アジ・ダハーカ 2
「えっと、募集を見て来たんですけど」
まず話しかけてくれたのは、一人の女の子。
魔法職だと言う彼女は、僕の貼った依頼書の写しを見て来てくれたようだ。
「参加希望、ありがとうございます! 良かった、とりあえず一人目だ」
「ホントにクラス制限とか無いんですか」
「はい、書いてあった通りになります!」
「挑むのは、S+のアジ・ダハーカ……。ホントにCクラスの私なんかを連れて行ってくれるんですか。途中で置き去りとか無いですよね……?」
「大丈夫です。一応ギルドに、明日になっても帰ってこなかったら捜索に出てもらうように頼んだので」
ギルドの制度、冒険者の捜索。
依頼に赴く前にお金を払っておけば、期日までに依頼達成失敗の報告がなかった場合にその冒険者の安否確認のために調査員を現地に派遣してくれるという制度だ。
だいたいは、期日を依頼から二、三ヶ月後とかに設定するんだけど、僕らは明日に設定している。
「明日、ですか……?」
「はい!日帰り想定なので」
「そういえば日帰りって書いてあったけど、どうやって。この街からドゥンリファー山までは、馬車でも半日以上はかかりますよ」
「実は、僕らハイエーテルみたいな者でして。場所と場所を瞬間に移動できるんです」
「……」
驚きのあまり、彼女は目を丸くしていた。
まあ、ハイエーテルみたいな特殊能力のカミングアウトを平然と行う僕に思うところはあるんだろう。
少し悩んだあと、彼女は口を開いてくれた。
「えっと、じゃあその能力で行きも帰りもってことですよね」
「はい。万が一、負傷等で動けなくなってもこの能力で帰るので、命を落とすことはまずないかと」
「そっか、そういう使い方もあるんだ……。でも」
「まあ、すぐに信用してくれとは言いません。あっちにいる彼女も同じ能力が使えるので、詳しいことはそっちで。実際に試してみてから決めて貰っても構いませんよ」
怪しい受注主をすぐに信用することは難しいはずだ。
現に彼女も、まだ頭を悩ませている。
「出発までに不安が勝ったら、辞退でも構いませんよ」
僕が彼女に出来るのは無理強いではなく、判断を委ねることのみ。
僕の作戦的に本当なら出来るだけ大勢に参加して欲しいけど、それが無理矢理にしたものだと効果は半減してしまう。
自分の意思で参加を決めた、というのが重要なんだ。
少し時間を置いてから、彼女は言葉を。
「分かりました。参加させてください」
彼女のその言葉を聞いて、僕の顔に喜びが漏れた。
とりあえず作戦の第一歩目、パーティメンバーがゼロからイチに。
「ありがとうございます!」
パーティメンバーを登録する書類に名前を貰って、晴れてその女の子、メイヤさんは僕らのパーティメンバーに。
「おい、メイヤ!」
書類に名前を記入した後で、後ろから見ていたメイヤさんの知り合いたちが彼女に駆け寄る。
「お前、自分が何しようとしてるのか分かってるのか!?」
「分かってるよ。クラス越えでしょ? 危険なのはわかってるけど、日帰りだし死なせないって言ってくれてるし」
「それだよそれ! 盗み聞きしてたけど、そんなハイエーテル野郎の言うことを信用していいのかよ!」
「ハイエーテルだからって差別するのは良くないよ。確かに不安はある。けど、好奇心には勝てなかったんだ。S+の依頼に参加できる機会なんて、私の実力じゃ一生に一度くらいだよ。そんなチャンスを前にして、飛びつかずにいられるほど、私いい子じゃない。だって私、冒険者だもん」
彼女は、楽しげに彼らに語る。
好奇心、それが彼女が依頼を受ける理由。
不安に打ち勝つほどの心のワクワクに、彼女は従った。
彼女を見ていると、いつだかの僕を思い出す。
正体不明の怪しげな神様から、異世界転移というこれ以上ないほどに沸き立つ提案をされた僕。
どこまで信用していいのか分からない相手を前に、自分の中の好奇心に従うか否かを選ばなきゃいけないという点で見れば、ほとんど同じ状況と言っていいだろう。
