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さかな達のanthology≪アンソロジー≫  作者: 七海 みな


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第四話 たい焼きとたこ焼き

男は、悩んでいた。

ガラスの扉の内側には、二種類の商品が並んでいる。

冷凍食品のたい焼きとたこ焼き。

その二種類がパッケージを新装し、今、目の前で猛烈にその存在感を示している。


どちらかが安かったなら、今日は安い方を購入し、給料日後の週末に、もう片方を買いに来るという逃げ道もあっただろう。

しかし、そんな安易な選択を拒むように、価格は同じ。決断力が試されている。


ただ一文字しか違わないのに、その差は言葉に尽くせないほど大きい。


たい焼きは、タイの身は入っていない。しかし、その美しいフォルムと甘い餡の見事なコラボレーションが、他の追随を許さない。たとえ、デフォルメされた尾により、度々「金魚」疑惑がもたらされるとしても。


出張先で出会った天然物は、職人技を惜しみなく注がれ、こだわり抜かれた一品だった。パリッとした焼き加減と、絶妙な甘さ。今でも忘れられない。目の前のたい焼きは養殖物の冷凍だが、手軽に食べられるなら、ぜひ手に入れたい。


アウェーであれば、周囲の視線は気にならないが、ここは通い慣れたスーパー。単身赴任して一年。店員達が自分に向ける表情には、明らかに「いつもの人だ」感がある。そんな彼らに、「あ、たい焼き買ってる」と思われるのは、なんとなく恥ずかしい。何故かは、よく分からない。


さらに今夜は、家族とのビデオ通話がある。毎週このために、いつもよりちょっと見た目が良くなるようにお惣菜を選ぶ。管理栄養士の妻に褒められたいという切実な狙い。ただ、女性の勘というのは、侮れない。夏にアイスクリームを箱買いしたのも秒でバレた。何故かは、よく分からない。


今日も恐らく、いや、きっと、たい焼きを買えば、すぐにバレるだろう。とはいえ、妻にバレるだけならまだ良い。


一番の問題は、最近大人びた発言をしたがる娘達だ。昨日のLINEで、「クラスの男子が甘いケーキにハマっていて引いた」という話題があった。

(君、その男子にバレンタインのチョコを作ってたよね)というつっこみは、心の中にひっそりとしまい込んだ。それを口に出せばどうなるか分からないほど愚かではない。

果たして、そんな彼女が、自分のたい焼き購入イベントに対してどんな反応を示すのか。想像することさえ恐ろしい。



女は、悩んでいた。

ガラス扉の手前には、立ち尽くすひとりの男がいる。


冷凍食品のたい焼きとたこ焼き。

その二種類がパッケージを新装し、今だけ50円引きのセールをしている。目の前の男は、間違いなく、どちらを買うかで悩んでいる。確かに、究極の選択と言っても過言ではない。そこは同意する。


ただ一文字しか違わないのに、その差は言葉に尽くせないほど大きい。


たこ焼きは、タコの身が入っている。そして、その球形は並ぶほどに秩序を生み、濃厚なソースとトッピングにより、多彩で深い味わいをもたらす。


また、たい焼きはおやつだが、たこ焼きは、食事にもおやつにもなる。その柔軟性が、たこ焼きの誇る強みだ。

しかも、たこ焼きにタイの身を入れたら、結構いけそうな気がする。今度試してみよう。だが、たこ焼きに甘い餡は合わないし、もし、たい焼きがタコの形をしていたら、ちょっと微妙。やはり、たこ焼きは、ひとつの完成形なのだ。


今日、女の心は既に決まっていた。


カゴの中には、いつものたこ焼きソース、鰹節、青のりが入っている。冷凍食品であるターゲットを、買い物の最後に配置していたのだ。完璧な采配……のはずだったのに。まさか、ここで時間を取られるとは。さすがに横入りするのは(はばか)られる。


つと男が手を伸ばす。やっと決まったらしい。女は期待を込めて、その背中を見守る。

男は、たい焼きのパッケージをひとつ手に取り、少しの間それを見つめ、棚に戻して、扉を閉じた。

まだだったらしい。


男の葛藤は、いつ終わるとも知れない。

女は意を決して、男の隣に並んだ。

「すみません」

女の声にびくりと肩が跳ね、男は、「あ、すみません」と言って一歩下がった。


女は扉を開け、たこ焼きを手に取り、カゴに入れた。迷いは一切ない。

「あ」

男は、小さくこぼれた自分の声に、自分でも驚いた。他意はない。女のあまりに見事な決断力に圧倒されたのかもしれない。


女は、ふと男を振り返り、ちょっと苦笑して言った。

「たい焼き、美味しかったですよ」


颯爽と去る女の背中を一瞬見送り、男は、たい焼きとたこ焼きをひとつずつカゴに入れた。

そして満足げに頷き、レジへ向かった。


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