アジ・ダハーカ 5
「なあ、ユーリ。お前は誰一人死なせるつもりはないと言ったな。それなら誰か一人が亡くなるくらいなら、帰還を選ぶつもりだろう。なら、一体どこまで戦う気だ」
テレポート前、ファズさんが僕に聞いてきたそんな質問。
どこまでってのは正直難しかったけど、パーティリーダーである以上、指針は決めておかなきゃならない。
「それは、倒すのがベストですけど、流石にそこまでは無茶だと思います。だからせめて、全員が全力を出せるまでは、戦い続けたいと思います。前衛には、特にファズさんたちには無茶をかけると思います。それでも、全力出せるまでは、食らいつきたいんです」
「何故だ。何故そこまで全力にこだわる」
「だって……出し切らずに負けたら、悔いが残ります」
「悔い、だと」
「悔いって、一生残ります。ああすればこうすればって悔いは、取り返しが着きません。そんな悔いを抱えに行くような戦いにはしたくないんです。僕らは、勝ちに行くわけではない。でも、決して悔いを得に行く訳でもない。悔いのないくらいの燃え尽きを、僕らは味わいに行くんです」
「そうか……。分かった。燃え尽きるまでの戦いを、俺は守るよ」
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武者震いなんてかっこいいもんじゃない。
単にビビって震えが収まらないだけ。
それでも、全力出せるまでは戦い抜くって決めたから。
「下がって!!!」
暁音さんの声を合図に、前衛の盾持ち部隊は大剣の彼の前に出る。
アジ・ダハーカの前に出ることが、どれほど勇気のいる行為なのか、この場にいる誰もが痛いほどに分かっているはずだ。
「「「ばおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!」」」
奴は、吠える。
先程までの様子とは違う。
ここからは、さっきまでの加減など一切ないのだろう。
「……みんなに伝えます。とっとと全力出し切って、早いところ帰りましょう!!!」
短期戦以外を選ぶ余裕はない。
全力の奴と長期戦なんて、無理無理。
ワンチャンス勝ちを狙いに行くつもりだったけど、現実を目の前にしたら流石に無理だと悟る。
ならば僕らのするべき事は、早いとこ全力出しての、即帰宅。
悔いの残さぬ、敗走だ。
「魔法部隊、用意を!!!」
「前衛、構えて!!!」
自然と攻めの指示を僕が、守りの指示を暁音さんが担当することになった。
魔法部隊は、さっきと同様の攻撃を準備する。
前衛は、後ろにいる冒険者全員を守るように盾を張ってもらう。
あまりの脅威に、既に戦意喪失してしまった冒険者たちも居る。
彼らには、なるべく後ろに下がってまとまっててもらうことに。
スキルでテレポートさせるのに、まとまってるとイメージしやすいからだ。
魔法攻撃には、チャージが必要不可欠。
エーテルを体内に蓄えるだけの時間が欲しい。
出来るだけ長くの時間が欲しいが、感覚で分かる多分一分は無理だ。
しかもその間、魔法職はエーテル器官に意識を割く分無防備になる。
前衛部隊には、魔法部隊がチャージしてるこの隙をどうにか守ってもらう必要がある。
前衛にも、二種ある。
守りの盾と、攻めの刃。
盾にはもちろ守ってもらうわけだが、攻めの刃も今は守ってもらわなければならない。
理由は簡単、奴の攻撃を盾だけで受け止めたら、そう長くは持たないからだ。
奴が放とうとした光。
あれが三つの口からまともに放たれれば、いくらSクラス部隊でも守り切れるとは思えない。
今、ターゲットは僕に向いてる。
奴の攻撃は僕に目掛けて放たれるはず。
一点に集中する攻撃を守りきるのは、いくらなんでも無理だ。
だから。
「前衛、突撃!」
まだ動ける前衛たちが、左右から走って奴に向かう。
A〜Eまでの前衛たちは、皆それぞれの全速力でアジ・ダハーカの足元へ。
いくら生態系の絶対王者であるアジ・ダハーカであろうと、向かってくる羽虫を無視しきることはできないだろう。
右左、それぞれ一本ずつの頭と手足が、向かい来る冒険者たちを迎撃する。
普段は攻め手の彼らだが、龍の急所である頭にどうしても攻撃が届かない以上、巨体の龍相手だとどうしても魔法に軍配が上がってしまうため、今回は守備に回ってもらうことにした。
守備と言っても受け止めるだけが守備じゃない。
相手の注意を引きつける役割。
平たく言えば囮ということにはなるが、その役目は何より効果的だし、一番距離が近くなる分勇気もいる。
あの巨体の攻撃は、一撃でも喰らえば即死待ったなし。
死と隣り合わせの作戦であることは間違いない。
指示に従ってくれた前衛たちには頭が上がらないな。
左右に分散された火力は、単純計算全力の三分の一。
これなら何とか、盾が間に合う。
三つ首それぞれが、口内に光を。
さっきのアレ、エーテルの攻撃だ。
僕は盾を信頼し、僕に向かってくる光は見ずに、左右を見る。
光の餌食になりそうなのは……!
「代償!!!」
僕が叫んだとほぼ同時に、奴は光の弾を放つ。
左右の冒険者たちと、前衛の盾。
それぞれに放たれた攻撃は、着弾地点に眩い爆発を起こす。
「ぐぐぐっあああ……!!!」
激しい閃光がその一撃のエーテル量を物語る。
当たればひとたまりもないだろう攻撃を、眼前で堪えてくれているのはファズさんたちSクラス盾部隊。
見えるその背中に全てを預けて、僕は後ろにエーテルのチャージ継続を指示する。
ズドおおおおおおおおおンッ!!!