好奇心に従った方がいい、なんてのは今の僕の状況からも言えるはずはない。
好奇心に従った結果が、今のこの生活と寿命だ。
だから、彼女の選択が正しいなんて言う訳じゃない。
けど、あの頃の僕と比べて、彼女は自分の意思をより強く貫いたなと感じるんだ。
迷いと不安だらけの中で、それでも好奇心に身を任せるってのは、何より難しい事だ。
優柔不断だった僕からすると、一人で最後まで決断できた彼女の姿は、とってもカッコよく映る。
あの日の神様も、こんな気持ちで僕を見ていたんだろうか。
「……分かった。なぁ、あんた。パーティメンバーに空きはあるか」
「え、はい。空きというか、無制限なので……」
「じゃあ俺も入れてくれ。無いんだろ、クラス制限」
と、そのままメイヤさんの知り合いたちも、パーティメンバーとして加わる事に。
その問答を見ていた他の冒険者たちも、全員では無いが何割かが参加希望として僕の前に列を作る。
皆、Aクラス以下の冒険者たち。
好奇心か、あるいは山分けの報酬による一攫千金狙いか、様々理由はあるみたいだ。
パーティメンバーが五十は超えたかなと言ったところで、僕の前に頑丈そうな鎧に身を包んだ男性が。
「ユーリ、と言ったな」
「はい! えっと、依頼書を見て来てくださった感じですか」
「依頼書は見た。が、俺が参加を決めたのは、この列を見たからだ。Sクラスの冒険者として、俺は、後輩を守らなければならない。なあユーリ、お前は何故こんな無謀な挑戦をするんだ。一人無駄死にするならまだしも、他の者を巻き込んでまで」
「巻き込んではないですよ。無理強いで参加させた人は一人もいません。みんな自分の意思で参加を望んだんです。理由は、みんな色々あるみたいですが、僕がこの依頼を受注したのは、自分の名を広めるためです。良くも悪くも、七十億の、しかも過去恐れられていた災厄に大勢を引き連れて挑めば、一躍有名になります」
「有名……だと。それが無謀を行う理由なのか。たかが名誉の為に、死の危険も厭わないというのか」
「たかが名誉、とは言いますが、それはそっちも同じことですよ。Sクラスという誉の為に、貴方も死の危険に自らを晒そうとしているじゃないですか」
「なっ……」
「認められたい褒められたい、自分自身を誇りたい。たったそれだけでも、命を賭けるに十分立派な理由だと、僕は思いますよ」
それに、と僕は続ける。
「第一、死ぬつもりはありませんし、誰一人死なせるつもりもありません。犠牲なんて払わない、グランドエンドしか望んでない」
「……そうか、分かった。なら俺も入れてくれ。その、名をあげる為の戦いに」
そうしてSクラスの冒険者たち、ファズさん御一行もパーティメンバーに加わった。
最後尾が先頭になるまで、約二時間。
最後の方が書類に記入を終えて、やっと準備は整った。
Sクラス、八名。
Aクラス、十三名。
Bクラス、二十名。
Cクラス、三十一名。
Dクラス、二十五名。
Eクラス、三十五名。
計、百三十二名。
プラスで僕と暁音さんの、百三十四人。
「悠里くん、これで締切でいい?」
「うん。これだけいれば十分だよ」
「七十億の賞金首、アジ・ダハーカ。勝てる見込みはあるの?」
「いや、全くだよ。アジ・ダハーカについて詳しいことは、ガイドのお兄さんに質問とかして聞いてみるけど、それでも七十億掛けられてる化け物だもん、物量で押しても多分ビクともしないんじゃないかな」
「えっとさっき聞いたけど、この依頼を受注する目的は、ギルド内で名をあげるためなんだよね」
「最高額の怪物に対して、全員生還。テレポーターをアピールするには、これ以上ないほどの売り文句だと思ったんだ。勝つか負けるかは、正直二の次。まずは全員で生きて帰ることだ」
全員生還。
これだけを最低条件にした挑戦は、もう数時間後には決行される。
期待と不安の入り交じった、冒険者たち。
誰一人欠けさせない為にも、彼らの顔を僕はこの目に焼き付けた。




