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アジ・ダハーカ 4

 


 僕の中には、もう既に選択肢が生まれてしまった。

 だが、それを実行に移すのはまだ早いだろう。

 今この場で傷を負っているのは奴の方だ。

 僕らには、一つたりとも傷はない。

 有利不利で言うならば、先手攻撃を加えた僕らの方が有利に決まっている。

 だって奴の背中や腹には、魔法によって生まれた確実なダメージの跡がある。

 見てわかるほどのダメージを前に、何を怯える必要がある。



「は、ははっ……」



 たった一瞬、たった一手、許しただけだ。

 天変地異が起こったわけでも、ましてや超常現象が起こったわけでもない。

 起こった事といえば、ただ一つ。

 三つ首による咆哮が、僕の心をへし折っただけ。

 龍に睨まれた人間はこんなにも、こんなにも弱いとは。

 無理だ勝ち目が無い、そんな敗者の思考ばかりが頭を過ぎる。

 本質的にいえば、ただビビってるだけなんだろう。

 でも、相手が強大すぎるがあまりに起こる絶望は、時に全てに勝って全身を支配する。

 思考も癖も何もかもを恐怖に置き換え、ただ心を手放すことしか出来ない状態にさせる。

 死闘を何度か経験した身で、これだ。

 異世界転移をしたばかりの僕だったならば、逃げ出すことすら出来なかっただろう。



 咆哮によって生み出された静寂は、まるで一瞬にも、永遠にも感じられた。

 だが、その時。


「だぁああああああああああ!!!」

 

 時が止まったかのようなその中を、僕らのうちの一人が動いた。

 大剣を手にした彼は、目の前の敵に向かって駆け出す。

 確かクラスは、Bだったか。

 

 先の咆哮を浴びても尚奴に向かっていける勇気は、今の僕には尊敬以上に、恐ろしさすら感じた。

 あれを耳にしてなんで動ける。

 命が惜しくはないのか。

 生物としてのリミッターが外れているのか。

 本能すら押しのけて向かっていける原動力はなんなんだ。

 色んな考えが頭を巡り、彼をただ呆然と見守っていた。


 決して僕を責めないで欲しい。

 ここに居たほぼ全員が、同じような気持ちで彼を見守っていたはずだ。

 その証拠に、加勢しようと動いた人は一人もいない。

 動けたのは、百三十四人中のただ一人。

 Sクラスのメンバーでも、暁音さんでもなく、大剣を担いだ彼だけだ。



 彼が向かう先に待つのは、二足で立つ怪物、アジ・ダハーカ。

 三つ首の奴と、彼との間には、全速力で駆けて十秒程の距離しかない。

 見下ろすアジ・ダハーカの気を引く為なのか、あるいは自分へ発破をかける為か、大声を上げながら突撃していくその背中は、ここにいる百三十三人には大きく、痛い。


「フレイムエンチャンター……」

 

 奴との距離が半分程度まで縮まった頃、担いだ大剣で彼は空中に円を描く。

 描いた円の軌跡には、ほとばしる熱が生まれる。

 彼の持っていたのは、どうやらただの大剣ではない。

 大剣を型にした魔導具。

 魔法と剣の両取りは使いこなせれば便利だが、そこに至るまで多くの試練がある。

 大剣を担げるだけの筋力に加えて、強力な魔導具を持ちたいとなれば魔導具の資格を持たなければならない。

 そこから更に、エーテル回路の延長や剣技などの修行を積んでようやく使い物になるという代物だ。

 文武両道をきっちりこなした者にしか扱えない、まさにクセ物。

 そんな大剣で描いた円は、燃える。

 空中に出来た直径一メートルほどの炎の円は、奴と彼の間に位置し、しばらくの間燃え続ける。

 そして、その円目掛けて、彼は剣を振る。


 

断罪の剣光(パニッシュソードレイ)!」


 

 空を斬ったその剣の先からは、光るエーテルの刃が放たれる。

 まさに飛ぶ斬撃。

 本来なら杖や手で行う魔光弾(エーテラ)を剣の遠心力を加えて放つという、大剣を魔導具にした者にしかできない豪快ながら繊細な曲芸。

 そして、この攻撃はまだ終わりじゃない。

 その飛ぶ刃が、あの燃える円を通過する時、



 斬撃は燃える。

 


 彼の大剣に嵌め込まれたベースが生み出したその輪は、ただ燃えているだけじゃない。

 おそらくにはなるが、通過した物に火炎を付与するという性質を持つのだろう。

 勢いを乗せ、奴を目掛けて飛んでいく斬撃。

 燃える光の刃は、減速なんて露知らずに鋭さのまま奴の元へ。

 彼は、着撃を待たずに二発目の構え。

 あの輪が保たれている間は、きっと、その斬撃は何度でも燃やせる。

 やれるだけの連撃を叩き込んで、致命傷を与えるつもりだ。


断罪の(パニッシュ)……!」

 

 二発目、剣先に光が走る。

 その時、一撃目は奴の首元に。


(ソード)……!」


 エーテルの充填。

 この距離からではもう回避不可。


(レイ)!!!」


 放たれた光撃。

 そして命中する、灼刃。



 ドンっ!!!!!



