第三話 太刀魚バトル
太刀魚は、全身銀色に輝く美しい魚。
太刀魚の群れが、夜の海の中で、淡い煌めきをまとい、すうっと立って泳ぐ姿は、とても幻想的だ。泳げない私はネットの写真でしか見たことがないけれど。
しかし、刀剣と同様、優美さとともに、危険な面も併せ持っている。彼らは、鋭い牙を持つ肉食魚だ。油断すれば、こちらが大怪我をする。
大きな太刀魚の口を引き出してみると、子どもが泣き出すレベルの驚異的なモンスターになる。それはまるで、ぱっくりと大きく口をあけ、牙をむき出しにした地球外生命体のよう。一見の価値はある。
私はこれから、そんな太刀魚に挑む。
夜釣りで狙うは、ドラゴン級。幅十センチメートル以上、全長一メートル以上。
魚の世界で大きく成長するということは、それまでの人生(魚生?)で、数々の困難を潜り抜け、生き残ってきたということ。多くの経験をし、深い知識を身につけた強者だ。
決戦の時は来た。
ワイヤーの頑丈な釣り糸、耐久MAX。漆黒の太い針、攻撃力MAX。対ドラゴン用装備にぬかりはない。今日ここに、新たなドラゴンスレイヤーが誕生する(予定)。
太刀魚釣りで人気のこのエリアには、すでに何人もの釣り人が竿を出している。金曜日の夜十時過ぎ。夜を徹する戦いはもう始まっているのだ。
私も竿をセットして、参戦。夜空の下、深淵なる海へ、不敵な笑みを向ける。
太刀魚よ、いざ、勝負!
防波堤に寄せる規則的な波の音。
どれくらいの時間が経過しただろうか。
竿を上げてみると、餌のサバは見事になくなっていた。
(ま、まあ、最初は様子見だし。……サバ、高かったけど)
気を取り直し、再度同じポイントに、サバを投入。
またとられた。竿先にそれらしい動きはなかったのに。
これは、予想以上の大物に違いない。
暗い海の中で、いったいどれだけの太刀魚が、私のサバを囲み、互いに駆け引きを行い、ここまでの隠密行動を行っているのか。
(面白くなってきた。頭脳戦と行こうじゃないか)
別の竿で釣ったアジを活餌に使う。まずは、鼻掛け。
間もなく竿先がぐぐっと深く沈んだ。来た! と思ったら、すぐに戻った。
(太刀魚が様子を見に来ている。ここで決める!)
次の沈み込みに備え、両手で竿を握りこみ、全集中。
来ない。おかしいな。
竿を上げると、アジの頭だけ残っていた。
(くっ。なかなかの強敵。ならば!)
アジのしっぽの付け根に針をつけて投入。これでどうだ!
しっぽだけ返って来た。
残るは一か所のみ。背がけだ。さあ、どうする? 太刀魚よ!
針のついた部分だけ残し、前後は消えていた。
(負けた……)
彼らの海中品評会の図が脳裏に浮かぶ。
――頭に針とか、初心者だな、コイツ。
――ハハハ。今度はしっぽだって。迷走し始めたぞ。
――真ん中とか、ウケる。
(というか、お行儀悪いよね。ちゃんと残さず食べようよ!)
負け惜しみに、太刀魚を叱ってやった。
それにしても、と周囲を見渡す。釣り人達が、せっせと新しい餌をつけては竿を振っている。
この場所は、もしかすると、彼らにとっては、自動的に餌が降りてくるレストラン、またはアトラクションのようなものかもしれない。
まあ、良い。今回は、敗北を認めよう。
私はこれから研鑽を積み、いつの日か君達に再戦を挑むだろう。ドラゴンスレイヤーを夢見て、私の挑戦は続くのだ。
それからしばらく後、小さな漁港で、夕まずめにサビキでアジを釣っていた。南蛮漬けにちょうど良いサイズの小アジがたくさん釣れて、ほくほくだ。
空に浮かぶ雲が、ほんのり茜色に染まり始めている。そろそろお終いにしようかと思っていると、なんと太刀魚の小さな群れがやって来た。幅四~五センチメートル程の若手軍団。
小アジ達が、突然現れた捕食者に大慌てで逃げ惑う。
これでは釣りにならない。リールを巻いていくと、サビキにアジが数匹かかって上がってくる。これが今日最後の釣果だなとのんびり思った、その時!
銀色の光が一閃。
私のサビキにかかっていたアジを、太刀魚が食べた!
(それは私の獲物! 横取りは許さないよ!)
突然のバトル開始。
良いだろう。太刀魚との雪辱戦。望むところだ。
通常、サビキの細い糸や針は、太刀魚の歯に敵わない。しかし今回、うまい具合に引っかかったらしく、糸は切れない。運は私に味方した!
若い太刀魚は小さいながら、かなりの力で抵抗する。青物ほどではないが、サビキ用の細い竿が少し心配になるほどしなる。ここで逃がしてなるものか。
しばらくの引き合いの後、私は勝利した!
小アジと太刀魚が並んでぶら下がっているサビキを見て、思う。
太刀魚よ。サビキで釣られるなんて、君にプライドはないのか。
というか、あの夜釣りの苦労はいったい……。
新鮮な太刀魚、塩焼きでおいしくいただきました。