爆発は、音と風になりその威力を僕らに伝える。
光に目が慣れ、爆発で起こった土煙が晴れると、戦場の様子がはっきりする。
盾の前衛たちは、見事に踏ん張ってくれた。
足が地面にめり込んで出来た踏ん張りの跡は、数メートルにもなっていた。
中央に被害はほぼ無く、あれだけの威力を抱えきったのだと思うと本当に超人だとしか思えない。
そして左右。
突撃してもらった彼らの姿は、今は無い。
あるのは、抉れた地面のみだ。
光景に一瞬ヒヤッとしたが、僕の手に握られていた宝石は、しっかりと消えている。
それはつまり、代償変換がちゃんと作用したということ。
言い換えれば、被弾の寸前でスキルによるテレポートが間に合ったということだ。
奴の攻撃をいなしきった。
つまり、ここからはこっちのターン!!!
「構え!!!」
十分に蓄えたエーテルを、最大出力でお見舞いする。
狙うは一点、目印は焼き焦げたあの場所……!!!
「撃てぇ!!!」
魔法部隊による一斉射撃。
魔導具から放たれる渾身の魔法たちは、奴の頭目掛けてフルスロットルで飛んでいく。
絶え間ない連撃は、一発二発と、着弾地点に追い討ちをかける。
魔法のほとんどが命中し、並の生き物ならば、即刻息の根が止まるだろう総威力。
ヒット確認なんてせず、ただありったけを放ち続ける魔法部隊の連撃は、現代兵器で言うならマシンガンのよう。
相手を蜂の巣にせんとばかりに火炎雷撃の雨嵐。
あまりの攻撃で奴の表情は隠れて見えぬほど。
それほどまでの高密度の弾幕は、紛れもなく彼らの全力を出し切った物だった。
だが、それでも奴は止まらなかった。
弾幕の影から姿を表すアジ・ダハーカ。
その表情は、怒りか、あるいは。
魔法に被弾しながらも、奴は体勢を変える。
身体を倒し四つん這いになって頭を下げた奴は、三つの頭を一点に集め始める。
口を開き、口内に光。
皆が確信した、これは何より恐れていた――。
「悠里くん!!!テレポートを!!!」
大技の構えを前に、暁音さんはそういう。
ここまでの戦いで、十分な健闘だったと誰もが言うだろう。
もう充分戦い抜いたと、この場にいる皆が言うだろう。
でも。
「まだだ!!!」
ここに一人、燃え尽きてないやつが居る!!!
みんなが全力出し切ったんだ、僕一人だけぬくぬく帰る訳には行かないだろう。
僕の目を見て暁音さんも察してくれたみたいで。
「……悠里くん。分かった、あとは任せて。みんな、最後だから堪えて!!!」
そうして、盾部隊に指示を出す。
無言で頷くファズさんたち。
どうやら、覚悟は決まってるらしい。
無茶言ってごめんなさい。
でも、燃え尽きなきゃ。
魔法部隊の攻撃はもうすぐ止む。
皆、貯めたエーテルは使い切り、エーテル器官も新しいエーテルを貯め始められるだけの余裕はないようだ。
俗に言うエーテル疲れ。
全力を出し切ったということだ。
さて、いよいよ残すは僕だけだ。
最後、僕は一人に声をかける。
もうひと仕事だけ、英雄に頼んで後は。
「よし。いくか!!!」
手に持った宝石を代償に、僕は高く跳ぶための準備をする。
「「「ばおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!」」」
奴の咆哮。
それと同時に、口内に激しい光。
三つの口から放たれるレーザーは、一点に集まり、重なり合って迫り来る。
「来るぞ!!!」
盾を構え、堪える体勢。
盾部隊による最後の正念場。
堪えてくれることを信じて、僕は――。
「フレイムエンチャンター……!」
火の円。
作り出したのは、紛れもない大剣の彼。
その輪目掛けて、僕は――
「代償!!!」
跳ぶ!!!
バンッ!!!
輪を通過して、僕の身体には炎が宿る。
大剣の彼の魔導具の効果。
全身が燃えて熱いまま、僕は残りの宝石を全て握ってこぶしをつくる。
そして代償で空を蹴って、方向転換。
真下でレーザーを放つ奴目掛け、僕は燃えながら残りの宝石全ブッパの渾身を!!!
「代償変換!メテオヒートナックル!!!!!!!」
ズドおおおおおおおおおおンッ!!!!!!
落下と代償変換で得たパワー。
それを燃やしてぶつけた一撃は、奴の頭の一つを地面に叩きつけた。
流石のアジ・ダハーカでも、脳天を全力で打たれたらタダじゃすまないようで、直撃した頭はすぐには持ち上がらない。
「……よしっ」
他二つの頭は突然の事に動揺していたが、空中にいた僕を見つけると、レーザー攻撃を中断し、再度光を貯め直す。
方向を変え、僕目掛けて口を開く。
落下する僕を迎撃するつもりだ。
目の前で口を開ける龍の迫力に気圧されるものの、生きて帰るにはここを潜らなければならない。
一見ピンチに思えるが大丈夫、あとは代償変換で近場にテレポートすれば生きて帰れる。
「代償変か……あれ……」
唱えた瞬間、気づく。
代償は全て使い切ってしまったと。
そして目の前も次第に暗くなって、意識が……。
「しまっ……」
万策尽きた僕は、そのまま龍の光に飲まれる。
「代償!!!」
はずだった。
「全く、無茶するんだから。総員、撤退よ!!!」




