薄紅
何故ここに彼女がいるのか。
話を聞くと、彼女は短く語る。
「直属護衛隊の研修も終わり、私に配属先が言い渡された。希望は事前に出していた、王都内部、もしくは前線がいいと。結果として、それは叶わなかった。全員の希望が通るわけではないのは承知の上だ、仕方ないと割り切ろうと一度は思い立ち、通達を受け入れる覚悟をしていたが、配属先は、宿舎の見張りだった」
「宿舎の見張りって……」
「直属護衛隊の隊員が寝泊まりする宿舎の見張り、しかも王都から離れた僻地のだ。察しの通りだが、利用者は少ない。そんな場所を見張る必要などあるのかと疑問が浮かぶが、形式上必要なのだと。思い描いていた理想との差に唖然としてしまったよ。鍛えた技や学び得た知恵を、存分に活かそうと思っていた結果が、見張り」
「ゼラさんほどの人が、なんでそんな」
「さあ、上の考える事は分からない。成績上位者の希望は通りやすいと噂されていたゆえ、私も奮起したのだがな。それでも結果は、宿舎の守り手だった」
エリッサさんの再来とまで言われたゼラさんを宿の見張りに使うなんて贅沢、というか無駄使いだろう。
「成果を上げなければ、昇進も無い。見張りの成果と言うならば、何かしらを撃退することだが、あいにく猛者揃いの直属護衛隊、わざわざ襲撃しに来る者などいるはずもそうない。出世の道も絶たれたようなものだ」
国のためにと、やる気に満ちていたゼラさんを襲った理不尽。
なぜ彼女がと考えても、結果は変わらない。
「私の人生を見つめ直させられたよ。このまま見張りとして一生を終えるのか、と考えさせられた。確かに衣食住は保証され、なんの不自由も無い生活は送れる。だが、それで本当にいいのか。私の人生はこんなはずでいいのかと」
ゼラさんは、続ける。
「贅沢な悩み聞こえるだろう、だが贅沢な人生を送るために私は何もかもを投げ捨ててきたはずだ。だから、辞めてきたよ」
「何を……」
「直属護衛隊をだ」
難関資格である魔検一級、それを前提として更なる難易度を誇る王国直属護衛隊。
合格者もひとにぎり中のひとにぎりであるそれを、彼女は辞めてきた。
「そんな、辞めちゃって……良かったんですか」
「良いか悪いかでいえば、まあ悪い選択ではあるだろうな。安定だけを求めるのなら直属護衛隊の見張りなんて最もな職だ。世間からは疎まれる自覚はあるよ。ただ、それでも私はまだ、心から生きていたかったのだ」
清々しい顔で語る彼女は、どうも羨ましく見えた。
「ゼラさんは、これから何を」
「直属護衛隊は、退職時に職の斡旋をしてもらえるんだ。ある程度なら就きたい職に就ける。だから、もう一度、心から生きれていた職に戻ることにした」
「もう一度……?」
「ああ、もう一度ここの教員として、自らの命を燃やそうと思ったんだ」
ゼラさんが心から生きられていた職、それがここの教員。
「なんで、教員に。実力を発揮したいのなら、冒険者とか他にもあったんじゃ」
「他にはないものが、教えることにあったんだ。ここで教えていて、真面目に取り組んでくれる者は稀だ。安くは無い金を払い、貴重な時間を費やしているのにもかかわらず、真剣に話を聞こうともしない。それもそうだ。ほとんどの人間、資格にこそ興味はあるが、教えられる内容などあくまで過程に過ぎない。話半分で聞き流すくらいがちょうどいいだろう。かく言う私も、初めのほうはいくらか手を抜いていた。形式上で授業が行えていれば充分だと、タカをくくっていたんだ。
でも、授業とはその程度のものではないと思い知らされた。
最前で授業を受ける君たちの姿を見て、ハッとさせられた。私の授業を受け取ってくれてる者がいることに、その時初めて気づいたんだ。授業とは対話なのだ。知識を教授するだけに留まらぬコミュニケーション。授業を受ける姿勢や態度から、理解度を測り、受講者の糧となるように工夫に走る。相手板書や説明を通して行う対話に、私は奥深さとやりがいを感じてしまったんだ」
「だから、もう一度教員に」
「ああ。教員として、まだやりたいことは山のようにあった。名残惜しさすら感じていたんだ、望まぬ一生を送るくらいならもう一度ここで教鞭を振るいたいと心の底から思ったんだ」
不幸の中から見出した、自分が本当にやりたいこと。
ゼラさんは、それを見つけられたんだな。
「何はともあれ、良かったですね」
「ああ良かったよ……なんせタイミングもバッチリだ、神はきっと実在するんだろうと確信するほどにな」
「タイミング……?」
なんの……と、言いかけた時、彼女は言い切る。
「ユーリ、最後の授業だ」
「……えっ」
「事情はだいたい把握している。前回の試験で惜しくも不合格になったこと、君に何か莫大なプレッシャーがかかっていること、そして今試験を諦めそうになっていること」
「……どうして」
ズバリ言い当てられ、軽くうろたえる。
そんな僕を真っ直ぐな瞳で彼女は見つめる。
「君を一年間見てきたんだ、これくらいのことは分かるよ。加えて私も君と似たような立場にあった、同士として感じるものがここにある」
自分の胸に拳を当ててそういうゼラさん。
すごいな、完全にお見通しじゃないか。
「……でも、もういいんです。貰いたい物はもう貰いましたから」