 三つ首のうちの真ん中に、刃は当たった。

 続く斬撃達も続々命中する。

 このまま息が切れるまで、彼は連撃を浴びせ続ける。

 勇猛果敢に振り続ける姿を、皆、目に焼き付けた。


 延べ、二十三発。


 それが、彼の撃てた斬撃の数。

 息を切らし、おそらくエーテル器官も疲弊しきっているのだろう彼は、大剣の先を地面につけてただ立ち尽くす。

 やれるだけはやりきった。

 満身創痍、それが、今の彼の状態。



 彼の勇姿を見届けた僕らは、紛れもなく心ある人間だ。

 その光景を見続けて、心が揺れ動かなかったはずが無い。

 あの化け物相手に動けなくなるほどの全力を出し切ることができるなんて。

 羨んだ、妬んだ、その上で憧れた。

 ここにいる皆が、帰還後誰をMVPに上げるかと言ったら、まず間違いなく彼をだろう。

 それくらいに彼の活躍は、僕らの胸に突き刺さった。

 でも。

 それでも。

 誰も彼の後に、加勢しに行かなかったのは。


「……」


 奴が、それ以上に強大すぎた。

 二十三発、全てを受け止めた奴は未だ飄々と僕らを見守るのみ。

 斬撃に隙がなかったわけではない。

 あの巨体でも、避けようと思えば半数程度は避けられたはず。

 それでも奴が避けなかったのは、続く斬撃に気圧されたからとか、一発目の命中でダメージを負ったからとか、そんな理由じゃない。

 猛攻に為す術が無かったのではない。


 



 ただ、避けるまでもなかったのだ。

 



 

 同じ箇所に燃える連撃を浴びて、焼き傷は付いた。

 真ん中の首の中腹に、しっかりと連撃の跡がある。

 でも、奴は、アジ・ダハーカは、そんな傷など痛む素振りすらせずに僕らを見る。


「はぁ、はぁ……嘘だろ」


 その力量差はあまりに大きく、高い。

 かろうじて大剣から手を離さないだけの状態の彼と、自然体を保ったままのアジ・ダハーカ。

 全て手を出しきった彼と、まだ何も出していない奴。

 全てを受け切られた彼は、もはや逃げる体力すら残っていない。

 完全に勝負あった。

 僕らの英雄は、負けたのだ。




 


 息を激しく切らす彼を前に、アジ・ダハーカの頭の一つが口内に光を貯め始める。

 全てを察した僕らは、奴を前に動けなかった。

 勝者には、全てを決める権利がある。

 勝者が全て、勝ちか負けかで命すら決まる。

 自然とは、そういう世界。

 自然に踏み込めば、人間だって例外じゃない。

 自然の掟だ、負けた者には死あるのみ。

 これは儀式、自然の掟に則った決まりなのだと。


 光はより激しくなり、そしてとうとう放たれる。

 何人たりとも邪魔はできない。

 ここは、勝者の盤上だ。

 勝ち負けが決まった後の盤面では、抵抗はもはや罪である。

 全てを受け入れて、大人しく死を待つのみ――




 






 


「代償!」








 

 

 

 ドドドンッ!!!







 ホーミングによる三連打。

 命中したのは、奴の頭に。

 久々に攻撃に転用したけど、やっぱり代償変換は脳内のイメージ通りに動いてくれるな。


 僕が放った光弾は、威力こそさほど無いものの、奴の視界を遮るだけの力はあった。

 弾に直撃した奴は爆煙をかき消そうと頭を大きく振る。

 光のチャージを中断せざるを得ない状況に、奴の他の頭たちは睨む先を彼から僕へと変える。


 

「「ばおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!」」



 再びの咆哮。

 奴が怒るのも無理はない。

 勝ち負けが既に決まった盤を、僕はスキルでひっくり返した。

 ちゃぶ台返しもいいところ。

 それは自然界において、最もしては行けない行為だ。


 煙が晴れて、三つ首の全てが僕を見る。

 これで、ターゲットは完全に僕になった。

 震える声で、僕は言う。


 

「ごめんファズさん。後は頼みます」



 あまりに身勝手な頼みに、ファズさんは無言で頷く。

 激昂した奴を前に、果たしてどこまで耐えられるのか。

 ここからが本当の死闘だ。


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― 新着の感想 ―
アジ・ダハーカの強大さにドキドキします! 冒険者編、皆イキイキとしてますしクエスト受注して怪物に挑むのなんてモン◯ンみたいでワクワクします。
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