045 雷霆(らいてい)の爪痕
負傷したガルドを背負い、ハルキたちは命からがら村までたどり着いた。
日は既に沈み、西の空の端に、僅かに夕日の残り火が滲んでいるだけだった。
村の入り口に人影が近づくのに気づき、真っ先に駆け寄ってきたのは
狼族の嫁、ルナだった。
背負われている夫の惨状を見るや否や、ルナは悲鳴のような声を上げた。
「あんた!」
「ルナさん、すまない……っ」
ハルキはとっさに謝罪の言葉を口にしていた。
「キッ」と、ルナの鋭い視線がハルキを睨みつける。
「突然だったんだ……。深い霧の中で、不意にモンスターに襲われた」
重苦しい沈黙を破ったのはセイルだった。
「ガルドは俺たちを守って、自ら盾になってくれたんだ」
セイルは淡々と、しかし確かな口調で言った。
それは、ガルドの名誉を守るための嘘だった。
本当はガルドが先走った結果だったが、今のルナにそれを伝えるのは残酷すぎた。
その言葉を聞いた瞬間、ルナの張り詰めていた糸が切れた。
「うああああん!」
ルナはガルドに泣きつき、子供のように声を上げて泣きじゃくった。
「フィア、治療を頼めるか。雷撃を受けたんだ」
セイルが決死の表情で妻に乞う。
フィアは即座に表情を引き締め、ガルドの状態を確認した。
「後は私が見ます。ルナさん、手伝ってもらえますか?」
フィアの静かだが力強い言葉に、ルナは涙を拭いながら、声にならない声で「うん、うん」と何度も頷いた。
ガルドは、ルナに支えられながらガルド夫妻の家へと運ばれ、集中治療が行われることになった。
残されたメンバーは、広場に集まり、改めて「何が起きたか」の共有を行うことになった。一同の表情からは、事態が深刻であることが容易に読み取れた。場には、張り詰えたような緊張感が漂っている。
ハルキとセイルが交互に、沼地での出来事を説明した。
説明を一通り聞き終えたドワーフのドンが、重い口を開いた。
「……そんな奴がいるとはのう」
ドンは深く溜息をつき、複雑な表情で髭をさすった。
「そんな遠距離から一方的に攻撃されては、我々には何も出来んぞ……」
「はい。当面、沼地方面は非常に危険……だと、思いました」
ハルキが重苦しく同意する。
「そうですね。避けられるのなら、絶対に避けましょう」
猫族のニケも、恐怖を隠せない様子で頷いた。
「・・・・・・・」
セイルは黙って深刻な顔をしたまま、一言も発しなかった。
「しかし、沼地方面が厳しいとなると、我々の活動範囲が狭いのう」
ドンが眉間に皺を寄せる。職人としての悔しさが、その言葉に滲んでいた。
「今後の村の発展を考えると、実に頭が痛いのう。
……喉から手が出るほど欲しい燃料(泥炭)が目の前にあるというのに、手が出せんとは……! まさに生殺しじゃ!」
ドンは拳を握りしめ、地面に視線を落とした。見つかった希望が、同時に絶望の場所にある。その皮肉な事実に、全員が沈黙した。
「しっ、しかし! 今の環境でも、開発する余地はまだありますし!」
ハルキは、この重い空気を変えようと、あえて明るい声を上げた。
「正面の森、湖、他にも探せばきっと何か……!」
ハルキは自分で言っておきながら、心の内では開拓団の未来を考えていた。
正面の森の奥は、あの巨大樹があり進めない。右手方面の沼地方面は、最強のモンスターがいて無理。となると、残るは左の湖畔方面だけになるのか……。
ハルキは、今後の開拓がこれまで以上に険しいものになることを、強く予感していた。
その夜。
自宅でハルキは、ミーラに体を拭いてもらっていた。
ミーラは、ハルキの背中を見ながら、怪我がないか真剣に確認し、心配しながらも、優しく丁寧にタオルを動かしていた。
「ねぇ? 何処かケガしてる?」
ハルキが尋ねる。
「……無い、と思います」
ミーラは安堵のため息をつき、表情が真剣なものから、いつもの柔らかなものへと変わった。
ハルキが服に袖を通す。背中を拭く順番は、いつもミーラが先で、ハルキが後だった。それがこの厳しい生活の中での、ささやかなルールとなっていた。
「ありがとう、いつも助かるよ」
「はい、こちらこそ」
ミーラは少し照れくさそうに微笑んだ。
「今日は水汲み、代わってくれてありがとうね。ルナさんと一緒だったんでしょ? 大丈夫だった?」
ハルキは、あのヤンキー風で気の強いルナと、おっとりしたミーラが二人きりで上手くやれたのか、密かに心配していた。
「はい。ルナさんには、いつも良くしてもらっているので、大丈夫です」
「? ルナさんと、仲がいいの?」
ハルキは意外な言葉に目を丸くした。
「ええ。ルナさん、面倒見が良いと言うか、色々としてもらっています」
「そっか。日頃、ルナさん達が使う木材、ミーラさんが運んでいるもんね」
「そうです! 木材は私の担当ですから!」
ミーラはそう言って、腕の力こぶを作ってみせた。
ふふ、とハルキは思わず笑ってしまった。
「なるほどね。ルナさんと仲がいいんだ」
「はい。いつも、色んなこと教わっています」
「へぇ、どんなことなの?」
ハルキが何気なく尋ねると、ミーラは急に赤面し、慌て出した。
「もうやだ、ハルキさん! 色々は色々ですよ!」
ミーラは恥ずなさのあまり、ハルキの背中を叩いた。
「どつく」という表現がぴったりの、結構な衝撃。
「うぐっ」
不意を突かれたハルキは、一瞬息が止まりそうになった。
「……そっか。でも、二人が仲が良くて良かったよ」
ハルキは苦笑いしながらも、ミーラの意外な一面と、仲間たちの絆に、少しだけ心が温かくなるのを感じた。
その夜、ハルキは眠れなかった。
横になっても、頭の中で繰り返されるのは、あの電撃モンスターとの攻略戦だった。
通常の戦い……正面からの戦いは、どんなに準備しても絶望的だ。あの圧倒的な力の前に、自分たちはあまりにも無力だった。
(俺の『鑑定』で奴の弱点は分からなかったか? ……ダメだ
『鑑定』の範囲外だ。たとえ近づけたとしても、あの圧倒的な力の前に弱点なんてあるのか……?)
鑑定スキルという唯一のチート能力さえ、現状では役に立たない。
その事実が、ハルキの心をさらに重くする。
次に考えたのは、罠だ。
落とし穴や、地形を使ったトラップは作れないだろうか? しかし、どうやってあんな奴を誘導する? 失敗すれば、囮役は確実に命を落とす。そもそも、近づくことさえできないのだ。
ならば、イチイの木を燃やして、毒の煙を使うのはどうだ?
……だめだ。イチイが燃え尽きた後、奴は戻ってくるだけだ。その場しのぎにしかならない。
現状、あの場所を無視する……それが、ベストか?
逆を言えば、もし対峙するのなら、必ず必殺し、討伐するしかない。
理想は、モンスターの遥か遠くからの狙撃だ。
可能性があるとしたら……セイルさんと、彼がこれから手にする
新武器「ロングボウ」だ。
……しかし、もし最初の一矢が外れたら、外れた瞬間に絶望的だ。
あの見た目だ、足が速いのは確実だろう。奴の電撃の範囲に入った瞬間に、全てが終わる……。
無茶すぎる……。
その夜、ハルキはそれでも、奴と戦う方法を模索し続けた……。




