の隙間をめざしますよ」
「はーい」
外国語活動。
「schoolには、“学校”という意味と、“群れ”という意味があります」
「じゃあ、僕達『めだかの群れ』と、『めだかの学校』はどうやって区別するんですか?」
「どちらも同じ団体行動をする集団を指すので、特に区別しなくて良いと思います」
「先生、メイさんがまたよそみしてます」
「メイさん、何かありましたか」
「朝と夕方、つい見ちゃうんです。水面から降りてくる光が、ふんわりと柔らかくなって、きれいだなと思って」
さらりと、水草の森を水が通り抜ける。
揺らめく光に誘われるように、水草の細い葉が、さわさわと小さく震えた。
水流の波紋は、子めだか達の心も優しく撫でていく。
その時。
「メイさんの表現は、素敵で――フリーズ!」
先生の突然の号令に、子めだか達は瞬時に反応し、ぴたりと動きを止める。
近づいてくる一匹のメダカ――いや、違う。
こちらを絡め取ろうとする、獰猛な捕食者の目。
子めだか達の背筋をぞわりとした何かが走った。
カダヤシだ。
「泳げ!」
急旋回して、泳ぎ出した先生の後を、子めだか達が追う。
全身を力強くしならせ、ひれと尾を全力で動かす。
ただひたすら、前を泳ぐ先生の尾を見つめて。
不自然に欠けた、特徴的な尾は、生き延びた証。
子めだか達を率いてきた、力強い道標。
最後尾の一番小さな体が、徐々に遅れて集団から外れそうになる。どれほど必死に泳いでも、幼いめだかが泳ぐ距離とスピードは、おとなのカダヤシにかなうはずもない。
カダヤシはすぐに追いつき、小さな子めだかを飲み込もうと、貪欲な口を大きく開けた。
だが、その口は、子めだかを捕らえることはなかった。
水草の茂みに逃げ込み、振り返った子めだか達が目にしたのは、大きな黒い影。
ヤゴが、その凶暴なアゴでカダヤシを捕らえていた。
遅れて追いついた小さなめだかに寄り添うように、一匹の子めだかが近づく。他の子めだか達も身を寄せ合うように集まった。
先生はまだ緊張を解かない。
ヤゴは救世主ではない。
カダヤシの次は、自分達かもしれない。
だが、こんなことは、生まれて以来何度も見てきた日常。
「皆さん、今のうちにもっと奥へ逃げますよ」
「はーい」
子めだか達は、先生の後について、見事なフォーメーションで去って行った。