暁音さんから受け取った言葉で、もう十分すぎるくらいの幸せを貰った。
これ以上なんて、贅沢なくらいだ。
「確かに君は、何かを達成したのかもしれない。試験を諦めるだけの何かを得て、満足しているのかもしれん。でもそれは本当に君が、得たかった物に適うのか」
「……!」
眉ひとつ動かさずそんなセリフをスラッと吐くなんて、なんてずるい人だ。
本当に得たかった物、それは暁音さんからの感謝じゃなくて、彼女が諦めてしまうことじゃなくて、君と生きるこれからだ。
分かってはいるんだ。
「でもっ……」
「不の可能性に決して飲まれるな。例えたった一部の輝きだったとしても、そこにあるのは君が確かに積み重ねてきた戦いの証だ」
「でも、そう言われても、もう……!」
一度傾いた天秤は、二度と逆転することは無い。
人の行う決断とは、大抵そういうものだからだ。
でも、もし、そんなまさかが、あるとするのなら。
あるとするのなら、それは確かな、熱意だけ。
「胸の中の残り火がまだ燻っているのなら、君はまだ戦える。私の言葉が響くのなら、君の心は燃え尽きていない。照らせ、進め、その炎で。お前の道を、お前の人生を!」
自分自身の人生を選びとったばかりの彼女は、何より真っ直ぐな瞳で言う。
クソっ、ああクソっ……。
本当に、本当にずるい人だよ、ゼラさんは。
絶望に再度立ち向かわなきゃならなくなった僕を前に、彼女は最後の助言を口にする。
「恐れや不安は今は捨てろ、試験において実力を鈍らせる敵になるからな。だが、後で必ず取り戻せ。それは君が、君の人生を生きる上で、何より必要な感情だ」
――――――――――――――――――――――――
全てが終わり、結果を待った。
試験までの日々は、混沌と狂気を入り混ぜた最悪だった。
勉強時間は最盛期の半分程度まで減り、残った時間を涙と雄叫びに費やす正気とは思えぬ毎日。
家に一人でいるとこうなるから、暁音さんのいない日はなるべく図書館に向かった。
人目がある場所なら流石に狂気的な行動は抑えられるし、何よりゼラさんがそこにはいた。
信頼できる人がそばにいるというのは何より有難いことなのか、身をもって思い知った勉強期間だった。
試験を受け終えてから僕の異常な行動はなりを潜めて、代わりに無気力さがやってきた。
何をしても試験の結果のことだけが頭の中を占有するので楽しめないし、逆に落ち込みもしない。
結果待ちの日々はある意味最も安定していたと言える。
そして、いよいよ結果発表の日。
今までの無気力さの反動か、今日は心音が脳まで響く。
おかしくなりそうなのを自覚して、図書館に行く時には口に木の棒を噛んだ。
もし落ちたショックで誰かに噛み付いてしまったりしないようにだ。
流石にそんな鬼の子みたいなこと、と思うかもしれないが予想出来ぬ奇行を繰り返してきた前科が僕にはある。
「悠里くん、結果貰ってきた」
「んー、んー!」
何が起きてもいいよう、ゼラさんに羽交い締めされたまま、僕はいよいよ結果を目の当たりにする。
暁音さんの手によってその封が解かれる。
目配せして、彼女は机の上に勢いのまま広げた。
「……!」
「っ……」
カランっと落ちる口の木の棒。
結果を見た僕の目には、
「……」
思わず涙が。
どんな気分かと言われれば、一言じゃ言えないな。
一言じゃ言い表せないくらい、色んな感情が入り交じってて。
どろどろとしててぐちゃぐちゃで。
きっと人によっても違うんだろうけど、
まあ、僕の場合は。
「良かった……!良かったよぉ……!!!」
と、安堵を覚えたんだ。
言葉にならない叫びを口にするのは、その直後。
合格したという喜びを身体の中に秘めておくなんてとてもできずに、数秒経って爆発した。
羽交い締めの体勢のまま咽び泣く僕に、もう……っと涙を流す暁音さん、そして至近距離で僕の咆哮を浴びて渋い顔をするゼラさん。
公共の場とは思えない騒ぎっぷりに向けられる冷ややかな目は、今回ばかりはご愛嬌ということで。
二級試験も含めれば約一年半の勉強生活は、これにて閉幕。
長く苦しい戦いに、ひとまずの終止符を打てて何よりだ。
でも、これだけは話しておかないと。
それは、もし僕が落ちてたらの話。
もし落ちてたとしても、僕の人生は続いていく。
散々泣いて、泣き終わった後にも、僕の人生は続くのだ。
例え暁音さんやゼラさんと別れることになっても、僕はまだ生きなければならない。
そしたら僕はどうなってたか。
元の世界に戻って、そして……一旦はまた無気力になってただろうな。
魔法もスキルも無い世界で、支えとなる人たちを失って、僕は何も出来ない無力な人間だと思い知ることになるだろう。
自分を責め、失望し、何をすることも出来なくなるだろう。
でも、一生このままはダメだと思う日が、いつか必ず来るはずだ。
その日まで、嫌気がさすまで自分を嫌え。
とことん自分を責め続けろ。
そして必ず這い上がると、自分自身に約束しろ。
どんな人生だっていいんだ。
自分の人生さえ生きられていれば、それで。
受け取った言葉は消えない、学んだ時間も無駄にはしない。
僕は僕の人生が生きられるよう、再び足掻けるその日まで、ただひたすらに今は生きるだけだ。




