第五話 魚じゃなかった
近所に、小さな川が流れている。
散歩にちょうど良い、お気に入りの場所。
今日は何が見られるだろうかと、ちょっと小さな期待を胸に歩く。
水量はさほど多くない。浅いところでは、足首が隠れるくらいだろう。護岸に沿うように堆積した土の上で、大小様々な草が育つ。植物は逞しい。
川幅が狭くなったポイントに、短い橋が架かっている。ほんの数歩の長さ。
晴れた日、この小さな橋の上から見る景色が好きだ。雨の後、少し水量が増えた流れを眺めるのも、また良い。
穏やかな早春のある日。
川の中に、先客がいた。
首が長くて白い、スレンダーな鳥。サギの仲間だと思う。長い両脚を水につけたまま、じっと動かない。
私は知っている。
それは彼らの高度な狩りのスキル。魚が近づいてくるのを待ち伏せしているのだ。まるで置物のように、微動だにしない。完全に風景の、いや、川の一部になりきっている。まさに称賛に値する技術。ここに至るまで彼はどれほどの研鑽を積んだのか。その哲学的とさえ言えるほどの美しいフォルムに魅了され、私は静かに感嘆の吐息を漏らした。
せっかくなので、彼が魚を捕らえるところを見てみたい。これほど素晴らしいスキルを持つ彼が、狩りを成功させるであろうことは疑いようがない。私は、ある種の確信を持ち、来るべき一瞬を待つことを決めた。
しかし、と考える。人間に正面からじっと見られていたのでは、彼もやりにくいかもしれない。いや、それも含めて、彼がプロであるならば、私の視線などお構いなしにやり遂げるだろう。寧ろ彼のプライドを刺激し、良い緊張感と満足感を与えられる可能性もあるのではないか。
身勝手な人間らしく、とりとめのない思考を遊びながら、サギの足元で獲物になりそうな魚を探してみる。
少し離れた草の陰に、黒い大きな鯉が二匹。
さすがに彼の口には大きすぎるので、捕獲対象にはならない。鯉の方も分かっているのだろう。強者の余裕さえ醸し出し、悠然と休んでいる。もしかしたら、彼らもギャラリーとして参加しているのかもしれない。
そんな鯉たちの少し先に、小さな細い魚が数匹群れているのが見えた。ちょうど良い大きさ。だが、惜しいことに、射程距離から外れている。どう見ても彼の首の長さでは届かない。
小魚たちは、どうも危険地帯を認識しているようだ。サギに近寄らない。優秀なリーダーがいるのだろう。手強い相手だ。となれば、川上か川下から新規でやってくる魚を待つしかない。持久戦だ。
見えているのにじっと待つ。その胸の内は、葛藤か忍耐か。
彼の表情からは何も読み取れない。さすがだ。
そう言えば、とふと思い出した。
昔、飛べなくなったカモメに、アジを食べさせようとしたが、イヤイヤをして食べてもらえなかった。近所の動物園に相談すると、飼育員の方が、そういう時は魚を押し込んで食べさせると教えてくれた。なるほどと納得した。
ちなみに、鳥たちは、鱗やヒレが引っかからないように、魚を頭から飲み込む。水族館で見たペンギンたちも、魚をしっぽから与えると、わざわざくわえ直して、頭から食べていた。魚たちが泳ぎやすいように獲得した性質さえ、鳥たちはうまく利用している。自然の摂理は、よくできている。
きっと彼も、捕らえた小魚の向きによって、上手にくわえ直したりするのかもしれない。そのダイナミックな動きを想像してみる。うん、楽しみだ。
のんびりとそんなことを考えていると、視界の隅に小さな白が飛び込んできた。
モンシロチョウだ。
ふわふわと空間を漂う、愛らしい春の使者。微笑ましく思いながら、その姿を目で追う。
春の小川に、静謐な佇まいで、すっと立っている白いサギと、揺らめく光のごとく、はかなげに飛ぶ白い蝶。まるで一幅の絵画のような場面に出会えた、思いがけない幸運。
サギの前を、蝶がゆらりと通り過ぎる。
ぱくり。
サギが、モンシロチョウを、食べた。
二度見した。
目の当たりにした現実を受け入れることを、脳が一度拒否したのだと分かる。
なるほど。人間は全く予期していないことが起きると一瞬脳がバグるというのは、こういうことか。
ま、まあ、確かにサギは魚の他にも水生昆虫を捕食する。そう、昆虫を捕食する。
なので、間違いではない。
私の方が、思い込んでいただけだ。
ちょっと、予想外だった。
サギは何事もなかったかのように、変わらず淡々と立っている。
その表情からは何も読み取れない。
ただ――。
ひとことだけ言わせてほしい。
そっちかい!
自然はいつも、私の想像を軽々と超えてくる。
だからこそ、面白い。




